ハナトハゲ   作:黄金馬鹿

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今回は座敷童ことしずくIFです。

いやー。他のキャラとあまり被らないようにー、とか思いながら書きましたが、展開は友奈IFにかなり似ているかも。そろそろ俺のラブコメ貯蔵庫は限界が近いという事が判明しました。

ちょっと胸糞描写がありますがそこはご容赦を。しっかりとハッピーエンドで終わりますので。

……というかIFとはいえしずくがメインヒロインの話ってもしかしてここが初? っていうか芽吹よりもしずくの方が出番多いのももしかしてここだけじゃ……


しずくIF:しずくへの優しさ

 しずくは学校という物が好きじゃなかった。

 もう死んでしまった両親からネグレクトを受けている間、誰も自分の事を気にかけてくれなかった。今となっては助ける手を伸ばさなかったのだからそれは当然なのかもしれない。彼女はそう思っているが、しかし友達が居ない学校と言うのは退屈で時間を無駄にしている気しかしなかった。

 そして親が心中してから暫く経ってから、しずくには一つだけ言えない秘密ができてしまった。

 親が居ないまま、大赦からは勇者適正が高いからと援助を受けながら生きていく中でしずくはいじめを受けた。殴られるとか蹴られるとか、そういうのではないが、精神的に攻撃してくるモノだった。

 親なし。それがしずくがされたいじめの原因だった。親が心中したから。それだけでしずくは気味悪がられ悪者にされいじめられた。中学生になってからは先輩の一人にどうしてもと頼まれたが故に入った部活があったが、しずくはそこでも軽いいじめを受けてすぐに幽霊部員となった。

 学校は敵しかいない。誰も自分を助けてくれない。助けを求めるだけの度胸が無い。

 そんなストレスがしずくを苛み、そして誰も居ない家と言うのが癒しを与えてくれるわけもなく、しずくは自分を守るためにもう一人の人格を生み出した。

 シズク。表人格であるしずくとは正反対の、男勝りで誰かれ構わず突っかかるような荒い性格をしていながらも、その裏は優しさでできた理想の自分とも言える自分を。

 シズクが表に出てくるようになってからはしずくに対するいじめはなくなった。彼女が一言文句を言って少し荒っぽい事を起こせばいじめっ子達は気味が悪い、サイテーなんて言いながらもう寄ってこなくなったからだ。

 それからしずくはシズクという心の拠り所を得て生き、防人となり、芽吹を始めとする仲間を得た。そして戦いが終わってからしずくは藤丸の家に居候し、学校に行く事を拒んだ。

 しかし中学三年間の半分以上を不登校で過ごしてきたしずくに、一つ選択が迫られた。

 中卒のまま社会に出ていくか、どこかの高校へと進学するか、だ。

 

「で、結局しずくは進路どうすんの? 俺の親は俺が高校卒業するまでは別に居候でも構わないって言ってるけど」

 

 藤丸の受験もいよいよ近くなってきて、彼も自分が受ける高校を既に絞ってその高校に対する対策を練りながら受験勉強をしている最中。彼はしずくにそんな事を聞いてきた。

 もう中学生生活も終わりが近づいてきている。それは分かっていたが、しずくは自分の進路を考えるのは先延ばしにしていた。

 学校は嫌いだ。だが、いつまでもここで養ってもらうわけにはいかない。今はお金も入れず、彼の両親の親切心だけで住まわせてもらっている立場だ。それをもう三年間、なんてことはできない。

 だが、この家は少しばかりしずくにとって居心地が良すぎた。親切にしてくれる藤丸の両親と、世話を焼いてくれる藤丸。妹のように思えてきた亜耶。今まで家族という存在が苦痛でしかなかったしずくにとって、この新しい家族とも呼べる人たちはいささか優しすぎた。

 だから、将来の事を考える事を先延ばしにしてきた。

 ここを出て、高校に通う事を。

 

「……ん。まだ、考えてる」

「そっか。けど、あんまり先延ばしにしていると間に合わなくなるからちゃんと決めとけよ?」

「だいじょぶ」

 

 口ではそんな事を言っているが、全然大丈夫じゃない。

 親切心にずっと甘えておくわけにもいかない。それはしずくとシズクの共通見解ではあるのだが、だからと言ってここに住み続けるための家賃やらを払う金は今のしずくには無い。

 確かにしずくは自分の実家がまだ残っている。神樹様が消えた現在を乃木園子を中核とした新たな管理体制に変える事に成功し、暫く経ってから彼女の実家が放置されている事にようやく気が付き、園子の親切心によりいつでもしずくが戻ってこれるような状態で保持されている。

 それに、しずくの実家はしずく本人が社会に出てしっかりと金を稼げるようになるまでは大赦の方で面倒なアレコレだったり、光熱費や水道料金と言った金のかかる物に対する金は用意される。

 防人として戦い抜き、そして将来的に防人の一員としてもう一度璧外調査へと赴くことを契約したしずくへの報酬が、これだった。

 だが、しずく的には帰りたくはなかった。将来を考えこの報酬を貰ったが、帰りたくはない。

 親が喧嘩し、ネグレクトを受け、放置され、そして両親が心中したあの家に、しずくは帰りたくなかった。帰りたくなるハズがない。

 安心も、優しさも、賑やかさも、何も無いあの家に、帰りたくはなかった。

 でも、帰らなければならない。いつまでも無償の優しさに触れ続けるわけにはいかない。

 

「……高校、決めないと」

 

