春の光は呪いの鎖になる   作:しゃけ式

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遅くなりました。言い訳をすると書き出し祭りですm(_ _)m



10話

「葉山……君?」

 

 相模は怯えた声で葉山を見上げる。重い空気はコーヒー屋の店員にも伝わり、遠くからおろおろとしている。

 

 端的に言って、葉山らしくない。これが二度目と言わず複数回やらかしているのなら葉山だって怒るだろう。それは怒りをぶつけるのとは異なり、相模に成長を促すため。

 

 だが、今はどうだ。

 

「相模さん、まずは問題を解決するよりも君の愚かさを自覚した方が良い。どうせ俺と比企谷に頼るつもりなんだろうが、それはもう君のためにならない」

「え、えっと……」

「こういうことを二度も繰り返す人は嫌いなんだ」

 

 ……まるで俺のやり方。それがまず初めに去来した言葉だった。

 

 相模に成長のための思考を促すのではなく、自身にヘイトを向ける。“嫌いなんだ”なんて今は関係のない話だ。

 葉山の意図がわからない。とりあえず、俺は静観を続ける。

 

「……まあ、嫌いは言い過ぎたよ。でも相模さん。君のやっていることは高校生ですら回避出来る愚行なんだ」

「……」

「それに、あの頃誰に助けてもらったのかも気付かないままだし」

「へ……? で、でもあの時は葉山くんが……」

「相模さんは盛大にやらかしたのに、何で同情してもらえた? 普通なら糾弾されないか?」

「葉山」

 

 堪らず制止する。葉山はなおも怒りを滲ませた表情で、一瞬気後れしてしまうほどだ。

 

「今それは関係ないだろ」

「否定しないってことはそういうことなんだろ?」

「事の本質は相模のやらかしたことの解決策だ」

「違う。二度目の意味を比企谷は考えていない」

 

 ぐっ……。

 言い返せない正論。言い淀んでしまう。

 

「相模さん」

「はぃ……」

 

 尻すぼみな返答は何とも弱々しい。

 

「これ以上は怒らないから安心して。問題も解決する。ただね、二つだけ覚えておいてくれ」

 

 二つ。瞬時に理解した俺は、しかし止めることは無い。

 

 恐らくだが、これが葉山の今日の目的なんだろう。思いがけず言えるタイミングが回ってきたから流れに乗じて言った。そうとしか考えられない。

 

 ……俺を売って、一体何がしたいんだか。

 

「一つはもう二度と同じミスをしてはいけない。これは相模さんの交友関係すら破壊しかねない。これを聞いたのが俺と比企谷だったから良かったけど、大学の友達みたいな薄い人達だとすぐ離れていくよ」

 

 まるで葉山らしくない、先程も言ったが俺のような発言。かつての葉山だと確実に友人のことを“薄い人達”なんて言うわけもない。

 相模は小さく頷いた。

 

「もう一つは……うん。ごめん、やっぱり今じゃないや。忘れてくれ」

「はっ?」

「何でお前が驚くんだよ、比企谷」

 

 いや二つって言ってもう一つ言わないとか俺じゃなくても驚くだろ。相模も相模でビックリしてるし。

 というかなんだその仕方ないやつだな、と言わんばかりの顔。何のつもりでやれやれとかやってるんだ。

 

「欲しがりかよ」

「葉山らしからぬ発言だな」

「心配しなくても、そのうち言うよ」

 

 確証は持てないが、恐らく葉山のもう一つの言いたいことは『君を救ったのは俺ではなく比企谷だ』だろう。先程も似たようなことは言っているが、覚えておけという意味で繰り返すはずだ。

 

 その意味が、俺にはまだ理解出来ていないのだが。

 

「とりあえず比企谷、相模さんを家まで送ってあげてくれ」

「お前は?」

「知り合いに当たってみるよ。多分来てくれるはずだ」

 

 友達ではなく、知り合い。果たして今の葉山に友達は何人いるのか、訊いてみたくもある。

 

