ハゲガード
新たな勇者、友奈の参戦は犬吠埼姉妹だけでは絶望的とも言えた戦況をひっくり返すに至る程だった。
殴る斬る潰すだけでは倒すことのできないバーテックスは、封印の儀によって御霊と呼ばれる弱点をを吐き出し、それを友奈の一撃で破壊され、バーテックスは倒された。
初陣にして勝利を飾った勇者たちはそのまま樹海が解かれると同時に現実世界へと帰還したのだった。
「なんかわたし達の活躍が丸々カットされた気がするよ……」
「メタな発言は止めなさい」
学校の屋上へと帰還した勇者部の面々は、約一名ほどちょっとメタいことを言ったり、樹が泣き出したりと色々とあったが、なんとか無傷で生還を果たしたのだった。
しかし、その中で。
「……私だけ、何もできなかった」
美森は一人、友奈の隣で屋上から四国の地を眺めながら呟いていた。
ハゲと常に口論していたのは、自分の中の恐怖を紛らわすためだった。何故かできると思って、ハゲを前面に出して、これまた何故かハゲと息ぴったりにハゲガードなんて叫んだが、所詮それもハゲの謎の力が働いたからだった。美森の力ではない。
それ故に。美森は一人、勇者にもならず、特別な力が発現するわけでもなく。あの戦いを傍観していた事が唯一の気がかりだった。
御国を守る機会だった。国防を果たす機会だった。それを傍観し、逃してしまった自分に美森は腹が立っていた。
「ちなみに、戦闘中は時間が止まってるから、今はモロ授業中よ」
『……え?』
その言葉に美森は一旦思考を中断したのだった。
結局、大赦の方からフォローしてもらう運びとなり、樹は自分のプリンを風と半分こする事が決まってしまったのだった。
****
そんな日の帰り。ハゲ丸は風に勇者部の部室に呼び出されていた。
今日は戦闘もあったことだし、あの場で現地解散。帰ってしっかり休むことと言われた矢先に、風から個別のメッセージでハゲ丸は呼び出されていた。
家族には大赦の方から既に、お役目に選ばれたため授業を抜けてそのまま帰ることが多発するが、全責任は大赦がとると伝えられているため、なんの憂いもなく帰ることができる、のだが。風に呼び出されたのなら顔を見せるのが道理だろうと、ハゲ丸はハゲをジャミラみたいにシャツを被ることで隠しながら勇者部部室に顔を出した。
「あぁ、来たわね……って、なんでそんな格好してんのよ」
「教室にヅラを置いてきてしまって……」
「……大赦の人に回収してもらうように言っておくわ」
「マジ助かります」
一応、何かしらの原因でヅラが消失してもいいように予備はあるのだが、一個一個が結構値が張るため、回収してくれるのはとても嬉しかった。
さて、と風は適当な椅子に腰かけ、ハゲ丸も適当な椅子に腰かけた。
「ハゲ丸。さっきは言う機会がなかったけど……あんたは勇者にはなれないわ」
その言葉にハゲ丸の目は点になった。
どうして、あのアプリがあれば変身できるのではないかと。ハゲ丸は問うが、風は順に話すわ、と言ってその質問群を一旦叩ききった。
「まず……厳密には、男は勇者になれない。勇者になれるのは、神樹様に選ばれた無垢な少女だけ」
「え? 犬吠埼先輩って無垢な少女……あ、すみません拳握らないで」
「次はないわよ……っ!! で、じゃあどうして勇者の戦いに巻き込まれたかと言うと……」
風は恐らく、カンペが書いてあるのだろう携帯を盗み見ながらハゲ丸に説明していく。
「アタシは、大赦から言われただけだからよく分かってないんだけど……言うならば、名残らしいわ」
「名残? なんの」
「昔、男でも勇者になれるように色々と試していたらしいの。でもそれは失敗。生まれたのは勇者なんかよりも数段弱い、勇者とも言えない存在だったらしいわ」
風曰く、その存在は二年ほど前に、男ながらも勇者としての適性値が僅かながらにあった少年がなったと言う。その少年は二年前の戦い以来、力を失ってしまったらしく、それ以降現れていないとか。
そしてハゲ丸も、その少年と同じく男ながらもほんの少しだけ勇者としての適性値があったの。そのため、大赦は勇者部に引き込める機会があったら引き込んで来いと、風に命令した。その結果、ハゲ丸は勇者部の仮部員として席を置くことになった。
まさか昨日の今日でこうして勇者として当たってしまうとは思ってもいなかったらしいが。
「で、一応最低限の援護と自衛ができるようにと、大赦からの命令で、そのアプリのインストールをさせたのよ」
「最低限の援護と自衛?」
「そう。確か、精霊を一体だけ召喚できたはず。二年前にあった、勇者と一緒に戦うための武器や装束は出せないらしいけど」
どうやら、二年前にいた少年は劣化勇者として戦っていたらしい。しかし、ハゲ丸はそれができないと、既に大赦の方から知らされている。