 その日、しずくは予めピックアップしておいた実家に近い高校のパンフを手にし、自分の行きたい学校を決めた。

 同時に、この家を出て実家に帰る事も、決めたのだった。

 

 

****

 

 

「それじゃあ、学校から出す必要書類は用意しておくから、山伏さんはしっかりと勉強して、書類とかもちゃんと出すように」

「……はい」

 

 高校を決めた翌日。しずくは数年ぶりに自分が在籍する中学校へと訪れ、担任の先生に高校受験のために必要な書類を用意してほしいというウマを伝えた。

 藤丸家から電車でかなり時間がかかるため、着いた時には授業は始まっていた。なので、暫く喫茶店で時間を潰し、昼休みの時間になってから担任の先生を訪ねたのだが、学校はやはり居心地が良くない。

 校内……というよりも同学年でしずくの両親が心中し、しずくは天涯孤独の身となった事を知らない者は居なかった。どうしてそんな話が出回ったのかは不明だが、それは事実であり、面白半分で聞かれてもしずくは何も答える事ができず、彼女が天涯孤独の身という情報は広まっていった。

 面白半分で何かを聞きに来る者。それを注意する者。しずくを哀れむ者。そんなのが溢れる学校というのは、やはり居心地が良くなかった。それを口にしなかったからこそ、体のいいサンドバッグとしていじめられたのかもしれないが。

 

「……失礼しました」

 

 最低限のマナーを守り、しずくは一旦実家の様子を見に行くために昇降口へと真っ直ぐ向かっていく。

 

「ねぇ、あの子。もしかして山伏さんじゃない?」

「山伏さんって、もうずっと学校に来てない子じゃなかった?」

「なんで今日は居るんだろう」

「っていうか、もう昼休みだよ? 今さら登校?」

「そういえば大事なお役目に就くから来なくなるって聞いてたけど、結局お役目が無くなっても来なかったよね」

「サボってたんじゃないの?」

 

 その最中でそんな言葉を聞いた。

 黙ってくれ。そんな願いが通じるわけもなく、好き勝手話す同級生たち。

 あぁ、居心地が悪い。学校に行かなかったのは確かに自分が悪い。だからと言って好き勝手話さないでくれ。放っておいてくれ。

 そんな願いが通じるわけもなく、しずくは全ての声を無視して若干小走りで昇降口にたどり着くと、ローファーを履いて学校の裏口を出て走った。

 

「……学校、やっぱり嫌だ」

 

 でも、行かないと。

 そんな観念に晒されつつ、しずくは沈む足でゆっくりと実家へと向かった。

 こんな真昼間に制服を着て外を歩くしずくを特異な目で見る者は沢山いたが、それをすべて無視してしずくは自分の実家へとたどり着いた。

 両親が心中した家。恐らく心中跡は綺麗サッパリ消えているだろう。

 しかし居心地は良くない。

 あぁ、嫌だ。来たくなかった。もう見たくなかった。

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……

 

「……シズク、大丈夫だから。出てこなくて、いいよ」

 

 実家を前にしずくは唐突に眠気を感じた。

 間違いない。シズクが出てこようとしている。しずくを守るために出てこようとしてくれている。学校の間から感じっぱなしだったストレスに反応して出てきてくれようと。

 だけど、それを抑えた。大丈夫だからと。そう告げて。

 

「っ……」

 

 眠気は収まった。シズクはしずくの言う事を聞いてくれたらしい。

 ホッとしつつしずくは一人、実家へと入った。靴も何も無い玄関に、何も無い廊下。そして居間へと入り、昔自分が使っていた家具がそのまま残っている事を確認し、過去をフラッシュバックしつつも全ての部屋を見て回る。

 そのままだ。全部、そのままだ。

 だけど、両親の部屋だけは見る事ができなかった。この部屋だけは、何があっても見たくはなかった。

 取り壊されればよかったのに、なんて思ったがそんな事を大赦に頼めるわけもなく。

 電気も水道もしっかりと通っていることを確認してから、この時間帯にやっている西暦の再放送ドラマを見る事にした。

 

「…………」

 

 一人で、ボーっとしながら。

 いつもは面白いと感じるドラマは、あまり面白くなかった。

 どうしてかな、と思いながらしずくはソファに座って横に居る亜耶にもたれかかろうとして、そのままソファに横になった。

 あぁ、そっか。

 

「……藤丸も、国土も。誰も居ないんだった」

 

 あぁ……嫌だなぁ――

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

「――あれ?」

 

 気が付くと、しずくは藤丸家の玄関前に居た。

 時間は気が付けば時間は吹っ飛んでおり、服もそのまま。だが、前髪が払われているのに気が付き、ようやく自分がシズクと入れ替わっていたのに気が付いた。

 何で、と思いながらもしずくは前髪を元に戻し、自分の手に一枚の紙が握られている事に気が付いた。手を広げ、その紙を確認すると。

 

『無理すんな。嫌ならあの家に帰らなくてもいい』

 

 雑な字で書かれたメッセージがあった。

 間違いない、シズクの字だ。きっと、あの家でシズクと変わり、彼女は全ての事情を察してから真っ直ぐここに戻ってきてくれたのだろう。このメッセージを書き残しながら。

 確かに、その通りだ。

 嫌なら親切心に甘えればいい。社会人になってから恩を返して、後からでもしっかりと恩義に報いればいい。

 でも。

 

「……ごめん、シズク。もう、決めたんだ」

 

