春の光は呪いの鎖になる   作:しゃけ式

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11話

「比企谷!!」

 

 大きな声で引き留められたのは、辞めた委員会の帰り道。駅へと続く道にはちらほらと大学生が散見される。

 

「相模」

 

 走ってきたのだろう、肩で息をしている。セットされていたであろう髪は若干崩れており、額には汗が滲んでいた。

 

「あの、あのさ! さっきのことなんだけど……」

「気にすんな。ちょうど辞める理由が出来て良かった」

「いや、でも……」

 

 相模は何かを言いたそうに口を開いてはその言葉を飲み込む。言い難いことなのか何かはわからないが、待つ義理もない。俺は無視して歩き出す。

 

 と、そこでようやく相模が声を上げる。別に催促したつもりは無いが、半ば条件反射的に立ち止まった。

 

「何で比企谷、うちを助けてくれたの……?」

「は?」

「いや、だって本当はうちがやったのに……」

「……」

 

 追いかけられるとは思っていなかった(もっと言うともう会う機会はないと思っていた)ので、何も考えていなかった。思わず黙ってしまうと、なぜか妙な間が空いた。

 

「……なんだろうな」

 

 上手い言い訳が出てこない。というかそもそも言い訳するようなもんでもないはずだ。

 

「うちのこと……もしかして、好き、とか?」

「いやねえよ」

 

 なぜか頬を染めて上目遣いで訊く相模。その感じだとお前が俺のことを好きに見えるぞ。

 

 ……いや、マジでないよな?

 

「……、そっか」

 

 心なしか残念そうな──いやいや、そんな顔してねえ。そもそも高校の時点で嫌われているんだ。多少優しくしたところで評価が覆るわけじゃない。

 

「比企谷」

 

 再び、俺の名前を口にする。熱っぽい視線は真っ直ぐ俺を射抜いている。

 

「滅多なことは言うなよ」

「意味わかんない」

「いや、意味わからないじゃなくてだな」

「葉山くんから聞いた。高校の文化祭も、本当はうちのことを思ってしてくれたことだったって」

 

 あいつ……なんてタイミングで言いたかった二つ目のことバラしてんだよ。そんなの今言ったら、恋に恋する相模なんて勘違いしてしまってもおかしくないだろうが。

 

 

 ……それともむしろあいつの狙いはこれなのか? だとしたら、何のために?

 

 

「そんなこと知っちゃったら嫌えないじゃん」

「思い上がりだ。あれは奉仕部の依頼であってだな」

「じゃあ今回は? あれも奉仕部?」

「いや、違うが……」

「なら良いじゃん。比企谷」

 

 三度名前を呼ぶ。心の中でどデカいため息をつく。

 

「うち、比企谷のことが──」

 

 

 

 

 

「──あっはははは!! それで? 比企谷君はOKしたの?」

 

 陽乃さんのバカ笑いがリビングに響く。日の落ちた頃、陽乃さんにスマホで家へと呼ばれたのだ。委員会が終わるなりすぐに飛び出して行った相模を見てピンと来たそうだが……、それにしてもこの人は本当に鋭い。開幕第一声が「告白された?」だもんな。怖えよ。あと怖い。

 

「OKなんてするわけないでしょう。普通に断りましたよ」

「なんて言ったの?」

「いや、まあ普通に」

「なんて言ったの?」

「botかあんたは」

「なんて言ったの?」

「…………」

 

 誤魔化せない。こういうめちゃくちゃな強引さがまかり通ってしまうのが、陽乃さんの特別の一つだ。

 

 

「すまん、とだけ」

「ふーん」

 

 

 ソファに座っていた俺の隣にすすっと移動してくる陽乃さん。漂ってくるのはいつもの甘い匂いだ。

 

「妬きましたか?」

「それはもしかしてお姉さんに言ってるのかな? だとしたら君は今すぐ穴を掘ってくるべきだよ」

「それは恥ずかしくてですかね。でもだとしたらこの手は何でしょうか」

 

 俺の手の甲に重ねられた陽乃さんの右手。左手が柔らかい熱を帯びていく。

 

