春の光は呪いの鎖になる   作:しゃけ式

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13話

 自宅のリビングにあるソファで、俺は何をするでもなくテレビを眺めていた。BGMとして情報が入ってくる。

 

 テレビの中で、アナウンサーは台風について熱く語っていた。それもそのはず、六月初旬という時期外れな今日台風が直撃しているからだ。外は猛烈な雨。雨粒が窓を叩く音は忙しなく響く。

 

 陽乃さんを振ってから早くも二週間が過ぎた。今はもう出会うことはおろか電話やメッセージのやり取りすらしていない。鶴岡とは今も話すが、それ以外は基本的に前の生活へと逆戻り。それが普通だったとはいえ、寂しくないと言えば嘘になる。

 

 

 俺だって、別れないで済むなら別れなかった。必要があるから別れたわけで、今だって変わらずあの人のことが好きだ。ついぞ伝える事は叶わなかったが、まあそれはお互い様か。

 

 

 財布の中には返しそびれた陽乃さんの家の鍵。どうせなら次雪ノ下と出会った時にでも渡して貰えるよう頼むか。

 

 ……いや、何でもってるかとか説明するの面倒だな。てかあいつそもそも俺と陽乃さんがそういう関係だったってことすら知らないのか。何でも知ってるようなフリして、実は一番何も知らないってな。

 

 そう言えば、出会った頃には世界を変える宣言とかもあったなぁ。だがそれが出来ると思わせられる人物はやはり陽乃さんだけで、雪ノ下でも葉山でも、まして俺でもない。

 

 

 と、そんな時隣に置いていたスマホが振動する。どうせ広告メールで、間違っても陽乃さんからなんて来ない。

 

 

 ドキドキすんなよ、俺。

 

 

 メール欄には『葉山隼人』とあった。あいつからメールとか珍しいな。相模との一件以来だ。

 画面をタップしてメールを開ける。存外内容は淡白なものだった。

 

『今から会えるか? 場所は総武高の最寄り駅の近くの公園でどうだ? あそこなら雨宿りしながらでも話せるだろ』

 

 ……今からねえ。外は大雨。風台風じゃないだけましか。

 まだ午後の四時だっていうのに、既に外は薄暗い。空に広がる黒い雲は今にも落ちてきそうな重厚感を持っていた。

 

『着くのは五時くらいになると思うが良いか?』

 

 普通にその公園へ向かえば二十分くらいで到着するだろうが、こんな天気の中だとそれも叶わないはずだ。外出の用意の時間も見ての五時である。本当に酷い雨だ。

 

『わかった。五時に公園の屋根付きの場所で頼む』

 

 葉山の返信は迅速で、すぐに了承の旨のメールが届いた。

 

 一体何の話なんだろうか。メールではダメで電話も使う気がない。それにこれほどの悪天候でも今日言わなければいけない、軽重で言えば確実に重いであろう話。

 予想はつく。葉山との重い話なんて、陽乃さんか相模しかない。そして最近起こったことに鑑みるなら、陽乃さんの話だということはもう明白だ。

 

 俺はテレビを消し、出かける用意を始めた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 午後四時四十五分。公園には意外と早く着いた。葉山はいない。

 外はやはり猛烈な雨で、傘は差してきたが既に全身ずぶ濡れ、靴なんてびちょびちょだ。肌に張り付く服は気持ち悪い。

 

「……寒っ」

 

 冷たい外気は水に濡れた体を容赦なく刺す。こうも寒いと気分まで下がってくるな。それに太陽が隠れているため余計に気落ちする。思い出したくないことまでふっと湧いてくる。

 葉山が来たのは、それから七分程経った後だった。

 

「待たせたね」

「遅えよ」

 

 見ると、やはり葉山もびしょ濡れだった。屋根の下に入り、傘を閉じて髪をかきあげる。一々行動が様になるやつだ。

 

「早速本題に入っても良いかな」

 

 急いている様子はない。だが無駄話をするような気もないようだ。

 俺は無言で首肯する。

 

「陽乃さんと関係を絶ったって聞いた。本当なのか?」

「ああ」

 

 雨の音で声が届き辛いため、お互い大きめの声で話す。そのせいか、俺も葉山も少しだけ威圧的になる。

 

「振ったよ」

 

