病院での治療は園子からの命令で可及的速やかに最善を尽くされた状態で行われ、しっかりと膿んだりしないように消毒をした後、縫うような事はなかったがテーピングと包帯で固定し、後は自然治癒でくっつくのを待つだけになった。治療まで少し時間がかかったが放っておくよりは全然マシだったようで、暫くしたら傷跡も分からないくらいにはしっかりと治る、との事だった。
「なんだか……目まぐるしかったわ……」
「ごめんね~。ちょっとバタバタしちゃって~」
急に病院に連れてこられて緊急でしっかりと治療されたため暫くされるがままだった千景だったが、病院の医者などが園子の事を園子様と呼んでいたことが実は気になっていた。
「……園子さんって……何者……?」
「ちょっとこの時代で最高権力を持ってる家の一人娘ってだけだよ~? 今は政治的な権力も最高権力に近いかな~?」
その言葉を聞いて千景の目が飛び出そうになった。勿論比喩だ。
色々とぶっ飛んだ事をしていたが、まさかそんな事をしていた人の正体がお嬢様だとは思わなかった千景は身の振り方とか考えた方がいいかな、と考え始めたが、今までのあれこれからしてそういうのはあまり好まないだろうなと思ったし、そういう人に対する礼儀とかはよく分からないので言われるまではいつも通りで居ることにした。
「それにしてもよかった~。ちーちゃんに傷が残らなくて~」
「……うん」
嫁入り前の体に傷が、と言うにはもう遅いが、それでも傷跡は増えない事が一番だ。もっと早く千景をこっちに連れてこられていたら、と考えないでもないが、銀とハゲ丸の体に空いた特大の風穴すら傷跡無しで治して見せるくらいには大赦の医療技術はそこそこ高いのだからもしかしたら千景の傷跡も目立たないようにはなるかもしれない。
そこら辺の交渉を後でしないと、と園子は考えつつ、今は傷跡までも残る程の大事にはならなかったという事で腹の内でまだ燻っていた怒りを何とか静める。
暫く風呂に入る時などは注意しないと傷口に沁みてしまうが、一応ラップをしっかりと巻いておけば多少は沁みるかもしれないが普通に風呂には入れるそうなので、言っては何だが見た目よりは、という傷だったと言うのも園子が怒りを鎮める事のできた要因でもある。
「ズラっちには先に荷物を運んでもらってるからもうそろそろ行こっか~。あんまり待たせると怒られちゃうから~」
「藤丸さんは……怒らないと思う。あの人……甘い、から……」
「ふふっ。そうだね、ズラっちは他人に甘いから文句言っても怒らないかもね~」
それもそうだ、と自分の言葉よりもあり得る可能性が高い言葉を言った彼女に思わず笑ってしまう。最初に会った時はあんなにも人という存在を信じられないとでも言わんばかりの目をしていたのに、たった三日で彼女は人の事を考えられるようになっている。
やはり、彼女は優しい子だ。周りの環境さえよかったら、仲間内で例えるならやばい部分が消え去った美森のような清楚で物静かで綺麗な子になっていたと、切に思う。それと同時にそれを許さない環境を作り出す事を容認してしまっていたあの西暦の時代……いや、目に見える信仰という絶対正義が無い状態の人間の弱さ、醜さに少しばかり失望した。
大人になれば大赦を引っ張っていく身として、あの村は神樹様崇拝を薄れさせていった場合の悪い例の一つなのだと、十分に理解できてしまった。
しかし今はそんな事は後回しにして千景と共に病院を出ていく。色々な手続きを顔パスして金を乃木家にツケたので出る時も顔パスだ。こうまで権力にズブズブだと将来の自分が少し怖いのでこの件が終わったら暫く権力を使うのは控えよう、と軽い反省をしながら先ほどまではゆっくりと見て回れなかった神世紀の四国を千景と観光がてら歩く。
「本当に……三百年後……?」
「まぁ信じられないよね~。わたし達もまさか三百年前に行くなんて思ってもいなかったよ~」
神世紀の四国を歩く千景は自分の想像していた三百年後……SFゲームのような世界観とはまるで違う、西暦の街並みと変わらない未来に、ここが自分の生きていた時代から三百年後だという事が信じられていない。
それも仕方のない事だ。園子は勇者というファンタジー的な存在に変身しバーテックスという人類の天敵と戦うというどこの漫画やアニメの登場人物かと言われるような事を経験してきた人間であり、神樹様という神そのものをその目で見て信仰してきた人間だ。神を見たこともなく、勇者なんて見た事ない千景がパッと信じられる訳が無い。
「まぁ、ちーちゃんは信じても信じなくてもいいよ~。ここはちーちゃんの居た所よりも遠く離れた場所だって思えば~」
「信じたい、けど……街並みが変わらなくて……信じられない……」
「それはつい最近までちーちゃんの居た時代から技術が進歩しなかったからなんだよ~」
「……どういう、こと?」
「そこら辺は企業秘密かな~。後でこの時代の事は簡単に説明してあげるね~」