 優しさに甘え続けるのは、もう止めるって。

 しずくは藤丸家のドアに手をかけると、それを開けた。

 待っていたのは実家のような寂しく冷たい空間ではなく、優しく暖かな空間だった。

 

 

****

 

 

 時は過ぎ、しずくは藤丸家を出た。

 高校にしっかりと受かり、必要な物を買い揃え、しっかりと書類も出して入学手続きを済ませたしずくはいよいよ藤丸家を出て、藤丸の手を借りて私物を一回で運びきってから、自分の実家へと戻った。

 何度も彼の両親から無理しなくてもいい。ここに住み続けてもいいと言われたが、しずくは断り、私物を全て実家へと運んだ。そうして実家に完全に住居を移す寸前まで彼の両親は辛かったら戻ってきてもいいと言ってくれた。

 本当に、本当に優しい人たちだ。

 だが、優しいからこそ、いつまでも甘えてはいられなかった。言葉を聞くたびにシズクが出てきそうになった。

 選んだ高校は、未練でもあったのか実家と藤丸家の中間程度に位置にある市立の高校。いつでも藤丸家に遊びに行ける、なんていう想いからこの学校を選んだのは、シズクもすぐに理解できたが、彼女はしずくの決定には何も言わなかった。

 偏差値は中間程度。普通科の、どこにでもありそうな高校。通学に電車を使う上に一時間程度はかかるが、必要経費だ。

 真新しい制服に身を包み、入学式を終え、しずくは知っている人が誰も居ない教室の端っこの席で一人本を読む。

 寂しい。退屈。暇。そんな事を思いながら流れに身をやり、気が付けば最初のHRが始まってクラスメイト達の簡単な自己紹介が始まっていた。

 しずくは名前的にも最後に近い。もう残すところ数人という所でしずくの番が来た。

 

「……山伏、しずく、です。あの、その……」

 

 立ち上がり、名前を告げ。

 周りから受ける視線に口が閉じてしまった。

 自己紹介しないと。でも、こんな人を前にそんな事。

 いや、こんな目。好奇を送ってくる目。あの時のような無邪気な悪意がある目とは全然違うが、それでも思い出してしまう。思い出す事を強制されてしまう。

 嫌だ、そんな目で見ないで。見てほしくない。座らせてほしい。けど、そのために何を言えばいいのか分からない。

 何を言えばいい。何をしたらいい。一体何を――

 

「――…………あぁ、また」

 

 気が付くと時刻は放課後で、手の中には紙が。

 

『趣味は本を読む事とだけ言っといた。俺の事は誰も気が付いてないから心配すんな。上手くやれよ』

 

 シズクからのメッセージ。どうやらあんな突発的な状況でも状況を察してしずくに成りきってくれたらしい。メッセージの裏には簡単に必要な事はメモしておいた、とだけ書かれており、机の上に置いてある真新しい手帳には確かにシズクの字で今日伝えられたことが簡潔に書かれていた。

 こういう時、記憶を共有できる二重人格なら、と何度も思った。

 でも、仕方ない。しずくは手帳とメッセージを大事に鞄にしまうと、和気藹々とする新たなクラスメイト達を尻目に一人、教室を後にした。

 一時間ほど電車に揺られれば実家に着く。

 そして家でずっと一人でテレビを見て、携帯を見て、明日の用意をして。夜中に一人で居間でお菓子を食べながらバラエティ番組を見る。

 

「……藤丸」

 

 ボソッと呟いたが、言葉は返ってこない。

 あぁ、寂しいな。ご飯も美味しくなかったし、お菓子もなんだか味気ないし。バラエティもつまらないし。

 あぁ、寂しい――

 

「――また」

 

 気が付けば朝だった。

 風呂に入って着替えて、寝ていた。メッセージはない。シズクが勝手にやってくれたのだろう。藤丸家に居た頃何度も彼女に面倒だからとそれを頼んでいたから、手順は分かっていた。

 しずくは一人朝食のパンを焼いて着替えてから鞄を持つと、そのまま外へ。

 朝食のパンは美味しくなかった。もっとおかずが欲しかった。けど、作る時間なんてない。

 なんでこんな生活、選んじゃったんだろう――

 

「――何度もごめんね、シズク」

 

 気が付くと教室の自分の席に座っていた。

 後悔によるストレスで、シズクと交代していた。元々シズクとの交代はしずくが感じる大きなストレスによって発生する。しかし、普段は眠っているシズクが無意識下で出なくてもいいと判断したら出てこないし、出てこないといけないと思ったら軽度なストレスでも、ストレスを感じていなくても出てくる。

 それが藤丸家に居候してからは結構自由に入れ替わる事ができた。うたた寝している時に気が付いたら変わっていた、なんてことも。

 でも、最近はそれができない。昔に戻ってしまった気分だ。それと同時に、弱くなったと自覚してしまう。

 あの程度のストレスでシズクと変わってしまうという事は、つまりシズクが変わらないといけないと思っている証拠だろう。変わらないといつかしずくが壊れてしまうと思ったから。

 しっかりしないと。胸に手を当て、小さく深呼吸してから決めて。

 

「ねぇねぇ、山伏さん」

「……ん?」

 

 声をかけられた。

 無視するのも失礼なので、一応小さく返事をしてからそっちを向く。そこに居たのは、新たなクラスメイトの一人。彼女の後ろには彼女の友達らしい女子生徒が数人。

 

「あのさ、中学の友達から聞いたんだけど」

 

 心臓が一際大きく跳ねた。

 

――山伏さんの両親って、心中しちゃったんだって?――

 

――気が付くと、放課後だった。手には、メッセージ

 