「ほら、相模」

 

 俺は財布から取り出した二千円をテーブルに置き、呼び掛ける。相模は無言で立ち上がり、とぼとぼと店の外へ歩き出す。

 

 俺も後ろからついて行くが、立ち止まり。

 

「……いつの間に仮面捨ててたんだよ」

 

 背を向けた状態で言葉を残す。

 

「着脱式って気付いただけさ」

 

 自嘲ではない嘲笑。だがその矛先は俺や、まして相模でもなく、恐らく仮面越しに見た友達相手(知り合い)

 やはり、あの頃の葉山とは根本的に違う。何がそうさせたのだろうな、本当に。

 

 最後に出ていく時、葉山は小さく息をついた気がした。

 

 

 

 

 

 駅までの道や電車内でも相模は黙ったままだった。降りてからもずっと閉口している。

 

 俺と相模以外辺りに人はおらず、コツコツと足音だけが響いていた。

 

「比企谷」

 

 そんな時、相模が初めて口を開いた。

 

「何だ」

 

 言ってから、少しだけ焦った。今みたいな素っ気ない返し、気落ちした相模にはキツかったかもしれない。

 

「うち、馬鹿だね」

「……そういうのは求めてくれるな。俺は馬鹿だと思った相手には割とそうだと言う方だ」

「言わない相手いるんだ」

「まあ、雪ノ下相手とかだと裏があるのかもとか考えてしまうわな」

 

 そんな方法をあいつがとるとは思えないが。

 

「そっか」

 

 それっきり、相模はまた黙ってしまう。そろそろ降車してから十数分ほど経つ。こいつの家がどこかは知らないが、結構歩いたんだ。もうすぐ着いてしまってもおかしくない。

 

「……うち、何にも変わってないなぁ……」

 

 相模の独り言は、言葉尻にかけて徐々に潤んでいった。かけてやれる言葉が見つからない。文字通り、俺は相模のどこも変わったとは思えないから。

 

 

 だから代わりに、出来ることはしよう。その宣言だけでもして安心させよう。元はと言えば、奉仕部が撒いた種でもある。

 

 

「俺がなんとかしてやるから安心しとけ」

 

 

 ……どうしちゃったんだろうなあ俺。普段なら絶対言わないのに。

 

「……ふふっ、葉山くんがやってくれるって言ってたじゃん」

「ぬ、いやまあそれはそうだが……」

「……ありがと」

 

 相模は髪の毛を控えめにいじり、そっぽを向く。その姿はまるで、恋する相手に恥じらう様子。

 

 勿論、俺に対してそんな感情を抱くわけはないのだが。

 

「ここまででいい」

「……あ、そ」

 

 俺は特に何も言わず、それを受け入れる。一人でいたい。そんな思いはわざわざ言葉に出さずとも伝わってくる。

 

「比企谷に家とか知られたくないしね」

「了承してんだから追い討ちすんなよ……」

「じゃね、比企谷」

 

 相模は最後に俺を覗き込んで、駆け足で進行方向へ走り出す。ふわりと香った匂いは今まで気付かなかった五感。果たして誰があいつのことをしっかり見てたのか、懐疑的になった。

 

 

 相模の姿はもう見えない。それは先に進んだからか、後ろにいるからか。主観で変わる答えなんて意味なさそうだけどな。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 それから一週間後。相模がやらかした合同文化祭の説明会も終わり、ところ変わって実行委員会本部。今日は件の説明会の反省会だそうだが……。

 

「ね、説明会なんてあったの?」

 

 隣の陽乃さんがそう尋ねてくる。近い近い、柑橘系の香水が漂ってくるし胸も当たってる。あとなんか暖かい。

 まあだが問題はそこではない。そこではなく、これが一年から四年まで全員揃っての反省会だということだ。当然その存在すら知らない人が大半。こうして陽乃さんが訊いてくるのが何よりの証拠だ。

 

