春の光は呪いの鎖になる   作:しゃけ式

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長いことお待たせして申し訳ありません。自分としても完結させたいので、失踪することはありません。




7話

「ところで……あなたは確か、雪乃の友達だったわよね」

 

 話が一段落済んだのか、陽乃さんのお母さんは俺へと矛先を変えた。

 

「本人に言うと否定されるので、まあ知り合いといったところです」

「親から見たら子どもの周りにいる子はみんな友達なのよ」

「なら俺は陽乃さんの友達でもあるんでしょうか」

「私達の言い合いを見てそう思えるのなら、あなたは賢くはないようね」

「直近の会話に鑑みた場合はあなたの方が荒唐無稽なことを言っていると思いますが?」

 

 売り言葉に買い言葉。お互いの意図するところはお互い分かりきっているのに交わす戯言。やはりこの人は陽乃さんの母親なのだと、理解を超えたところで直感する。

 

 雪ノ下雪乃の母親だと感じない点については、今は言及しない。

 

「というかね、お母さん」

 

 陽乃さんは会話の間隙を縫って口を挟む。

 

「別に比企谷君とはそういう関係じゃないよ?」

「状況証拠を幾つも並べられて、それでもあなたの言葉を信じろって言うの?」

「何をどう捉えてるのかは知らないけどさ、少なくとも今一緒にいるのは実行委員だからだよ」

 

 その言葉を皮切りに、実行委員とは何か、また今はその帰りであることを伝える。その流れに一切の淀みがないのは、流石に深読みしすぎ、穿ち過ぎだろうか。

 

「……ま、良いわ。私はまだ寄るところもあるし、この辺でやめておきましょう」

「そ。それなら何より」

 

 お母さんの冷ややかな目に、陽乃さんの挑発的な表情。どこか取り残されたような錯覚を覚える。その正体は、多分単純に俺が彼女らの土俵に立てていないからだろう。

 

「……俺帰りますね」

 

 夕日に照らされる彼女らを背に、歩き出す。呼び止める者はおらず、俺は静かに影へと隠れて行った。

 

 

 

 

 

 夕食を済ませ、風呂も上がり自室のベッドでのゴロゴロタイム。こういう一見無駄な時間が実は一番贅沢な時間の使い方なんだよな。かの偉人も余暇時間に学を得たのだ。むしろこれこそが学生にとって正しい時間の使い方なんじゃないだろうか。

 

(……キスか)

 

 無意識に指を唇へと添える。キスというのは一般的に目を閉じるものだと聞いていたが、陽乃さんは一切閉じていなかったな。笑顔の見え隠れする瞳は、蠱惑的と共になぜか防衛本能が働かさせられた。考えれば出そうな問いを、スマホのバイブ音によって中断される。

 充電器に繋がれたスマホを手に取り画面を確認する。青いランプはメールを示すもので、送り主は陽乃さんからだった。

 

 

 

『明日代表と副代表は本部招集。相模ちゃんには君から連絡しておいてね♡』

 

 

 

 ……………………。

 

 

『メアド知らないんで』

 

 

 送信。再びスマホを頭上へと投げ出すと、即座に返信が返ってくる。

 

 

『それを何とかするのが君の任務だよ』

 

 

 ……俺の任務ねえ。適当にごねて無視しようかとも思ったが、それで折れてくれる陽乃さんではない。それっきり俺は返信せず、代わりに別のヤツへメールを送った。

 

 

『相模に明日招集があるって伝えておいてくれ』

 

 

 宛先は葉山。あいつなら連絡先も知っているだろうし、何より頼まれてくれるはずだ。

 送ってから五分ほどで、葉山からも返事が届いた。

 

 

『これが相模さんの電話番号だよ。相模さんには君から電話があるって伝えておいたから、遠慮せずに電話してね』

 

 

 少しスクロールしたところには十一桁の文字列がある。もしかしなくてもこれが相模の電話番号なのだろう。

 

 

『誰だお前』

 

 