まさかバーテックスが2015年に襲来して以来、技術レベルは当時のまま、インフラ関係は全部神樹様が整えてくれていたが、つい最近になって勇者達がバーテックスの親玉である天の神の撃退に成功したためやっと時が進み始めたとか説明すると色々と問題があるので園子は言葉を濁すだけだった。
千景はその言葉に首を傾げながらも園子の後ろを歩いていき、ふと今歩いている歩道の反対側にある一つの店に視線が吸い寄せられた。
「ちーちゃん、何見てるの~?」
「な、なんでも……」
まだ案内は途中なのでその最中にまさか今視線を吸い寄せられた店……ゲームショップに入ってみたいと思ってしまったなんて言えるわけもなく、下手な嘘で誤魔化そうとしたが園子様はすぐに千景が何に興味を引かれたのかを理解すると、あぁ~、と納得したかのような声を上げた。
千景の趣味はゲームだという事を園子はちゃんと覚えているので千景が未来のゲームショップに興味を引かれたというのはすぐに理解できた。
「行ってみる~?」
「で、でも……」
「いいからいいから~。ズラっちなんて待たせればいいんだよ~」
なんというかハゲ丸の扱いが酷いように千景は思えたが、多分信頼の裏返しなのだろうと言うのは二人のあの仲の良さから分かっている。だが待たせるのは忍びない。しかし行ってみたい。
そんな欲がぶつかり合い、気が付けば千景はゲームショップに向けて歩き始めていた。
ふらふら~とゲームショップに吸い寄せられた千景はそのまま園子と共に入店。なんだか普通に西暦の時代にもありそうな内装のゲームショップの品を見始めた。
そして驚いたのは、千景が知っているハードが未だに普通に置いてあることだ。本当にここが未来なのかもう分からなかったが、ソフトが並んでいる棚を見ればここが未来だという事が一発で分かった。
何故なら。
「これ……もう十年以上続編が発売されてなかったあのタイトルの続編……!? それにこっちは……ACの見た事ない最新作……ほ、欲しい!! ってこっちのFFXXXVってなに……!? それに見た事ないエクバがある上に参戦機体が300以上……!!? す、すごい……!!」
「何だか急にちーちゃんがよく喋るようになったよ~」
千景がゲーマーとしての嗜みとして触っていた有名タイトルの続編や、ナンバリングがそろそろインフレしそうな有名なRPG、対戦格闘ゲームの見た事ない続編など、あったらいいなぁと思う程度だった物から追っていたタイトルまでもう選り取り見取り。流石にこんな物をドッキリで置けるわけがないので千景はここが未来なのだと一瞬で信じざるを得なかった。
千景の目がキラキラ輝き、歳相応の表情を浮かべながら彼女はゲームを物色していく。やってみたいゲームが多すぎて千景の興奮が止まらない。ついでに興奮しすぎたせいでR-18コーナーに思いっきり入り込んでエロゲーの物色までしかけたが寸前で園子の事を思い出して踏みとどまった。流石にエロゲーの物色をする所を見られる訳にはいかない。
「あ、このBLゲームの続編出てたんだ~。買っとこ~」
「ニュースーパーウルトラハイパーデラックスマリオブラザーズ……!? タイトルにカービィ混ざってる……っていうか作ってる会社に見覚えが無い……パチモン……?」
暫くの間千景はそんな感じでBLゲーを堂々と買っている園子に気づく事無くゲームを物色していく。そして大体三十分ほどだろうか。ニコニコとしている園子にようやく気が付いた千景は体感でかなり長い時間、このゲームショップに居たのに気が付き少しだけ慌てた。
「あっ……つい夢中に……」
「いいのいいの。ズラっちなんて待たせればいいんだから~」
いや、それにも限度があるんじゃ……と言いたかったが、多分園子に何言っても無駄なので千景はお口チャックした。
ハゲ丸の事に対して何も言わない千景をそのままに、園子はそれで、と会話を切り出す。
「欲しいのは見つかった~?」
「欲しい物……? むしろありすぎるというか……」
「そっかそっか~。ちなみに一番欲しいのは~?」
「えっと……あれ」
そう言って千景が指さしたのは、最初の方に発見したFFのこの時代の最新作だった。どうやらかなり進化を果たしているようで千景はかなり気になっていたのだ。それを見た園子は。
「あれは確かズラっちが持ってたから後で貸してもらおうかな~。他は?」
「え? えっと……あれ……」
と言って指さしたのはストリートファイターの最新作だった。なんかナンバリングが大変な事になっているが、キャラはかなり多いらしいので格ゲーも嗜む千景はかなり気になっていた。
それを見た園子は、あれは誰も持ってないね~と言うと、ごく自然な動作でそれを手に取ってそのままレジへ向かい、なんか真っ黒なカードで支払いを済ませると、はいと一言言って千景に買ってきたゲームを手渡した。
かなり自然な動作で買ってきた上に渡されたので思わず受け取ってしまった千景だったが、何が起こったのかを理解すると表情を驚き一色に変えた。
