それでは勇者の章最終話、どうぞご覧ください!
美森は風に道を切り開いてすぐに真っ暗な空間の中にたどり着いた。
まるで見えない壁があったかのように。その壁を一切の感触無くすり抜けたかのように、彼女の視界は一瞬で樹海から真っ暗な、洞窟の中のような場所にたどり着いた。
一体どこなのか。ここが何のために用意された空間なのか。それすら分からず右を、左を、上を、そして最後の道が途絶えた先にある下へ続く空洞を見渡し、ようやく美森は目的を発見した。
「友奈ちゃん!!」
数十メートルほど潜った先だろうか。そこで友奈は両手を合わせて合掌しながら目を閉じていた。まるで何かを待つかのように目を閉じる彼女の全身には白い蛇が巻き付いており、彼女の体をまるで生贄かのように空中に吊るしている。そしてその少し下。そこには友奈の姿をしたピンク色の何かが同じように蛇に雁字搦めにされている。アレは何かと考えたが、少なくとも放っておいていい物ではないだろう。
蛇に吊るされている友奈の顔に苦痛の色はない。神婚という神聖な儀式故に神樹様の方で配慮をしているのか、それとも友奈のやせ我慢か。恐らく前者であろうと美森は判断こそしたが、それでも友奈がもう一時間も経たないうちにその命を落とすという事だけは確定的に明らかな事だ。故に、美森は何の躊躇もなく少ししかない足場から飛び降りて友奈の元へと落ちて行く。
まるで重力がそこまで強くない、月かどこかを落ちているかのような気分だった。つい最近の記憶では、友奈と手を繋いでレオ・スタークラスターの御霊を破壊しに行ったときに少しだけ感じた無重力感だろうか。
「友奈ちゃん!!」
もう一度、友奈の名を叫ぶ。
間に合ってほしい、届いてほしい、また声を聞かせてほしい。そんな思考から口にされたその言葉は友奈の耳に届き、彼女の目が開いた。
「東郷、さん……? どうして……」
「迎えに来たのよ、友奈ちゃん! 一緒に帰りましょう!」
まさかここまで追ってくるとは思わなかったのか友奈の顔には驚愕の色が浮かんでいる。だが、その色は美森を安心させてくれた。
まだ友奈は生きている。生贄となってしまっていない。あとは友奈を助けて帰れば全ては終わる。そんな安心を感じつつも、しかしこのまま友奈を無事連れ帰る事を神樹様は許してくれるのかという心配が美森の胸にはあった。
その懸念は見事に的中してしまう。
美森の腕と胴体に友奈に現在も巻き付いている白い蛇が巻き付き、美森の体の動きを鈍らせた。少し視線をそっちにやってみれば、手と胴体が凍っているように見えた。あくまでもそう見えるだけで冷たさも感じなければ頑張れば動かせる程度だが、それでも動きにくいのには変わりない。
「そうまでして渡したくない……渡せないのね」
神樹様がやろうとしている事は理解している。
神婚をして人を神の眷属として認めさせて神界へと人を導き、そこで永久な安全を確保させる。恐らく神という視線で神の価値観で判断するのなら、それはとてもやさしい事であり、これ以上最善な事は無い最終手段とも言える手なのだという事は美森も理解している。
だが、それでも友奈は渡せない。そこに至るまでの過程に犠牲が付いてしまうのなら、認められない。認めるわけにはいかなかった。
「……無理だよ。わたしがやらないと世界が消えちゃう。みんなが死んじゃう。だから、わたしはここに居ないと……」
「そんなの誰もやらなくてもいいのよ!!」
そう。犠牲が付いてしまうのなら、そんな物は最善でもなければやらなければならない事でもない。
誰かが悲しむ死がそこにあるのなら、それは間違っている。例え敵であろうとその人を殺す事によって誰かが悲しむのなら、それは最善でもなければ勧善懲悪でもない。死は悲しみを与え、後悔を与え続ける。
