ハゲ丸の入院期間は大体一週間に及んだ。
粉砕機に頭からシュートインして一週間の入院でどうにかなってしまうのだから彼の防御力と回復力は明らかに人間を超越している。が、それもこれも二年前から受けてきた数々のツッコミという名の暴力やお仕置きという名の致命傷を受け続けてきた光明だ。勇者になってすぐの頃から耐久力は天元突破していた気はするが。
そんな彼の二年ぶりの入院は特に暇、という訳ではなく、勇者部の活動が入ってから消化に手間取っていた西暦時代の特撮などを消化していけば一週間の入院期間なんてあっという間だった。頭の傷は時々痛むが、その程度だ。
あまり暇していない入院生活を送っている彼ではあったが、そんな彼の懸念は一つだけあった。
「友奈、そんな毎日お見舞いに来なくてもいいんだぞ?」
「……ハゲ丸くんがこうなっちゃったの、わたしのせいだから。せめてお見舞いだけでも、ね?」
毎日来る暗い顔をした友奈だった。
軽い記憶障害はまだ継続しており、粉砕機に入る前の自分が何をしていたのかは不明だが、色々な証言から校門から飛び出した友奈を追いかけ、彼女が車に轢かれる直前に彼女の身代わりとなった、という事だけは理解している。
だが、その前。樹と銀から、友奈に対して何を思い悩んでいるのかを問い詰めに行ったという事を聞いたため、大体自分が何をしたか分かった。
触れてほしくない友奈の傷に思いっきり触れてしまった。あまり物理的に手を出したという事はあり得ないと自分でも思っているが、あの友奈が走って逃げるほどだ。きっと彼女を追い詰めて追い詰めて、その結果彼女が走って逃げる程の精神状態に追い詰めたという事は簡単に頭の中で想像できた。
「……本当に、ごめんね」
「何度目だ、その言葉。多分悪いのは俺だから気にすんなって」
友奈はお見舞いに来ると、一日に何度か謝ってくる。
きっとこうして入院する原因の一端を担ってしまったことが耐え切れないのだろう。彼にそんな彼女をこれ以上問い詰めるなんて真似はできない。
何かで思い悩んでいる。けど、それは友奈の真新しい傷だ。それを暴こうとするのは彼女の傷口に塩を思いっきり塗り込んで彼女の精神を攻撃するのと同義だ。きっと、当時の自分はそれに気づけずに思いっきり塩を塗り込んだ。そうに違いない。
だからこそ悪いのは自分だと言うが、それでも友奈の表情は優れない。
友奈からしてみれば、ハゲ丸は何も悪い事をしていない。何かに悩む友達の悩みを解決したいから。助けたいから悩みを教えてくれと懇願していただけで、それから逃げてしまった挙句、こうして怪我を負わせてしまったのは自分だからと。ただでさえ悩んだら相談をできないがために精神をすり減らすかのように毎日を過ごしているのに、そこにハゲ丸の案件だ。彼女の心は人知れず潰れかけている。
罪悪感。自責。後悔。そんな言葉が彼女の心を圧迫しているのなんて誰が見てもすぐにわかる程だ。いや、ハゲ丸が怪我をする前から彼女が何かに思い悩んでいるのは勇者部員の殆どが察していたが、今回のハゲ丸の件から彼女がこれ以上暗い顔をしてもハゲ丸の事で、と思い至れてしまう程の免罪符を与えてしまった。
それにハゲ丸は気が付けない。問い詰めて追い詰めてしまったのなら、いつか話してくれるその日まで、と思うしかない。
「ったく……いいか、友奈」
そうして自分を自傷し続ける彼女へハゲ丸は見かねて声をかけた。
「当日の俺が何したのか分かんないけどさ……でも、気にすんな。それは俺のせいだから」
「そんな、こと……」
「だから笑ってくれよ。友奈の笑顔はそんなくしゃっとしたモンじゃないだろ?」
そう言われて、友奈はふと顔をあげて窓ガラスに映る自分の顔を見た。
その顔は、この間見たばかりの……ハゲ丸に見せつけられた、泣きそうになりながらも必死に作っている、歪な笑顔で。
既にいつもどおりが剥がれ落ちてしまった、友奈の内面を正確に。恐ろしい程正確に表した表情だった。
奥底で厄を抱え込み、されど心配されないように作り上げた偽物の笑顔。
『俺はお前にこんな顔、してほしくないんだよ』
彼が叫んだことを思い出した。