 凡そ葉山のしそうにない行動。送り主は間違いなく葉山だろうが、誰が考えた行動なのかは少なくとも葉山ではないだろう。

 まあ、この流れの登場人物は相模を除くと三人しかいないんだけどな。自明の確認。だがそれが会話でもあるはずだ。

 

 しかし、俺の予想は外れていた。

 

 

『俺も比企谷は相模さんと話しておいた方が良いと思うんだよ。あと別に陽乃さんからの差し金ってわけじゃないからな?』

 

 

 その下の文にはアドレスは電話をしたと確認が取れ次第送るとのことだった。陽乃さんの時と同様、これ以上話しても仕方なさそうだ。思わず漏れる溜め息は何度目のものだろうか。考えるのも馬鹿らしい。

 

(女に電話をかけるのは、陽乃さん以来か)

 

 葉山のメールにあった電話番号をタップし、電話をかける。コール音は五度ほど繰り返されるが、六度目の途中でその音は途切れた。

 

 

『……もしもし?』

「相模か?」

『聞かなくてもわかること一々聞くな』

 

 

 刺々しい物言い。俺と話すのが心底嫌なのが、電話越しでも伝わってくる。てか声だけでわかるほどお前と会話した覚えはないがな。

 

 

『で、何』

「明日また本部で招集だ」

『……後は?』

「後? いや別にこれだけだが」

『は、はあ?! アンタがどうしてもうちに言いたいことあるって言うから、こうやって嫌々話してやってるってのに、そんだけ!?』

 

 

 別にどうしても話したいことなんてないんだが、これは葉山の仕業だな。あいつは一体俺に何を求めているんだか。

 

 

「切るぞ」

『ちょ、ちょっと待って!』

「……嫌々話してたんじゃないのか」

『キモい声出さないでよ。…………、その、うちどこが本部かわかんないんだけど』

「は? いや今日行っただろ」

『……だから、それがわかんないって言ってんの!』

 

 

 流石に意味がわからず閉口する。今日行った場所がわからなくなる理由を色々と考えてみるが、どうにも思い当たるものがない。相模がアルツハイマーだとか、もうそういった現実離れしたものぐらいしか考えが及ばない。

 

 

『……その、うち今日は先輩について行ってただけだし』

「……なるほどな」

 

 

 色か。そりゃ俺には思いつかないわけだ。

 

 

「じゃあ総武高の最寄り駅に集合な。時間は……、あれ。そういや俺聞いてねえな。まあその辺は追って連絡する」

『…………』

「相模?」

『あ、えと、わかった。……言っとくけど、隣歩くからって彼氏面とかしたらマジで吐くから』

「じゃあ昼は抜いてこい。それじゃ」

 

 

 相模の返事は聞かずに通話を切る。最後の嫌味に対する返しぐらいは聞いても良かったかな、とダラダラタイム以上に無駄な思考を重ねてから、陽乃さんへ何時からなのか聞くためメール作成画面を開いた。

 

 

 

 

「……ここで良いんだよな」

 

 時刻は午後一時五十分。招集は三時からだったため、早めの二時に待ち合わせることにした。駅の東口は人通りが多く、その中で場違いに立ち止まっているのは些か落ち着かない。

 

「……比企谷」

 

 不意に呼ばれた名前に、脊髄反射で振り向く。俺がここへ着いて数分もしないうちに、相模もここへ辿り着いていた。

 ……十分前行動は出来るみたいだな。なんて、誰目線かもわからないような感想を抱いた。

 

「じゃあ行くぞ。ここからだと多分本部のある大学の最寄りまでは十分そこらだ」

「そ。……それで、ご飯はどこで食べるの?」

「ん? ご飯? 昼飯のこと言ってんのか?」

「うん。だってお昼抜けって言ったし」

 

 ……マジで言ってんのか? 前から色々と足りないやつだとは思っていたが、昨日のアレすら意図を汲めないのか?