だからこそ、認めるわけには。友奈をここで死なせるわけにも、代わりの誰かをここで死なせるわけにもいかない。故に、美森は手を伸ばす。例え神に阻まれようと、焼かれようと、凍らされようと。拷問を受けたって万回殺された後に蘇生を繰り返させられても、美森は決して止まらない。
友情や愛のため、完全なる勝利を願う仲間のために。
「そんな悲しそうな顔して、辛そうな顔してまで死ぬ必要がどこにあるの!? 死んだら全部終わりなのに……死んじゃったらもう笑えないのに最後に苦しんで死ぬ理由がどこにあるの!? それとも本当にそれを友奈ちゃんは望んでいるの!? せめて私には……私だけには本当のことを言ってよ!!」
そして、友奈の笑顔のために。
最早生きる事を諦め生贄となる事を容認した彼女が見てしまった未練そのものとも言える美森を、勇者部を見てしまったからこそ、彼女の偽りの勇気は、蛮勇はもう剥がれ落ちていた。
死ぬ事が悲しい事だという事は分かっている。きっと自分が犠牲となった先を生きる勇者部達は一生それを後悔する事を心の奥底では理解している。
だから、友奈の蛮勇はもう完全に消えていた。心を固めたそれが消えてしまえば後は友奈の本心が見えるだけだ。
「……怖いよ」
死の克服など、あり得ない。
最早死を迎えるだけの老人が死を笑顔で迎え入れるときがある。だが、そういう人はやり残したことはもう無いと告げ、もう死が逃れられないと受け入れたからだ。それと同じような事を、齢十四の少女が成せるわけがない。
友奈は、本当は抱えていた恐怖を、願望を、願いを吐露し始める。
「嫌だよ。死ぬのは嫌だよ! もっと……もっとみんなと一緒にいたいよ!!」
それしかないから。そうする事でしか生きていけないからと諦め、それに対する恐怖を神婚という免罪符を張り付けた後にソレに臨む蛮勇で塗り固めたからこそ、友奈はここまで来ることができた。だが、来てしまえば死の恐怖は徐々に大きくなっていく。
最早友奈の心でそれに耐えきることはできなかった。
友奈の心は死を拒み、助けてほしいと願っていた。
「友奈ちゃん、手を! 私が絶対に、絶対に助ける!!」
「お願い、助けて! わたしをここから連れ出して!!」
友奈は空へ向けて手を伸ばした。美森は友奈へ向けて手を伸ばした。
今までさし伸ばされなかった友奈の手。それを掴み取ることさえできれば彼女を助ける事が叶う。だからこそ、美森は笑顔を浮かべた。
この手を取って、友奈を助け出す。それが叶うのだから。
友奈も笑顔を浮かべる。またみんなと笑いあえると思ったから。
だが、その希望はどこからか現れた七体の精霊が展開したバリアによって阻まれた。
「精霊バリア……!?」
美森が目を見開き、すぐに精霊バリアを張っている精霊たちを確認する。
その精霊は、牛鬼と青坊主を始めとした、今まで友奈達を支え続けてきた勇者が従える精霊たちが張った物だった。
精霊は神樹様の一部だ。だから神樹様の味方をするのは自明の理だった。
「ここまで来て……こんなところで!!」
美森はバリアへ向けてショットガンを召喚して放つ。しかし、バリアはそれを通さない。
バーテックスの全ての攻撃を防いできた精霊バリアが勇者の攻撃を、それも神樹様の内部での攻撃を通すわけがなく、弾丸は通常よりもかなり弱体化した状態でバリアに突き刺さるだけ。ならば素手で、とバリアを殴っても硬い壁を殴ったような音が響き渡るだけ。
「とうごう、さん……」
そして、友奈の方に限界が来てしまった。
伸ばした手は取られることが無く、友奈は希望を費やされた表情を浮かべ、そのまま目を閉じた。その下の方にある友奈の形をしたピンク色は徐々に徐々に下へ向かって引っ張られて行く。