『誤魔化しておいた。それと、板書と重要事項はメモっておいた』

 

 シズクからのメッセージだ。

 情けなくなる。主要人格である自分がこんな事。でも、あの事実を自分から自虐するのと、他人から言われるのとでは感じるストレスの量が違った。

 ノートと手帳を開いてみれば、自分の字ではない文字がしっかりとそこには。上手い事シズクは自身の存在を隠してしずくを演じながら一日を過ごしてくれたらしい。メッセージをいつも通り鞄にしまおうとすると、裏にはまだシズクからのメッセージが。

 

『あんまり自分を苛めるな。しっかりやれよ』

 

 シズクからのメッセージ。

 あぁ、本当に彼女は優しい。どんな時も自分を助けてくれて。ただ体を共有しているからっていうだけで、無償の優しさを――

 

「……あれ?」

 

 無償の優しさを。

 シズクからの、無償の優しさ。

 それに浸り続ける事は、藤丸の両親の優しさに浸り続ける事と何も変わらないんじゃないか?

 確かに金の有無やらはあるが、これじゃああの人たちの元を離れた意味なんて、何も。

 

「……駄目だ」

 

 迷惑をかけないためにあそこを出ていったのに、今度はシズクに迷惑をかけ続けている。

 何度でも出てやる。そう言ってくれたが、何度もシズクにバトンタッチしていたら駄目だ。シズクの優しさに甘え続けちゃ。

 迷惑かけちゃ、駄目だ。

 

「……シズクに、頼り過ぎちゃ、駄目だ」

 

 だって、迷惑をかけつづけられないから。

 ――その日から、しずくは出てこようとするシズクを抑え続けた。何度もシズクが変わろうとしてくれたが、それを主人格の強さでねじ伏せて。

 気が付けばクラスの中でしずくは一人端っこにいるだけの存在となり、誰も話しかけて来なくなり、両親心中の噂はもうとっくに広まっていた。シズクに変わっていればもうちょっとマシになった現実を、しずくはどうする事もできなかった。

 それでも、大丈夫。シズクに迷惑は掛かってないから。

 大丈夫。きっと、大丈夫。

 

 

****

 

 

『それで、調子はどうだ、しずく』

「……平気。藤丸は?」

『まぁまぁだな。やっと新勇者部も軌道に乗って、高校にも慣れてって所だ』

 

 ある日、しずくは藤丸と通話をしていた。

 しずくの事を心配した藤丸がわざわざ電話をかけてくれたのだが、しずくは嘘を吐いた。

 調子が良いなんて、嘘だ。辛い。毎日が辛い。毎朝決まった時間に起きて、毎朝美味しくない朝食を食べ、毎日居たくもない教室に居て、毎日辛い帰り道を歩き、毎日寂しい家の中で一人家事を済ませる。

 ストレスを感じない日なんてない。毎日シズクが変わろうとしてくれる。でも、それをねじ伏せている。

 

『しずく先輩、いつでも遊びに来てくださいね』

『俺の親もしずくの事、心配してるから偶には顔見せてくれ。娘が一人暮らしを始めた気分だ、なんて言ってるんだぜ? だから、心細くなったら甘えに来い』

「ふふっ……うん。じゃあ、また今度」

 

 そして嘘を吐いた。

 今の顔を、二人には見せられるわけがない。見せてたまるものか。

 通話を切り、携帯をソファに投げ捨てると、しずくは立ち上がって洗面台で顔を洗ってから自分の顔を見た。

 酷い顔だ。濃い隈と、ロクに物を食べないからこけてきた顔。明らかに不健康そうな顔色。見られたら心配されまくって暫くは帰してくれないだろう。

 でも、それでいい。

 甘え続けちゃダメなんだ。あの暖かい場所に甘え続けちゃ。もっと、もっと。もっと頑張って、頑張り続けて……

 

「……かえり、たいよ。もう、やだよ。こんなのつらいよ、ふじまる……!」

 

 でも、久しぶりに聞いた声であの暖かく優しい場所を思い出してしまい、泣いた。

 一度泣いたけど、大丈夫。

 明日からは、また上手くやれる。やらなきゃいけない。

 あの優しさに甘え続けるわけには、いかないから。

 

 

****

 

 

 しずくの一人暮らしは、続く。

 一人で勉強して、食事をして、家事をして、学校に行って、帰って。そうして、そうやって。

 一人で家事をする事には、慣れた。でも、寂しさには慣れなかった。一人で食事をする事にも慣れたが、寂しさには慣れなかった。寂しさにだけは、どうしても慣れなかった。

 時々飛んでくる防人達のメッセージや藤丸や亜耶からのメッセージに軽く返事だけして、寂しさを感じて。今日もまた学校へ行ってつまらない授業を受けて、一人で食事をして、帰りのSHRで担任の言葉を聞き流す。

 

「最近は不審者が多いようだから、気を付けるように。それじゃあ、号令」

 

 いかにもとってつけたような話題を終わらせた担任の言葉に号令を任されたクラスメイトが従い、そしてそれが終われば放課後だ。神樹様が消えたとはいえ、そう不審者が増えるわけでもなかろうに。

 既に部活に所属する者は部活動へと赴き、それが無い者は居間から始まる連休に心弾ませて帰る。しずくも帰宅する内の一人であり、心は弾まないがさっさと荷物を纏めてさっさと帰宅する。今日はあれをやらなきゃ。そうだ、これを買ってこなきゃ。そんな事を考えながらしずくは電車に揺られ、一人で近くのスーパーに。

