時系列的には美森IFと友奈IFのような大人になった夏凜&藤丸の話……ではあるのですが、恐らく美森IF以上に惰性というか馬鹿っぽさ全開です。ガッバガバです。ここの夏凜馬鹿っぽいから仕方ない。
あと、今回の勇者部達は美森IF、友奈IFとはかなり違う将来を歩んでいます。特にハゲの職業が一番乖離しています。
そんな訳で夏凜IFです。実はアダルチックにしてみようと思ったらコレジャナイ感満載になって丸ごと書き直した夏凜IFです。下ネタ普通にありますがR-18描写は無いから許してちゃん。
二十歳になってから煙草を吸い始めた。
よく、何で吸い始めたのかと聞かれる。神世紀となった今、煙草はあまりメジャーな物ではなく、時折見かける大人が吸っているだけの産物になっていたから。そんな産物を自分で手に取った理由を、よく聞かれる。
夏凜はそう聞かれると、曖昧に誤魔化す。なんでだろうね、とか。なんとなく、とか。
一番の理由は、未練だった。
高校二年生の十七歳の頃。夏凜は初恋を経験した。一つ上の学年に在籍する先輩で、部活動はしておらず、貧しい家計をバイトで助けながら毎日を必死に生きている普通の男の子。彼に夏凜は恋をした。
その恋は二十歳になるまで続き、彼が吸っている煙草と同じ銘柄を買って吸い始めて。いよいよ本腰上げて告白した。
だが、フラれた。
距離を縮めて時折あの人を慰めて。いい人として振舞った結果、夏凜はいい人止まりで、異性として見られはいなかった。
もうそんな悪夢のような日から早五年。彼とは偶に連絡をしているが、それだけ。二十歳になってから吸い始めた煙草は止められず。どうしたら良かったんだろうと思いながら既に冷めた恋心を未練として煙草を吸う毎日。
それが大赦職員として今日も働く夏凜の一日の一部。煙草休憩に入るたびに物思いに更ける夏凜の内心だった。
「はぁ……まっずい」
マズい煙をわざわざ吸って吐いて。それでも止められないのは最早癖になっているから。
半分握りつぶした箱を見れば赤い丸の中に銘柄の名前が刻まれている。この名前が今も肺を駄目にしていると思うと、どうして金を払ってまで不健康を買っているのやらと。
だがその思考は煙を吸えば煙が隠してくれる。嫌な事は考えずに何となくふわふわした気分で煙草の灰を灰皿に落としていく。
この喫煙所は基本的に夏凜しか使わない穴場だ。
何せ、夏凜以外の同じ部署に所属する者は誰も煙草を吸っていないから。そしてこの階は夏凜の所属する部署のデスクしか存在しない。
つまるところ、ここは夏凜専用のサボりスペースとも言えた。
携帯を見て飲み物飲んで煙を吸って。一回で何本も吸うからと笑顔で誤魔化せばそういうモノかと誰も突っ込まない。あぁ、サボり最高。
「おっ、ラッキー……」
とか思っていたら夏凜以外の人間が喫煙所に入ってきた。
どこかで聞いたことがあるような声だが、少なくとも同じ部署内で聞いたことは無い声だ。だが誰かなんて関係ない。煙草休憩なんていう半分サボりみたいなのに来た時点で彼も共犯者だ。
携帯に視線を落としてネットサーフィンしながら煙を吸っていると、何度かカチッ、カチッと。ライターに火を付ける独特の音が聞こえてきた。
が、肝心の火が出ないのか、その音は何度も何度も聞こえてくる。
「……あー、使います?」
流石に露骨にやられると気になるので、自分のライターを貸してとっとと彼を共犯者に仕立て上げる事に決めた。
携帯から視線をあげ、煙草の箱の中に詰めておいたライターを差し出すと、共犯者の彼は自分の煙草とライターから顔をあげ、申し訳なさそうな顔を夏凜に向けた。
「あぁ、すんません……って」
「ん? あっ」
相手の顔を見ずライターだけを渡したのだが、相手の反応が何かおかしい。
何かあったかと思いようやく相手の方を見れば、夏凜も変な声が出た。何故なら、そこに立っていたのはもう十年以上の付き合いになる友人だったから。
「あんた、藤丸?」
「やっぱ夏凜か。そういやここ、お前の居る部署だっけ……」
