今回は園っちの隊長就任から合宿まで。
「四人の隊長は……乃木さん、頼めるかしら」
リブラ・バーテックス戦後。桂が教室の隅で拗ねている中始まった反省会で安芸先生が放った言葉。
その言葉に園子と、須美が驚いていた。銀はまぁいいんじゃね? 的な表情をしており、桂は完全に自分の世界に籠って出てこない。今日の授業が終わるまでずっと教室の隅でいじけていたのだ。しかも先生達には勇者のお役目は伝わっているので何かあったのだろうと誰も触れずに居たため、結局まだいじけているまま。
だが、安芸先生も三人組もこんな歳でツルッパゲという事実が露見してしまった事はきっとショックだろうと、放っておいてくれている状態だ。
「で、神託によると次のバーテックス襲来までは暫し時間があるようですから、チームの連携を深めるために合宿を行います」
「合宿、ですか?」
安芸先生はよく四人の事を見ていた。
携帯に送られてきた映像越しではあるが、しっかりと四人の中で何が問題なのかを把握し、それの解決策をしっかりと頭の中で練り、四人の内一人でも欠ける事無いように最善策を打っている。
しかし、その気持ちの全部が伝わるわけではない。
須美の内心は、安芸先生の言葉に対してあまり前向きではなかった。
きっと、園子が隊長として選ばれた理由は、家柄にあるのだろうと。そう思い込んでいてしまっていた。自分に対する過剰なまでの自信と、そして園子の普段からの行動と言動が原因とも言えた。
「ほら桂君! 男の子ならしっかりとしなさい!!」
「……でもハゲがバレたし……絶対に軽蔑されるし……」
「そんな事しないからとっとと立つ! じゃないとズラを没収しますよ!?」
「先生そりゃないぜ!!?」
ついでに、須美はアレだけは万が一にも隊長として任命されることが無いんだろうなぁと思っていた。それだけは正解だった。
なお、この時教室の前を小学生時代の目が死んでいるしずくが通りすがっていたりするのだが、これはしずく本人も忘れているためどうでもいい事だろう。
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「あー、そんな事あったなぁ」
「ズラっち結構引き摺ってたもんねぇ」
「そりゃ初めてのハゲバレだったし」
「まぁだろうなぁ。あ、ちなみにプールの時とかってどうしてたんだ?」
「接着剤付けてた」
「頭痒くならないの~?」
「クッソ痒かった。あと頭皮がベリッと剥がれたりな」
「うわ痛そう」
「え? でもカツラ用の接着剤ってそういうの対策されてるんじゃないの~?」
「……は? そんなのあるの?」
「お前マジかよ。そりゃ頭皮も剥がれるわ」
「ズラっちってなんやかんやで抜けてる所あるよね~」
「お前にだけは言われたくなかったよ……」
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合宿の時間は思ったよりも早く訪れた。
銀が合宿行きのバスに十分遅れで駆け込んできたため、須美のありがたいお説教が聞けるというちょっとした事件はあったものの、合宿地に着けば後は安芸先生主導による特訓に開始だった。
開始、なのだが。
「今回は桂君が居ない場合の戦闘を想定した訓練を行います」
今回の訓練は、三人のゴリ押しを極力なくすための特訓だ。
それに、桂は勇者としての性能は断トツで低い。そのため、三人の速さについて行けない場合が考えられる。そのため、桂が居なかった場合を想定した訓練をした方が全体的な生存率を上げる事ができると安芸先生は考えたのだ。
だが、そうすると。
「……え? 俺は?」
桂のやることが無くなる。
それに対して安芸先生は。
「あっちに三百キロの球を投げてくるバッティングマシーンがあるからそれで反射神経を鍛えてきなさい」
「えっ、何その化け物バッティングマシーン」
と、いうのも。桂が混ざっている状態を想定した場合の一番効率的な訓練は、相手が桂がギリギリ防げるか防げないかの攻撃を繰り返してくる相手に対して接近するという訓練だ。
元より桂は一人で特訓を行っていた時期からずっと他人に合わせる特訓をしてきたのだ。