 こっちへ来る直前に藤丸に教えてもらった野菜や肉、魚の目利き方法を思い出し寂しくなりながらも必要な物を買い、完全に娯楽目的であるお菓子を買おうとして、結局食べずに置いておくだけになるからと買わずに必要最低限な物を買って袋を片手に帰路に就く。

 

「……大丈夫。まだ、大丈夫」

 

 そう自分に暗示をかけながら、一人寂しく歩く。

 防人になってからは帰り道一つにも誰かが居る時が多かった。芽吹だったり、雀だったり、夕海子だったり、亜耶だったり。誰かと一緒に出掛けて誰かと一緒に帰ってくるか、一人で気ままに出かけたら誰かと合流するか。

 藤丸家に居候してからは亜耶と一緒に出掛けたりすることが多くなり、一人で買い物に行った時こそ誰も横には居なかったが、それでも帰ったら藤丸や亜耶が待っていた。

 待っていて、くれた。

 でも、あの家には誰も居ない。たった一人だ。

 

「っ……大丈夫。寂しくなんて、ない」

 

 でも、大丈夫。きっといつか慣れるから。一人でも大丈夫になるから。

 重いビニール袋と鞄を両手にようやくしずくは自分の家にたどり着く。

 中に入っても一人っきり。それを思いながらも、大丈夫だと自分に言い聞かせる。大丈夫。きっと、大丈夫だから。

 

「……」

 

 鍵を取り出し、捻り、玄関を開ける。

 ドアを開けば暗い廊下と玄関。目一杯開いたドアから玄関に入り、靴を脱いでから鍵をかけようとして。

 どんっ。そんな音が聞こえた。

 ガチャッ。というドアが元の位置に戻る音ではなく、何か別の物に当たる音が。

 

「ん?」

 

 そんな位置に物なんて置いていない。自分の手足も挟まっていない。靴だって蹴っ飛ばしていないし、そもそも靴はローファーとスニーカーしかない。じゃあ、何が?

 袋を両手に持ったまま振り返ると、ドアの間には確かに挟まっていた。

 知らない人間の手が。

 理解できない。そもそも何が起こっているのか分からない。呆然とその事実を何とか塩化しようと視界に収めていると、ドアがそのまま乱暴に開かれた。

 開かれた先に居たのは、今まで一度も見た事が無い、サングラスとニット帽というこの時期に似合うはずのない恰好をした男だった。

 

「えっ……だ、誰っ……?」

 

 声を出しながらも気が付けば体は動こうとしていた。かつての訓練を無意識に思い出し、それを実行しようとしていた。

 だが、両手に物が握られている。愛用した銃剣ではなく、重い鞄と重い袋。先にそれを置かないと、と思った頃には既に男は数十センチ程度だったしずくとの距離を詰めており、しずくの両手首を握るとそのまま乱暴にしずくを押し倒した。

 

「いっ……!?」

 

 鞄が手から離れ、袋が中身をまき散らしながら玄関に転がる。

 けれど、しずくだって何度も実戦を経験し場数を踏んでいる。それにこういう時のための訓練だってしてきた。押し倒された衝撃で息が漏れたが、それでもこの男を投げて逃げるだけの思考は残っている。

 故にそれを力づくで実行しようとした……が、押さえつけられた手がビクともしない。足で何度も男を蹴るが、痩せ我慢なのか効いていないのか男は退く気配がない。

 そこまでやってようやく思い出した。高校受験を考え始めた時からずっと筋トレをしていなかった事を。今の体はかつてのように成人男性に押し倒されてもなんとかできる体ではなく、同い年の少女と比べても痩せているとまで言える体でしかない事を。

 その瞬間、背筋に冷たい物が走った。

 

「いけないなぁ。こんな広い家に女の子が一人で住んでいるなんて。襲ってくれって言っているようなものじゃないか」

 

 そういえばこういうシチュエーションが昔興味本位で見た官能小説にあったような……なんて一瞬だけ考えたが、冗談じゃない。

 いつの間にか片手が解放され、男はしずくの服を脱がすために触っている。

 しずくはほぼ無意識に思いっきり男の頬を拳で殴っていた。

 

「いだっ!? こ、このガキっ……!」

 

 防人時代なら確実に殴り飛ばしておつりが来る程度には全力だったのだが、どうやら今の体では痛い程度で済んでしまうらしい。

 けど、数を与えればと考えもう一度殴ろうとした時、男の手が思いっきり振るわれた。

 直後に痛みと、意識が飛びそうになるほどの衝撃を感じ、ようやく自分が殴られたと理解し――

 

「――うぐっ!?」

 

 ――もう一度鈍い痛みを感じた。

 一瞬だけ、意識が飛んだ。その一瞬の間にシズクが出てきてくれたのだと感覚的に理解したが、もう一度殴られ肉体的に限界が来たのかシズクの意識がダウンし、しずくが引っ張り出された。

 しかも二回殴られた事によるダメージは人格交代だけではどうにもできず、人格が交代してすぐなのに意識が朦朧とする。

 

「こいつ、急に暴れやがって……まぁいいか。とっとと楽しんで金目の物だけ盗って……」

 

 朦朧とする意識で抵抗は続けるが、成人男性らしき相手の力にかなわない。

 優しさに甘え続けちゃだめだと思ってあの家を出て、頑張って、頑張り続けて、その結果がこれ。

 なんだか、似ている。親が心中するまでの自分に。

 親の邪魔にならないようにしようと思って、居ない者みたいに自分を扱って。そうして最後は親が心中という最悪の結果になって、いじめられて。

 それから。

 それから、何があったっけ。

 