 肯定とともに補足をする。葉山は果たして知っていたのだろうか。

 

「……告白されたんじゃないか」

「そんなロマンチックなもんじゃなかったけどな」

「じゃあ受け入れたなら良かっただろ」

「何イラついてんだよ葉山。そうするしかない事情があったんだよ」

「それが彼女なりのSOSだってなんで気付かないんだ!!!」

 

 ガッと胸ぐらを両手で掴まれる。しかし葉山の表情は憤怒というよりも、悔恨に彩られている気がした。

 

 そんなに救いたいならお前が救えよ。いつも傍観者を気取りやがって。

 

「お前は何か行動したのか?」

「は……?」

「SOSを出される前から知ってたんならお前が助けろよ」

 

 掴んできた腕を振り払うことも無く淡々と言い返す。だが葉山はそれでも俺の目をしっかりと睨み返していた。

 

「出来ないんだよ。俺には場を整えることしか出来ない」

「決めつけてんじゃねえよ。やろうともしてないくせにそう考えるのは傲慢だ」

「……知ってるんだろ? 陽乃さんには婚約者がいるってこと。そして陽乃さんが駄目なら雪乃ちゃんに話が回るってことも」

 

 葉山は掴んだ腕をゆっくりと離す。視線は俺の目から徐々に下へ落ちていく。

 

「シスコンのあの人だ、雪乃ちゃんの自由を守るためなら自己犠牲だって厭わない。……丁度、前の比企谷みたいな感じだよ」

「だとしたらやっぱり付き合い続けるのは陽乃さんの意志に反する」

「……ああ、なるほどな。比企谷が犠牲にしたのはそこか」

 

 どうせ陽乃さんと付き合いたい俺の意思を犠牲にした、とでも思っているのだろう。妙に納得した顔に俺は殺意さえ芽生えた。

 

 

 

 そうだよ、悪いか。他に犠牲に出来るもんなんてもうねえんだよ。

 

 

 

 

「だとしたら比企谷、やっぱりお前は陽乃さんと付き合うべきだ」

「話聞いてたのか」

「雪乃ちゃんは俺が守る」

「どうやって」

「親父に駄々をこねたら見合いの一つや二つ、セッティングしてくれるだろうさ」

 

 つまりセカンドプランの相手を先に決め、俺が陽乃さんをかっさらってその婚約者を溢れさせるってか。

 

「陽乃さんがそれを受け入れるかはわからないぞ」

 

 あの人がその可能性に気付かないはずがない。その手段をとっていないということは、そこに何かしらの理由があるはずだ。

 

「客観的な、前の彼女の俯瞰した態度だと難しいだろうね。ただ今は違う」

「何を根拠に」

「お前のことが好きだろ、陽乃さんは」

 

 一切の淀みのない視線。俺は否定しない。それが事実だと、それこそ客観的に理解している。

 

「比企谷、そもそもあの人の性格を考えてみろ。彼女が告白するなんて選択をとると予想できたかい?」

「手段は選ばない人だ」

「自分の仮面を守りつつならね」

「……何が言いたいんだよ」

「何故そんな行動をしたのか。言い換えるなら、何故いつものやり方じゃなく短期で決めることの出来る方法をとったのか」

 

 勿体つけた言い方。口を挟まずに葉山の答えを待つ。

 

 

 

「相模さんに取られることを恐れたんだ」

 

 

 

 数秒、俺は口を開くことを忘れた。突拍子のない名前に、思わず目を丸くした。

 

 

 

「お前今相模って言ったのか?」

「ああ」

「取られるってのは何だ」

「言葉通りの意味さ。陽乃さんは相模さんに比企谷を取られることを恐れた」

「……ちょっと待て。その前提には俺が陽乃さんより相模を優先することが必要だ」

 

 今までの事を見てそれを言っているのなら、葉山は有り体に言ってどうかしている。

 

「それに相模が俺のことを好きになる必要だって……」

 

 いや、結果は何故か好きになられたのだが。正確に言うと依存されかけたのだが。しかし葉山のこの物言い、まるで相模が俺のことを好きという確証を得ているようにも感じる。

 

「……相模から相談とか受けてたのか」

 

 だとしたら辻褄は合う。……いや、合わないのか。相模は俺が委員会をやめた直後に告白してきた。そして好きになるタイミングはその委員会。知る由もない、はず。

 