彼は貼り付けた偽物のいつもどおりを見透かして、この歪な笑顔を見ていた。だからこそ、偽物を本物にしたいと行動した。
それに応えられなかったのは、友奈自身。そう彼女は思い込んでしまう。
「……わらって、るよ?」
「にしては辛そうだぞ?」
まるであの日のリプレイだ。彼はあの日のような言葉を、優しく言っている。優しく言っているが、その本心はあの日と何も変わらない。
こうなると分かってしまう。
彼はただのお人よしで、超が付くほどのお人よしで、ただ偽物の笑顔を本物にしたいから自分が傷ついても、嫌われても構わないと言い放って立ち上がっている、勇者だ。
「……ごめんね、今日は帰るよ」
だからこそ、友奈は耐えられなかった。
誰にも言えない隠し事をこれ以上隠す事が。今日はもう、これ以上偽物で顔を固められないと理解したからこそ、鞄を片手に立ち上がり何も言わずに病室を出ていく。ハゲ丸もそれを見送り、どうした物かとベッドの上から窓の外を見守るだけ。
今にも崩れてしまいそうな表情を携えて病室から出た友奈はそのまま廊下を早歩きで歩き、そのまま病院の外まで出ると外を思いっきり走り始めた。
嫌だ。こんな自分嫌だ。どうにかしたい。どうにかしてほしい。そんな心を抱えながら走っても誰も何も言ってくれない。誰も助けてくれない。助けの手を全部こちらから振り払って一人で抱え込んでしまっているのだから。
話してしまったら全部が終わる。
たったあれだけ話しただけでハゲ丸は普通の人間なら……きっと、精霊バリアがまだ健在の今代勇者達でも即精霊バリアを全て削られて即死するであろう目にあったのだ。もし全てを話してしまったら、確実にみんなが死んでしまう。死ぬほどの不幸が連続で降りかかってくる。
それだけは。犠牲者を出す事だけは避けなければならない。
友奈は一人、俯きながら家へと帰る。誰にもこの事を話してはいけないと心に決めながら。
「わたしは……わたしは……」
****
それから月日は過ぎる。
ハゲ丸が退院して、退院祝いだと彼が何故か窓から投げ捨てられたり、クリスマスに樹が参加した聖歌隊での合唱を聞きに行ったり、初詣に行った際に犬吠埼姉妹の驚くほどの酒に対する耐久力の低さや酒癖の悪さ。特に樹は絡み酒という至極めんどくさい酔い方をするため後に全員から甘酒だろうと酒と名前の付くものの摂取を禁止されたりと。
色々と、色々とあった。
ハゲ丸も復活し、笑顔が戻って、みんながみんな馬鹿みたいに笑いあって。でも友奈の笑顔だけはいつも通りではなかった。
どこか辛そうで、ずっと何かを隠し続けている。そんな表情。
しかも年の瀬を過ぎる前あたりから友奈は体調が優れていないのかボーっとする事が増えた。熱があるのではないかと心配するが、友奈は大丈夫大丈夫とどこか不安な笑顔で元気を表す。
だが、それにも限界があった。
いくら免罪符があっても、限界という物はどうしても訪れる。学校もまた始まってまた勇者部としての活動をして日常に身をやつしているこの時期に、未だ先月の事件を引きずり続けているというのはおかしいと。そして彼女の体調が徐々に不調に陥っているという勇者部全員が理解できる異常は、もうハゲ丸への罪悪感やら何やらで暗い顔をしているという免罪符は通じなかった。
だから友達として、彼女を大切に思っている一人として聞き出さなければならないと動いたのは夏凜だった。
「ねぇ、友奈。ちょっといいかしら?」
にぼしを齧りながら夏凜は窓際で黄昏る友奈に話しかけた。この日に話しかけた理由は、今まで調子が悪そうだった友奈が今日はそこまで調子が悪そうじゃなかったから。話を聞く程度ならできそうだと思ったからだ。
友奈は夏凜の問いに笑顔で頷く。また何かを隠しているかのような笑顔を浮かべて。
二人で歩いて、きっとこの時間帯なら誰も居ないだろうと思い辿り着いた港で会話をしようと、暫しの空白を置いてから話し始めた。
「……ねぇ、友奈。ちょっと――」
「あ、その前に……ここ、寒くない?」
さてここから話そうか、という時に友奈は会話を一時中断してこの港を突き抜ける冬特有の冷たい潮風に対する意見を申し上げた。