「そ、園子さん……!? さ、流石に買ってもらうのは……」
「いいのいいの~。お金だけは沢山あるからね~」
「そ、それでも……限度が……」
「それに今日から家族も同然なんだし、気にしないでもいいんだよ~?」
と、言いながら園子は自分の財布の中身をそっと千景に見せた。
その財布の中は中学生にしては多すぎる額……というか中学生じゃなくても多すぎる額がみちっと詰め込まれていた。しかも先ほどの黒いカードも千景の予想が当たっていれば。
「でも……生活とか……わたしのせいで苦しく、なるのに……」
「そんな事ないよ~? だってわたし、お嬢様だし~」
「お嬢様……?」
「そうだよ~。多分この四国で一番えらーいしお金持ちのお嬢様~」
一番偉いお嬢様。
二度目に聞くその言葉の意味を千景はやはり理解できなかったが、園子は今は理解しなくてもいいよ~とだけ言って千景を置いてゲームショップを出ていった。そうなってしまうと千景も買ってもらったゲームを押し付けられたまま園子を追わざるを得ない。
ゲームショップを出て前を歩く園子に追いつくと、園子は千景が言葉を切り出す前に口を開く。
「わたしの家もズラっちの家も訳ありでかなり裕福なんだよ~?」
「訳あり……?」
「世界を救ったからね~。その謝礼とか色々で~」
もうここまで来ると園子がふざけているのかふざけていないのか分からなくなってきた。少なくとも千景は今後一切園子に対して交渉事で勝てる気が無くなってしまった。今もゲームの返品を、と言おうとするたびに園子の方からの言葉で潰されて機会を見失ってしまっている。
千景みたいな根が暗く、相手の言葉を聞くとその返答を優先してしまう子はこうしてこっちから話しかけ続ければ自分の話題を切り出す事ができないと、園子は今までの人生で学んでいるため千景の言葉を封殺するのはそれはそれは楽だった。大赦の腐った上層部相手に交渉をし続けていた腕は伊達ではない。
そうこうして歩く事十数分。ようやく二人は園子が住む高級アパートにたどり着いた。千景は田舎ではまず見る事のない大きなアパートに目を奪われていたが、園子の部屋であろうドアの前にハゲ丸が座り込んでいるのを発見し、すぐに意識を現実に戻した。
「ズラっちお待たせ~」
「お、おっせぇよ!? 病院で治療が終わってから何分経ったと思ってんだ!? さみぃんだけど!? っていうかちーちゃんの耳は大丈夫なんだな!?」
「ちーちゃんにうどんの素晴らしさを伝えてたんだ~。あとちーちゃんの耳は傷跡なく治るよ~」
「ならよし。何も言う事はない」
「……えっ!?」
文句を言うハゲ丸だったが、園子がサラッと吐いたそれじゃあどうしようもないだろうという嘘と、それをあっさりと飲み込んだハゲ丸の言葉に思わず千景が驚いた。園子は悪戯成功と言わんばかりの笑顔を千景に向けたが、千景はなんだかハゲ丸が可哀想に思えてきてしまった。多分いつもこんな感じの扱いなんだろうなぁって。どうやらハゲ丸には二人が手に持っているゲームショップのレジ袋が見えていないらしい。
園子の嘘で怒りを忘れたハゲ丸は園子にドアのカギを早く開けるように則し、園子はあくまでもマイペースに鍵を取り出すとドアのカギを開け、一人で部屋の中に入っていった。
「んじゃお邪魔しまーす」
「え、えっと……おじゃま、します……」
慣れた様子で園子の後に続いて荷物を両手に部屋の中に入るハゲ丸と、初めて他人の家に入るためかなりおっかなびっくりに部屋の中に入る千景。玄関に入ってすぐ綺麗で広い部屋にビックリしたが、園子は違うよ~、と千景に一言言った。
「ちーちゃん、ここはこれからちーちゃんの家でもあるんだから、ただいま、だよ~?」
そう。千景にとってはあくまでも他人の家にお世話になる、程度の認識だったのだが、園子にとっては新しい家族を迎えると言っても同義の気持ちだ。だから、千景にはお邪魔しますよりもただいまを言ってほしかった。
でもと言葉を返そうとする千景だったが、先ほどまでのやり取りでこういう時の園子に何を言っても無駄だと理解している千景は園子の言葉に従うことにした。
「……ただ、いま」
「うん! おかえり、ちーちゃん!」
ただいまとおかえり。当たり前の言葉だが、千景はそのやりとりを凄く久しぶりにやったような感覚に陥った。
どうしてだろうと思えば、もう数年以上、父とはただいまとおかえりをしたことが無かった。互いに無言で家族の帰宅を受け入れ、何も言わない。そんな毎日だったから、この当たり前すら今は懐かしいと思えてしまった。
「それじゃあもうお昼だし、ズラっちにお昼作ってもらおうかな~」
「いいけど、材料は?」
「うどんの材料があるよ~。フルーツとかもあるからデザートもお願いね~」
「よし任せろ。とびっきりのモン作ってやるよ」
千景を家の中に迎えた園子はハゲ丸に昼の用意をしてもらう事にして、千景の事は自分で全部やることにした。