あれが完全に見えなくなったら、友奈はもう助からない。それが分かっているが、最早美森に手はなかった。
精霊バリアの上でただ友奈を見下ろし、涙を流す。打つ手はもう――
****
外の戦闘は熾烈を極めていた。
スペックに置いて圧倒的な差がある勇者達と天の神。それでも勇者達は諦めなかった。例え相手が精霊バリアすら貫通する攻撃を持ち合わせ、それを遠慮なしに休みなしを加えた上で放ってきても、誰一人として諦める事無く戦っている。
しかし、相手は強大だ。全てのバーテックスの攻撃をしてくる上に、その全ての攻撃が強化されている。早さも、威力も、数も。何もかもが。満開勇者ならば軽くあしらえる筈のその攻撃も天の神が放ったのならば話は別だ。
歯を食いしばり園子の指示の元戦うが、もう勇者達の体力と気力は底を尽きかけていた。
そして、一方的な防戦を強いられていた勇者達の戦線は、瓦解する。
「もう、満開が……!!」
夏凜の体から赤色の光が漏れ始めた。
この中で園子の次に満開した数が多い夏凜だったが、そんな彼女でもずっと攻め続けていたがために三人の中で一番最初に満開持続の限界が来た。それが戦線の瓦解を意味すると知っているからこそ、夏凜は歯を食いしばり果敢に攻める。しかし、その全てを相手の攻撃で簡単に潰され、駄目押しの蠍座の尻尾による打撃が夏凜を襲い、夏凜は満開を解除させられながら銀と共に落ちて行く。
「させるかよ!」
満開が解除されたという事は、精霊バリアも無くなった事を意味する。故に銀は即座に空中で夏凜を拾うと、樹が必死に伸ばしたワイヤーを掴み落下の勢いを完全に殺す。しかし、その瞬間を狙い撃ちにした天の神の射手座の矢は銀の手に直撃し、肘辺りから消し飛ばした。
「ミノさん!!」
「義手だ! 痛みはない!!」
その光景を見た園子が声を荒げるが、ワイヤーを掴んだのは銀の義手であり、銀に対して痛みを生むことはなかった。
だが、腕を失ったのは事実。顔を顰めながらも銀は空中で夏凜が何とか自分の意志で着地の体制を取れる事を示したのを確認してからすぐに夏凜を放し、二人で地面に着地した。
「ごめん、銀。あたしのせいで……」
「義手なんか後で作らせればいいんだよ。気にすんな」
義手を壊したことに対して罪悪感を抱く夏凜ではあったが、今注意すべきはそこではない。
今もなお攻撃を仕掛けようとしてくる真上で輝く天上の存在だ。
夏凜の満開が無くなった以上、空を飛ぶには樹のワイヤーを使うしかなくなった。そんな樹も先ほどから常にサポートを続けていることもあって既に息は切れ、ワイヤーのキレも徐々に無くなってきている。しかも、彼女の服からは少しだけ緑色の光が漏れ出しているのも見て取れる。
恐らく樹の満開もあと数分もしない内に……いや、一分持つかも怪しい。唯一ハゲ丸の満開だけがまだ多少の余裕を持っていたが、恐らく彼も樹の満開が終われば負担故にすぐに満開が解ける事だろう。
ジリ貧もジリ貧のこの状況。しかし、諦めるわけにはいかない。
「このぉ!!」
樹が最後の力を振り絞り、今の自分が操れる全てのワイヤーを天の神へと飛ばし、貫かんとする。だが、そのワイヤーは全て獅子座の炎に焼かれてしまう。しかも、そのワイヤーを伝った炎がそのまま樹自身すら燃やそうと走ってくる。
すぐさま樹は背中に付いている装備を全てパージし難を逃れたが、それが決め手となってしまったのか樹の体を緑色の光が包み込み、満開が解除されてしまう。
これで残りの満開は攻撃能力を持たない、しかし徐々に攻撃に対する防御法を身に付けてきているハゲ丸だけ。それが天の神も分かっているのか、天の神は全ての攻撃の矛先をハゲ丸へと向けた。
「展開が早すぎんだろッ!!」