「何だと思う?」

「嫉妬心」

「私、一回でも君に好きって言ったっけ」

「口にしていないのはお互い様ですよ」

「言ってくれないの?」

「言わせたいんですか?」

「そりゃ私だって乙女だし……んっ」

 

 重なった手はそのままに、口付けをする。お互いに薄目を開けているから至近距離で視線が合う。俺も陽乃さんもどこか笑いそうになりながら、唇を重ねていく。

 

 ふ、と数センチだけ離れる。

 

「ねえ比企谷君?」

 

 温かい吐息が口元にかかる。

 

「はい」

 

 真っ直ぐ、じっと陽乃さんの目を見つめる。

 

「相模ちゃん、泣いてた?」

 

 笑みは消えていた。

 

「いえ。代わりにもうちょっと考えてみるとは言っていましたが」

 

 陽乃さんの蠱惑的な雰囲気は変わらない。

 

「そっか」

 

 返答を求めない呟き。再び俺は顔を近付ける。

 

 

 ──が、その行く手を陽乃さんの指が阻む。ぷに、と人差し指が俺の唇に触れた。

 

「キスは待って」

「え、何かめっちゃ恥ずかしいんすけどそれ」

「君は本当に私のことが大好きだね」

「言わせたがりですね」

「どうしてもキスしたいなら、私と付き合って」

 

 言葉だけみると、少し上からではあるが完全に愛の告白。少しだけ身構えた。

 

 

 答えは勿論決まっている。だが、その前に。

 

 

「理由は?」

「言わせたがりだね」

「意趣返しのつもりですか。そうじゃなくて、何か別の理由があるんでしょう」

「そう思う理由は?」

「多分俺は妹よりもあなたのことを知ってますよ」

「……答えになってないね、それ」

 

 そう言って陽乃さんは呆れたような笑顔を浮かべた。ただし、少しだけ満足そうだ。

 

「二つ。何だと思う?」

「相模が次告白してきた時に言い訳として使わせるため」

「惜しい」

「それはつまり俺への独占欲でしょう」

「……ホント、バカなんだから。何でもかんでも見透かせば良いってもんじゃないからね?」

「あと一つですね」

「……嫌いだよ、君は」

 

 そんな気はさらさらないくせに。意外とわかりやすい人だ、陽乃さんは。

 

「まああと一つは君が知り得ないことなんだけど」

「なら教えてください」

「私のお見合いの断る材料」

「……そんなの、本当にあるんですね」

 

 俺はそれまですぐ側にあった陽乃さんの顔から距離を取ろうと離れる。

 が、瞬間後頭部を引き寄せられる。そして荒っぽく口唇が触れ合う。

 

「ん……ふっ、ぅ……」

 

 苦しそうに、陽乃さんは俺を貪る。後頭部から俺の頬へ滑らせた手は少し湿っていた。緊張から……いや、この人のことだ。そんなわけないか。

 

「っぷは、……どう?」

「何がですか?」

「キス」

「陽乃さんからしてきてくれたってことは、付き合うって認識で良いですね?」

「良いよ」

 

 サラッとそう言い放った陽乃さんは、一切の曇りのない真剣な表情だった。

 

「だから、比企谷君は私のものね」

「わかりました」

「……その代わり、私も比企谷君のものだから。死ぬ時は一緒だよ」

 

 

 死ぬ時は一緒、ねえ。

 

 

「春日狂想ですか」

「愛する者が死んだ時は自分も死ななきゃダメ、だったね。前にもこんな会話しなかった?」

「しましたよ。()()()()()()()()()()()

「言い得て妙、なんて言うと思った?」

「事実に対して言い得て妙、とは確かに使いませんね」

 

 陽乃さんはそこでふう、とため息を漏らした。軽い区切り。会話はそこで途切れた。

 

「お風呂かご飯、どっちが良い?」

「……誘ってこないでください」

「第三の選択肢を選ばないとお姉さんに飽きられちゃうもんね?」

 

 その挑発には何も答えなかった。代わりに陽乃さんの頬に手をやり、こちらへ顔を向けさせる。相変わらずの大きな瞳、それを彼女はさらに丸くしていた。予想外だったのだろう。