が、千景はふと気になったので園子に一つ質問をした。
「藤丸さん……料理、できるの……?」
「そうだよ~。将来はわたしの専属パティシエの予定なんだ~」
「ぱ、パティシエ……?」
「乃木家専属だから相当な待遇の予定だよ~?」
乃木家の凄さが分からない千景は首を傾げる程度だったが、チラッと台所を見れば確かに料理人顔負けの速さでうどんの調理にかかっているハゲ丸を見る事ができたので、彼の言葉には一切の嘘偽りが無い事が何となく分かった。
そんなハゲ丸に厨房は任せ、園子は千景の荷物をひょいっと持ち上げると元客間その一だった現千景の部屋に千景を案内した。
「ここがちーちゃんの部屋だよ~。中にある物は好きに使っていいし、欲しい物があったら言ってね~」
と言って園子が案内した部屋は、少なくとも今日の朝まで千景が住んでいたあの家の自室よりも遥かにキレイで、もしかしたらそれよりも広いかもしれない部屋だった。しかもこの部屋以外にも幾つか別の部屋に繋がるドアを見かけたので、きっとこれと同じような部屋がもう二個はほぼ確実にあるのだろう。
園子がお嬢様という事をその目で確認した千景は身の丈に合っていないとしか思えない部屋を見て困惑していたが、笑顔の園子を見るとなんの冗談でもなく本気なのだと理解し、自分の荷物を一旦端の方に寄せて置いた。
そのついでにベッドを触ってみると明らかに自分が今まで使っていたベッドよりもグレードがいいベッドという事が一発で分かったので千景は更に困惑。
「……ほ、本当にこの部屋に住んでもいいの……? 家賃とか生活費を払った方が……」
「そんなの気にしなくても大丈夫だよ~? わたしの我儘でこっちに来てもらったも同然なんだから~。それに、こんな広い部屋で一人だと寂しいから、わたしの寂しさを解消してくれるのが家賃替わりみたいな感じだし~」
だが、千景はこうまで良くしてもらうといつか反動が来るんじゃないかとすら思ってしまった。今まで人様に言ったら可哀想な物を見る目で見られる事間違いなしだった自分が急にこんな親切にしてもらうなんていつか反動が来そうで怖いと思ってしまう。
園子がそれを聞けば確実に今まで苦労したんだからその分幸せになってもいいんだよ~と言ってくるのだが、流石にそこまで読心ができない園子は何も言わない。が、代わりに自分の言葉にあまり納得できていない千景を見て一つ提案をした。
「じゃあそれでも足りないなら、わたしの事をお姉ちゃんって呼んでくれないかな~? わたし、妹とかほしかったんだよね~」
だから対価が安い、とは千景の内心で叫んだ言葉。だが、こうなった以上恐らく言わないとしつこく言われるのが分かっているし、養ってもらうも同様な立場になった以上あまり相手側の要望を拒むこともできないので、園子の要望には従うことにした。
が、流石にお姉ちゃんとそのまま呼ぶのは何だか恥ずかしかったのでちょっとだけ言葉を変えて姉と呼ぶことに。
「え、えっと……じゃあ、園ねぇ……?」
「ん゛っ!!」
これならあんまり恥ずかしくないからと少し顔を赤くしながら上目遣いで園ねぇと呼んだ結果、園子が胸を抑えてその場で蹲った。
思わず千景が大丈夫かと駆け寄るが。
「や、ヤバイよこれ……クール系の子の恥ずかしがりながらの一言……ちーちゃんの破壊力をナメていた……!!」
多分大丈夫なので放っておくことにした。
「と、とりあえず……これでもう、いい……?」
「これからも園ねぇって呼んで!」
「う、うん……」
一回だけだと思って呼んだのだが、どうやら想像以上に園子は園ねぇ呼びを気に入ったらしく、かなりの剣幕で叫んできた。思わず千景が引いてしまうが園子にとってその程度は些細な事。妹ができた気分になり、相当彼女の気分は高揚していた。
対して千景は呼び方一つにそこまで一喜一憂できる物なのか、と思ったものの、ギャルゲーや乙女げーをやっているとそういう呼び方一つに自分もそこそこ一喜一憂するときがあったので、恐らくそれと同じだろうという事で納得した。それに、千景自身自分に頼れる姉ができたという感覚にもなれたので悪い感じはしなかった。
と、ここで一旦ふざけるのは中断してハゲ丸が昼食を作り終える前にとっとと荷物を広げて片付けてしまおうという事でトートバッグの中にあった服や下着、携帯の充電器などの必需品とも言える私物、それから携帯ゲームの充電器などを取り出しては片付け、残りの家庭用ゲーム機は後でハゲ丸に手伝ってもらって居間にあるテレビに繋げることにした。
そうして十分ほどで荷物を広げて片付け終えた千景と園子。そして、まるで片づけを終わらせるのを待っていたと言わんばかりに二人が片づけを終えてすぐにハゲ丸が千景の部屋のドアをノックした。
「お昼できたから食っちまおうぜー」
「あ、ありがと~」
