美森を助けたあの日から、ハゲ丸はどこかついていないと思う時が増えた。
例えば、ゲームをしている時。ボタンを強く押しすぎてしまったのかボタンが凹んでしまい反応が悪くなってしまった。包丁を落としてしまって床に傷が付いてしまった。使おうと思っていた調味料が偶々きれていた。急に停電になった等々。少しばかり運が悪いと思う事が増えた。
だが、まさかその原因がバーテックスやら天の神やらではあるまい。まさかそんなみみっちい事をしてこちらの戦意を削ぐとかなんてして来ないだろうと少しばかり不穏になった思考を切り替え、座敷童しずくのためにラーメンを作る。
「んー……麺の硬さはこんなもんか。んじゃ後は盛り付けて……あっ」
スープも麺も作り終わったので後は盛り付けるだけと思い皿を手に取ったのだが、偶々掴んだ所が少しばかり濡れていたため滑ってしまい、そのまま床に落下してハゲ丸が買ってきたラーメン鉢が割れてしまった。
あーあ、と声を出しながら溜め息を吐く。そこそこ本格的なやつを買ってきたため少しばかり気が滅入ってしまう。だが、かと言って替えが無いわけではないので割れたラーメン鉢をササっと片付ける。
「……どうか、した?」
その最中にラーメンを心待ちにしていたしずくがカウンターから顔を出した。どうやら音を聞いて少しばかり心配になったらしく、その表情にも少しばかりの心配がにじんでいる。
その声を聞いたハゲ丸はすぐにしずくに台所に入ってこないようにだけ注意をしてから事のあらましを簡単に説明した。
「ラーメン鉢割っちゃってな。踏んだら危ないから離れててくれ。ラーメンはすぐできっから」
「……わかった」
ハゲ丸の顔を見て安心したしずくが顔を引っ込めたのを見てから、ハゲ丸は一人であーついてないついてないなんて呟きながらラーメン鉢の破片を集める。偶に運が悪くてもいつかは揺り戻しが来て大きな幸運が来ると自分を慰め、改めて出してきたラーメン鉢に急いで麺とスープを盛り付け、ついでに自分の分も用意してしずくの元へ持っていく。
「お待たせ。今日はにぼしラーメンだ」
「ラーメン、ラーメン……!」
だが、ラーメン鉢を割ってしまって少し沈んでいた心もしずくがラーメンを笑顔で食べているのを見ればすぐに晴れてしまうのだった。
「うまうま……うっ!!? よし主導権ゲッふぅ!? シズク、甘い。そう何度もこふっ!!? 甘いのはしずくだ! この俺がそう何度もごふっ!!? さ、流石に疲れうっ!? お前いい加減におふっ!? このラーメンはわたしの……!!」
そして一人で二重人格漫才を始めたしずくを笑いながらハゲ丸はラーメンを啜るのだった。
なお、食べている最中にレンゲがスープに沈み、またちょっとだけ心が沈んだのは完全なる余談だ。
****
きっとこの不幸の連続がハゲ丸だけにある物ならばまだ不幸だけで納得ができた。だが、それ以上に少しばかり見逃せない事が幾つか存在した。
「実は樹が鍵落としちゃって暫く寒空の下に晒されてさー」
「リアルタイムで見れないから仕方なく録画しているアニメが録画できてませんでした……」
「なんか急にあたしの部屋だけ局所的な停電に見舞われたのよねー。ついてないわー」
「私も、今朝起きたらベッドが軋んだ直後に壊れて……寿命だったのかしら……」
「わたしもポット触ったら火傷した~」
「何でみんなこんなに不幸な事に見舞われてんだよ……いや、あたしも朝シャンしてたら急に水になって風邪ひくかと思ったけど」
最近になってこういう風に部室の中でそれぞれの不幸を口にする事が増えてきたのだ。それも、美森を助け出してから。
