春の光は呪いの鎖になる   作:しゃけ式

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前に更新したからまた30日後かと思った?

残念3日後でした!!



9話

「やあ比企谷。早いね」

「今来たところだ」

 

 時間も時間だからだろうが、週末の駅は少し混んでいた。十二時四十五分。昼飯時を少し過ぎた時間なので待ち合わせをする人が多い。かく言う俺もその一人であり、現にこうして葉山を待っていたわけだ。あと相模。

 

「……相模がいない間にに訊いておくが、何のつもりで呼んだんだ?」

「だからこんなに早かったのか。比企谷にしては珍しいと思ったよ」

 

 葉山は普通のデニムに白地のTシャツを着ていた。何の捻りもないファッションだが、自分に自信が無いと出来ないオシャレ。俺自身そういうのに興味はないが、そんな服装をしても様になっているのは流石葉山だな。さすはやさすはや。

 

「理由か……。まあ、今は普通に三人で出掛けたかったからって思っておいてくれよ」

「聞こえよがしに……。やっぱお前、高校とは全然違うな」

「その理由くらい君はわかっているんだろ?」

 

 こいつの楽しそうな顔は、とりわけ今の顔は心底嬉しそうだな。俺に向けるってのが気持ち悪いことこの上ないけど、仮面を付ける必要がないってのはそんなに楽なのかね。俺はそんなもん付けるまでもなく認知されないから、葉山の気持ちは何一つわからないが。

 

 適当な雑談をすること五分ほど、ようやく相模は姿を見せた。相模はクソ短いショートパンツに赤ちゃんのうんこみたいな色をしたニット生地の服を着ていた。うんこだらけだな、とか言ったら怒られるだろうが。

 

「葉山君! ……と、やっぱり比企谷も来たんだ」

「んなうんこ見るみたいな目すんなよ」

「は?」

 

 っと、口が滑ったな。あと俺同族嫌悪とか考えんな、別に俺はうんこじゃねえだろ。

 

「……で? どこ行くんだ?」

「うん。まずは服を見に行こうかなって考えてたんだよ。そろそろ夏服とかも見ておきたいしね」

「あ、やっぱり? うちもそれ言おうと思ってたんだ〜」

「あ、そ」

 

 相模は俺をいないものとして扱うのか、葉山の隣にぴったりとくっつき葉山と同調する。俺は二人の後ろをゆっくり追い、話を振られるまでは黙っていた。今回の主役は恐らく相模だ。俺が口を出すのはあいつにとっても好ましくない、むしろ嫌と感じるはずである。

 さっきの葉山の口ぶりからすると、俺を呼んだ理由もあるはずなのでいずれ役割は訪れるだろうが、今はまだその時ではなさそうだ。

 

 駅の近くにはモールがあることが多い。俺達が待ち合わせに選んだ駅はそれを考えたもので、中に入って適当な服屋を見る。内装は特にいうようなこともないような普通のもので、男女どちらに向けた店というモチーフもなさそうだ。

 店頭に置いてあるチェックの長袖のポロシャツはユニセックスとあり、どちらにも向けた展開というよりはカップル向けの店なのかもしれない。俺はしたくもないがペアルックという文化は昔から現代まで脈々と途絶えることなく受け継がれているわけで、一定数の需要はあるのだろう。

 

 そんなことを考えていたからか、俺は一人店頭に取り残されていた。葉山と相模は既に店内へ入っており、二人でレディースの服を見ていた。

 

「葉山君、これどうかな?」

「うん、良いと思うよ。明るい色が相模さんに合ってるし」

「ありがとう! えっと、じゃあこれは?」

「そういうのも良いね。大人な感じのギャップが出そうだ」

「ちょっと、それどういう意味〜?」

 

 ……あれが神対応ってやつか。基本は同調しておいて、褒めながら突っ込ませる。外から見れば冷静に理解出来るが、多分当人になったらこれだけ上手く立ち回れないだろう。本人には言わないが、この辺は尊敬するところだ。俺には必要な技術ではないとかいうそもそもの話は置いておく。

 