ハゲ丸の言葉に従って園子が千景の部屋を出て、千景も園子の部屋を出る。その瞬間、居間の方からうどんのいい匂いが漂ってきて今まで忘れていた空腹を思い出してしまう。
食欲がそそる匂いに思わず腹の虫が鳴き声をあげそうになるのを堪え居間に向かえば、美味しそうなうどんが三つ。恐らくハゲ丸の物であろう大、園子と千景の物であろう中のサイズが違うだけの二種類の釜玉うどんが置いてあった。
「おぉ~、釜玉うどんだ~!」
「確か園子が好きだったろ? だから作ってみた。あ、ちーちゃん。一応お代わりもあるから足りなかったら言ってくれよな。そんじゃ、いただきます」
「いただきま~す」
「い、いただきます……」
三者三葉のいただきますの後、千景は箸を手にし、うどんの中心に落とされている卵黄を箸で突きトロっとした黄身をうどんによく絡める。そしてその上から机の上に用意されていただし醤油を適量かけ、少し混ぜてから一口で食べきれる量のうどんを箸で掬い、それを口に運んだ。
口に運んだうどんをゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ千景はほぼほぼ無意識に呟いていた。
「美味しい……」
と。
香川県のうどん。話には聞いていたがまさかこれほどとは。話に聞いていた程度の存在を口にした千景は予想よりも遥かに美味しい香川のうどんに思わず舌鼓を打ってしまった。気が付けば手は止まることなく二口目、三口目のうどんを求める。その様子をハゲ丸と園子は微笑ましく見ている。
「いい食いっぷりだな。しっかし、流石は最高級うどん。ここまで美味しくなるとは」
「それはズラっちの茹で加減とか麺にあった食べ方をしっかりと選んだからだよ~。やっぱりズラっちに作ってもらった方が美味しいや~」
「そりゃ料理人名義に尽きるってモンだ」
「こんなに美味しいとレベルが一気に上がっちゃいそうだよ~」
「レベル……? あれ、何だろう。俺もうどん食うとレベルが上がりそうな気が……」
二名ほど変な電波を受け取っているが、千景はそんな事を気にせず目の前のうどんを啜っていく。
麺のコシ、卵黄の濃い味、それを引き立てる醤油。そして飽きないようにと散りばめられた刻んだ海苔やネギ。それらが千景の舌を逃がす事無く美味しさをダイレクトに伝えてくる。
どちらかと言えば千景は小食ではあるのだが、そうやってうどんに夢中になっていたらいつの間にか杯の中にあったうどんはその姿を消しており、それに気づいてからようやく自分はそこそこの量があったうどんを完食したという事に気が付いた。横ではまだ園子とハゲ丸がうどんを啜っているため、相当夢中だったという事が理解できた。
「おっ、もう食ったか。もう一杯いくか? それともデザートか?」
「流石にもう一杯は……デザート……?」
そう言えば園子はハゲ丸の事をパティシエと呼んでいた。パティシエはデザートやスイーツを作るような料理人の事を言うのだから作っていてもおかしくはないのだが、男性がデザートやスイーツを作るというのはやはり少しばかりイメージとは違った。
なので思わず聞き返してしまったが、ハゲ丸は特に何も言わずにおう、とだけ告げ食べかけのうどんをそのままに立ち上がると、カウンターに既に置いていたらしいデザートを持ってきた。
「あんまり時間がかけられなかったから簡単なモンだけど、今日のデザートは俺特製パンケーキだ」
持ってこられた食後のデザートは、食後でも簡単に食べれてしまいそうな比較的小さなパンケーキ。その上には色鮮やかなフルーツが盛られており、その上からは恐らくイチゴのソースのような物がたっぷりとかけられており、見ているだけでも満足できてしまいそうな、小洒落たカフェなどで出てきても全くおかしくない程の可愛らしいパンケーキだった。
カラフルで可愛らしく、フルーツを盛り付ける所にすらハゲ丸の腕の良さが出ており、食べるのが勿体ないと、あまりそういう事には興味のない千景ですらふと思ってしまうくらいにはハゲ丸の用意したパンケーキは甘い物と可愛い物が大好きな女の子の心を掴んで離さなかった。
「うわ~! ズラっち、また腕上げたね~! すっごく美味しそうだし可愛いよ~!」
「そうだろそうだろ? 今回は時間が無かったにしてはかなりの自信作だ! ちゃんと園子の分も用意してあるからうどん食ったら是非とも食ってくれ」
「やった~!」
園子が歓喜の声を上げてからまたすぐにうどんを啜り、ハゲ丸も自分の分のうどんを口に運ぶ中、千景は用意されたフォークとナイフを手にした。
食べないわけにはいかない。今もこうして自分の目の前で可愛らしく食べて? と自己主張しているカラフルなパンケーキを置いてどこかへ行くなんて真似は千景にはできなかった。この十一年生きて初めてとも言えるお洒落で小洒落たデザート。そっとフォークを刺し、ナイフを引いてパンケーキを一口大にカットし、その上に乗っているフルーツと共に口へと運ぶ。