 とは言いつつも、俺に非が全くない訳では無い。むしろ五分五分くらいまでは責任が分散されそうだ。

 

「……あー、あれだ。向こうの駅前にサイゼあるんだよ。そこで済ませる」

 

 無論俺は昼飯を済ませているが、本当のことを言うと更に糾弾されそうなため話を合わせる。

 

「……大学生にもなってサイゼって」

「いやいやサイゼ美味いだろ。あれであのコスパとか頭上がらねえよ」 

「まあ美味しいけど」

 

 改札を抜け、向かう方面のホームへ繋がるエスカレーターに乗る。相模を待っている時にも思ったが、こんな時間でも意外と人がいるもんなんだな。疎らではあるが確かに人はいた。

 

「わざわざ一緒にご飯食べる理由は?」

「……親睦を深める、的な」

「は? ガチキモい。彼氏面すんなとは言ったけど、別に彼氏になろうとすることも許したわけじゃないから。わかってると思うけどうち比企谷のこと真剣に嫌いだから」

 

 返事の代わりに溜息をつく。一々訂正するのも面倒で、後は会話を交わさずに電車が来るのをひたすら待っていた。

 

 

 

 

 

 本部に着いた時間は三時にギリギリの二時五十五分だった。理由は相模の食べるスピードが予想以上に遅く、しかし少し急かせると機嫌を悪くするという悪循環のためこうしてギリギリに着くことになってしまった。内容は伏せ、委員長に遅くなったことを謝罪する。しかし彼は俺の思っていた以上の人格者で、そのことを全く咎めずに、ただただ急な呼び出しに申し訳なさそうにしていた。

 むしろ、それよりも問題なのは。

 

「ふ〜ん。相模ちゃんと一緒に来たんだ」

 

 なぜか本部にいた陽乃さんは俺達が一緒に来る姿を見て、少し機嫌を損ねているようだった。当然相模は萎縮している。

 

「その辺で出会ったんですよ。それなのに一緒に行かないのは逆に問題でしょう」

「ありゃ、もしかしてお姉さん飽きられちゃった?」

「文脈めちゃくちゃですよ。それにそもそも飽きさせてくれないじゃないですか」

「これはまた、判断に困ることを言うね君は」

 

 相手にしてもらってる上で飽きさせないのか、してもらえていないから飽きることすら許されないのか。どちらが俺の意図した真実かなんて、答える義理はない。

 

「で、俺達を呼んだ理由はなんでしょうか」

 

 陽乃さんとの会話を強引に打ち切り、委員長に本題を尋ねる。陽乃さんは少し不満そうに(と言うには読み取れる感情が少なすぎるが)していた。

 

「あ、それなんだけどね。二人で近隣住宅への挨拶に行ってほしいんだよ。粗品持ってさ」

 

 そう言って机の上にあった紙袋から一つ取り出して俺へ手渡す。

 何の変哲もないタオルに、大学の名前が書かれてある。なるほど、確かに粗品だな。

 

「と言っても粗方は周り尽くしてるし、後は留守になっていたところの数軒だけなんだけどね」

 

 言いながら、委員長はおもむろに自身のスマホを取り出した。

 

「地図はPDFで送るよ。赤丸の付いているところが回ってほしいところ」

 

 そしてさも当然かのようにSNSアプリを開く。バーコードを画面に出しているが、それが連絡先を交換するためのものなのだろうか。生憎インストールしていないのでわからないが、恐らくはそうなのだろう。

 

「すいません、俺それ入れてないんですよね」

「あ、なら入れてもらえるかな? 昨日は恥ずかしい話忘れてたんだけど、本来はグループに日程とか貼るんだよ。一年生を招待することが頭から抜け落ちててね」

「了解です」

 

 アプリを入れ、委員長と連絡先を交換して地図を送ってもらう。ついでにグループも招待してもらった。

 

「……良し、これで大丈夫だね」

「地図も問題なく見れますし、大丈夫です」

「っと……。ごめん、代表は君だったね。えっと……」

「あ、さ、相模です! か、会長の連絡先とかは比企谷に頼むので、大丈夫です!」

「そう? それなら頼むよ」

「はい」

 