まぁ男で十年以上の付き合いとなるともうコイツしか選択肢はないのだが。
つい数か月前に勇者部の飲み会で席を共にした彼は間抜け面を晒しながらここが大赦の何の部署なのかを思い出し、夏凜がここに居る事に納得した。
まさか職場の喫煙所でばったりというのは想像していなかったのだろう。彼はライターを借りながらまさかなぁ、と何度か口にしていた。
「アンタ、園子の専属でしょ。こんな寂れた部署で何してんのよ」
「お前の上司に報連相。園子から行ってこいって命令されてな」
藤丸の職業は大雑把に言えば大赦職員だが、詳細を言うと結構ややこしい。
彼は大赦職員であり、その中でも数少ない……というか勇者部員しか選ばれない園子専属の部下であり、彼女専属のパティシエであり、彼女の手足となって大赦内を駆け回る使いっ走りだ。
「ふーん、大変ね。今は束の間の休憩?」
「あぁ。この後は友奈んトコで情報を聞き出して、樹ちゃんトコで話聞いて園子に報告だ」
「使いっ走りも楽じゃないと」
「全くだ」
一応、友奈も樹も。強いて言うなら美森も風も実は大赦職員である。
彼女達はそれぞれ別の業界にその身を潜り込ませて内部から怪しい部分や膿を発見して園子に報告するかなり特殊な立ち位置の大赦職員。つまるところのスパイである。
友奈は教職。美森は学者。風は樹のサポートで樹は芸能界。
そして夏凜は大赦内部に潜ませたスパイ。下の目線になって園子の手の届かない部分を監視する役だ。だが、そんな役目なので報告がある時は直接園子に連絡を取る事が過半なため、夏凜が園子の足となる藤丸と接触する事はかなり少ない。
「ってかアンタ。煙草吸ってたのね」
「ん、まぁな。元カノが吸ってたから釣られて」
へぇ、と一言返して彼の煙草の箱を見れば、確かに男性が買うイメージがある銘柄ではなく、女性が買いそうな華やかなパッケージと細い煙草。
彼が彼女を作っていた事は一応夏凜も知っている。が、大体三か月程度か。彼のハゲがバレて思いっきりフラれたのを何となーく思い出して笑いそうになった。ただ、どうも彼の特撮オタクの趣味やら何やらも合わなかったらしいので別れるのは秒読みだったそうな。
まぁ、彼と付き合うのならそこら辺を許容できる者でないと即破局が待っているだろう。それを許容できれば大赦の絶対に首にならないポジションに居る高給取り。しかも家事もできて子供の世話もできる男との結婚生活が待っているのだが。
「あと、ドラマのいいオッサンとかって結構吸ってるだろ? それ真似た」
「カッコ付けかい」
わりぃかよ、の言葉に子供ね、とだけ返し、先ほどの笑いをここで出して自然に笑った所で夏凜は自分の煙草を吸い終えた。
どうやら煙草休憩は終わりらしい。しかし、仕事に戻りたくない。
「藤丸。それ吸わせて」
丁度煙草を吸っていた彼は夏凜の言葉に目を見開き、煙を吸って吐き終えてからようやく言葉を口から吐き出した。
「……あ? なんだ、サボりか?」
「そーよ。あたしに煙草貢いでサボらせなさい」
「あの完成型勇者サマがサボりとはね」
「もう十年前よ」
十年も経てば効率よくサボって楽に生きていく方法の一つや二つ探すものだ。
彼から受け取った煙草は今夏凜が吸っているのと同じでメンソールタイプ。しかしちょっと今吸っている物とは重さが違い、しかしながらも違和感はそこまで。
初めて吸う銘柄に少しばかり苦戦しつつも煙を吐き出せば何でこんな事してんだか、という若干の自虐。けれどどこか気分はいい。
「ピアニッシモ、案外イケるわね」
「まぁな。ってか夏凜は何吸ってんの?」
「ラキストソフト」
「11ミリのやつか。安いよな」
「ぼちぼちよ」
まぁ十倍近く重さに違いがあるのだから軽いと感じても仕方ないか。だが、しっかりと煙草の味はするしメンソールの味もする。
確かにイケるが、これを買うかと言われれば微妙な所。これならまだ違う煙草を探していた方がマシだろうか。
未練たらたらに今の銘柄を吸い続けるわけにもいかない。が、変更先も見つからない。結局は惰性に吸い続けるのみ。溜め息と共に煙が口から漏れる。