例えば、高速で移動する車に対して一切のダメージを与えさせないように自分がそれに追従しながら鏡を動かす特訓だったり、鏡の反射を自在にコントロールして味方の防御面も攻撃面もサポートする訓練だったり、自分がどんな状況でも生き残る訓練だったり。
それが、完全防御特化型勇者である桂が生き残り勝つ術だったからだ。
しかし須美、園子、銀は自分たちの武器を十全に扱い、一流並みになるように訓練してきたため、連携があまり得意ではない。なので、一旦桂を抜いた連携の特訓をしようという事になったのだ。
「ってか俺、もう反射神経は十分だと思うんですけど」
「相手がマシンガンを持ち出してくる可能性もあるからつべこべ言わない」
「それマジだったら随分野蛮っすよ……」
「大丈夫。明日からは双眼鏡でここがギリギリ見えるくらいの距離から三人をサポートさせる訓練が始まるから」
完全防御特化故に桂だけやることの毛色が違うのは致し方ない事だった。
ちなみに、一度試しにと桂を混ぜて三人が行う訓練――銀を狙った高速のバレーボールを全て防ぎ銀を数百メートル先のバスまで護衛する――を行ったのだが、須美と園子が出る前に桂がバレーボールを全て防ぎきってしまい訓練にならなかった。しかも、あまりにも余裕だったのか、途中でバレーボールを一個だけキープし跳ね返し続けるという若干化け物染みたことまでやり始めた。
そのため今日は完全に三人から桂は隔離された。
三人だけになった瞬間、銀に当たるバレーボールの量は増えていき、銀の生傷は増えていった。
なお桂は。
「……俺もみんなと訓練したかったなぁ」
なんて言いながら三百キロの豪速球を鏡でホームランし続けていた。途中から普通にバットで打ち返していた。
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「ズラってさ、マジで有能だったよな」
「え? そうか?」
居間の荷物を詰め終わったため三人でお茶を飲んで休憩しながら昔話に花を咲かせていると、銀が唐突に話を切り出した。
それは、ハゲ丸が実はかなり有能だという話題だった。
ハゲ丸はそれを否定するが、いやいやと銀は首を横に振った。
「確かに性能的にはぶっちぎりで最下位だけどさ。メイン盾の役割を十分に果たせるのって凄いと思うぜ?」
今の勇者達と比べれば、確かにハゲ丸はパッとしない性能をしているだろう。
精霊バリアという存在のせいで、メイン盾の存在が半分不要となっているからだ。しかし、それは先代勇者の時代。桂、須美、銀、園子の時代からしたらハゲ丸、桂のような攻撃をほぼ完璧に防ぎ続ける浮遊する盾持ちというのはメイン盾本人が思っているよりも頼りになり、ありがたい物なのだ。
実際に、もしもハゲ丸がいなかったら銀は確実に死んでいた。園子は全身を散華で散らしていた。それを防げる盾が優秀じゃないわけがなかった。
「そうは言われてもなぁ……」
が、本人がそれを理解できていない。
ハゲ丸からしたら当たり前のことをしていただけだ。そのため、どれくらい凄いのかというのが分かっていない。 なら、と園子がゲームに例えた。
「つまり、ズラっちは全体宝具に対して全体無敵打ってくれる感じだったんよ」
「マジかよ俺生命線じゃん」
「ズラが居なかったらアタシ等の生傷もっと増えてたからな」
「そうだったのか……最近は精霊バリアがあったから完全防御特化なんていらないんじゃないかって思ってたんだよなぁ……」
相手の攻撃を全て防ぎ、更に攻撃によってはそのまま反射して相手にダメージを与えると言う真似すらできるタンク。それが戦闘において役に立たないわけがなかった。
例え一対一の勝負に弱くても、二体一の戦いを味方を無傷で勝利させることができるタンクが有能じゃないわけがない。その味方が無敵バリアを持っていないのなら。
「ってか三百キロの豪速球をホームランし続けるってお前もう人間やめてるよ」
「いや、それは勇者時な。生身だと百五十キロを打つのが限界だって」
「十分に凄いんよ~」
「これでズラに攻撃能力があったら完璧だったのになぁ……」
「そうなってたら俺はここまで防御が得意じゃなかったろうよ」