「……まあ、確か二年と一年だけで回したそうですから」

「君は知ってたんだ」

「そんなことは一言も言ってませんよ」

「顔に書いてあるよ」

 

 いたずらっぽい笑顔。俺の頬に指でちょんと触れる。その行動一つでどれだけ俺の心臓が跳ねているか、教えてあげたいものだ。

 

「仕切りは二年の代表と相模みたいですね」

「うわ、見てよ比企谷君。相模さんカチコチ。助けに行ってあげれば?」

 

 副代表なんだし。そんな飄々とした言動はいつもの彼女。自然と笑みが零れる。

 

「うわ、気持ち悪い笑顔。私じゃなきゃ引いちゃうね」

「……んなことより、始まりますよ」

 

 二年の代表が適当な口上を述べる。そこからすぐに本題に入った。

 相模は黙ったまま、気まずそうに俯いている。

 ……一年生の殆どが合同文化祭の説明会を知らない状況、その理由に皆が気付くのはいつなのか。中でも事の次第を知っている人間の一人である委員長は静観を保っていた。

 

「……以上が大まかな流れです。あの、相模さん。そう言えば説明会に来てくれた人なんだけど」

 

 大体の説明や報告が終わると、話題は一年へと移る。俺も説明会には行ったが、もの見事に実行委員はいなかった。俺と相模と葉山、あとは知らない連中ばかり。そのことについてはやはり二年も不思議に思っていたようだ。

 

「え、えと……それは……」

 

 誤魔化そうにも、何から誤魔化せばいいのかわからない。そんな焦りは周囲にも伝播し、疑惑の目は広がる。とりわけ一年のそれは委員会の中でも強いものだった。

 

「相模さん」

 

 膠着状態。打ち破ったのは、険しい顔をした葉山。全員の目が葉山に向かった。

 

 一体何を企んでいる? お前は事情を知っている側だろ?

 

 

 と、そこまで考えたところで気付いた。()()()()()()()()()、言えることがある。

 

 

「代表になるのがダメだったら断っても良かったんだよ?」

「え……?」

「だって連絡が遅れたせいで一年に情報が行き渡ってなかったんだよね」

 

 表面上は心配する体で、しかし完全に責任の所在を明らかにする言い方。

 今の葉山は、似合わない黒の何かを纏っているような気がした。

 

「先輩」

 

 葉山の言うこの場合の先輩とは、二年の代表のことだ。

 

「な、何かな?」

「代表って辞任することは出来ますか?」

 

 その一言で、本部内は一気にざわめき出した。隣の席のやつとひそひそ話す者、大きな声で確認し合っている先輩連中、単純に目を丸くしている者。

 そしてそれでも、委員長は静観を続けていた。

 

「……出来るんですか?」

 

 俺も一応陽乃さんに訊く。陽乃さんは少しウキウキした様子で答えた。

 

「前例はないけど、代理を立てるんなら可能だろうね。別にそんなに形式ばったものでもないし」

 

 つまり本人の一存によるわけだ。それはつまり、多数決で決めるなどというクソッタレな選択肢を取らなければならないわけでは無いということ。

 

「辞めるのも手だよ」

「あの、その…………」

 

 どよめきが場を支配するまま、葉山は相模に迫る。脅してはいないが、これは脅迫も同然。

 

 ……ふう。

 

 

 

 俺はもしかして相模のことを心配しているのか?

 

 俺はこんなにも義理堅いやつだったのか?

 

 俺は相模を助けたいのか?