その瞬間、千景の口の中は甘さに支配される。パンケーキそのものの甘さにフルーツのくどくないサッパリとした甘さ。そして砂糖の甘みとそれら全てを包み込み自己主張をしつつも決して他の一切を潰さないイチゴソースの仄かな酸味と甘さ。それが美味しくないわけがない。女の子の心を掴まないワケがなかった。
「美味しいかは……聞かなくても分かっちまうな」
「すっごい笑顔だね~」
もしこれをマズいなんて言う人間が居るのなら、今の千景は真正面からその顔面を殴り抜けるくらいにはこのパンケーキの虜となってしまった。
甘味はくどすぎても抑えすぎても駄目だ。その中でもパンケーキはパンケーキだけなら甘いパン、程度なのでそのまま食べるだけなら美味しくはあるがそれだけだ。だがそこにフルーツや砂糖、ソースを加えその甘味のバランスを完全に調律させ酸味も利かせる事により甘さへの飽きを抑えさせながら甘さを堪能させてくれている。
視覚でも、味覚でもその味を楽しませてくれるパンケーキ。それがハゲ丸の作ったパンケーキだった。
だから、ナイフとフォークが止まらない。もっと見て楽しみたいと思う反面、食べたいという欲が自己主張をした結果、千景は食べる事を選んだ。いつもならうどん一杯でもう容量いっぱいになるはずの胃は早く早くとパンケーキを急かしてくる。その要求に従えば従う程、至福を感じる事ができる。故に、ナイフとフォークが止まるわけがなかった。
「ほい、園子の分のパンケーキ」
「おぉ~! ちーちゃんのと同じで美味しそ~!」
「俺は腹いっぱいだから食後のお茶でも淹れるかな。園子には紅茶でいいか?」
「うん、ありがと~」
マイペースな二人とは違い、自分だけの世界に入っている千景。またうどんの時のように夢中に食べていれば、気が付けばパンケーキはこれまた綺麗さっぱり消えてなくなっていた。それと同時に確かな満腹感を感じ、自分が食べ終わったのだと気が付いたと同時に小さく感嘆の息が漏れた。
食べ終えてからすぐに乗る物が無くなった皿をハゲ丸が回収していった。
「あっ……ごちそう、さま……」
「おう、お粗末様でした。食後の紅茶かコーヒーはいるか?」
「じゃあ……コーヒー、で」
「承りました、お嬢様」
ハゲ丸のふざけた声を聞き、千景は改めて息を漏らした。
こんなに美味しい昼食は、何年ぶりだろうか。小学校の給食はわざと配られなかったり用意されなかったり量が全然足りなかったりしていた上に、休日も父の用意した金で買ってきたコンビニ弁当やカップ麺などを食べるだけの生活。手作りのあったかいご飯なんて数年以上食べていなかった。
それに、誰かと一緒に食べるという事もなかった。給食の時はいつも席を離され、夕食は父とは別に食べて。そんな日々の食事が今日、ガラリとその姿を変えた。
ちゃんとその人の事を考えた暖かい食事。今まででは考えられなかった気遣いまでしてもらって、食後の甘味まで。今日だけで今までの一年分の親切を与えてもらった気分だ。
だが、それと同時に千景は恐怖を感じていた。
今までの生活が底辺だったが故に、いつか大きなしっぺ返しが来るんじゃないかと。とびっきりの不幸が押し寄せてきて、この優しい二人にまで迷惑が掛かってしまうのではないか。そんな心配があった。あまりにも普通な日常を幸せととらえてしまうが故に、千景はそう思ってしまう。
「ほらちーちゃん、食後のコーヒー。ミルクと砂糖も置いておくからそこら辺はお好みで」
「あり……がとう……」
「どういたしまして」
こうして誰かに淹れてもらった暖かいコーヒーを飲む事だって久しぶりだ。いや、もしかしたら初めてかもしれない。適当にミルクと砂糖を入れて黒色から茶色に変わったコーヒーを飲めば苦みの中にある甘みと温かさが千景の体を温めてくれる。
缶コーヒーなんて目じゃない程のソレを少しずつ少しずつ飲んでいくと、どうやら園子がパンケーキを食べ終えたらしく、皿を洗っているハゲ丸に声をかけていた。
「ズラっち~。皿洗いはわたしがやっておくからちーちゃんのゲームを繋げてあげて~」
「ゲーム? あぁ、分かった。あと園子は特に何もしなくていいぞ。繋げるの終わったら俺が続きやるから」
「でもそれは悪いよ~」
「いいんだよ、俺が勝手にやってる事だから。家主は腰降ろして待っててくれ」
「普通は逆じゃないかな~?」
と、言いながらも園子は浮かしていた腰を椅子の上に下した。
千景は何をしたらいいのか分からずただコーヒーを飲んでいたが、園子はそんな様子の千景を見てから携帯を取り出すと、何も言わずに千景の写真を撮った。
「えっ? そ、園ねぇ?」
「ふっふ~。可愛いちーちゃんの写真ゲット~」
無防備な所を撮られて千景は少しだけ顔を赤くしたが、まぁその程度なら特に困ることでもないのでもう……とだけ口にしてからもう一度コーヒーに口を付けた。
「なんか急に距離縮まってね? こっち来る前に園ねぇって呼ばれてたっけ?」
「さっきだよ~。羨ましいでしょ~?」