「比企谷! こっち来なよ!」

 

 遠巻きに見ていたのがどう映ったのか、葉山は俺に来るよう呼びかけた。なんだ、もしかして入りたくても入れないやつみたいに見えたのか? もしそうならこれ以上の煽りはないぞ葉山。

 なんて考えつつも、呼ばれて行かないのは逆に意識していると思われそうなので、ゆっくりとそっちへ向かう。葉山は接待スマイルを外さず、相模はわかりやすく嫌そうな顔をしていた。正直なのは良いことだが、これ俺以外がされたら傷つくレベルのやつだぞ。

 

「比企谷はどれが似合うと思う?」

「は? お前レディース着んの? 気持ち悪いな」

「わかっててはぐらかすなよ。恥ずかしいのはわかるけどさ」

 

 だからこいつなんで訳分からないこと言うの? やっぱ頭に呪いでもかけられてんの?

 

「比企谷……、悪いけどうちは比企谷のこと嫌いだから無理だよ」

「こっちから願い下げだ」

「……チッ」

 

 葉山の前で舌打ちとかお前いろはす道場の門下生なら落第だからな? てか俺も地味に傷つくわ。

 

「ん……、まあこれとか良いんじゃねえの」

 

 チラッと見てみると、なんとなくだが相模に似合いそうなのを見つけた。さっきまでの服とはまた種類が異なる、シンプルなシルバーのネックレス。真ん中にはハートのアクセサリーがあしらわれており、好意的にとると可愛い、否定的にとると子どもっぽいと思われそうだ。

 

「……」

 

 相模は俺から手渡されたネックレスを見て、まじまじと見つめてからつけてみる。鏡を見て確認し、葉山に意見を仰ぐ。当たり前だが葉山は否定せず、可愛いと言っていた。

 

「比企谷」

「なんだ」

「これ勧めたのってどういう理由?」

「どういう理由って言われてもな……」

 

 少し考えてみる。目についた……のは他のも同じ。じゃあデザインに理由があるのだろうが……、シンプル故に特徴がハートの部分しかない。ならハートが相模に似合うからか?

 

 ……違う気がする。てか考えるの面倒臭えな。何でこんなガチで考えてるんだよ。

 

「ハートが似合いそうだったから」

 

 最終的には当たり障りのない言葉で濁す。この場合の濁すは俺の本心を、ということだから相模にはどう映るのかはわからない。まああいつは俺を嫌っているから、十中八九プラスには受け取らないだろう。むしろキモいとかそういうのを言われること請け合いである。

 

「……あ、そ」

「え?」

「いや、だからあっそって言っただけじゃん。何? 褒めて欲しかったの?」

「いや、そんなことはないが」

 

 そこで会話は途切れ、相模はネックレスをそっと戻す。まあ元々何かを買う気は無いのだろう。噂に聞くウインドウショッピングはそういうものらしいからな。

 

「じゃ、葉山君に褒めてもらえたの買ってくるね!」

「うん。じゃあ外で比企谷と待ってるよ」

 

 そう言って相模はレジへと服を一着だけ持っていく。勿論俺が選んだネックレスは持たずに。

 

 

 ……いや別に凹んでないから。何も思うところとかないから。マジで。

 

 

 

 

 

 それからというものの、基本は相模と葉山が会話をして、たまに俺が入るスタンスのまま三時間が過ぎた。時刻はもう四時半頃であり、少し疲れた俺達はモール内のコーヒー店に入った。俺の隣には葉山、テーブルの向かい側には相模。俺と葉山はオリジナルブレンド、相模はなんたらかんたらフラペチーノを頼んでいた。

 

「葉山君のそれ、美味しい?」

「うん。だよな? 比企谷」

「ん、おう。まあ俺のとお前のじゃ糖分の量が違うだろうけど」

「あれは流石にうちじゃなくても引くから」

「何でだよどんなもんでも甘味は美味いって相場が決まってるじゃねえか」

「それでも砂糖入れすぎ。そんなん絶対美味しくない」

 