ハゲ丸だけが不幸自慢をするのならまだ笑い話だが、全員が不思議だねーなんて言いながらこうやって不幸な事を口にされると、少しばかり嫌な想像は嫌にもしてしまう。それこそ、またバーテックス関連の事がまた起こっているのかと。流石にソレは無いと自己完結した直後でも、これは少しばかり勘ぐってしまう。
特に命に係わるようなことは起こっていないが、その小さな不幸はいつしか大きな不幸を呼び寄せてしまわないかと不安になってしまうのも仕方がない。美森を助けて全部が円満に終わったと思い込んでいる他の勇者部はのほほんとしているが、少年漫画を好んで読むハゲ丸にとって、これは新たな問題の前兆なのではないかと疑ってしまう要素がそろってしまっていた。
少年漫画だからと侮ることはできない。何故ならこの世界は既にそういった非日常が起こることを証明してしまっているのだから。しかも相手は神と来た。何が起こっても、何を起こされても不思議ではないのだ。
(いざとなったら俺が盾になるか……)
ハゲ丸の勇者システムは未だ試作段階の物だ。アップデートするために端末を預けていなかったので全体的な出力は低いままなのだが、その代わりに彼の満開ゲージは戦闘終了後に変身解除すると再びリチャージが入る。園子と銀は既に精霊バリアが張れない状態な上に、他の勇者も使いすぎては精霊バリアが張れないのでいざとなったらハゲ丸自身が盾になる事を考えなければならない。
少しばかり暗い顔をしていると、これまた少し暗い表情をしている友奈が近づいてきた。既に渡していたケーキは食べ終わったのか、手には何も乗っていない使用済みの皿とフォークがある。
「ハゲ丸くん、元気ないね。どうしたの?」
「あぁ、いや何も。この間包丁落としちまって床に傷つけちゃってな。どうしたもんかって思ってたところだ」
「そ、そうなの? ハゲ丸くんは大丈夫だった?」
「まぁ無傷だ。もし足に落ちても精霊バリアがあったから大事にはならんよ」
「そ、そうだね……うん、精霊バリアがあるもんね……」
そう言う友奈の顔は少しばかり暗い。どこか後ろめたい事があるのかと一瞬勘ぐったが、友奈に関してそんな後ろめたい事を隠すようなことはしないだろうと思い込み、彼女の言葉に適当な返事をしてから皿とフォークを回収する。
そしてハゲ丸と友奈から少し距離が離れた場所では、風が園子にケーキを側に置いた状態で勉強を見てもらっている。視力が悪くなったと言って瓶底丸眼鏡を装備するのは笑いを狙っているのかどうなのか定かではないが、見ているとおかしくてついつい笑ってしまいそうになる。
「……友奈。何かあったら気軽に言えよ? 俺なら多少の荒事を肉体でカバーできるからさ」
だが、友奈の表情は少し見逃せない。
個人の問題だとしても、もし力になれるのなら力になりたいからと、他の誰にも聞こえない声で友奈に告げたが、友奈は少しばかり無理したような笑顔で一言だけお礼を言うと美森の元へと戻っていった。
釈然としない。と言うよりはやはり無理している。今の友奈に関してはそんな様子が強い。故にハゲ丸も少しばかり表情を暗くしてしまう。
「どうしたんだよ、ズラ。そんなにしょげてちゃ晩飯マズくなるぞ」
「そうですよ。もう少し元気してください」
「あ、あぁ。わりぃな、銀、樹ちゃん後輩」
そんな彼に声をかけたのは銀と樹だった。彼女達もケーキを食べ終わったのか手には何も乗っていない皿と使用済みのフォークがある。彼女達の皿とフォークを受け取り、二人はまた風と園子の元へと戻るかと思ったらハゲ丸の近くの椅子に腰かけたので、彼は適当にポッドに淹れておいた紅茶を二つのカップに注いで二人に差し出した。
話を聞いてもらう迷惑料代わりだ。それが二人に通じているのか通じていないのかは定かではないが、二人は差し出された紅茶にミルクやら何やらを入れてそのまま飲み始めた。