――ピンポーン――

 

 インターホンが、鳴った。

 

「や、やべっ……おいお前、ぜってぇ声出すんじゃねぇぞ」

 

 誰かが来た。そしてこの状況を見られたらマズい。それを理解している男はしずくに脅しをかける。

 インターホンはドアの真横に付いている。つまり、来客と男はドア一枚を挟んだ位置にいる。そんな位置にしずくも居るため、大声を出せばどうなるか。男はそれが分かっている。

 暫くしてからもう一度インターホンが鳴り、しずくは男の手で口を押えられたまま。

 最悪なら最悪なまま。あの時よりももっと深い所まで落ちて行ってしまったら。親が心中して、心の拠り所を失って、犯されて。そうやって最悪を突き進めば、もう悲しい思いなんてしなくても済むのかな。

 そんな馬鹿な事を思いながらしずくは何も言わず。

 

『……おかしいな。しずく、もう家に着いてる時間な筈なのに』

 

 聞き慣れた声が、聞こえた。

 

『おーい、しずくー。遊びに来たぞー……って反応が無いな。居留守か?』

 

 藤丸の声だ。

 いつもお気楽で、でも頼りになって。無償の優しさを与えてくれた一人。そんな彼が、ドア一枚越しの場所にいる。

 きっと声を出せば助けてくれる。すぐにこのドアを開けて助けてくれる。

 でも、見られたくない。

 こんな無様な格好を。今の自分の顔を。大丈夫だと何度も嘘を重ねてできあがってしまった今の自分を。

 嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――

 

『あんまり自分を苛めるな』

 

 唐突に、その言葉を思い出した。

 シズクがメモに残してくれた言葉。

 

『無理するな』

 

 シズクからのメッセージ。

 彼女は、ずっと自分の事を心配してくれている。例え他人がどうなろうと、真っ先に子の体を、しずくの事を考えてくれる。しずくはたった一人の時でも、シズクを頼りに生きてきた。

 そんな自分の半身は、ずっと気づいていた。

 しずくが寂しさを隠しながら生きていた事を。隠しきれない寂しさを隠そうと必死に生きていた事を。

 今、しずくは自分を苛め続けている。ストレスから逃げる事もせず、ただ受け入れ。無自覚の内に自分を苛め抜いて。そうして最後も自分を苛めようとしている。声を出せば助かるはずの状況で、わざと声を出さずに。

 

『しずく。無理なら他人に甘えておけ。一人で何でもできる奴なんていないんだからさ』

 

 そんな声が、頭に聞こえた気がした。

 そうだ。ずっと甘えるのを駄目だと決めつけていた。

 甘え続けてしまったのだから、甘えるのをやめなければならない。優しさを拒否して自分だけで生きていかなければいけない。そんな風に思っていた。

 でも、シズクは違うと言い続けた。

 甘える事は悪くないと。甘えてもいいんだと。それを聞かなかったのは、しずく自身だ。しずくの事を誰よりも分かっている人からのメッセージを拒んだのは、しずく自身。

 もう、嫌だ。こんな生活。こんな最後。

 受け入れ続けるだけじゃだめだ。反抗し、手に入れなければならない。精一杯を尽くさなければならない。

 それをしずくは教わった。常に前に立ち、剣を振るい続けた頼れる隊長から――

 ――気が付けば、しずくは自分の口を押さえている手を思いっきり噛んでいた。

 どうやらシズクが最後の後押しをしてくれたらしい。

 ここまで優しさを与えてもらって。ここまで愛されて。それでも最悪を突き進むわけにはいかない。あの両親のように放っておくのではなく、心配してくれて、無償の優しさをくれる人たちを裏切る訳には、いかない。

 確かに甘え続けるのはよくない。でも、甘えるのをやめて悲しませるのは、今まで受けた優しさを仇で返しているような物だ。

 だから。

 

「助けて、藤丸っ!!」

 

 噛んだことにより反射的に手が離れ、叫べるようになった瞬間、しずくは叫んだ。

 男の顔色が面白いように怒りで赤くなっていく。対してしずくは笑顔を浮かべる。

 男の手がまた拳を作り、しずくの顔に叩きつけられそうになったその瞬間、ドアが凄い勢いで開かれ、振り下ろされるハズだった手が後ろから掴まれた。

 

「オイ、テメェ。しずくに何してやがる」

 

 怒りに包まれた声が聞こえた直後、男の首根っこも腕と同時に掴まれ、力づくでしずくから引き剥がされ立たされると、その顔面に思いっきり拳が突き刺さり、未だに開いていたドアから男が吹き飛んだ。

 しずくを助けてくれた人の顔は、怒りに包まれていたが。それでもその怒りは自分の今の状況を見て、許せないから沸いているのだと思うと、ちょっとだけ嬉しくて。そしてその表情をカッコいいと思ってしまった。

 

「しずく、無事か!?」

 

 あの助けの声に応じて入ってきたのは、勿論藤丸だ。

 彼は先ほどまで浮かべていた怒りの表情を一瞬で納め、押し倒されていたしずくの上半身を起こした。

 

「だい、じょうぶ。平気」

「平気なわけあるか! 殴られたんだろ。痛かったよな」

 

