あまり気の乗らない日だった。
一日の授業が終わって、放課後に部室に集まったあと。ハゲ丸は今日はフリー故に部室待機をしていたらしい樹と二人きりになった。風、友奈、美森は河原のごみ拾い。樹とハゲ丸は急な依頼が来てもいいように待機という指令を受けていた。
だからか。ハゲ丸はふと気になって樹に占いをしてもらった。
その結果は、あまり著しくない。タロットに詳しくないハゲ丸のため、樹は占いの結果をかみ砕いて説明したが、その内容は今日は一日じっとしていましょう、との事。よく当たると評判の樹の占いでそう出てしまったからか、ハゲ丸はもしも何かあったら部室を駆け出る気でいたが、その気もそがれてしまった。
故に、気が乗らない。
「暇ですねぇ、ハゲ丸先輩」
「そうだな、犬吠埼後輩」
もう彼女たちからハゲ丸と呼ばれるのも慣れたものだ。最初はそれだけで精神的なダメージを受けていたが、今や普通にハゲ丸と呼ばれても平然としている。あまり慣れたくないモノではあったが、しかし慣れてしまったのは仕方ない。ハゲ丸は樹と、ハゲ丸が持ってきた特製ジェラート(クーラーボックスで持参)を食べながら時間をつぶしていた。
まだ五月。アイスを食べるには少し早い季節かと思われたがそんな事はなく。いついかなる時もアイスというのは人間の作り出す環境次第で美味しく食べる事ができるのだと実感した。
ハゲ丸は醤油ジェラートを食べながら。樹はバニラジェラートを食べながら。部活動が終わる時間をぼーっと待つのみだった。
「……醤油ジェラートって美味しいんですか?」
「ん? んー……珍味」
醤油の味はあまり濃くなく。しかし甘みの中にしょっぱさがあってそれが絶妙な味を醸し出している。
ハゲ丸自身、どうしてバニラジェラート、ストロベリージェラート、チョコジェラートに続いて醤油ジェラートなんて作ったのか覚えていないが、どうしてか醤油ジェラートだけはかなり自信があったので作ってみた始末だ。その結果は、そこそこ美味い。普通に食べれるという評価。
自分で作っておきながらこんな評価なのは自分でも不思議だったが、しかし作ってしまったのなら仕方ない。自分で処理しようと食べたのだが、その結果はそこそこ食べられる。というよりも普通に美味しい。
「なんか、ハゲ丸先輩のジェラートってどこかで食べたことがあるような……」
「え? あぁ、なんか記憶の無い時期にイネスって所に通ってまで研究してたらしいぜ? 親も俺からあんま聞いてなかったみたいでよく知らないらしいけど」
イネス、とは大型のショッピングモールだ。その中にあったらしいジェラート店へハゲ丸はどうしてか足繁く通ってジェラートの研究をしていたらしい。樹も、昔に行ったことがあり、そこのジェラートを食べたことがあるのだろう。
当の樹は言われてもピンとこないらしいが、後日風から聞いた話ではまだ両親が存命のころ、ちょっとした遠出をした際に行ったことがあるとかないとか。
「にしても、ハゲ丸先輩も料理できるなんて……わたし、あんまりできないのに……」
「そんなになのか?」
「この間、お姉ちゃんに手作りのクッキーを食べてもらったら、意識不明になって病院に緊急搬送されて……」
「えぇ……」
どうやら彼女は可愛い外見をしているのに相当のメシマズのようだ。というか、それで『あんまりできない』というのは絶対に嘘だ。全くできないというのが正解だろう。
どうしてメシマズは自分の料理は美味しいと思い込んで料理をしたがるのだろうか。ハゲ丸にとっては永年の謎である。味見をしないのが原因なのだろうか。