 ……こいつは何かっていうと俺を否定するよな。気持ちはわからないでもないというよりかはむしろわかるが。

 

「比企谷、それちょっと飲ませてくれないか?」

「は? ……いやまあ良いか。ほら」

 

 葉山が妙なことを言ってくるが、別に躊躇うものでもないので渡す。そうしないと海老名さんに『うんうんそうだよね、ヒキタニ君も隼人君とキスするのは恥ずかしいもんね』と言われかねない。いや受け入れたらそれはそれで『うんうんそうだよね、ヒキタニ君も隼人君とキスしたかったもんね』とか言うのか。八方塞がりじゃねえか。

 

 俺のお手製MAXブレンドを受け取った葉山は容器を口に付け傾ける。ゴクリと少量を流し込み、机に置き直す。特に不味そうといった表情ではなく、新しい味をみつけたと表現出来そうなものだった。

 

「意外とありだな……」

「え、ホント? ……じゃあうちも飲んでみたいかなー、なんて」

「いいんじゃないかな。どうだ? 比企谷」

「んあっ、なんだ?」

 

 返してもらったコーヒーを煽っていると、またも不意に葉山に声をかけられる。適当にしか聞いていなかったが、飲ませろってことだよな?

 

「ん」

 

 隣の葉山へ容器をスライドさせる。葉山はありがとうと言って、目の前の相模に渡した。

 

 

 え? ()()()()()()

 

「え、おいこれ相模が飲むのか?」

「なんだ、もしかして気にするのか?」

「いや確かに相手は相模だけどな……」

「は? うちだって比企谷の飲んだ後なんか……」

 

 言い終わる前に、相模はハッとして口を噤む。

 

 ……まあ言えないだろうな。“葉山の後だったから”飲んでみたい、なんて。あのタイミングは絶好のチャンスだったのだろうけど、気付く前に俺が飲んでしまったからな。ごめんよ相模。それでお前はこの状況はどうするんだろうな。

 

「……いや別にうちも気にしないから! ありがと葉山君!」

「あ、おい待て」

 

 俺の言葉を最後まで聞くことなく、相模は俺のコーヒーをグイッと飲み干した。全部いってドヤ顔を浮かべてはいるが、それ俺のだからな? 何で全部飲んでんの? てかもう少し待ってたなら助け舟出したのに、やっぱバカなの?

 

「ふっ、どうよ比企谷」

「俺の分は?」

「……あっ」

「あっ、じゃねえよ」

 

 流石の相模も少し申し訳なさそうにしており、視線をあっちこっちへ泳がせながら最後に葉山の方を向く。葉山は少しだけ笑い、口火を切った。

 

「じゃあ相模さんのを少しだけ飲ませてあげたら良いんじゃないかな」

「「…………」」

 

 そして始まる無言タイム。なんだ今日のこいつは。というか、何を企んでいるんだ?

 

「相模」

「……はいっ、これ!!」

 

 勢いよく突き出されるなんたらかんたらフラペチーノ。俺と葉山が頼んだコーヒーとは違い、上の部分に馬鹿でかいキャップのようなものが付いているため中身は零れなかった。ただし、つまりこれはストローで飲むものであるということだ。

 

 コップなら口を付ける場所で誤魔化せたんだろうがなあ……。

 

 諦めて俺は少しだけ頂いた。名前が意味不明な横文字だったから頼まなかったが、正直俺のMAXブレンドよりもかなり美味しい。砂糖を吐いてしまいそうなほどの甘さ、液体だけではないクリーム。仄かに香るコーヒーの味。

 

 

 ……ちょっと思った以上に美味しかったから、口を離したストローをもう一度付けて飲んだ。うん、美味いなこれ。

 

 

「比企谷キッモ!!! ちょ、今の葉山君見た?!」

「う、うん……。今のは流石にちょっと……な?」

「いや、今のはそういうのじゃなくて、あの、えっとだな……」

 

 素直に言えばいいのだろう。だがぼっちは突然の事態には弱い。俺はしどろもどろになって、よりキモさを演出しただけだった。

 