「なぁ夏凜。今日の定時の後、空いてるか?」
「あによ急に。空いてるけど」
「この間いい感じの居酒屋見つけたんだわ。本当は銀を誘って行こうと思ったんだけど、今日見つからなくてな。だから夏凜はどうかなと」
ホントあの赤色とこいつ仲いいよな、なんて思いながら夏凜は苦笑して彼を揶揄う。
「あたしは銀の代わりってワケ?」
「違いねぇや」
ちょっと期待とは違った反応をされたがまぁいいだろう。
こっちも最近ストレスとか何やらで一杯引っ掛けたかった気分だ。それに、彼が選ぶ店というのは九割近くは当たりだ。残り一割はもう地図上から消えているか本当にハズレの二択なのだが、実績があるので乗ってやってもいいだろう。
どうせ夜遅くに帰ろうが朝帰りしようが心配する家族も今は自分の部屋には居ないし。
「いいわよ。行きましょ」
「なら決定っと。予約入れとくわ」
「うい。勿論喫煙可よね?」
「当たり前だっての」
軽く飲みの約束をしたところで今度は彼の煙草が短くなった。どうやらもうおサボりの時間は終わりらしい。
煙草を灰皿に落とし、一つ伸びをした彼はさて、と一言呟いて喫煙所の出入り口へと歩を進めた。
「んじゃ夏凜。定時になったら迎えに来るわ」
「はいはい」
煙草を口に咥えたまま手を振り、仕事へと戻った彼を見送る。
それから暫く。ようやく二本目の煙草を吸い終わった夏凜は携帯を見て、予想以上にサボってしまったと思いながら財布の中を覗いた。
現金がすっからかん。最近カード払いばっかりで買い物していたツケがここに来た。別にカードで一括払いして奢るのも構わないのだが、彼はそれを何をしても阻止しようとするだろう。そういう生真面目な所だけは昔から変わらない。
「……おサボり続行っと」
夏凜は喫煙所を出るとデスクではなくすぐ近くのコンビニにあるATMへと向かい、ついでに余っていた小銭で煮干しを買った。どうせ煙草休憩の一環だ。
とは言っても流石にサボり過ぎたようでデスクに戻った夏凜は形式上は上司である課長の男に呼び出され説教をされかけたが、ここで夏凜は一つ手札を切った。
「実はさっきの、乃木様の使いの方と喫煙所で話してまして。課長がどれだけ仕事熱心な方かを話したら結構話を引っ張られたんですよ。勘弁してください」
若干棒読みでそう言えば男は満更でもない顔と声色で夏凜にそれならいいとだけ告げ、仕事に戻らせた。そして夏凜は煮干しを齧りながらいつも通り仕事を再開する。
馬鹿な男ってホントちょっろい。
「……ねぇ、三好さん。さっきのホント?」
「喫煙所で会ったのはホントよ」
「……話の件は?」
「我ながらナイスジョーク」
****
定時を迎えれば仕事は今日中にやらなきゃならない物を消化する以外では終わり。基本的に八割以上の職員が帰宅する事になる。
これは園子からの命令で、ブラック企業化断固反対の心情の下、大赦職員は基本的に定時での帰宅が命令されている。本当に今日中にやらなければ大赦のアレコレに関わる仕事が残っているとか、どうしても残業したいという理由がない限りは残業が認められていない。
それで何とか大赦を回しているのだから乃木様の采配は素晴らしい。
話は戻して定時となったため夏凜はサッサと片付ける物を片付けて鞄片手に喫煙所へと入っていった。
仕事中に確認した連絡で、定時になったら喫煙所に来てくれと書かれていたのでソレに従っただけ。煙草を吸いながら待っていると、喫煙所の外に数時間前会った男の顔が見えた。見えたが、課長に捕まって世間話をしている。
さっきの嘘バレないといいなーとか思って彼を見ていると、驚いた感じの表情でこっちを向いてきた。両手を合わせれば事情を察したのか無事彼も話を合わせれたらしく、課長は満足げに帰っていった。そしてすぐ藤丸が喫煙所にエントリー。
「お前、俺をサボりの口実に使うんじゃねぇよ」
「わりー」
「わりーって……まぁいいけど」
溜め息一つ吐いて彼も煙草を吸おうとしたが、もう夏凜が煙草を吸い終えるのを察すると取り出した箱をまた懐にしまった。