「全くだ。俺が飯作ってる間にいちゃつきやがって」
そして園子とハゲ丸が軽口を叩きながらもハゲ丸が持ってきたゲーム機を結構慣れた手つきでテレビに接続していく。が、案外千景の持ってきたゲーム機が多かったためか一部のゲームは繋げる事ができなかったので新しいゲーム機をまず繋げて古いゲーム機は片付けて置ける場所に置いておくことにした。
「俺も一人っ子だから弟とか妹とか欲しかったんだけどなぁ。ちーちゃんは園子の妹になっちまったか」
「わたしの名誉姉妹だよ~? 将来は乃木家に養子入りとか~?」
「お前ならやれちまいそうなのがなぁ。よし、これでいいだろ。ちーちゃん、繋げるゲームはこんな感じでいいか?」
「うん……大丈夫……」
試しに千景がゲーム機を起動してみたが、しっかりと動いた。家から持ってくる際にそこそこ色んな所にぶつけたため少しばかり不安だったのだが、しっかりとゲームの画面も写ったので悩みは杞憂だった。
「ありがと……」
横でゲーム機が付くのを見守っていたハゲ丸に対しての礼。それを聞いたハゲ丸は頷いてから皿洗いに戻ろうとする。
が、千景からするとハゲ丸からも色々と貰いすぎたので少しばかりこんなお礼だけでいいのか心配になった。それに、園子だけ園ねぇと呼んでハゲ丸だけ藤丸さん、というのもハゲ丸だけを少しだけ仲間外れにしている気分で、ちょっとだけ嫌だった。
だから千景はお礼代わりに園子みたいに藤丸の事を呼ぶことにした。
「その……藤にぃ。ホントにありがと。ご飯とか、ゲーム機とか……」
だが少し恥ずかしかったのか最後らへんの言葉は尻すぼみになった。
が、ハゲ丸からしたらそれは最早萌えポイントだ。千景の恥ずかしがりながらの言葉に一瞬ハゲ丸は胸を抑えたが、すぐに回復して物凄い清々しい笑顔を浮かべた。
「あぁ……生きててよかった……」
「ズラっちが割とマジな感動してるよ~」
そんなワケで、千景にはこの日、新たな生活が与えられ、新たな姉代わりと兄代わりができたのであった。
ちなみにその後、兄代わりとゲームで対戦して完膚なきまでにボコボコにして半泣きにさせたのは完全なる余談だ。
****
夜。既にハゲ丸は自宅に帰り、今園子の部屋には園子本人と千景の二人だけとなった。ハゲ丸が帰るとそこそこ部屋の中は静かになったが、ニコニコしている園子から話を振ってくれたり、神世紀の事を園子に聞いたりしたのでしーんとした時間はほぼほぼ存在しなかった。
しーんとした時間は園子が寝落ちした時くらいだ。まさか一緒にゲームをやっていて初めていい勝負をしたと思ったら寝ていたなんて誰が想像できる物か。
そんな感じで交流を深めて既に夜。千景は風呂に入り天井をジーっと見ていた。
特に風呂の中でやる事もなく、しっかりと髪を纏めて風呂の中で黒いクラゲみたいにならないようにしてから耳もラップで包んで沁みないようにしてから風呂に入ったのだが、やはり風呂は静かだ。
見慣れない大きな浴槽と綺麗な天井を見て本当に今までとは違う家のお風呂に入っているんだなと自覚するが、視線を下に落とせば見慣れた自分の体がある。
見えないからと散々暴力を受け傷跡だらけになってしまった自分の体。幸いにもそこそこ布地のある水着等ならしっかりと傷跡は隠れてくれるが、それでもこの体を見て綺麗だと言う人は一人も居ない事だろう。
それに、この傷跡はあまり人様に見せたくなかった。腕にも長袖などで隠しているだけで切られた跡や根性焼きのような跡まである。もし消せる事なら消してもらいたいが、恐らく無理だろう。いくら三百年後と言えど技術レベルは進歩していないのだし、期待はしない方がいい。
あまり長湯をしても園子の迷惑だからと千景はとっとと洗う所を洗って風呂を出てしまおうと腰を浮かせて。
「ちーちゃん、一緒に入ろっか!!」
「!?」
何の遠慮もなく浴室への扉を開いて入ってきた園子にビックリして浴槽の中に思いっきり尻を打ち付けた。普通に痛かった。
「ふっふっふ~。どっきり成功だよ~。というわけでどっこいしょ」
ちょっと涙目になっていると園子が普通に浴槽の中に入ってきて千景の体を膝の上に乗せ、そのまま千景を大きな人形を抱えるかのように抱きしめながらお湯に浸かった。結果、とっとと体を洗って出ようと思っていた千景はもう一度お湯に浸かる羽目になった。
だが、千景にとってはそれどころじゃない。傷跡を隠さないと、と少し前かがみになって自分の体の前面を隠す。が、背中にも傷はあるので結局は園子に見えてしまう。
きっと汚いと言われる。そう思い込んでしまい、千景は少しだけこれから先が怖くなった。
早めに出て服を着ないと。そう思いながらまた浴槽から出ようとして。
「ちーちゃんの肌、真っ白で綺麗だね~。真っ黒の髪も綺麗だし、本当に綺麗なわっしーって感じだよ~」
その言葉を聞いて固まった。
綺麗? この傷だらけの体が? 散々汚いだの傷だらけだの言われてきたこの体が?