 殴られた所をそっと撫でてくれる彼の表情は、今までにないくらいに焦っていて、それでいてしずくの事を心配していた。

 嬉しかった。不審者の前に自分の事を心配してくれることが。久しぶりに会ったのに、また優しくしてくれることが。

 何度もしずくは大丈夫と言うが、藤丸はそれを聞かずに今すぐに治療しようとする。しかし、その前に殴り飛ばされた男が玄関から逃げようとしている事に藤丸が気が付いた。

 

「っ! 逃がす訳ねぇだろ!!」

 

 だが、その直前に藤丸が男の腕を掴んで無理矢理振り向かせると、もう一度男の顔面を殴り飛ばす。

 更に外へ転がっていった男を追い、怒りに任せてもう一度男を殴り、倒れた後も一度腹を蹴った後に胸倉を掴んで立たせてもう何度か殴り、最後に倒れた男の頭を踏んで確実に男を気絶させ、首根っこを掴んで引き摺りながら戻ってきた。

 圧倒的オーバーキルである

 

「ふ、藤丸……流石にやりすぎ……」

「全然殴り足りないけどな。女の子を襲って顔まで殴った奴なんてこれでも足りない位だ」

 

 けど、これ以上やると死ぬかもしれないから、と言うと彼は男の上着を脱がせてそれで腕をキツく縛り、自分のズボンのベルトで足も縛って男が動けない状態にすると、改めてしずくに近づく。

 

「ごめんな、しずく。もっと俺が早く来てれば殴られずに済んだかもしれないってのに……」

「そ、そんなこと……」

 

 大丈夫だから、とその証拠を見せるために立ち上がろうとしたしずくだったが、立ち上がろうにも足腰に力が入らず立つことができない。

 腰が抜けた、という初めての経験に戸惑うしずくだったが、藤丸はそれを見てしずくの横にしゃがんだ。

 

「ちょっと失礼」

 

 藤丸はそっとしずくの靴だけを脱がすと、そのまましずくを抱えて家の中に入っていく。

 俗に言うお姫様だっこ。初めてされるそれにしずくの顔は思いっきり赤くなる。

 

「ふ、ふじまる……お、おろして……」

「ちょっとだけ我慢してくれって。まぁ、俺なんかにされたら嫌だろうけどさ」

 

 そういうのじゃなくて。しずくの言葉は届かず、最終的には居間のソファに座らされ、藤丸は玄関で伸びている不審者の男を担ぎ、自分の目の届く場所に置いた。

そしてどこかへメッセージを飛ばして携帯をしまうと、鞄の中から新品の湿布とテープを取り出した。

 

「応急処置だけど、とりあえず貼っておくから。後で一緒に病院に行こう」

「う、うん……でも、なんで湿布を持ってるの……?」

「ちょっと親から買ってきてくれって頼まれてな。ちょっと臭いだろうけど勘弁な」

 

 殴られたのは左の頬だけなので両方に湿布を貼る、なんていう間抜けな絵面にはならなかったが、冷たい湿布が熱い頬に当たって気持ちいい。

 それから剥がれないようにとテープを貼る藤丸だったが、しずくは真剣に応急処置をしてくれる彼に目を合わせられなかった。

 照れくさいと言うか、何と言うか。一緒に暮らしている時はどんなに顔が近くても大丈夫だったのに、今は顔が近いとそれに比例して顔が熱くなってくる。

 

「よし、これで後は病院に行くだけだな。なんか違和感とかあるか? 歯とか、骨とか、大丈夫か?」

「だ、大丈夫だから……」

「そっか……ならよかった。他に怪我は? 殴られる以外に、何かされたか?」

「ううん、何も……未遂、だったから」

「それなら、よかった。手を出されてたら、アレをコンクリ詰めして海に……おっと、口が滑った」

 

 コンクリ詰めして海に、の詳細が聞きたかったが、しずくはわざと聞かなかった。彼の友人にはこの四国一の権力者が居るのだから、文字通りの事が可能故に。

 だが、彼が助けてくれたおかげで殴られこそしたが未遂で事件は終わった。最悪な事態だけは免れた。

 

「じゃあ俺、玄関で散らばってたものを取ってくる……ん? もう来たか、流石大赦」

 

 立てないしずくの代わりに玄関に散らばっている食料やら何やらを取ってこようとした藤丸だったが、自分の端末を確認すると、気絶したままの不審者を担いで玄関へと向かった。すぐに居間と廊下を繋げるドアは閉じられたので何も見えないが、会話は聞こえた。

 

『――防人を狙った――――――牢屋に――――極刑で――』

 

 すっごい気になる会話が聞こえた。

 待って死刑? としずくがツッコミを入れるが、その声は聞こえず。結局藤丸が戻ってきたとき、不審者の男の姿はなかった。きっとこの後極刑になって墓の下だろう。南無。

 

「とりあえず、しずくが立てるようになったら病院行こうか」

「うん……」

 

 未だにしずくの腰は抜けたまま。動くには藤丸が抱える必要があるので病院に行くのはもう少しだけ先になった。

 口の中も切っておらず、頬を殴られて腫れているだけで飲み物は普通に飲めるため藤丸が勝手に台所に行き、自分としずくの分の紅茶を淹れると、とりあえずしずくにリラックスしてもらうためにそれをしずくに差し出した。

 

「ほら。これ飲んで落ち着け」

「……ん」

 

 差し出された紅茶をしずくは受け取り、口を付ける。

 この家にはインスタントの紅茶しかないが、それでも誰かに淹れてもらった紅茶は、自分で淹れる紅茶よりも美味しかった。

 暖かくて、ホッとできて、息が漏れて。

 久しぶりに感じる温もりと暖かさに今まで凝り固まっていた心がほぐされて行くようで。

 