 紙袋も持ち、本部を出ようとしたその時。手に持っていたスマホが鳴動した。バイブ音のため周りには気付かれていないが、すぐに見れる状態なので中身を確認する。

 先程入れたSNSの通知であり、会話画面には一番上に雪ノ下陽乃とフルネームで書かれてあった。このアプリで陽乃さんと交換した覚えはないのだが、もしかしたらグループから交換等出来るのかもしれない。それ以上にこのタイミングで陽乃さんから口頭ではなく文字で情報が送られてきたのだ。そこに意味が無いと考えるには、どうしても無理がある。

 

 

『その挨拶の仕事、私と回らない? 乗ってくれるんだったら地図が不安だとか言ってくれたら適当に話つけるよ』

 

 

 この人の考えることは本当にわからない。単に一緒にいたいからなどという安直な理由はないだろうし、かと言って今一緒に行動することが何かに繋がるとは限らない。

 それに回らない? とあるように提案されているのだ。強制ならばいざ知らず、こういった聞き方だと緊急性はないのだろう。

 

 

 出来心だろうか。ゆえに。

 

 

「では行ってきますね」

 

 

 相模の背中を軽く押し、委員長と陽乃さんに背を向ける。相模が触らないでよと距離を取るが、そんなことはどうでもいい。

 

 俺と、恐らく委員長にも聞こえたはずだ。小さな声で彼女は。

 

 

「そういうことしちゃうんだ」

 

 

 それは今まで聞いてきた中で最も温度を持っておらず、低い声、冷たい声というよりは動きのない言葉というのが最も的を射た表現だと感じた。

 俺はついぞ振り向くことも出来ずに、その場を後にした。

 

 

 

 

 

「ではよろしくお願いします」

 

 最後の一軒を回り終える。どれ位時間がかかるのかと思えば、回るべき家が思ったよりも少なかったため一時間ほどしか経っていない。まだ四時前といったところである。太陽もしっかり地面を照らし、蒼天が頭上を支配している。

 

「これで終わり?」

「だな。終わったらその場で解散らしいが……、駅までの道わかるか?」

「は? うちのことエスコートしようとか考えてんの? キモすぎるから別にいいし」

「……この際俺がキモいのはまあ良い。だが道わからんのなら意地張らずに言っとけよ」

「てかホントに大丈夫なの。この辺なら来たことあるし」

 

 なら大丈夫か。そう考え俺は駅の方に歩き出すが、少し歩いてから立ち止まる。

 

「……なんでついてくんの?」

「うちも電車使うからだけど?」

 

 エスコートはキモいけど一緒に向かうのは良いのね。女心はわからんな。

 

「そうか」

 

 それ以上は何も言わず、互いに無言で駅へ向かう。相模は陽乃さんよりも少し小さいため、一歩の大きさがが彼女とは違う。歩くスピードを落とし、バレない程度に歩幅を合わせる。

 

 

 

「駅、着いたな」

「一々言わなくてもわかる」

 

 相変わらずキツい物言いだ。ただ考えてもみれば、相模にとってはトラウマの元凶と長い時間を過ごすことになっているんだよな。昨日も思ったが、流石に同情してしまう。俺だって高一の頃に折本と共に行動しろと言われたら躊躇してしまうだろう。むしろしたくない。

 

「俺本屋寄って帰るわ」

 

 だから俺に出来ることはこの場を自然に離れることであり、それが相模にとっても一番嬉しい状況のはずだ。

 

「わかった」

 

 相模は興味無さげに返事し、改札へと歩を進める。

 

 が、何を思ったのか急に立ち止まった。

 

「比企谷、じゃあまた」

 

 それだけ言い残すと相模は改札を抜けていった。俺はその言葉に何も言えず、ただ後ろ姿だけを見ている。

 

(……あれは成長なのか?)

 

 少なくとも高一の俺は折本にあんなことは言えないだろう。“また”なんて言葉は会いたくない相手には使いたくもないはずなのに、それを言えるというのは少しは振り切れた証拠たり得るのか。

 多分そうなのだろう。ましてあいつはもう大学生だ。願わくは、あの頃の自分を省みて同じ過ちを繰り返さないでほしいものだ。

 

 

 

 

 




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