今笑顔でジェラートを食べている彼女も、きっと味見という物をしない。もしくはその存在を知らないのだろう。これは風も過保護としか思えないくらいに彼女を気に掛けるわけだと。勝手に納得しながらハゲ丸は彼女の器にジェラートを新たに盛り付ける。まだアイスの時期には早いのだが、彼女はタダで食べられるジェラートが気に入ったらしい。
本当は友奈に食べさせるために持ってきたジェラートだったが、彼女が半分食べた辺りで腹を壊したため、東郷とちょっとだけ処理し、そして今、樹と処理をしている。その処理ももうちょっとで終わりそうだ。
「お姉ちゃんが知ったら怒りそうだなぁ」
「あー、風先輩って食べ物に関してはうるさそうだしな」
「特にうどんには」
「香川県民だから仕方ない」
二人して風の事をダシにして笑いあう。風が聞いたら激怒しそうだが、当の本人がいないため言いたい放題やりたい放題である。
だが、これ以上はもしもバレた時が怖いため二人して風の事をダシに笑うことは止める。
黙ることで外から運動部の声が聞こえてきて、二人のスプーンが皿に当たる甲高い音が聞こえてくる。そしていつしかジェラートは既に無くなり、ハゲ丸が食器を片付けて樹に話しかけようとしたときだった。
「~♪ ~♪」
彼女は、恐らく無意識なのであろう。笑顔で木霊を頭の上に乗せながら体を左右にちょっと揺らしながら歌っていた。あがり症で人前で歌うなんて絶対にできない彼女ではあったが、ハゲ丸のジェラートにより気分がよくなったこと。ハゲ丸が暫く片付けのため忙しくしていた事が相まって彼女は自然と歌を歌い出したのだった。
それが下手なら、煽っただろう。だが、彼女の歌はとても綺麗で、上手くて。彼女の可愛らしい声が織りなすゆったりとした曲調の歌は、間違っても下手とは言えない。そんな歌だった。
だから。ハゲ丸は無意識に無音で携帯を取り出し、録音、ではなく録画をし始めた。美少女が目の前で左右に揺れながら歌っているのだ。映像として撮っておかなければ後悔すると思ったハゲ丸は思わず録画していた。
そうして一曲が終わり。新たにもう一曲が始まって。それも終わって、ようやく樹はハゲ丸が動き回る音がしないという事に気が付いた。それと同時にハゲ丸は録画を終了。携帯を弄り出し、さも録画、録音の類はしていませんよという雰囲気を出す。
「き、聞いてました……?」
「正直、着音にしたいレベルだった」
そう言うと、樹の顔は急激に真っ赤になっていき、そのまま彼女らしくない動きでハゲ丸に掴みかかり胸倉を持ち上げる。
「わ、忘れてください!! 今すぐ!! 早急に!!」
「いや、無理。だって可愛いし上手いし……」
「あー!! あー!! あー!!」
そのままハゲ丸が彼女の歌を褒めちぎろうとした瞬間、樹は何をトチ狂ったのか彼のヅラを奪い取るとそのまま窓の外へと野球選手も真っ青な速度で投げ飛ばした。
「あぁぁぁ!!?」
「はぁ……はぁ……ふう」
「ふう。じゃねぇよ!! 何してくれてんだお前!!?」
「お返しです!!」
「割に合ってねぇかんな!!?」
とってこい! と言うと彼女はべーっ、と舌を出して拒否する。相当歌を聞かれたのが効いたのだろう。
だが、それならとハゲ丸は一つ、取引をすることになった。彼女がどうしてもハゲ丸の言うことを聞きたくなる切り札を、彼は先ほど撮ってある。
「実はさ、俺の携帯に樹ちゃん後輩の可愛く歌う姿が映された動画データがあるんだけどさ」
「え゛っ」
そう言いながら樹に先ほどの録画データを見せつける。
樹はそれを見て神速でハゲ丸の携帯を亡き者にしようと駆けよるが、しかしそれより早くハゲ丸が立ち上がり腕を上げる事で物理的に樹が携帯を取れないように画策し、ついでに密着するのは嫌だろうと彼女の額に手を当てて自分の腕の届く範囲内に彼女が入らないようにする。