だが、それでもハゲ丸は空中で攻撃を凌ぐ。
炎を避け、尻尾を弾き、矢を防ぎ、水を躱し、爆弾を誘爆で無力化する。だが、それでも空中を飛べない勇者達がどうにかしてハゲ丸のサポートに回ろうとし、サポートに移るまでの僅かな時間すら、天の神のとってはハゲ丸を鎮めるに至るまでの時間となる。
完全にハゲ丸の動きを封殺してからのハゲ丸が受け流すしかできなかったビーム。それがビームの名に相応しい速度でハゲ丸へと迫る。
「くそっ!!」
それをハゲ丸は真正面から鏡で防ぐ。真正面から、防いでしまう。
盾を中心に裂け、ビームがハゲ丸の後ろへと流れていく。しかし、彼の鏡はビームを受け止めきる事は叶わず徐々に徐々に空中で押されて行く。
なんとか力で対抗しているが、その力にも限界が来た。
彼の体を光が包む。満開解除の証であるその光が彼を包んだ瞬間、踏ん張っていた力が無くなり一気にハゲ丸の体は神樹様の方へと流されて行く。
「こんな所で……こんな奴のために、死んでたまるかってんだよォ!!」
そしてハゲ丸は最後の力でなんとかビームを逸らし、射線から脱出する。しかし、最早満開が無くなった彼には空中で足掻く事すら叶わず、光を纏いながら神樹様の方へと落ちて行った。
****
せめて最後は友奈の近くに。
そんな思いがあったからか、美森は精霊バリアの上で横になり目を閉じていた。
銃も、拳も。人間が力としてきた物が弾かれてしまった以上、美森にもうできる事は何もない。
悔しい。悲しい。そんな思いが冷たい空間の中木霊する。しかし、神樹様は友奈の魂を徐々に死へと誘っていく。それが最善の方法だと信じて、彼女を殺さんとする。
せめて。せめて、友奈が逃げ出してしまったあの時、すぐに動けていたのなら。あの時、友奈のために友奈を殴ってでも止められたのなら。かつて友奈が自分のために殴りかかってきたあの時のように。
「ここまで来たのに……戦ってきたのに、最後はこんな終わりなんて……」
今まで頑張ってきた。
我武者羅に、平和を掴み取るために。本当の平和を自分達の手で掴み取るために、ずっと戦ってきた。その結末がこれだ。正義を信じて戦い抜いた末路は、これだ。
友奈を犠牲にして、世界は救われる。そんな、悲しい終わり。
「……もう、無理なのね」
美森の体が徐々に凍っていく。神樹様の冷気に当てられ、まるでもう動く事ができない美森の内心を表すかのように。動こうと思ったら動ける。しかし、彼女の心が動くことを最早拒んでいた。
友奈の助けを求める手を取れなかった。その事実が美森の心には痛い程突き刺さっていた。そして、友奈の死を見ている事しかできない情けない自分が、とても嫌で。でもそれをどうしようもできないからこうして全てを諦め体を投げ出すしか、今の美森には――
「そんな薄い壁に阻まれただけで!!」
だが、声が聞こえた。
上から、その声は降ってくる。聞きなれたその声に視線を上に向ければ、その声の持ち主は僅かな光を散らしながら高速で落下してきた。
「伸ばした手を引っ込めてんじゃねぇぞ! 須美ぃぃぃぃぃぃぃ!!」
そして、落下してきた人物……ハゲ丸の自由落下の速度すら込めた鏡による精霊バリアへの攻撃は、先ほどの銃声などとは比べ物にならない程大きな音を立てた。思わず美森が耳を塞ぐ程度にはその音は大きかった。
「ふ、藤丸!? どうしてここに!?」
「天の神にぶっ飛ばされた! そしたら諦めてる馬鹿が見えたから説教しに来たんだよ!!」
静かな空間にハゲ丸の声が響き渡る。更にハゲ丸の拳が精霊バリアに突き刺さり、鏡も使って精霊バリアを叩き割ろうとしているが、それは叶わない。
「お前は友奈をその程度で諦めるのか!? これまでの全部、こんな薄い壁で全部諦めんのかよ!!」