「はー……気が利くな、ズラ」
「流石園子さん専属パティシエ……」
「予定な、予定」
お菓子に合う紅茶を淹れる一環として淹れた紅茶だったが、案外受けは良かったようで二人とも満足げに息を吐いている。自分も紅茶を飲んで合格点はあげられるが、園子に出すのならもう少し上達してからの方がいいと結論付け、もう一口紅茶を飲んだ。
「で、ズラ。お前何悩んでんだ?」
付き合ってもらった二人にお代わりのケーキでもと思いケーキの入ったクーラーボックスを開けた所で銀がハゲ丸の内心を見破ったのか、それともただ勘で言ったのかは分からないが勘にしては的を得た事を言ってきた。
はてさてどうやって弁明すべきかと頭の中で詭弁の類を考え始めたはいいが、すぐさま樹にバレたのか彼女は物凄い目でこっちを見てきている。ここで変に言葉を濁したら後で説教が飛んでくる事間違いなしだ。故に、ここは観念することにした。
「いや、な。最近友奈の様子がおかしいように思えてさ」
「友奈が?」
「友奈さんに至ってそんな事……でも最近の様子を見るとあり得るかも」
「そういや最近園子が友奈を見る目もちょっと変になってるしな」
なんやかんや大抵の時間は園子と一緒に居る銀と、そこそこの時間友奈と一緒に居る樹だ。彼女達の軽い異変には内心では気づいていたが、まさかと思い見ないふりをしていたのだろう。
きっと園子は何かしら感づいている。でも確証がない上にそれが迷惑になるかもしれないからと言っていない口だ。友奈本人については、ここ最近の挙動不審から何かしら隠しているのはほぼ確定的。
「でも、まさか友奈さんが……」
樹が呟きながら友奈の方を見る。まさかあの友奈が仲間に対して隠し事なんてするわけがない。そう思っているからこその言葉だった。
「いやー、やっぱ乃木に教えてもらって正解だったわ。ごたごたで遅れた分一気に取り戻せてるし」
「陳謝ッ!!」
「い、いや、東郷のせいじゃないわよ!? そういうつもりで言ったんじゃないからね!?」
「でも、受験よりもブラックホールどうにかしない事にはって感じだったから、あながち間違いでも……」
「陳謝ッ!!」
『わー!!?』
そして件の友奈の方では美森が特に悪気の無いし責めるつもりもない言葉たちに陳謝と叫びながら土下座だったり切腹だったりをしようとしている。しかも美森の精霊までもが切腹の介錯をしようとしているのだから笑えてしまう。
新たな芸、陳謝芸を身に着けた美森ではあったが、それを隣で見ている友奈は慌てていてもどこか表情に影を残したままだ。
あれじゃあいつか本格的に何かしらの問題を引っ張ってくるかもしれない。美森や園子辺りだと本気で何事もないように振舞ってくるのは明らかなのであの二人じゃないだけまだマシではあるが、厄ネタが今現在も降り注いできているのは確定的に明らか。しゃーない、とハゲ丸は額に手を当てて立ち上がった。
「樹ちゃん後輩、クーラーボックスにケーキあっから勝手に食っててくれ。俺は友奈と話付けてくる」
「わたしも行きましょうか?」
「いや、数人で行ってプレッシャーかけるよか俺一人のがまだマシだろ」
もしかしたら勢い任せて荷物をここに置いて帰るなんてこともあるかもしれない。だから中のケーキの処分は樹に一任してハゲ丸は美森の芸に笑っている友奈の元へと向かった。
「友奈、ちょっといいか」
「え? な、なにかな?」
「少し二人で話がしたい。外、出れるか?」
「う、うん……」
恐らく友奈もハゲ丸が何か感づいているのに気が付いたのだろう。彼の言葉を断る事はせず大人しく従おうとする。友奈自身も自分の態度が少しばかり何か思わせる物だという事を自覚していたのか、ハゲ丸の言葉に何も言わずに従おうとする。