そして、取引の時間だ。
「樹ちゃん後輩よ。これを消してほしいならヅラを取ってこい。取ってきて、俺に手渡したら樹ちゃん後輩にこれを消去させよう」
「ぐ、ぬぬぬ……!!」
「ほら! ダッシュ!! 光より早く走れ! 全力で夢を掴むのだ!!」
「わたしはアイシールドじゃないですようわああああああん!!」
そう叫びながら樹はデビルバットゴーストを使いながら部室から出て行った。
「……いや、できてんじゃん」
ハゲ丸は静かにそうツッコんでからそっとその動画を風に送り付けバックアップよろしく、と頼むのだった。
風は秒でそれに反応し、発狂しながらもそれを保存した。
その後、オリジナルデータは樹により削除されるのだが、風監修の元、東郷により周りの雑音を完全に消し去り樹の歌と歌う姿を高音質高画質にした神編集が成された動画データが、もっと樹の歌の良さを知ってもらいたいという妹煩悩が爆発した風によりYoutubeにアップロードされ、それに気づいた樹がマジ切れして風とハゲ丸を樹の勇者としての武器であるワイヤーで吊るすのはもう少し後の話だ。
ちなみに、東郷はその編集を友奈の隠し撮り(風による物)を餌に全力で行ったという事実は風とハゲ丸以外に一生知られることはなかった。
****
とある日の本屋。
ハゲ丸は前に行った本屋では銀の手伝いをしたがために自分の欲しい本を買い忘れた事に気が付き、急いで本屋へと向かった。
その先で、ハゲ丸は東郷と出会った。
「あっハゲだ」
「あっクソレズだ」
「ぶっ殺すわよこのハゲ」
「その言葉バットで返してやるよ」
本屋で行われる静かな罵倒合戦。どちらも額に青筋を浮かべながらもその場で取っ組み合いにならないあたり、どっちもそれが本心ではあるが、相手が傷つかない範疇の言葉だと理解しているのだろう。
東郷の膝の上には西暦の時代の事が載っている歴史書があり、ハゲ丸の手には漫画が数冊。それを見た東郷がハゲ丸を馬鹿にしたように笑い、ハゲ丸がそれを鼻で笑ってやれやれ、と言わんばかりに首を横に振る。どっちも醜い煽りではあるが、それが結構イラついたのか同時に左中指を立てる。
なんとも息の合った芸人のサイレント漫才である。そのままハゲ丸と東郷は無言で本を買ってから本屋を出て、適当に人のいない場所に行くと声に出して罵倒しあう。
「漫画なんていう幼稚でお子様な物なんてよく読んでいられるわねハゲ」
「そっちこそそんなお堅い物よく読んでいられるなクソレズ」
「あ゛? 西暦の時代の素晴らしさが分からない時点で相当お子様よねぇ? そんなお子様な物を読んでいるから髪の毛も生まれた時から伸びないのよ」
「アァ? んなもんばっか読んでるから友奈に時々苦笑いされるんだろ? ってかそんなモン好んで読むなんてババアかよ?」
「……お子様ステロイドハゲが」
「……部屋の中盗撮写真館が」
『ア゛ァ!!? やんのかゴルァ!!』
そして始まるメンチ切り。なんともまぁ幼稚な罵倒のしあいである。
一応言っておくが、東郷も漫画は友奈に勧められて読んでいるし、ハゲ丸も記憶喪失の時期にそういうのに興味を持って歴史書を読んだこと、買ったことがあるので互いに互いの事を何も言えない状態なのだが、それを二人は理解していない。
普段は友奈という緩衝材があるおかげでここまで醜いことにはならないのだが、今回はその緩衝材がない。故に二人ともやりたい放題である。