「あによ。吸えばいいじゃない」
「どうせこの後居酒屋で吸うんだし今吸わなくてもいいんだよ」
「そゆこと」
夏凜の言葉に彼は頷き、結局彼はただ副流煙を吸って待つだけになった。
「……で、あの課長。仕事できんの?」
「まぁ、大体できてるわよ。お誕生日席で毎日頑張ってるわ」
「ホントか?」
「まぁ、嘘ですが」
「はいぺしーん」
「いったい目がァ!!?」
いつか聞いたネタを口にしたら目に思いっきりビンタ食らった。
別にあまり痛くないが大げさに言ってみると藤丸は笑って夏凜の大げさすぎる悶絶を見届ける。けれどあまり体を動かしすぎると煙草の灰が飛び散るので自重。
目を擦ってから吸いきった煙草を灰皿に落とし、煙草の臭いをスーツに染みこませたところで彼と共に喫煙所を出る、前にゴミ箱で握りつぶした煙草の箱をゴミ箱に捨てる。
「なんだ、最後の一本だったのか」
「実はあの後もおサボりウーマンしてたのよ」
「お前ホンット、昔と比べて緩くなったよな。煙草吸うわサボるわ」
「恋は人を変えるのよ」
「わっりぃ方向に変わってんな」
まぁ、嘘ですが。
こうなったのは多分子供の時に頑張った反動だ。勇者になるために遊ぶ間を惜しんで努力して、努力して、勇者になって、戦って、戦って、世界救って、過去に飛んで、もっかい世界救って。そんだけやったらもう満腹も満腹。疲れちゃいました。
今まで頑張ってきたのだから大人の期間をぐーたらしても神樹様は許してくれるだろう。なに、また戦えって言われれば戦いますよ。ヤニカスになった勇者で良ければ。
「ちょっとコンビニ寄っていい? 煙草買いたい」
「あ、んじゃ俺も。煙草買う」
訂正。どうやら彼が煙草を吸わなかったのは単純に最後の一本を既に吸ってしまっていたかららしい。
「おいおサボりマン」
「人の事言えなくてわりーわ」
多分、彼がこうなったのも子供の時に頑張った反動……いや、まだ頑張り続けているが故に起こっている事だろう。
ずっと真面目で居られるわけがない。特に園子の激務に付き合わされている彼が。
だから煙草休憩と言ってサボる程度、許されるだろう。その程度のサボりなら神樹様も何も言わず見逃してくれるだろう。ヤニカスにはなったが。
職場を出て近くのコンビニに入ればATMで金を下ろした時とは違う顔の店員が。まぁシフト交代だろう。帰宅する前にあれ買ってこれ買ってとやっている見たことのある顔を尻目に夏凜はレジの奥にある煙草の箱を凝視する。
「どれにしようかしら」
「ラキストソフトじゃねぇの?」
「……ん、まぁ。そろそろ変えようかなって。丁度いいし」
もう五年だ。喫煙仲間を見つけた事だしいっそここで未練を断ち切るのが正解だろう。
ずっとこの煙草に未練を抱えながら生きていくなんて、女々しいにも程がある。こちとら完成型勇者だ。失恋の未練なんてバッサリと今日断ち切ってくれる。
そう思いながら煙草を見ていると、レジが空いたのにも関わらず藤丸も煙草の棚を見ている。
「……ほら、レジ空いたわよ」
「いや、俺も煙草変えようかなと」
何よそれ、と夏凜は一言言おうとして、察した。
こいつも自分と同じなんだな、と。
店員がお決まりでしたらどうぞ―、と言ってくれるが、苦笑しつつ手を振ってまだ大丈夫と言う事をアピール。その間に店員はフライヤーで揚げ物を作り始めた。
ジュージュージュージュー。あー腹減った。
「……どうせなら二人で同じのにしてみない?」
ボーっとしつつ夏凜はそんな事を提案した。
「なんでまた」
「喫煙者仲間と出会った記念」
夏凜の言葉に藤丸はふーん、と言い、んじゃそうすっか、と軽く決めた。
さて、それじゃあどれにするか。そう思いながら煙草を物色して、二人同時に思いついた銘柄を口にした。
『オプションレッドロング』
夏凜は自分のパーソナルカラーっぽい色合いと味をしているであろうという観点で選び、藤丸は横に居る赤いのに似合いそうな煙草を選んだ。
赤マルとかウェストとか、赤いのは幾つもあったが、まぁ普通の味の煙草よりかは味の付いた煙草が良いだろうと思ったらこれになった。