「待ちなさいハゲ! あなた、友奈ちゃんを呼び出して校舎の裏かどこかで脅す気じゃないでしょうね!! いや、まさか……告白!!?」
「うっせぇクソレズ! どうせしてもフラれるの分かってんだから誰がするか!! 普通に話し合いじゃボケ!!」
それを見た美森が要らぬ誤解をしてくれたが、ハゲ丸は全力で美森の言葉を否定すると、そのまま友奈と共に部室の外へ出ていってから、万が一誰かに聞かれないように校舎の外で話をすることにした。
後ろを着いてくる友奈の表情はやはり暗く、ハゲ丸が嫌われているという事がなければ本当に何かを隠しているようにしか見えない。
ただ体調が悪いだけ、とかならハゲ丸も安心できるのだが、果たして真相はどうか。この時間帯なら誰も居ないであろう校門に近い学校の敷地内で足を止め、改めて友奈と顔を見合わせた。
「で、友奈。なんか隠してる事あるだろ」
「……」
ハゲ丸の言葉に友奈は何も答えない。図星なのかそれとも当てが外れているのか。いや、確実に図星だ。図星だが悩んでいることを口にできない。そんな感じだろう。
やっぱり、と言わんばかりに溜め息を一つ吐き、責めているわけではないのであまり言葉に力がこもらないように諭すように説得を開始する。
「何も怒ってるわけじゃないんだ。でも、友奈がそんなにしょげてると気になっちまうんだよ」
「……」
「それとも何だ? 恋愛ごとか? もしくはクソレズがそろそろ鬱陶しいってか?」
なるべくお茶らけて空気を和らげながら友奈が話しやすい雰囲気を作ろうとするが、友奈はそれでも答えない。いや、答えようとはしているが迷っていると言ったところか。目はあっちこっちに及びハゲ丸の顔を見ようとはしない。
これは重症かもしれない、と軽く参ったが、友奈は何かを決めたのか一度深く頷くと、顔をあげてハゲ丸の顔を見た。その瞬間にはハゲ丸は既にお茶らける事をやめて友奈の事を見ている。
「そ、そのね! 実は……この間の東郷さんの時……っ!?」
思い切って口を開いた友奈だったが、彼女はそれ以上言葉を紡がなかった。
ハゲ丸はどうかしたのか? と首を傾げているが、友奈にはハッキリとソレが見えていた。まるで友奈がそれを口にする事を罪だと言わんばかりに赤々と光る、ハゲ丸の鎖骨付近に浮き出る烙印に。
友奈が自身にもある烙印……タタリについて口を開こうとした瞬間、それは徐々に大きくなり、友奈越しにそれを押し付けられた者は不幸を被る。それがもう友奈にも分かっているからこそ、誰よりも優しい彼女は相談ができない。できるわけがない。
いくらハゲ丸が頑丈と言っても、彼に降りかかる様々な不幸は確実に彼を苦しめる。分かっているからこそ友奈はそれを口にできなかった。
「と、東郷さんの時……端末にあるデータ、移し替えるの忘れちゃって」
だから笑顔を作って誤魔化すしかなかった。
その程度で誤魔化しきれないのを分かっていながら。
「……友奈、本当の事言ってくれよ。そんな顔してそんな声色で、そんな無理矢理な笑顔で言われても納得できるかよ」
「ほ、ほんとだよ! だからどうしよっかなって……」
「じゃあクソレズに頼んでデータを復旧させてもらおう。でも、それとは別にもっと大きなことがあるんだろ」
きっと、美森なら目が曇って友奈の言葉に頷いただろう。樹や風、夏凜なら友奈はそんな深刻な事で悩んだりはしない。悩んだらすぐに相談すると思い込んでいるから頷くだろう。だが、ハゲ丸はそうではない。
絶対に何かある。そんな確信めいたものがあるからこそこうして友奈を呼び出したのだ。彼女の笑顔はこんな無理矢理に作られる物じゃないと思っているからこそ。彼女の笑顔を取り戻したいと思っているからこそ。