 だとしたら、こいつの不気味な確信は何だ。

 

「比企谷にしては察しが悪いな。……いや、俺に対する固定観念の問題かな」

「意味がわからん。確かに相模が俺を好きになれば、陽乃さんは手段を選ばずに俺を手に入れようとしてくるかもしれない」

 

 傲慢な前提条件には目を瞑る。

 

「少なからず俺への執着はあっただろうしな。期待感もあったかもしれない。もしも本当に上手く行けばそのまま婚約の話は破談、陽乃さんも俺を捕まえることもでき、ついでに言えばお前ご執心の雪ノ下の依存先、つまり奉仕部所属の異性が他の女のものになるわけだ」

 

 雪ノ下が奉仕部から俺に依存しないとも限らない。もしそうなれば葉山にとっては都合の悪い話だ。

 勿論出来すぎな妄想話。だがありえないことはない。

 

 

 ……逆に考えてみると、相模が俺を好きになれば最善の結果になる可能性があるとも──

 

 

「お前、全部その通りに運ぶつもりだったのか。だとしたら、一体どこから──」

「相模さんが君を好きになるところからだよ」

 

 さも当たり前のように、葉山は答える。不敵に笑う顔は底冷えするような冷気を纏っていた。

 

「なぜいつも君にも伝える委員長の仕事をああも都合良く伝えなかったと思う?」

「は……?」

「代わりに俺が聞いたんだよ。まあそこで相模さんが成長していたら別の策を考えたんだけど、見事にミスってくれたしね」

「お前、それであの日俺と相模を一緒にしたのか」

「その方が相模さんは比企谷のことを意識すると思った。結果は見ての通りさ」

 

 ……明らかに以前の葉山とは異なる。はっきり言って異質だ。人の想いを踏みにじることを、過去の葉山が許すはずもない。

 

 それほどまでに根が深い問題なのか。生憎検討はつかない。

 

「……そこまでやってやっと相模さんを君にぶつけて、思い通りに陽乃さんも焦って、場は整ったと思ったんだけどね」

「陽乃さんが焦るってのは違うだろ」

「今更揚げ足を取ったところで無意味だ。そうでなくとも今のは揚げ足ですらないけど。相模さんに依存傾向があるのは彼女も敏感に感じとっていたんじゃないか? 実の妹でそういうのは嫌という程慣れてるだろうし」 

 

 言い返すことが出来ない。合理的という話をすればこいつの言葉は何一つ間違ったところはなく、頷くことしか出来ない。

 

 こいつの行動が正しいとは思っていないから、そんなことはしないが。

 

「結局、お前は何が言いたい。俺に何をさせたい」

「陽乃さんを救ってくれ」

「手段は」

「俺の考えたものよりも比企谷の出した答えの方が彼女は喜ぶよ」

「……」

 

 風向きが変わる。豪雨は横薙ぎになり、大粒の雫は足元から膝にかけて降り注ぐ。

 

「……なあ」

「どうした?」

 

 葉山の表情は真剣そのもの。俺は目を逸らした。

 

「二つ、思いついた」

「……どんなのかは聞かないよ。ただ、()()()()()()()()()()救い方だ?」

「安心しろ」

 

 短く言い捨てる。投げやりにも見える俺の物言いは、果たして葉山にはどう映っただろうか。

 

()()()()のは、一つ目がダメだった時しかしない」

「……叶うことなら、一つ目で救えることを願ってるよ」

 

 葉山は重い息を吐く。疲労感は見え見えだ。

 

「じゃあ比企谷、後は任せた」

「おう」

 

 別れ際の言葉は呆気なく、殆ど意味をなさない傘を差して葉山は歩き出す。

 

「葉山」

 

 行く寸前、俺は最後に葉山を引き止めた。振り返らずに立ち止まるだけで、返事も何もない。

 

「俺らしいとは言ったが、どちらかと言うと破滅的だぞ」

 

 忠告と言うよりも、ただの報告。時間軸を見るとむしろ予告かもしれない。

 

「救えるなら何でもいいさ。俺には出来ないことだろうけどね」

 

 俺の返事も聞かずに歩を進める。その後ろ姿はいつもの葉山と遜色ない。

 

 ただそれが、今日はいやに気持ち悪く見えた。

 

 

 

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