しかし、攻撃力がゼロだという事はどうしても弱点となってしまうのだった。
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朝は座学。昼は特訓。夜は自由。そんな風に一日の時間の使い方を決めたのは、初日の夕方だった。
桂は一人バッティングをして、他の三人はずっと連携を深める特訓をしてきたが、結果は多少なりはあったものの完璧とは言えず、まだまだ課題点は山積みだった。
しかし、小学生が夕方や夜までずっと特訓するわけにはいかず、夕飯時が近くなってきた時点で特訓は打ち切り。温泉に入って夕食を口にしてから就寝し明日に備える事になった。
「俺、一人ぼっち……!!」
なお、桂は一人ぼっちで温泉に入った。仕方ないね。
そして温泉から出れば美味しい夕食を食べ、そして就寝時間に。桂は寝る時も一人なんだろうなと思ったが、その予想は裏切られた。
何故なら、三人の女子と同じ部屋に桂は突っ込まれたからだ。
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「……なぁ、もしかして俺って当時から男として見られてなかった?」
「何を当たり前な事を」
「だってズラっちを男の子として意識する訳がないよ~」
「そこまで言う……?」
「まずアタシはズラの事は特にタイプじゃないし」
「どうせならもっとイケメンがいいかな~。それかミノさんやわっしーみたいな美少女!!」
「泣くぞオイ? ってか園子、お前もレズかよ」
「百合って言ってほしいんよ」
ちなみに、須美こと美森はレズなので聞かなくても分かるのであった。
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同年代の少女三人と同じ部屋に突っ込まれた桂。
最初は安芸先生に抗議したが、仲良し三人組は特に何も言わなかった。その理由ははというと。
「ズラはアタシ達に手を出す程心強くないし」
「というか出してきても撃退できるし」
「そもそも男の子として見てないんよ~」
桂は泣いた。ついでにこの言葉を思い出したハゲ丸も泣いた。結局彼は当時から男として一切見られていなかったのである。折角美少女三人と一緒に居るのにフラグ建築の影も形も見えないというリアルを見せられた桂は大人しく三人と一緒の部屋で寝泊まりすることとなった。
部屋の四隅にはそれぞれの荷物が散乱しており、持ってきたものから誰がどんな趣味をしているか、思考をしているかはすぐに分かった。
まず、須美は優等生の模範とも言えるような荷物だ。私物はほとんどなく、必要最低限の物が置いてあるだけ。そして銀はもう家族への土産を購入しておいてある。というかそれぐらいしかない。後は彼女の私物が幾つか、と言ったところだ。
そして問題は園子だ。
「……なぁ園子。あの臼なに?」
「あれでうどん作るんよ~」
「ズラ、作ってやれよ」
「嫌だよめんどくさい。銀こそ作れよ」
「アタシも面倒だからパス」
「作れるのは否定しないのね……」
香川県民故に。
そして桂の荷物。これもまた個性的であった。
「あ、ズラ。そこの四巻取ってくんね?」
「ほい。あ、園子。そっち右な」
「こう? あ、あったぁ!!」
「ゲーム機に漫画に小説……」
桂の荷物は大半が娯楽品であった。小学六年生の男の子の私物らしいっちゃらしいのだが、この合宿をそんな甘い物として見ていなかった須美としては色々と複雑なのであった。
何せ、今回の合宿は特に学校主催の物でなければ持ってくるものの制限も言い渡されていない。だから、何を持ってこようが自由なのだが、だからと言ってここまで娯楽品を持ってくるのは予想外だった。だからこそ、須美はやはり自分がどうにか皆を引っ張っていかなければと思い込むのであったが。
「なぁ須美。お前ならこの海戦どうする?」
「任せなさい」
戦略シミュレーションゲームを見せられて即落ちするのであった。
ちなみに、この歴史マニアは戦略シミュレーションゲームを最高難易度でほぼ苦戦無くクリアした上に桂からゲーム機を借りてこの中で誰よりもこのゲームをやりこむのであった。