「ほ、本当に……そう、だから……」
「友奈がその程度でそんな無理無理な笑顔浮かべるわけないだろ。そもそもその程度の悩みなら友奈はすぐ相談してるだろ。もっと大きな問題が起きたからこそそんな顔を――」
「そんなこと!!」
純粋な心配。ただ友奈にいつも通り笑ってほしいからこその言葉だと、友奈自身も分かっている。分かっているが、これだけは言えない。
言えば彼は不幸になる。彼は確実に巻き込まれなくていい問題に巻き込まれてしまう。
それだけは駄目だ。こんな不幸、彼に与えるわけにはいかない。言わなければいいのだから言わない。それを貫き通すだけ。
「……藤丸くんに何が分かるの。わたしはいつも通りだよ! いつも通りの結城友奈で、いつも通りに笑ってて!!」
「じゃあ何でそんなに辛そうなんだよ!! お前、今どんな顔してんのか分かって言ってんのか!!?」
友奈の叫びにハゲ丸が叫び返すと、懐から彼は携帯を取り出し、内カメラに切り替えて画面を友奈の方へと差し出した。すると必然的に彼の携帯には友奈の顔が現れる。
泣きそうになりながらもなんとかそれを耐えて、必死に歪な笑顔を作ろうとしている友奈の顔が。
「これでいつも通りな訳が無いだろ!? 友奈のいつも通りはもっと屈託のない心からの笑顔だっただろ!?」
友奈は優しく、純粋だ。
その笑顔で誰かを笑顔にできる才能を持っている。誰かを元気づけて、誰かを助けて、誰かのために動けて、誰かを笑顔にできる。そんな才能を持っている彼女がハゲ丸に少し突かれただけでこんな苦しそうな顔を浮かべているのだ。それが普通である物か。それがいつも通りである物か。
部室では体調不良とか言って何とか誤魔化してきたが、こうなってしまうとどう取り繕っても無駄だ。ここまで表面上に貼り付けた何でもない、いつもどおりが剥がれてしまうともうどうしようもない。
「ち、ちがっ……わたし、そんなかお……」
「頼む、話してくれよ。俺なら何だって協力してやる! 多少命の危険がある事だって、知らない内に舞い込んできた面倒だって、何だって解決のために動いてやる! だから、話してくれよ……俺はお前にこんな顔、してほしくないんだよ!!」
みんなの笑顔のために。それを有言実行できる彼女が翳っている。だからこそ助けたい。こんな顔をした少女をヒーローは放っておけるわけがない。だからこそこうして友奈に問い詰めている。
最早友奈はハゲ丸に対して何も隠しきれない。それこそハゲ丸が記憶でも失わない限り友奈の隠し事はいつかバレてしまう。バレてしまい、みんなが不幸になってしまう。
これ以上、天の神なんてくだらない存在のせいで悲しむみんなを見たくないから黙っていたのに話してしまっては本末転倒だ。だから、友奈はハゲ丸から逃げるように一歩二歩と下がっていき、けど後ろに下がるだけだと逃げられないとすぐに理解した瞬間、自分の荷物がまだ部室にある事すら忘れてハゲ丸を突き飛ばすように前へ向かって走った。
「いっ……友奈!?」
突き飛ばされた藤丸は少しふらついたが、それでもすぐに体勢を立て直して友奈を追う。友奈は一目散に走ってそのまま校門を出て校舎の外へ。その後をハゲ丸は追う。
逃げないと。言う訳にはいかないから逃げないと。そう思いただ走る友奈。だが、彼女の全力よりも藤丸の全力の方が速い。徐々にハゲ丸は友奈に追いついていく。そして友奈の肩が藤丸の手が振れそうになり、友奈はどうにかしてこの後またすぐに逃げ出すかを考え始めた。
その瞬間。
「危ない!!」