まさか意見が一発で噛み合うとは思っていなかった二人は顔を合わせ笑ってからレジ前に立ってボーっとしている店員の前に立った。
「いらっしゃいませどうぞー」
店員のやる気の無い声を聞いてから夏凜は注文を口にする。
「オプションレッドロング……86番を二つ」
「86番のオプションレッドロングですねー……こちらが二つでお間違いないですか?」
「大丈夫です」
「では年齢確認だけお願いしまーす」
店員の言葉に従って画面に表示された確認にはいを押し、店員のありがとうございますを聞いてから金額を確認する。
まぁまぁいい値段だ。二つ買ったとは言えまさか千円近く飛ぶとは。
とりあえず万札を崩そうと財布の中から一万円札を取り出そうとした夏凜だったが、横から手が伸びてカードが置かれた。
「支払いこれで」
置かれたのは藤丸のクレカだった。
「ちょっ。自分で払うってば」
「偶には男らしい事させろ。あ、とっとと会計しちゃってください」
夏凜の抗議なんて無視して藤丸は店員にそう言い、店員もそう言うのならとカードを受け取って会計を済ませてしまった。
夏凜はちょっと煮え切らない表情をしながら藤丸から煙草の箱を一つ受け取った。初めて握るソフトじゃない箱の煙草はなんだか違和感がある。胸ポケットに入れると目立ってしまうだろう。
「ったく、変に強引なんだから。後でお金渡すわ」
「いいよいいよ。五百円程度でとやかく言う程金に困ってねぇし」
「あたしが気にするのよ」
「ならうまい棒奢ってくれ。それでいい」
「あんたねぇ……」
飲み物やお菓子ならまだしも煙草を奢ってもらったとなるとブツがブツだけに金を返したくなったが、彼は頑なにそれを拒む。ジュースでも買ってきて押し付けたろか、と思ったが彼はそれを受け取ることは無いだろう。
考えて考えて。結局駄目だこりゃ、と。結局夏凜は大人しく煙草を奢られる羽目になった。
高級取りのカッコつけたがりは厄介だ、なんて思いつつも。変に気遣いができるのだからいい女見つけて結婚すりゃいいのに、なんて思う。
「そういやアンタ。今まで恋人って何人いたのよ」
そう思って、ふと気になった。
自分はまだ失恋経験一回の完全なる処女(25)というちょっと不名誉な感じになっているが、果たして彼は。
「付き合った経験一回の童貞だ。同級生からはクッソ揶揄われる」
「んじゃあたしもこれからアンタの事童貞って揶揄うわ」
「うっせぇ処女」
「ぶち殺すわよ」
「理不尽にも程がある」
攻めた経験のない兵士と攻め落とされた事の無い城のどっちが凄いかと言われればそりゃ後者だ。
そう思って夏凜はちょっと悲しくなった。流石にこの歳で処女のままなのは厳しい。まぁ、某青いのは死ぬまで処女だろうし某ピンク色は恋せず独身のまま生涯を終える可能性が最近見えてきたのでまだマシだと思いたいが。
だが、どうしてだろうか。彼と話すのはなんだか楽しい。久しぶりに二人きりになったから会話が弾むというのもあるが、失恋の傷を埋めているという感覚があるからだろうか。それとも最近異性と話す時はお堅い感じでやっていたから素を出せて気持ちいいのか。
わかんね、と割り切ったころには件の居酒屋に着いていた。
「ここだ、ここ」
「へぇ。結構歩いたけど、あたしん家が近いしいい感じかも」
「実は俺ん家、すぐそこ」
「マジ? 潰れたら介護お願い」
「はははっ。お前それ俺以外の男に言うんじゃねぇぞ?」
割とマジトーンの藤丸にはいはい、と言葉を返して二人で店のドアをくぐる。
まだ定時をちょっと過ぎただけなのにそこそこの客が入っている。藤丸は予約していた藤丸です、と告げ店員に席へと案内してもらう。
雰囲気は普通によく、店員の態度もいい。料理がまだ来ていないので分からないがどうやら当たりの居酒屋らしい。席に着いたら早速二人でメニューを見つつ新しく買った煙草を口に咥える。
吸って、吐いて。あー、なにこれ。と二人で味について考える。
「……なんだろこれ。スイカ?」