確かに今はもう冬。いつもならコートを着てくるのだが、適当にどこか人のいない所チョイスしてしまったせいで先に寒さ対策をするという事もなく来てしまった。夏凜はいつも通りな友奈の態度に少しだけ呆れたが、すぐに同意した。寒いと言われると寒さを意識してしまい一層寒く感じてしまう。
「そうねぇ……やっぱ場所移しましょうか」
ただでさえ調子が悪そうな友奈にここはマズいかもしれないと夏凜が移動を提案したが、友奈はそれを拒んでそっと夏凜にくっついた。
「こうしたらあったかいから大丈夫だよ~」
「そ、それもそうね……」
そしてそんな友奈に対してこれ以上夏凜は何も言えなかった。ただ彼女の体から伝わる暖かさを確かめながらこれから行う事に多少どころではない罪悪感を感じるだけだ。
これから彼女の無垢な笑顔を確実に崩してしまう。ハゲ丸と同じような事をする。
彼は言った。友奈が逃げたのは絶対に自分が変に追い詰めてしまったからだと。それに対して美森はブチギレた。園子は何も言わなかった。風は呆れた。樹と銀はちょっとバツが悪そうにしていた。そして夏凜は、ハゲ丸に対してかける言葉が見つからなかった。
一歩間違えれば彼の立場に居るのは自分だったから。
心配が興じて彼女を追い詰めたかもしれないからだ。そして夏凜はそれを理解していながら、同じことをする。そうでもしないと彼女の中のモヤは取れそうにないから。
「……ねぇ、友奈。あんた、藤丸が怪我した後……ううん。する前から様子がおかしいわよね」
その瞬間、友奈の笑顔が消えた。
「何を悩んでいるの。言ってくれればあたしは力になるから」
夏凜の言葉に友奈は言葉を返さない。ただ、くっついたまま視線を下にずらして地面を眺めるだけ。それでも話してほしいと待っていると、友奈は無理した笑顔で顔をあげた。
「なんにもないよ」
「どんな悩みだって受け止めるわ。あたしは友奈の友達だから。友奈はあたしの、最初にできた友達だから!」
夏凜の言葉とハゲ丸の言葉には、決定的な違いがある。
「どんな悩みだって力になる。どんな事だってあたしはしてあげれる。前に言ったでしょ? 友奈は、あたしに大赦を捨てるっていう決意をさせるほど魅力的な子だって。そんな魅力的な子を守りたいから……力になりたいから。お願いだから、あたしに話して……?」
ハゲ丸は少しばかり焦りすぎた。その焦りが友奈を追い詰める言葉を紡がせた。しかし、夏凜はあまり友奈を追い詰めない言葉を、友奈の心に語り掛けるような優しい言葉で彼女に問い詰める。
友奈を一気に追い詰めない言葉。しかしその言葉は友奈に圧し掛かる。捲し立てたハゲ丸とは違う、目を見て話す言葉。
「……本当に、なんにもないから」
だからこそ、友奈は嘘を吐けた。
嘘を吐けない所まで追い詰めたハゲ丸とは違い、逃げ道を残した夏凜の言葉は、優しかった。優しかったが、その逃げ道は夏凜の心を傷つける道と同義だという事に友奈は気づかなかった。気づかない振りをした。
話せば彼女が死ぬかもしれないような不幸が訪れてしまう。だが、逃げればそんな目に彼女は合わない。それが分かっているから友奈は逃げ道を選んだ。
「……どうして」
その道が夏凜の事を、肉体を傷つける以上に傷つけるとは知らず。
「悩んだら相談じゃなかったの……!? 藤丸の時もそうやって逃げて……あたしからもそうやって逃げるの……!?」
その言葉に友奈は何も言い返せなかった。
後ろめたさが彼女の口をこれ以上開くことを許さなかったから。逃げたくない。逃げちゃいけないけど、逃げなきゃいけない。そんな気持ちが友奈の顔色を曇らせて。そして夏凜を傷つけていく。
「……あたし、友奈の力になりたかった。ただそれだけなのに……!!」
友奈から相談されない限り夏凜は動けない。これ以上友奈を追い詰める事は良心が許さない。
そんな夏凜の気持ちが選んだ彼女の行動は、友奈の前からの逃亡だった。
「か、夏凜ちゃん!」
友奈の夏凜を呼び戻そうとする声が聞こえる。
