「ただいま」
現在の自分の家の玄関で小さくそう呟く。しかしアレンの情報で今の白星家に
タンタンと階段を上りすぐ近くの暗い自室に入る。荷物ごと体をベッドに預けながら、鬱陶しい夕焼けに目を細める
「…これからどうしようか……」
「どうしようか」とは当然、僕が元の世界に帰ることができるかどうかの不安の表れであった
意味の分からない経緯からこの体にひっ憑いて、幼馴染だというアニメのキャラクターに連れ回されて、衝動に任せてデュエルまでした。言葉にすればそれだけなのにものすごく長い1日に感じた
「アレンとサヤカには何も言わず帰ってしまったな…明日はどうしよっか…学校か?でも行き方が分からないから自分で行くことができないし、最悪理由をつけて休むか…」
不安や予定を独り言で口にすると誰かに話した気分になる。そうするとなんだか気持ちが少し楽になったので、ベッドの上で胡座をかく
「きっと近い将来アカデミアがやってくる…1週間後か?1ヶ月後か?最悪明日……いや1分後かもしれない」
そう思うと不安が再び浮かび上がってきた
今の僕のデッキでは間違いなく勝てない。アカデミアの戦法は物理的にデュエリストの数が多い物量戦法だ。しかもトップ直属の精鋭であるオベリスクフォースは
かと言ってデッキを持たないのは論外でしかない。たった1人が丸腰で軍隊レベルの数を相手に、知らない街で逃げ続けることなど不可能だ。自衛のデッキくらいは持たねば問答無用でカードにされるだろう
デッキの強化、いや変更が必要だと感じた僕は部屋の電気をつけ、中身をひっくり返す勢いでカードを探した
「何かないかなっと…」
命がかかっている。そのはずなのに鼻歌交じりにカードを探す僕はあまりに危機感がない。きっとまだどこかでこの世界が夢なのだとでも思ってるのだろう
ある程度探すとカードケースがあった。それを開けて中のカードを選別する……が、中身は思いの外バラバラで統一感のない内容だった。思いの外というのは初期の通常モンスターから現在のなんとも言えないカードまで幅広い世代のカードが入っていたからだ。当然融合やシンクロ、ペンデュラムなどない。リンクなど以ての外
しかし「神の通告」や「魔法効果の矢」を見つけたのは大きかった。特に「魔法効果の矢」は対ペンデュラムにピッタリのカード。今後誰が敵になるか分からない以上あらゆる対策が必須だ
でも、やっぱりカードプールがイマイチでしかない。むしろこのカード群でよくあれだけ完成度の高い「代償ガジェ」を作ったものである
「成果はこんだけか」
全くない訳ではないが現状を変えるほどではない。そもそもカードパワーが違い過ぎて扱いきれる気がしない
きっとこの先、生き残れない。デュエルが全てと言える『遊戯王』の世界においてこのデッキが勝つことができない。知識どうこうの話ではないのだ。この世界のデタラメなカードや運を乗り越えるには、同じく
でもそのためのカードがない。自分の力に自惚れることなんてできるわけがない。強いカードがないと誰にも勝てない。あってもプレミだってする。プレミしてもなお簡単に勝てるカードがなければ
ブルブル…
手が震える。僕の心の根底に隠していた恐怖がにじみ出たのか?…いや違う。きっとこれは「ふうと」の心だ。信じられない未来の真実を知った恐怖への怯えだ
沈む気持ちを紛らわす為に部屋を見渡す
「…………あれ…?」
すると、違和感を感じた。この部屋は“白星ふうと”の物だ。ここにあるものは“ふうと”の物であって僕の所有物ではない。全てが未知でしかない
なのに………今、『既視感』を感じた
「どこだ…?どこ…」
四つん這いで既視感の感じた方へ移動する。ところどころ方向を修正しながら壁を、クローゼットを、タンスを、机を見る
「こっちじゃない、あっちも違う…あっ」
見つけたそれは、ベッドの下に隠されるように置いてあった。透明な持ち運びのできる2つのケース。厚紙で作られた3つの箱、高級肉を入れる用の小さい木箱。白と黒が2つずつのプラスチック製のデッキケース
「これ…………僕のカードだッ」
見間違えるはずもない。それらはずっと愛用していた僕の集めたカードの入ったカード入れだった
思わず手に取ったデッキケースには馴染みのある重みがあった
「ひょっとして!」
興奮しながらカードを取り出す。三重のスリーブに入ったそれには、 レベルとランクと守備力がない青いカードが
「いけるかな?」
なんだか普段持ってたカードよりもずっと頑丈に見えたカードを持ち、デュエルディスクを起動して……震える手でデュエルプレートに置いた
ブオォォンッ
『グオオオオオ!!!』
駆動音と弾倉を回す音をかき消す大音量で、目の前に現れた部屋を埋め尽くすほどの巨体のドラゴンは咆哮した。肌触りの良さそうなメタリックなボディに思わず手を伸ばし、それが通り過ぎたところでソリッドビジョンだということを思い出した
それでも僕はその金属の触感を想像しながら、実態のないボディを撫でた
僕にはそのモンスターが希望に見えた
足元の全てのカードが光り輝いてるようにすら錯覚した。それほどまでに僕は生き残ることに諦観の念を抱いていた
「いける…勝てるッ、これなら」
希望とやる気がムンムンわいてきた。理屈は知らないが、『僕の世界のカード』もこの世界に適用されているのなら、それはこの世界で唯一の僕の武器になる
そう考えると時間が足りない。アカデミアがいつ攻めてくるか分からない以上、色々な準備をする必要がある
「買いに行くか…」
“ふうと”には悪いことをするが、どうせエクシーズ次元の侵略は止められない。この家は…「思い出」や「帰る場所」は1度破壊される。なら腹をくくって覚悟を決めてもらおう
僕はありったけの有り金を持って外に出た
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「リュックOK。デッキOK。カードOK」
準備はしてきた
「デュエルディスクOK。非常食OK。財布もOK。換金用のカードもOK」
覚悟もしてきた
「ナイフもある。スタンガンもある」
目的はただ1つ。アカデミアもレオ・コーポレーションもレジスタンスも……ズァークも出し抜いて、次元跳躍システムの大元を強奪し、元の世界に帰ること
「よし…帰るぞ。絶対!」
悲鳴と嘲笑と怒号が飛び交い、揺れる赤に染まっていくハートランド
高台からその光景を見下ろしながら、僕はその決意を胸に抱いた