藤丸の声と共に腕が乱暴に引かれ、友奈の体が一瞬で真後ろに引っ張られた。だが、その反動で藤丸の体は友奈の前へ躍り出てしまう。
その瞬間、友奈は理解した。
自分の体が赤信号の横断歩道の上にあり、自分の真横から不幸にも車が法定速度を超えた速度で突っ込んできていた事に。藤丸は自分の代わりに車の前に躍り出た事に。
「ったく、危なっかしいな」
「ふ、じまるく――」
友奈が彼の名前を口にし終える前に、彼の体は確実にスピード違反をしていた車によってまるで玩具のように跳ね飛ばされる。
だが、友奈は知っている。その程度で藤丸が大怪我をする訳が無いと。常人なら死んでいるレベルの事をいつもされても復帰してくる彼がこの程度で死ぬわけがないと。そんな考えは彼が吹き飛んだ先にあった物によって一瞬で塗り替えられた。
(あ、これ死ぬかも)
藤丸がそれを見た瞬間、死を覚悟した。
そこにあったのは、不幸にも粉砕機。人間一人がすっぽり入ってしまうような巨大な物であり、空中故に自分の体をどうにもできなかった藤丸の体は精霊バリアすら張られる事無く、未だ動いている粉砕機の中へと吸い込まれて行った。
「うわっ!? お、おいなんか入ったぞ!?」
「ひ、人じゃないか!? 急いで引き出せ!!」
その周辺で作業していた人が藤丸が粉砕機に入った瞬間、急いで藤丸の体をそこから引き出そうとする。
血肉が飛び散る粉砕機から何とか藤丸を救出しようとする光景を見ながら、友奈はただその場で座り込むしかできなかった。自分のせいで。自分が前も確認せずに逃げたせいでこんな事になってしまった。それが友奈の心に突き刺さらないわけがなかった。
「う、うそ……そ、んなの……」
ただ現実を見ないように地面を見る。だけど、音は聞こえてくる。
「ちがう……そんなつもり……そんなこと、するつもり……」
友奈はただ一人、俯きながら呟く。
そんな彼女に声をかける者は、いなかった。
****
「いやー、流石に今回ばかりは死ぬかと思いましたよ」
「逆に何で死んでないのよ」
「まさか粉砕機に頭から入って記憶障害だけで済むなんて……このハゲ、どこまで丈夫なんだか……」
だが、藤丸は生きていた。
軽度の記憶障害と事故を起こしたその日の事を丸々忘れていたが、それでも彼は生きていた。そう、彼が友奈の隠していることに気が付いた日の記憶を不幸にも失って。
すべては不幸だった。不幸故に起こった事故だ。
だが、この事故は友奈の口を堅く閉ざすには十分すぎた。そして、彼女が暗い顔をしていてもどうにかなってしまう免罪符にもなってしまった。彼女を庇って藤丸は事故にあい、彼女がそれを自責しているという言葉だけで、彼女の暗い表情にはみんなが納得してしまうのだから。
「やっぱりゆーゆが何か……」
その前から何かが心に引っかかり続けていた園子を除いて。
事故ったのが風先輩じゃなくハゲ丸くんに変化。ついでにゆーゆが暗い顔してても誰もタタリに気が付かない免罪符まで。というか粉砕機に飛び込んで生きているってどういうことなの……?
ちなみに粉砕機はデップー2でツァイトガイストが突っ込んだアレをイメージしてます。あれに頭から入ったハゲ丸くん。いや死ねよ。
ちなみに本来はもっとギャグテイストにする気でしたが、それだとゆーゆに誰か突っ込んでまた誰か事故るかもしれなかったのであえなくシリアステイストに。自分の力不足を痛感してしまう……!!
次回から四話……かな? あ、でもクリスマスの所とか色々やるからもう少し先かもしれない。
とりあえずゆゆゆいぶん回しながらちょっとずつ勇者の章をやっていって今年中には終わらせたいという無茶な目標を立てて今回はこれまで。
さて、しずくのために石貯めないと……(四十連目は水都ちゃんすり抜け)