「お、おい、しずく? 本当に大丈夫か?」

「え……?」

「いや、だって泣いてるし……」

 

 指摘され、しずくは自分の目元を拭った。

 それから自分の手を見てようやく自分が泣いている事に気が付き、小さく声を漏らすと、少しずつ決壊を始めていたダムが完全に決壊してしまったのか涙が止まることなく流れ始めてしまう。

 

「あっ、ど、どうすればっ……」

 

 安心感と、久しぶりの優しさと、ストレスから解放された事による涙、なのだが。藤丸は何が原因でしずくが泣いているのか分からずにうろたえる。

 こういう時に気の利いた言葉の一つでもかけてくれれば満点なのだが、そこができないのがどこか彼らしい。しずくは涙を流しながら藤丸に近くに寄るようにジェスチャーだけで伝えると、近づいてきた彼に思いっきり抱き着いて胸板に顔を埋めた。

 

「えっ!? いや、ちょっ…………はいはい。分かりましたよ」

 

 うろたえまくった藤丸だったが、結局彼もこうなった以上はと覚悟を決めてそっとしずくを抱き返した。

 そして決壊して溢れて止まらない分だけ涙を流し終えると、しずくは藤丸に抱き着いたまま声を漏らした。

 

「……ふじまる」

「ん? なんだ?」

「……このいえ、やだ。さみしい」

「そっか」

「だれもいないの、やだ」

「うん。じゃあ、ウチにまた来るか? 明日休みだし、引っ越しはすぐ終わるぞ」

「……ん」

 

 決壊したのは果たして涙を溜めるダムだけだったのか、それとも彼女の我慢のダムもだったのか。頭の奥底で大きな溜め息が聞こえた気がした。

 あれだけ大丈夫だなんだと言っていた言葉は結局嘘になり、しずくは再び優しさに身を置くことになった。

 優しさには恩を返せばいいだけ。だから、今は後の事を考えずに甘えておく事にする。

 新たに芽生えた感情もあることだし。

 

 

****

 

 

 後日談になるが、しずくは結局藤丸家に戻ってきた。

 通学に関しては問題なし。学校でソレに関する手続きをササっと済ませ、しずくは高校三年間を藤丸家に居候しながら過ごす事となった。

 それからと言う物。確かに学校はあまり楽しくないが、今まで見たいな人生の底に居ます感満載なオーラは出なくなり、話しかけられたら普通に受け答えできる程度にはコミュ力も上がり、友達と呼べる人はまだいないが、それでもクラスの中で完全に浮いているという事はなくなった。

 まだまだやる事は多い。けど、それに挫けない。シズクという頼れる裏人格も居るし、暖かい家もある。

 

「しずく。いくら何でも速すぎだって」

 

 そして、今、服を買いに行くのに付き合ってくれている異性の同居人も。

 文句を言いながらも小走りで前を行くしずくを彼は苦笑しつつも追いかけてくれている。そんな彼に一度ペースを合わせて横に並べば、彼はそれでいいんだよ、と頷いた。

 彼の隣は、安心する。

 そんな彼の隣を歩くしずくは、唐突に彼の腕を掴み、そのまま彼を引き寄せ、無防備な彼の頬に口づけを一つ落とし、呆然とする彼を他所にしずくは再び彼よりも速く歩いて前に出る。

 

「し、しずく……?」

「もし」

 

 あの日、しずくは新たな感情を知った。

 その感情の名前をしずくは知らなかったし、シズクも知らなかったが、気晴らしに小説を読めばその感情の名前はすぐに分かった。

 そして、この感情を植え付けてくれた彼に責任を取ってもらおうと決め、今日この日、行動に移した。

 まぁ、つまるところ。

 

「わたしのこの気持ちに応えてくれるなら。隣に来てほしい……かな」

 

 彼女は、恋愛小説のヒロインのように待ち続ける戦法は好いていなかった、という事だ。

 顔を赤くし、照れくさそうに小走りで追いついてきた彼にしずくは満足げに頷くと、そっと彼の腕を手に取った。

 今度はそのまま引っ張るのではなく、抱き着いて。

 しずくの高校生活は、まだ始まったばかりだ。




と、いう事でしずくIFでした。本編のしずくは多分ハゲや勇者達と同じ高校に行くのでそこら辺が分岐条件ですかね。

当初はもうちょっと違う形でしずくが藤丸家を出て、それから……って感じだったんですが、まぁ無理があるなーと思ってこの形に。多分惚れてからの告白スピードはゆーゆ並か最短かレベル。
まぁ一話完結(一万五千文字)のラブコメだしスピード告白でも多少はね?

今回しずくIFを書くにあたって、今まで出してこなかった高校、大学時代の話で書こうと思いまして、結果的に高校生になったしずくを中心とした話になりました。

夏凜IFも考えていたのですが、夏凜IFは恐らく大人になった二人の惰性に近い感じの恋愛……まぁ美森のと近い感じになるなーと思ったので先にまだIFがないくめゆから、お気に入りキャラであるしずくのIFを書きました。

さて、これにてしずくIFも書いたので、次は誰のIFを書くか。ネタ募集の活動報告では亜耶IFを望まれている方がいらっしゃったんですが、どうしようかなと。他のキャラのIFの続き……特に銀IFの続きを書くか、構想は練ってある夏凜IF、亜耶IFを書くか。

……とりあえず今度ラブコメとか恋愛小説とか買ってきて貯蔵を増やすべきか
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