「サクランボ……じゃないな。リンゴだリンゴ」
「あー、言われると」
流石本業はパティシエ、と褒めればよせやい、と彼は笑う。
さて、それでは何を頼もうか。
「まずは生一つずつと……」
「俺は唐揚げだな。あと刺身」
「んじゃあたしサラダ」
「じゃ、まずはそれで」
水を持ってきた店員に注文の内容を伝えると、暫くは暇な時間だ。灰皿の上に乗っている煙草をまた口に咥え、煙を吸って吐きながら会話としゃれこむ。
「いつもは銀と来てるんでしょ?」
「ん、そうだな。アイツもストレス溜め込んでるし、時々こうやって連れてきて酔わせてスッキリさせてる」
「園子は? アイツのがヤバいでしょ」
「……この間血を吐いて病院に運び込まれたなぁ」
「えっ。大丈夫なの?」
「点滴しながら仕事してたからそろそろ休ませないとヤバイ。けどあいつが居ないと大赦が回らん」
「過労死するわよ……」
「させねぇっての。いざとなったら気絶させて東郷んトコ叩き込んで休ませる」
「それ逆にストレス溜まらない……?」
点滴打って血反吐を吐きながら仕事をする園子様。おいたわしや。
変わりたいとは思わないが是非とも一か月くらい羽を伸ばしていただきたい。というか働け他の職員共。
更に藤丸の言葉によると園子の下に居る人間は勇者部の人間以外は甘い蜜を吸っているだけらしく、そろそろクビにしようかなと園子が弱った笑顔で呟いていたらしい。した方がいいだろそんな連中。
「まぁ、最悪の場合は俺達勇者部が園子の下に付いて大赦を六分割して回す事になる」
「六分割? ……あぁ、樹ね」
「樹ちゃんは絶賛夢叶えてる最中だしな。邪魔できんよ」
歌手として絶賛羽ばたいているみんなの後輩、樹。今もこの店では彼女が歌った曲が流れている。
大赦のスパイを兼ねているが、本人の実力と容姿の可愛らしさからそろそろトップアーティストとして名を馳せそうな彼女には大赦内のファンも多い。夏凜の同僚にも樹のファンは相当数いる。もし夏凜が樹と知り合いで先輩だと漏らした瞬間、サインを貰いたいとか一目会いたいとか。そういう連中が寄ってくるのは間違いないだろう。
まだ駆け出しの頃に貰っておいた樹のサインは将来超高騰する事待ったなし。売る気は無い。
「樹も大変そうよねぇ。あっち行ってこっち行って」
「そういう樹ちゃんも最初は結構芸能界の闇に触れたらしいぜ?」
「例えば?」
「まぁ簡単な所だと枕とか。テレビ局の社長にしろって言われたらしいぞ」
「えー、マジ? 風の拳が飛びそうね」
「ドロップキックが飛んだらしい」
「ですよねー」
あはははと笑っていると、店員がようやくビールを持ってきた。
まぁ注文をしてから数分程度なので全然遅くはない。時間制限のない飲みだし注文したものが届くまで幾ら時間が経っても問題なし。
「んじゃ、ビールも来たことだし、乾杯」
「かんぱーい」
ジョッキをカチンと合わせてビールを流し込む。
キンッキンに冷えたビールが喉を通り、炭酸の弾ける感覚が気持ちいい。味? そんなの知った事か。ビールは最初ののどごしが肝心なのだ。味は一旦置いておく。
半分近くビールを一気に飲み干し、ほぼ同時にジョッキを口から離す。息を吐きながら藤丸の顔を見ると、白いひげが口の周りに生えていた。
が、それは自分も同じ、とりあえず拭ってから話を再開する。
「あー、やっぱ最初はこれよね」
「全く持って同感だ。で、どこまで話したっけ?」
「樹の枕にドロップキックが飛んだ」
「そこだけチョイスするとすっげぇ面白い事になるなオイ」
ケタケタ二人で笑いあいながら煙草を吸いつつ話は進む。
楽しい飲み会はまだ始まったばかりだ。
****
二時間後。
「でさー! そん時あいつこんな事しちゃってさー!」
「あっははははは! 何だよそれ、ただの馬鹿じゃねぇか!!」
「ほんっと、もうタダの馬鹿よ馬鹿!!」
一時間後。
「そん時東郷が友奈をレ〇プしかけたらしくてよー! 友奈に一時期ガチ軽蔑されてんの!!」
「東郷やらかしまくってるわね! あのレズ、とうとうそこまでやっちまったのマジウケるっての!! あ、カシオレおかわりー」