それを知らずにずっとあの場に居させるよりは、早めに告げてしまおうというのが風の魂胆だったらしい。
「まぁそういうわけよ。一応、精霊はアタシ達の防御よりもウン倍硬い防御を張れる筈だから、死ぬことはないと思うわ。死ぬほど痛いだろうけど」
「安心できないんですけど……」
「まぁ、前はアタシ達に任せて、アンタは後ろで司令塔になっててくれればいいわ。後ろから冷静に戦況を見るオペレーターってのは、やっぱり必要なわけだし」
「俺をハゲガード役で連れてってくれてもいいんですよ?」
「いや、人ひとり抱えて戦う方が渋いわ」
「ですよねぇ」
まだ出会って二日目ではあるが、なんとなく風の人柄が分かった気がしたハゲ丸だった。
「で、俺の精霊ってどれなんです?」
「えっと、これを押したら出てくるはず……え? なんでハゲが光るのよ」
「……もしかして俺の精霊って」
「……や、ヤタノカガミと名付けましょう」
「ちくしょおおおおおおおお!! ちくしょおおおおおおおおおお!!」
****
翌日の勇者部。風は勇者としての義務やら何やらを説明した。
曰く、バーテックスはウイルスによって死滅した四国の外からやってきた、ウイルスの作り出した生命体であること。曰く、バーテックスは以前にも襲ってきたらしいが、今まではそれを追い返すのが精いっぱいだったとのこと。その際に先代の、もう力を失い日常に戻っていった勇者達がいたとのこと。そして、その勇者たちの力を改良したのが現在の勇者システムであるとのこと。曰く、樹海がダメージを受けると現実世界に影響が出てしまうとのこと。
そして、神樹様の破壊こそがバーテックスの望みであり、神樹様の破壊は四国が滅びることを意味する。それを説明し終えた。
「ま、そのためにアタシ等勇者部が頑張らないとね!」
「……その勇者部も、先輩が意図的に集めたメンツだった、と」
そうして一旦閉めようとしたところで、美森が口を挟んだ。
その言葉に風は頷くしかできなかった。ハゲ丸はなんやかんやで先日、話の中で勇者部は彼女が大赦からの命令で集めたと知っていたため特に反応はしなかった。
「まさか、アタシも本当に勇者に選ばれるとは思ってなかったのよ……全国には勇者候補が沢山いて、アタシ達の班はその一つだったわけで……」
むしろ選ばれない可能性の方が高かったのだと。風はそう言う。
しかし、美森にとってそれはどうでもいいことだ。全国に勇者候補が何人いようが、その中で自分たちが当たった事だろうが。
美森が気にしているのは、そういう事ではない。
「……友奈ちゃんも樹ちゃんも死ぬかもしれなかったんですよ」
「……それに関しては、何も言えないわ。ただ、選ばれてしまった以上は、戦うしかないわ。敵はいつ来るのか、わからないんだから」
「……こんな大事な事、ずっと黙ってたんですね」
美森は俯きながら、車椅子を動かして部室から出て行った。
風はバツの悪そうな顔のまま固まり、樹はどうしようかと狼狽えている。
「結城さん、行ってきたら?」
「あ、そうだね! わたし、行ってきます!!」
恐らく、この場であの美森とマトモに話ができるのは彼女だけだろうと、少し放心していた友奈の背中をハゲ丸が押した。駆けて部室から出て行った友奈を見送ってからハゲ丸はため息を一つ吐く。
美森の言いたいことは、十分に分かる。いや、むしろハゲ丸も昨日、話を聞いてから同じようなことを思わなかったと言えば嘘だ。どうしてこんな重要なことを。世界を守ることになるかもしれないなんてことをずっと黙ってたんだと。自分ならともかく、他の勇者部の面々に。
だが、そんな非現実的なことを言っても誰も納得しないだろうと。選ばれなかったら言っただけ彼女らを心配させることになるだけだと。そう風が思ったのなら、言わなかったのにも納得ができる。
それに、風だって大赦からの命令でやっていたのだ。風を責めても何も変わらない。
「ハゲ丸ぅ~……どうしよ~……」
「……とりあえず謝ったらいいんじゃないすかね」
「だよねぇ……なんか芸人に正論言われると少し凹むかも……」
「吊るすぞオイ」
そうして風の謝罪の文面を一緒に考えたり、樹のタロット占いを見ていたりしていた時だった。
「もうハゲ丸のヅラを取って場を和ませるしか!!」
「バッカお前それだけはマジで止め……あれ?」
ハゲ丸の奪われたヅラが空中で停滞した。
よく見れば樹のタロットも明らかに重力から逃れるかのように空中で停滞している。
昨日も見たこの非日常的な現象。つまりそれは……
「バーテックス……!!」
風がその名を忌々し気に呟いた直後。世界は光に包まれた。
初陣の半分近くをカットしていくスタイル。
そしてハゲ丸の精霊はヤタノカガミと名付けられた模様。だけど、ビーム撃ってくるバーテックスってもう居なかった筈だから実質戦場に紛れ込んだ不死身のハゲ……