――そして翌日から合宿は更に厳しくなっていく。
「やっぱり桂君がいるとヌルくなっちゃうから桂君は素手で参加ね」
「えっ、ひどくない?」
「乃木さん、しっかりと周りを見る! 鷲尾さんは慌てずに冷静に! 三ノ輪さんはもっと仲間を信じてガンガン前に! 桂ァ! 今何キロォ!!?」
「先生がボケたら終わりだろォ!!? あっ! 左足が攣って……ああぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁ!!?」
「あっ、ズラが吹き飛んで海面に突き刺さった!!」
『この人でなし!!』
主に桂が酷い目にあったのだが、芸人ソウルをインストールしているため致し方ない事であった。コラテラルダメージである。
外での特訓はこんな感じで、いかに園子の指示に従って動けるか。そして最も守らなければならない銀をどこまで守れるか。そして銀はそんな仲間を信じつつ周りを見ながら相手に向かって突っ込み攻撃を当てれるかを特訓していく。桂は特に何もできない。肉壁だ。
そしてそれ以外の時間は、座学が入る。
「えー、それでは次のお題です。皆さんは何かリアクションをしてください。それに私がどうしたの? と尋ねるので皆さんはそれに対して何かを答えてください」
「はい」
「鷲尾さん、どうぞ」
「くぅ、うぅううぅぅぅぅぅ……!!」
「そんなに泣いてどうしたの?」
「今、桂の頭にもう二度と髪が生えないって神樹様からの神託があったようで……もうおかしくっておかしくって涙が止まらなくて……」
「テメェ表出ろやァ!!」
「上等よズラ野郎!!」
「っていうかこれ座学なの!?」
座学が入った。入ったったら入ったのだ。園子の珍しいツッコミが入ったが座学ったら座学なのだ。笑点ではなく座学なのだ。
そして夜になれば温泉に入って、夕食を口にして、そして就寝タイム。
「これプラネタリウムなんよ」
「いや寝るときに付けんなよ!!?」
そうして規則的な合宿を続けていき、そのまま時間は流れる。
合宿最終日になり、この特訓はようやく実を結んだ。
「ミノさん、今!」
「っしゃぁ!!」
桂が反射神経を鍛えるためにバット片手にバレーボールを次々と打ち返し、須美と園子がそれでも流れてくるボールを防ぎきり、そして銀が空へと舞う。
「鳳凰天駆ッ!!」
そして双斧から炎を出しながら攻撃目標であったバスを叩ききる。
今までバレーボールがぶつかりまくった事によるストレスもあったようでバスはそのまま轟音を立てながら真っ二つになり、その下のアスファルトにクレーターすら生まれたほどであった。
銀がガッツポーズし、園子が喜び、桂が感極まってバットを海へ向かって投げ、安芸先生が小さく笑みを浮かべる。
この合宿で大分連携は鍛えられた。それを自覚する須美であったが、ふと思った。
「……帰りはどうするのかしら」
『あっ……』
そう、自分たちはバスで来た。
だが、バスは今、銀が破壊してしまった。つまり、帰るための足が無い。それに気が付いた銀、園子、桂はそっと安芸先生の方を見た。安芸先生は冷や汗を流しながらそっと三人から目を逸らした。
結局、合宿はもう一日だけ伸び、海も近かったのでついでに海水浴等も楽しみ、合宿最終日はプチ旅行気分で楽しめたのであった。ちなみに安芸先生はこの後大赦の職員から凄く怒られた。
****
「……なんつーかさ。やっぱ俺達がやることなす事ってツッコミ所多いよな」
「まぁ……否定はできないよな」
「半分が芸人だもんね~」
まだ回想は半分以上ある。まだまだ話の種は尽き無さそうだった。
ズラっちを合宿の訓練に混ぜようとしたけど無理だったんだぜ。だってあの訓練、本来なら三人のゴリ押しに防御の連携を入れて銀を安全に攻撃させるって目的なんだもん……そこに防御特化入れたらそりゃヌルゲーになるって……
そして安定の男として見られていないズラっち。わっしーは言わずがな。そのっちはもう少しイケメンになってから出直せと。ミノさんはタイプじゃないから無理。フラグ建築の可能性なんて根底から潰えているんよ。
終盤からボケ始める安芸先生と徐々に本能覚醒し始めたわっしー。多分そろそろ本能覚醒する。