「そんな、こと……」
「ううん、綺麗だよ。こんないい子の体が綺麗じゃないワケないからね」
それでも自分の体を隠そうとする千景を園子は後ろから抱きしめ、耳元で囁いた。
どれだけ栄養を取っても身長にしかいかないし、体は傷だらけだし、今も耳は包帯とラップでグルグル巻かれている。そんな傷しかない体のどこが。
「ちーちゃんはね、ちょっと自分を下に見過ぎなんだよ~。あんな所に居たから仕方ないかもだけど……ちーちゃんは可愛くて綺麗で、幸せになっていい子なんだから」
園子の言葉には、今の千景の心に対する回答が詰まっていた。
千景は自分を下に見ていた。不幸とどん底の人生がお似合いな誰も助けてくれない悲劇のヒロイン……いや、ヒロインですらない、死んでも誰も悲しんでくれないモブAだと。
容姿も、整っているとは思わなかった。比較対象も分からずどんな感じなのか客観的に見ることもできず。
幸せという物を知らなかった。両親は破局し、その煽りを受ける人生こそが普通なのだと、不幸こそが自分の人生を占めていたからこそ、その反動の幸せという物を受け入れる事ができず、また訪れる不幸に恐怖するだけだった。
「大丈夫。ここにはちーちゃんの幸せを壊す人はいないから。居たとしてもわたし達がしっかりと守るから」
そう、千景は分からなかったのだ。
自分が幸せになっていいのかが。謂れのない悪意に晒され続けてきた自分がそんなしがらみから解放されて人並みに生きていく事が本当に許されるのかが。
だが、その悩みは今、園子が答えを出した。
幸せになっていい。笑っていい。暖かい気持ちを持ってもいい。どん底から這い上がっても誰も恨まない。喜ばれこそすれどそれを妬ましく思う人間なんて居ないという事を。
「……私は」
幸せの裏返しが怖かった。
この光景が泡と消える事が怖かった。
裏切られるのが怖かった。
あの軽蔑の視線の中にまた戻るのが怖かった。
また不幸に落とされるのが怖かった。
自分を助けてくれるこの人たちがあの悪意達に袋叩きにされることが何よりも怖かった。
でも、助けてもらって嬉しかった。助かることを望んだことは間違っていなかった。助かった事を恨む人間は居なかった。
そして、幸福を掻き消さんとする悪意は、ここにはなかった。
「……幸せになっても、いいの? 愛されても、いいの?」
だから、もっと。
今まで感じてきたクソッタレな人生の分、幸せになりたかった。
許される事なら、今も感じる優しい人の体温をずっと感じていたい。
愛されたい。
家族として愛されて、一緒に笑って生きていきたい。
それを、肯定してほしい。
「うん、いいんだよ。幸せになってもいいし、愛を求めても。現にわたしはちーちゃんの事、大好きだよ? だって、こんなに優しい子を好きになれど嫌いになるわけがないよ」
そう、千景の根っこは優しさでできている。
あの吐き気を催すような邪悪が混ざっている村の人々とは違い、悪意の中でも輝く優しさが彼女の中にはしっかりと存在しているのだ。
誰かを尊ぶ気持ちと、誰かのために動きたい気持ち。優しい気持ちが彼女の中にはある。
園子はそんな、勇者らしい心を持ったこの少女の事が好きだ。あの時、警戒しながらも優しさで自分達を助けてくれたこの少女が。石を投げられた時、これ以上関わることで園子とハゲ丸にまで被害が及ぶという事に真っ先に恐怖した彼女が。
そんな彼女があんなところで潰れていくのを園子は見逃せるわけがない。だから、彼女は三百年の時を越えるという世界そのものに対する禁忌を踏んででも、千景を助けた。
「ちーちゃん。わたしはちーちゃんの事、大好きだよ。きっと、この世界で一番。ちーちゃんのお父さんとお母さんよりもちーちゃんの事を愛している。これは断言できるから」
愛されたかった。
父からの愛情を受けたかった。母からの愛情を教わりたかった。
だけど、その愛情は向けられることはなかった。そして、そんな父と母の周りに居た人間も、千景を愛する事はなかった。
だが、こうして愛してくれる人ができた。
何をしなくてもそこに居るだけで。一緒に居るだけで無償の愛を与えてくれる人に出会えた。頑張らなくても愛してくれる人に出会えた。
「あり、がとう……」
「うん。どういたしまして」
「愛して、くれて……ありがとう……!」
「うん。どういたしまして」
共に過ごした時は短くとも、愛をくれる園子。
その愛は父が与えてくれなかった物で、母が教えてくれなかった物。彼女の愛は家族へ向ける家族愛であり、同時に友愛だった。そして千景がこの短い間に抱いた園子への想いも、間違いなく家族愛と友愛だった。
初めて感じる愛に千景は涙を流した。園子はその涙を優しく拭う。
郡千景という少女の人生は、そうして新しく始まっていく。今まで与えられなかった愛を与えられ、そして愛を愛で返して。彼女が誰からも教えてもら得られなかった愛し愛される事を学びながら、彼女は誰よりも勇者らしく成長していくのであった。
例え近い未来、園子と藤丸から離れてしまっても、彼女は決して折れる事のない不屈の心で友を愛し、友から愛され、そして友と共に成長していく。
本来死の間際で知るソレを既に学んだ彼女の運命はこうして変わったのだ。
「……ねぇ、園ねぇ。さっき言ってたわっしーって人ってどんな人?」
「友達の家に不法侵入して、ブラックホールになって、世界を滅ぼした元凶になりかけて、勝手に危険な事に足を踏み入れて説教されて、不法侵入先に住んでいる子の処女を付け狙ってて、芸人なやべーやつ」
「綺麗なわっしーって意味が分かった気がする……」
まぁそれだけで済めばよかったものの、いらん事すら学ぶ運命にもなってしまったのだった。
ちなみにそれを知った園子とハゲ丸を過去へ送ったとある人物は人選を間違ったかもしれないと頭を抱える事になるのだが後の祭りである。
ぐんちゃん、愛される事と愛する事を知るの巻。愛されるためじゃなくて愛のために戦うんじゃ天と地ほどの差があると思うし、きっとこれから先のぐんちゃんはいい方向に成長していく。同時に
と、いう事でのわゆ編がスタートするとぐんちゃんは確実に初代勇者の中でも一番精神的にも余裕を持っている勇者となる事でしょう。一番危うかったぐんちゃんが一番安定した勇者になる。これこそがぐんちゃんの救済ルートなのではないかと僕は思います。多分高奈ちゃんみたいに汚れを溜めこんでも他人の事を真っ先に思うような感じになるかと。
次回はぐんちゃん加入という事で勇者部とぐんちゃんがあーあ、出会っちまったか……になります。姉代わりと兄代わりとその二年来の親友が一番やべーんですから汚染速度がマッハになるのも当たり前だよなぁ?