だが、少なくとも夏凜にとっては嘘を嘘で塗り固められるよりも真実を告げられた後に大きな事故にあう……最悪死んだとしても、後者の方がマシだった。彼女も勇者であるが故に、友奈の決断は最も夏凜を傷つける結果に終わってしまった。
友奈は悪くない。何も悪くない。そう思っても傷ついた心は癒されない。夏凜は涙を流しながらも走って友奈から距離を取る。今はただ走って友奈から離れたいがために。
「はいそこまで」
そんな夏凜の腕が、不意に誰かに掴まれた。
声を荒げる気にもなれず、涙を流しながら掴まれた腕の方を見ると、そこには。
「何話してたのかは分かんないけどさ。そんな泣いてたら美少女が台無しだぞ?」
夏凜の先輩、とも言える存在の銀がハンカチを片手に立っていた
もう友奈から数百メートルは離れただろうか。既に友奈を見ようと思っても見れない位置にまで来てしまっている。ハンカチを一応受け取って涙を拭うと、銀はようやく笑顔を見せた。
「……なんでいるのよ」
「ちょっちつけてた。今の友奈はアタシもあんまし無視できない所まで来ちまったしな」
それに、ズラをけしかけた責任もあるし、と銀は呟いた。
銀も早いうちから友奈の異変に気が付いていた人間の一人だ。そして、ハゲ丸が友奈に問い詰める際に彼を止めなかった、あるいは釘を刺さなかった人間の一人だ。
まだ問い詰めるには早いと止めなかったせいであんなことになってしまった。そんな罪悪感が銀には多少なりともあり、実は今日の今日まで樹と共に色々と暗躍を行っていた。こうして夏凜をつけたのもその暗躍の一つだ。
「今日の晩、予定空けておけ。ちょいと法律スレスレだけど、アタシの予想だと須美が動く」
「東郷が……?」
「まぁ、多分だけどな」
実は彼女たちは日常面から友奈が隠していることをどうにかして暴けないか、大赦方面から友奈の隠していることが暴けないかと様々な暗躍をしてきたのだが、それは今日の今日まで成果が出なかった。
園子はどうやら何かしらを掴んだようだが、別方面で作戦を進めていた樹と銀では何もつかめなかった。
つまるところ、この問題は園子並みの権力があるか、友奈が隠していることを半ば強制的に暴くための手段を打たなければならないという事になる。銀と樹にはそれがなかった。園子は権力があった。そして、友奈のためなら強引な手だろうが打てる馬鹿には、一人心当たりが。
「さて、後輩よ。傷心を慰めるためにアタシとカフェにでも行かねぇか? 暇させないぜ?」
「ナンパかっての……でもごめん、そんな気じゃない」
「だろうな。まぁ、気にするなとは言わねぇよ。でも、お前が逃げた後の友奈の顔を見るに、友奈がお前の事を信用していないってわけじゃないだろうから、その点だけは安心しな」
「……カフェ代わりの慰めとして受け取っておくわ」
銀は夏凜の背中を数回叩いてから涙を拭いながら歩く彼女を見送った。
それを見送り、さて、と銀は一言だけ呟いた。
「今回ばかりは見逃してやっから上手くやれよ、須美」
現在進行形で結城家侵入計画を立てているであろう
そんなこんなでハゲは退院しましたが友奈にまた迫って無限ループ完成、という事にはならず原作通り夏凜ちゃんが呼び出す形になりました。これで勇者の章も折り返しを過ぎた訳ではありますが、なんだか最終決戦がすっごく長くなりそうな気がしてならないでございまする。
そして実は裏で暗躍していたミノさんいっつんコンビでしたが、何の成果も得られなかった模様。ハゲを差し向けた手前しっかり動いていたから許してあげて……
では本編の事はここまでにしていつも通りグリッドマンの感想を。
アカネ刺す少女。まさかダイレクトアタックしてくるとはこの海のリハ(ry
アカネちゃんの家がコンピューターワールド直通だったり怪獣としてのロマンの欠片もない怪獣を作り出したり、なんだかアカネちゃんも追い詰められてる感じがして可哀想になってきました。
あとキャラソンで明るいリズムで物騒な事歌っていてやっぱナチュラルサイコパスなのかなぁって思いました。
ではまた次回お会いしましょう。
P.S しずくちゃんガチャ、五十連目でやっと防人が出てくれました。弥勒さん家の夕海子さんが。惜しいけど違う、そうじゃない。