 

 

 まあ、違うわな。

 

 

 

「……チッ」

 

 

 

 ただの舌打ちなのに、本部全体に響き渡る不快を示す音。水を打ったようにその場は静寂に包まれた。

 

 

 

「初めから言えよ、葉山。俺が悪いって」

 

 

 

 途端、全員に浮かぶ疑問。(陽乃さん)からはふふっと聞こえ、今にも泣きそうな相模はまるで未確認生物を発見したような目で俺を見る。

 

 

 そして葉山は薄く笑っていた。どうやら正解のようだ。

 

 

「何がだい?」

「その話は相模じゃなくて俺に来てたんだ。知ってて煽ってんじゃねえよ」

 

 委員長は黙ったまま。好都合だ。本当は相模に行った話だが、訂正をしないのならばやりやすい。

 

「じゃあ初めから名乗り出たら良かったじゃないか」

(なす)り付けれると思ったんだよ」

「なら最後まで黙ってたら良かっただろ。何で今更?」

 

 ……こいつ、本当に何を言わせたいんだ。

 

「聞こえよがしに喧嘩売ってただろうが」

 

 俺と葉山の険悪なムードは、既にこの場を飲み込んでいる。普通の議論ならいざ知らず、一触即発の雰囲気は緩い態度を許さない。

 

「比企谷がそんなに好戦的だとは知らなかったな」

「売られたら買うに決まってんだろ」

「一つ忘れてるけどね。誰が説明会の人員を集めたと思ってるんだい?」

「……うるっせえなホント。というか相模、お前だって曲がりなりにも代表なんだ。適当な言い訳して逃げ切っとけよ」

 

 埒が明かない(いさか)い。俺は締めに入る。

 

「てかな、そもそも委員会自体面倒臭いんだよ。一回のミスでこんだけ言われるとかダルいにも程があるだろ。…………うん。すいません、俺辞めます」

 

 葉山は止めもしなければ行けとも言わない。ただ静かに、全体を見渡している。

 

「……えっと、比企谷君だっけ」

 

 そこでやっと委員長が口を出す。咎めるような声音でも、怖がっているような様子も見られない。

 

「ごめん、そういう特別扱いは認めてない。それを認めちゃうと後に続く人が出てしまうから」

「良いじゃん、やめさせたら」

「……陽乃さん」

 

 思わず名前を口にしてしまう。ここで陽乃さんが出てくるのは想定外だ。

 

 もっとも、良い意味でだが。

 

「どうせ副代表やるんなら今回の実績もある隼人がやればいいんだし。ね?」

「いや、でもそれだと……」

「じゃあこうしよう」

 

 陽乃さんは胸の前でパン、と手を合わせる。

 

「辞めたい人は私に言いに来てよ? 今回の比企谷君のような正当な理由がなかったら受理しないけど、納得出来るだけのモノがあるんならいつでもどうぞ」

「……わかりました。じゃあ比企谷君、君は今日から委員会を降りて構わない。今までお疲れ様」

「お疲れ様でした」

 

 何とも強引に陽乃さんが纏めあげた。委員長は何か弱みでも握られているのか。そう思わずにはいられない程、委員長は陽乃さんに従う。言われたみると一年の代表を決めた時だって、彼は陽乃さんに従っていたじゃないか。

 俺はそそくさと荷物を手に取り出ていく。止める者は誰もおらず、無言のまま俺は本部を出た。

 

 

 

 

 名残惜しさはない。だが気掛かりなことは幾つかある。

 

 一つは相模の今後だ。少しおかしかったとはいえ葉山がいるんだ、悪いようにはしないはず。それでもあの様子を見れば気にならないはずもない。

 まあ、一応ヘイトは全部俺に集めた。いつぞやの文化祭の時のように、これで相模は同情されるべき悲劇の代表になったはずだ。

 

 そしてもう一つは、当たり前だが葉山のこと。どこか誘導している物言い、時折見せた不気味な笑み。何がしたかったのか。今の結果起きたことなんて、俺がここを辞めたこととあいつ自身の株を下げたこと以外に何があるか? ともすれば相模の中では俺の株が上がっているまである。

 

 

 ……何回目だろう。本当に、あいつは何がしたかったんだ。

 

 

 

 





この作品が終われば次は一次創作に手を出そうかな、と思っています。その辺はTwitterで呟いております。

RTされた分だけ話数更新!ってのを昨日今日明日と期限二日でやったら100超えたという。100話って大体何字なんだ……。
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