だが、その薄い壁は尋常ではない程硬い。全スペックが上回る美森ですら破壊できなかったそれをハゲ丸が破壊できるわけがない。だが、彼はそれでも拳を突き立て続ける。
「神樹様。俺達はあんたに感謝している。今日まで俺達を守って力を与えてくれたことを! でも、俺達はこうまでして掴む平和を一切望んじゃいない!!」
拳を止め、叫ぶ。
その心は勇者部全員が抱えている本心だった。勇者部は友奈を殺してまで得れる平和なんて一切合切望んではいない。救うために死ぬ者が現れる事を、望んではいない。
そんなハゲ丸の言葉を聞き、美森も口を開く。
「そうよ。友達を捨ててまで、友達を犠牲にしてまで手に入れる世界なんて……そんな悲しい偽りの平和で紡がれた世界なんて、いらない」
「だからお願いします。それが俺達人類のためになると信じての事なんだろうけど……友奈を、俺達の大事な仲間を、返してくれよ……!!」
だがそれでも精霊バリアは破られない。
ハゲ丸がもう一度拳を握り、それを振り上げる。諦めない、諦めたくないから、必死に足掻こうとする。そんな彼の横に、紫の光が降りてきた。
「え……?」
奇跡だった。
人の姿をしたその光は、ハゲ丸と、美森の横へと降り注いでいく。その姿は光だけで構成されているが故に誰なのかは分からないが、それでも直感的に分かった。その光は、今までこの世界を守ってきた者達の。この世界を愛し、そして仲間と共に戦い抜いた英雄たちの光だということが。
彼女たちも、同じことを思っているのだ。彼女達も、それを自分たちに当てはめた結果、美森とハゲ丸の助けをすると決めたのだ。
仲間を見捨ててまで得る平和よりも、仲間と共に生きる未来を。
それが、勇者達の選択だった。
「……確かに今まで俺達は神樹様に頼りっきりでした。でも、もし。三百年という長い時が経った今でも、人を信じられるのなら」
「本当に人を救おうと思ってくれるのなら。人を助けたいと思ってくれているのなら。どうか、私達を信じてください」
語られた英雄が、語られなかった英雄が、神樹様の作り出した壁に手を当てる。
決して力ではなく、言葉とその心で神樹様へと語り掛けている。故に、ハゲ丸も拳を握ることを止めた。
神樹様が欠片でも人の事を信じてくれているのなら。人を守るために戦ってくれているのなら。人のためにその姿を現してくれたのなら。
この光景は、どんな武器にも勝る武器にもなるから。
「私達は、人として生きる道を選びます」
神の眷属ではなく、人として。
その言葉は、まるで壁そのものに浸透していくかのように溶けていき、そして美森が手を付いていた箇所から、壁は弾けた。
三百年、この世界を維持するために戦い抜いてきた勇者達の意志と、美森の意志と、ハゲ丸の意志を汲み取った神樹様は、今一度人を信じる事を選んだのだ。全てを自分が守るのではなく、人に守らせる選択肢を、改めて神樹様は選択した。その選択は、友奈を神婚から解放するという結果を生んだ。
「……とうごう、さん?」
そして、友奈は目を覚ます。神婚は不成立となり、友奈は神樹様から解放されたのだ。
「友奈ちゃん!」
もう二人を邪魔する者は誰一人としていない。美森が友奈に抱き着き涙を流す事を、神樹様は止める事はない。
生きる事を許された。またもう一度信じてもらえた。その結果が、今一度二人を引き合わせた。
「でも……こうなっちゃうと世界が……」
そして目を覚ましてから全てを察した友奈は、生きる事を許された事に喜びながらも、これは世界の崩壊を意味するという事を理解していた。してしまっていた。
だが、美森はその言葉を聞いても友奈を放さない。
「友奈ちゃんのせいじゃない。これで終わるのなら、仕方のない事なのよ」