「俺焼酎水割り―」
一時間後。
「あーやべ腹いってぇわ!! で、夏凜! この後もう一軒ハシゴしようぜ!」
「いいわねそれ! いや、もう行きましょう! とっとと行って飲み明かすわよ!! 明日休みだし!!」
「あー、金曜の夜マジサイコー!!」
一時間後。
「ここにぼしらーめんあんじゃない! これいっこー!」
「おれもおれもー!」
一時間後。
『あっはっはははは!! ふはははははは!!』
「れっつたくのみー!」
「いえー!!」
****
翌日。夏凜と藤丸は同じ部屋で起きた。
清々しい休日の朝……なのだが、二人の表情は暗い。というか自分達の起こした惨状に対して一体どうしたらいいのか、本気で悩んでいる。
「……やっべー……マジやらかした……」
「……どうすんだよこれ……何考えてたんだよ酔った俺達……」
昨日のどんちゃん騒ぎはどこへ行ったのか。起きた二人は同じベッドに腰かけて二日酔いの頭痛に顔を顰めつつ、今の惨状にどう言い訳をしようか考えている。
まず、昨日。気が付けば居酒屋をもう一軒程ハシゴした二人はそのままラーメン店へと直行。呂律もマトモに回ってない状態でラーメン食ったまではいいモノの、そこからまさかの宅飲みして朝まで飲み明かそうと決めてしまった。
そこからコンビニを襲撃して酒とつまみをありったけ買うとそれを手に藤丸の借りているアパートの部屋へと直行。そのまま二人で深夜なのにも関わらず飲み明かした。
ここまでは覚えている。近所迷惑した事以外は大きな迷惑をかけなかったのはちょっとだけ残っていた理性の意地か。
だが、問題はそこからだ。
話は恋愛にシフト。失恋の経験を赤裸々に語る事になってしまった。
その時の会話はそれはそれは酷いモノだった。というかそこからが酷すぎる。
要約すると、だ。
「親からそろそろ結婚して孫見せろって言われてうっさいのよ!」
「俺もだわそれぇ!」
「あんたもなのぉ? なら利害の一致だし付き合っちゃう!?」
「名案! それマジ名案!」
「なら恋人っぽい事もちゃちゃっとやっちゃいましょーか!!」
で。
「……まさかこの身で朝チュンを経験するなんて」
そのまま二人で酔った勢いでヤるコトをやらかし、一発ヤった所で二人して酔いつぶれて全裸で就寝。そのまま二人で全裸で朝起きてチュンチュン言ってる鳥の声を聞いた。
まぁつまるところ。この二人、酒の勢いでヤっちまったのである。初めてはもうちょっとロマンチックに、なんていう妄想は酔った自分達により粉砕されてしまった。
「いや、ほんと……マジですんません……」
「あたしも悪いからそんな自決しそうな感じで謝らなくても……」
数時間前の馬鹿笑いは消え去り代わりに頭痛と胃痛の種が。
昨日童貞だ処女だで揶揄いあったのに翌日にはまさかの二人して卒業。しかも相手は十年来の友人。
気まずいなんてモンじゃない。二人してさっきから頭痛に耐えつつ謝りまくっている。全裸で。
「……とりあえずシャワー浴びましょか。色んな汁でヤバい事になってるし」
「せやな……あー、腰いってぇ……」
「股に違和感……」
流石にこのまま全裸で謝罪合戦をするわけにもいかず、夏凜と藤丸はシャワーを浴びて着替える事に。しかし藤丸の部屋に女物の服なんてある訳ないので夏凜は昨日の下着を身に着け服だけは一旦藤丸のジャージを借りる事に。
藤丸は藤丸で普通にシャワーを浴びて私服に着替えた。
そして水を飲んで、二日酔いの頭痛にもだいぶ慣れた所で、二人して同時に溜め息を吐いた。
この惨状、どうするべきか。
「いやー、改めて見ると……派手にヤったわね、あたし達……」
「痛い痛いって爆笑しながらシてた気がするわ……」
「何がおかしかったのよ、過去のあたし……!!」
思い出そうとすれば簡単に出てくる思い出したくない記憶達。ご近所さんはこの騒ぎを聞いて何を思ったのか。まぁ多分ゲームか何かやったんだろう程度に思ってくれているはずだ。そう信じたい。