 最終的にそのフラペチーノは間を取って葉山が飲むことになり、その状況が俺にはキツすぎてトイレに逃げ込むことになった。逃げるは恥でもないし役に立つ。良い言葉だ。

 

 トイレ内は誰もおらず、用を足すためにチャックを下ろす。カフェインの利尿作用のせいか、いつも以上に出る。この快感ってなんなんだろうなあ。

 手を洗い外に出ようとする。が、その前に少し立ち止まる。相模の声がしたのだ。席ではなくこの場所で誰かと話しているってことは、恐らく電話なのだろう。もう少しだけ待つかとドアから離れるが、ある一言でそれもなくなる。

 

「あ、えと、その……、すみません……忘れていました…………」

 

 忘れてた? 敬語ってことは、バイト先の先輩とかサークルの上回生か?

 

 ……それとも実行委員会の幹部以上の人か?

 

「あ、いえ……、ごめんなさい。今から当たってみます…………」

 

 そこで相模の声は止んだ。通話が切れたのだろう。ただ遠ざかる足音は聞こえなかったため、その場で立ち尽くしているのだろう。声色も恐る恐るというよりはむしろ絶望した後のようなものだった。

 ドアを開けてテーブルへと続く道を行くと、案の定すぐに相模は見つかった。今にも泣き出しそうな顔で俯いており、俺は初め声をかけるのを躊躇ってしまうほどだった。

 

「相模」

 

 すぐそばにいる俺にすら気付かないほど放心していたので、名前を呼んでみる。その瞬間相模の肩は跳ね、俺の顔を見て何かが決壊しそうになっていた。

 

「ひき、比企谷ぁ……」

 

 恐らく最も弱味を見せたくない相手の俺にすら縋ってしまうほどの状況。俺はとりあえず軽く宥め、テーブルへと連れていった。

 

「おかえり、比企谷、相模さん。……どうしたんだ?」

 

 それまで基本的には笑顔だった葉山の顔は一瞬で真剣なものに切り替わり、相模ではなく俺に訊く。その目は俺を疑っているものではなく、何があったのか一刻も早く知りたいという胸中が見て取れた。

 

「俺にもわからん。トイレを出たらこうなってた」

「うぅっ、えっ、ごめんなさいぃ……」

「まずは何があったか話せ。ずっと泣いてても何もわからない」

 

 言いながら、これは葉山に怒られそうだなと感じた。だが葉山が怒ることはなく、俺に同調しているのか真剣な面持ちで相模の言葉を待っていた。

 

 

 相模は泣きながらもことの次第を語り始めた。まず電話相手は実行委員長だったそうだ。内容は合同文化祭の説明会の欠員補充で、認識のズレがあったらしく十人必要らしい。期日はもう明後日に迫っており、その人達を集めるという仕事を任されていたようだ。

 ただ妙なことに、そう言った話は大体俺にも回ってくる。それは相模を信用出来ないからではなく、単に保険として伝えられるのだ。そして恐らく相模はその保険に慣れきっていたせいで、こんな事態になるまで放置していたのだろう。

 

「……バイトとかもあるだろうし、今から一年生の三分の二を集めるのはきつそうだな」

 

 総勢一五名ほど。それにこの仕事自体面倒臭そうなものなので、事前に言えていても集められたかどうかわからない。

 

「なあ葉山、お前はどう思……う?」

 

 俺が言い淀んだ理由。それは葉山には似つかない表情にあった。

 

 

 ──怒り。思わず言葉をかけるのを躊躇ってしまうほどの。

 

 

「相模さん」

 

 あいつが怒るところを見たのは数える程しかない。ただし一度目に見た文化祭の時の怒りとは種類が異なり、激昂というよりは静かな怒り、その中には落胆でさえも見えた。

 

 

 

「…………また同じことを繰り返すのか?」

 

 

 

 葉山のそれは、俺が見たことのある感情の中でも、或いはおよそ葉山の人生の中でも、最も冷たいものだった。

 

 

 

 






書き手の方は書き手の知り合いを作ると良いですよ。レベルの高い相手だとマジで死ぬほど勉強になります。



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