「本来、三百年前になるはずだったことが起こるだけだ。むしろ三百年も先延ばしにしたんだから十分だろ?」
もう、戦う力は残されていない。
きっと外で戦っている仲間達が押し切られてしまうのも時間の問題だ。
だが、これは人の選択だ。人は人として生きるという、決意なのだ。もう、取り返しのつかない、しかし納得のできている滅びへの決意。
泣きそうな友奈と、友奈を抱きしめる美森と、どうしようもないと言わんばかりに笑顔を浮かべるハゲ丸。そんな三人の元に、精霊バリアが無くなった際に唯一消えなかった精霊、牛鬼が近づいてきた。
「牛鬼……?」
牛鬼はいつも通りの何を考えているのかよく分からない愛らしい表情を浮かべながら友奈と視線を合わせた。
もし力を貸してくれるのだとしても、友奈一人が加わったところで戦況は目に見えている。友奈自身もそれが分かっているからこそ、今さら牛鬼が自らの元へ近づいてくるその理由がよく分からなかった。
だが、牛鬼は友奈を見つめ、一つ頷くと自らの体を光へと変換し始めた。
いつもの桜色の光ではなく、金色の細長い光に。
「な、なに!?」
「なんだこりゃ!?」
細長い金色の光はまるで糸のように友奈と、ついでと言わんばかりに近くに居る美森とハゲ丸を巻き込んで三人の体を包んでいく。抵抗しようとする美森とハゲ丸だったが、友奈は何も言わなかった。
むしろ牛鬼の行っている事の全てに納得したかのように頷き、それを受け入れている。
「大丈夫だよ、二人とも」
友奈の言葉に二人は抵抗を止める。友奈の言葉だからこそ、二人は何も言わずに受け入れた。
「神樹様はわたし達を信じてくれた。信じてくれたからこそ、それを行動で表そうとしてくれているんだ。だから、何もしなくても大丈夫」
そして、三人の体は金色の糸で作られた繭のような物に包まれた。
その瞬間、神樹様がその姿を変える。
神樹様の頂上から巨大な蕾が出現し、それが上から迫る天の神とは違い下から上へと、例え雨の中でも力強く咲く花のように成長していく。その様子は避難していた勇者や防人からも見えた。
赤い炎に包まれてしまった樹海の中で一際輝くその花はゆっくりと咲き誇る。
桜の花びらが吹き荒れ、その中心からは友奈が……神樹様がその力を託した、正に神と人間が起こした奇跡の結晶とも言える友奈がその姿を現した。
「だから、わたしは人として戦う。人として、平和を掴み取る!」
大満開友奈。
神の力の一端をその身に宿す満開とは一線を画す人の……友奈と美森の意志と、神樹様の願いによって生み出された本来生まれる筈の無かった奇跡の結晶。
左目が翠となった友奈のその姿は、満開を超える程に神々しかった。そんな彼女の周りには七色の珠が浮かび、その側には彼女の戦いの全てを支えてきた精霊、牛鬼の姿がある。そして手甲も友奈が変身時に身に付けていた物ではなく、天ノ逆手と呼ばれる手甲がはめられている。
全ての勇者達の願いと、神樹様の願いが乗せられた奇跡は、ゆっくりと自分たちを見下ろす天の神を見上げた。
「みんなが繋いでくれたこの命、この力! 無駄にはしない!!」
そして拳を構える友奈に向かって、天の神は今までよりも更に強大なビームを発射すべくエネルギーを溜め始めた。大満開友奈ごと神樹様を焼き尽くしこの世界を本当に終わらせるために。
あのビームは大満開友奈でも直撃したらどうなるか分からない。耐え切ることは可能かもしれないが、それでも周りへの被害を考えれば受け止めるか中心をそのまま突っ切るかの二択しかない。故に、友奈は浮かび上がり拳を構える。
大満開は長い時間維持できない。今も神樹様はその命をすり減らしながら友奈に力を与えてくれている。それを一秒たりとも無駄にすることなんてできないから。