色んな汁&恐らくというか確実にあの部分から出たであろう血で大変な事になっているベッドのシーツを見て、テーブルの上の大量の空き缶と食い漁られたつまみを見て。とりあえず現実逃避のために掃除開始。そして終了。
やべぇ状況が何も進展していない。
「…………まぁ、ヤっちまったモンは仕方ないって事にしましょう。その方が傷は浅いわ」
「……夏凜がそう言うなら」
「あによ。他に案とかあるの?」
「いや、特には。ただ責任取れって言われたら取る」
ふーん、と夏凜は軽く返した。
まぁヤっちまったモンは仕方ない。夏凜自身そう思っているので切り替えようと思えば切り替えれるが。
ふと思った。
「……別にあたし達、このまま付き合っても良くない?」
「え?」
いやだって。
「酔った時に言ったけど、そろそろ結婚しろとか孫の顔見せろって親がうっさいのよ」
「それは俺もだけど」
「で、あたし達って普通に十年間友人できる程度には仲いいし、特に秘密も無いし、互いにいいトコに就職してるし、金あるし」
「そりゃそうだ」
「アンタは確かにハゲだしオタク趣味あるけど、まぁあたしは気にしないし。ハゲも大人になってからはスキンヘッドっぽくなって似合いかけてるし。あんた家事できるし子供の世話できるし優良物件だし」
「うんうん」
「で、あたしはあんたの知ってる通りだし。ついでに美女よ?」
「同感。夏凜って大人になってから綺麗になったよな、マジで。嫁に貰えるなら貰いたいくらいだ」
「利害の一致。ついでにヤる事ヤっちゃったし。互いに責任取るって事で結婚前提に付き合うの、全然有りじゃない?」
「…………有りだな」
まぁ要するに。
もうお互いにこれから作るかもしれない恋人以上には互いの事を知り尽くしているし、利害の一致はしているし、夏凜からしたら藤丸は優良物件だし、藤丸からしても夏凜は優良物件。その優良物件同士でヤる事ヤっちまった。
付き合いたくないわけじゃない。夏凜からしたら付き合えるなら付き合いたい位にはいい所がある男だし、藤丸からしたら付き合えるなら付き合いたい位にはいい所がある女性。
つまるところ。
「……うっし。風先輩煽ろうぜ! 俺達結婚を前提に付き合い始めましたって!」
「ついでに銀と園子も煽りましょうか!」
色々とガッバガバな理論だが、まぁ互いにこんな人と付き合えるなら別にいいや精神で付き合う事になりましたとさ。
こうなったのは未練をキッパリと捨てたから訪れた運命なのか。それとも煙草なんていう害しかないモノが気まぐれに与えてくれた幸なのか。
惰性と言うかガバガバ理論から始まった付き合いは、結局の所解消される事無く。大きな喧嘩もなく大きな事件もなく指輪買って互いの両親に挨拶しておもっくそ結婚願望有り有りな友人を煽りまくって無事ゴールまで行くのであった。
まぁ、こういう出会いがあるのなら煙草も決して悪いモノではないのかもしれない。
ちなみに煽った結果は黄、赤、紫にタコ殴りという因果応報だったそうな。
付き合う要因:酔って朝チュンしたから
ひっでぇ。
という事で夏凜IFでした。もうガッバガバァ!!
なお終盤の二人は冷静さを欠いております。っつか半分くらい酔いが残っています。最初は煙草を使った大人っぽい恋愛にしようと思った結果がこれだよ。やっぱ勇者部ってギャグに走る習性があるんやなって。
当初考えていたIFは夏凜も藤丸も何度か付き合っては別れてを繰り返していて、喫煙所でバッタリ会ったのを切欠に夏凜が藤丸を飲みに誘って帰りに夏凜が逆レ……みたいな感じでした。けどなんか違うなーと思って書き直した結果がこれだよ!! もうガッバガバだよ!! ギャグだよこれ! 今までのIFのいちゃらぶどこ行きやがった!!
まぁ偶にはこういうのもね?
でももしかしたら夏凜IFだけは新しくもう一本書くかも。普通の恋愛するにぼっしーも書きたい。
わすゆ始まったら多分続きのIF以外は書かないので書けるキャラでとっとと書いていきたい所。となると次は……活動報告でリクエストがあった亜耶IFか、とっとと銀IFその2を書くか。