 俺は空いてるもう片方の手で彼女の目を塞ぐ。どけると、律儀にも陽乃さんは目を閉じていた。

 

 

 

 そして、その愛らしいキス顔を俺は陽乃さんが目を開ける十秒までの間ずっと眺めていた。

 

 

 

 痺れを切らした陽乃さんが小さく目を開ける。そして目に入るであろう、俺の少しニヤついた顔。

 

 

「……別れる」

 

 

 本当に、可愛いところもあるもんだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 翌日。ある一通のメールが届いた。

 送り主は見覚えのないアドレス。だが、本文には誰なのかわかるようご丁寧に記載されていた。

 

 雪ノ下の母です。

 

 俺は直ぐに身構え、メールを読み進めた。曰く、陽乃さんのことで話がしたいそうだ。呼び出しの時間は今日の昼過ぎ。場所は指定された住所。調べてみると、そこはお高いカフェだった。

 

 財布には余裕のある金額を突っ込み、刻限の三十分前に着く。驚いたことに雪ノ下母ことママのんは既に店内でコーヒーを飲んでいた。和服には似合わないが、しかし彼女の風格がそれを許さない。思わず認めてしまう。稚拙だがそうとしか言い様がなかった。

 

「あら」

 

 俺は努めて冷静に店内に入り、一人テーブル席で優雅に過ごすママのんのところへ移動する。どうやら顔は覚えられていたようだ。俺を見るなり声を漏らす。

 

「かけなさい」

 

 丸椅子に備え付けられた二つの椅子。俺は無言で頷き、椅子に座った。

 

「単刀直入に言うわね。陽乃と距離を置いてくれないかしら」

「それはまたなんで」

「許嫁よ。あの子は優秀だけど、男ではないもの」

「時代錯誤も甚だしいですね」

「それはうちの重役に言ってもらえるかしら」

 

 たかだか二言三言。たったそれだけの言葉の応酬で、この人には俺と取り合う気がないことがわかった。

 

「一応ハッキリさせておきますが、俺は陽乃さんと離れたくありませんよ」

「どうせ友達なら雪乃がいるでしょう」

「恋人です」

 

 まさかこんなに早くこのことを口にするとは思わなかった。そして、ママのんの鉄面皮が崩れたのもこの時だった。

 

「あなたが……?」

「ええ。なんなら陽乃さんにでも確認しましょうか」

 

 俺の強気な態度はその事実に確信を持たせたのか、小さく首を振っていいえと拒否する。

 

 暫しの無言。ママのんは自身の顎に手をやり、何か考えている様子だ。それとももう考えはまとまっていて、どう言おうか悩んでいるだけか。どちらにせよ俺は彼女が口火を切るのを待つだけだ。

 

「……、あなた。それはどちらから?」

「どちらと言えば、陽乃さんですね」

「そう。でもそれが陽乃のためになるとは限らないわよ」

「俺も付き合いたいと思ったから付き合う。そこには陽乃さんのためなんていう不純物は混じっていません」

「そんなことは関係ないわ。私は単にキャリアの話をしているの。仲の良い相手会社の息子さん。彼、海外留学もしてて今は自分の会社まで持っているのよ」

 

 まるで自分の自慢話のように、彼女は続ける。

 

「そんな輝かしい方か、はっきり言ってどこの馬の骨かもわからないあなた。どちらがあの優秀な子に相応しいのかしらね」

「相応しさだけが隣にいる権利ではないと思いますが」

「……そうそう、あなたが別れないのならその方は雪乃に回すことにするつもりよ」

 

 ピクリ。隙を見せてはいけないのは理解しているが、思わず眉が上がる。

 それを目ざとく見つけたママのんは、少しの笑みを浮かべて。

 

 

 

「陽乃が優秀でい続ける理由、知らないとは言わせないわ」

 

 

 

 その一言に、俺はまるでナイフを渡されたような錯覚に陥った。

 

 剣山の上に吊るされているのは、何も知らない自由な雪ノ下と落ちることを望む陽乃さん。どちらかを切れという、残酷な二者択一。

 

 

 

 まあでも、冷静に考えてみろ。

 

 

 

 そんなもん、陽乃さんを切るに決まっているだろう。

 

 

 

 

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