そして、大満開友奈と天の神の攻撃が全く同時に放たれようとしたその瞬間――
「おい神様よ。お前、鏡見たことあるか?」
第三者の声が響いた。
それに天の神が気が付くが、その時には既に声の持ち主は行動を終わらせていた。
ビームの射線上と大満開友奈の間に、一枚の鏡が……光り輝く鏡が設置されていた。その鏡は、間違いなく彼の……藤丸の物だった。
「お前さ、神って割にはすっげぇしょうもねぇ姿してんぜ?」
直後、天の神のビームが放たれた。
しかし、ビームは鏡に直撃し友奈と神樹様には当たらない。それどころか鏡は完全にビームを受け止め続けている。
鏡の負担を一切無視した防御は、今までどんな攻撃だろうとどんな乱暴な扱いをされようと壊れなかった神獣鏡にヒビを入れるにまで達する。しかし、それでも鏡は動かない。藤丸の全ての力を込めたその鏡は、天の神の攻撃を一切通さなかった。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そして、攻撃が来ないが故に大満開友奈は完全なるフリーとなる。
彼女の天ノ逆手に埋め込まれた八色の、勇者達の色を模した球体が順に発光し始める。それと同時に友奈の足元には花の紋章が、仲間たちの華の紋章が順に浮かび上がる。
桜、朝顔、オキザリス、鳴子百合、サツキ、水連。そして、ガクアジサイと三つ巴が彼女の速度と力をブーストし、一気に彼女の体を上空へと飛ばす。
「行け友奈!!」
「やっちゃって友奈ちゃん!!」
「おおおぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉ!! 勇者ああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
最早天の神に友奈の攻撃を防ぐ手立てはない。
自分の思いと神樹様の力と、そして仲間たちの願いを乗せたこの拳が、邪なる神に打ち砕ける道理はない。
人はいつだって奇跡を起こし歴史を紡いできた。
故に、今、友奈は未来を作りこれを歴史とするために、その拳を構え飛ぶ。全ての希望と明日を紡ぎ出すために。
「パァァァァァァァァァァァァァンチッ!!」
そして、友奈の全てを乗せた拳はハゲ丸の鏡を打ち砕き、そのままビームを真正面から裂きながら一切の減速なく天の神へと向かっていく。
まるで夜を照らす太陽のように、一筋の光が空へ空へと昇り、そして弾ける。
鏡が一枚割れたかのような軽い音と共に空全体にヒビが入る。そのヒビは徐々に徐々に大きくなっていき、やがては光が弾けた場所から割れ、代わりに青空がその姿を現した。
天の神は砕け、友奈がゆっくりと光を散らしながら落ちてくる。それを祝福するかのように神樹様から桜の花びらが舞い散り、樹海を覆っていた炎が消えていく。
それは、勇者達の勝利の他なかった。
世界は再構築され、戦い抜いた勇者達の前には幻想的な光景が、まるで神樹様からのご褒美のように咲き広がる。そして、花吹雪が勇者達の視界を隠し、音までもが完全に消えたその瞬間。
勇者は、三百年にも及ぶ天の神との戦いに勝利したのだった。
****
目を覚ますと、勇者達は校舎の屋上で眠らされていた。
先ほどの戦いは夢だったのか。そんな心地で空を見上げていた視線を横にずらすと、そこには自分たちが戦いのために使っていた端末が、勇者システムが入った端末が自分達の花と共に転がっていた。
しかし、端末は画面の中心からヒビが入り、壊れてしまっている。もう勇者として変身する事はこれ以降一切できないだろう。
「……空が綺麗だなぁ」
ボソッと銀が呟いた。その言葉に誰も否定の言葉は返す事はできず、樹がふと空から視線を外して神樹様の方を向いた。