「ハッ!! この程度の言葉でキレるなんてカルシウム足りてないんじゃないかしら!? あぁ、ごめんなさいね!! その前に頭に毛が全く足りていなかったわねぇ!!」
「ハッ!! お前こそムキになって楽しそうだなぁおい!!? やっぱ親友を盗撮してその写真を部屋の壁中に貼ってるような真性のやべーやつは言う事が違いますねぇ!!」
「友奈ちゃんの写真は生きるための最重要項目よ!! ユウナニウムの確保のためには最も重要なのよ!! それが分からないなんて可哀想ねぇ!!」
「そういうのを世間一般では犯罪っていうのが分からない頭の弱い女はこえぇなぁ! そういうのがストーカーだったり犯罪者になるんだよなぁ!?」
「このハゲの分際で……!!」
「クレイジーサイコレズが……!!」
もう目も当てられない惨状だ。
もう友奈がいないとこれは止められないだろう、とこの二人を知る者なら誰もが思うだろう。
しかし、その時だった。二人の視界に偶然、それが入ってきた。
「あ、ふうせん!」
子供が、どこかで貰ってきたらしい風船を誤って離してしまい、風船が空へ向かって飛び去ろうとしていた。それを見た二人の思考が一気に勇者部のソレに移行し、ハゲ丸が東郷の車椅子のハンドルを掴んで思いっきり押し、それで勢いを付けた東郷が絶妙な車椅子操作で更に加速し、風船から少し距離の離れた場所でドリフト回転をしながらハゲ丸の方を向いて止まり、両腕を組む。
そしてハゲ丸は一瞬遅れて走り出し、全力疾走で勢いを付けて東郷の元へと駆けていく。
「飛びなさいハゲ!!」
「気張れよクソレズ!!」
そしてハゲ丸が東郷の前で跳躍。そのまま東郷が組んだ腕に利き足を乗せ、東郷が全力で腕を持ち上げると同時にハゲ丸が更に跳躍。そのままハゲ丸はギリギリで風船を掴むと、その手でヅラを抑えながら受け身を取り着地した。
「ッシャオラ!」
吠えるハゲ丸。それに近寄りハイタッチする東郷。
「偶には役に立つじゃない、ハゲ」
「お前もな、クソレズ」
そして二人は風船を手放した子供の元へ向かい、ハゲ丸が目線を合わせながら風船を差し出す。
「ほら、もう離すなよ」
子供に風船を握らせ、笑顔で子供の頭を撫でる。
その子は笑顔で風船の紐を握りしめる。
「ありがと、おにいちゃん、おねえちゃん!」
『どういたしまして』
二人して声が被るハゲ丸と東郷。そして直後に二人は頬だったり腕を子供に見えないようにして抓り合いながら子供が見えなくなるまで笑顔で手を振った。
何ともまぁ、猫を被るのが上手い二人だ。しかし、息だけは合っているため決して猫を被っている間は互いにそれを剥がそうとはしない。
「……はぁ、興覚めだ。けーるわ」
「私もよ。帰って友奈ちゃんの写真を整理しなきゃ」
「……クソレズが」
「……ハゲが」
そうして二人は途中まで帰り道が同じなため、互いにクソレズが、ハゲが、と罵倒しあいながら帰るのであった。
樹ちゃん、インターネットに歌っている所をアップされてしまうの巻。祈りの歌で泣いたのは自分だけじゃないハズ。
東郷さんは……もう何も言うまい。この人、勇者の力が残ってたら絶対にゆーゆのストーカーしたり、ゆーゆに気のある人(男)を銃殺したりするような気がするの。いや、もう半分ストーカーみたいになってるか……
次回からはにぼっしー参戦。にぼっしーのせいでラーメン屋行ったときに煮干しラーメン頼んでしまいました。これからは酒のつまみとして大量に煮干しを買い込んでおくことにします。
そういえば、ゆゆゆのBDボックスには特典PCゲームが付いてくることを知ったんですけど……一期の方は丁度DL期限切れらしいっすね。悲しい。代わりにゆゆゆいで我慢します。コイン足りないンゴ……