しかし、そこに神樹様はなかった。綺麗さっぱり、消えてしまっている。
「あれ? 神樹様は……?」
その言葉に、全員が樹海が解ける前の光景を思い出した。
樹海が解ける寸前、花びらが自分たちを覆った。まるで、満開となった花が散るかのように、大量の花びらが神樹様から散っていった。
「まさか、散華……?」
そう、あの光景を口に出すのなら、散華だ。
神樹様は、友奈に力を与えた後に自ら散華してしまった。人を信じ、人を助けるために生まれた神の、一番それらしい最後だった。
友奈は最後の光景を思い出しながら、自分の鎖骨付近……天の神のタタリが刻まれていた所を触った。まるで烙印のように刻まれていたソレは、触っても見つからない。自分の目で見ても、完全に消えていた。
「消えてる……」
その言葉は神樹様に対してではなく、自分のタタリに対してだという事を勇者達は理解していた。
つまり、天の神は打倒できた。そしてこの世界を守る事ができた。
奇跡に奇跡を重ね、そして人は人としてこの世界を守り抜いたのだ。
だが、今はそんな事よりも、またこうしてみんなで空を見上げる事が。みんなと会話できることが友奈にとって一番嬉しくて、思わず涙が出てきてしまった。
誰もそれを止めない。笑って頷き、改めて戦いに勝った事実を享受する。
「……ごめんね、友奈」
「……俺も。色々ごめんな」
「わたしも……ごめんね……!!」
心配をかけた者が、追い詰めてしまった者が改めて謝罪の言葉を口にする。
泣きながらそれでも嬉しさ故に笑う友奈を見て、風が当たり前の、しかし言っておかなければならない事を呟いた。
「……おかえり、友奈」
「……ただいま!」
勇者達は空を見上げ、完全なる平和をその手に握ったのを改めて認識し、笑った。
当たり前の日常は当たり前のように戻ってきて、そして明日からもまた繰り返される。校庭の方から数十人の少女達の怒声と謝る女性の言葉を聞きながら、少女達は笑う。
空をビームが突き抜け、一部の勇者の恩師が空を舞う、当たり前の日常がこうして戻ってきたのだった。
「……なぁ、ツッコミ入れたら負けか?」
「うん、まぁ……無視しておこうぜ?」
そしてどこか締まらないのも、一番勇者部らしかった。
勇者の章、完結!! かなりハイペースで書き上げたからあんまり長いとは感じなかったけど、多分勇者の章だけで七万文字くらいは書いているのでわすゆ編と同じくらいの長さはあったと思います。
いやー、疲れた……元気ない友奈ちゃんを早く終わらせたいからと一気に書き上げたけど、中々に疲れました。けど、やりたかったことが大体できたので満足です。
まさか今年中に勇者の章が終わるとは思ってもいませんでしたが、とりあえずこれにてゆゆゆは完結。長い事付き合ってくれた皆さま、ありがとうございます。
さて、次回からですけど、わすゆ完結からほぼ一直線に勇者の章をぶちこんだためできなかった特典ゲームのシナリオ(自分が把握している程度)を数回挟みます。それから多分いつも通りにハゲ丸と誰かの話を数回書いていきます。
多分トップバッターは家なき子となった防人ズの話ですかね。とりあえず、その後にのわゆ編のシナリオの組み立てが終わり次第、のわゆ編に突入すると思います。折角戦いが終わったのにまた戦いにぶち込む外道ですまんな。
あと、もしかしたらですけどハゲがフラグ建築に成功していたら……みたいなIF話を書く可能性が微レ存。だって園子とか結構距離近いからあんまり違和感ないかなーって。違和感生まれたら即書くの止めますけど。
では、また次回にお会いしましょう!!
……さぁて、原作通り勇者システムの入った端末壊しちゃったけどどうしようか