艦隊喰種   作:神の死者

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第4話

提督と呼ばれる一人の男の鋭い視線が、その切っ先が人間ではない一人の少年に向けられた。彼、少年は人間ではない。喰種だ。その身体能力や五感は一般的な人間を遥かに、それも桁違いで凌駕する。無論それは治癒力も含まれる。もっとも喰種の場合はもはや治癒ではなく再生の領域であるが。

 

それを記憶をなくしたはずの一人の喰種は理解していた。記憶はなくしても喰種についての知識はあった。故に喰種が人間に対して自らの正体を明かした場合どうなるかも知っていた。

 

提督と呼ばれる男は少年に問う。

 

――お前は人間か?

 

だが少年はそれが分かっていたとしてもその名を、その言葉を口にした。

 

――俺は()()だ。

 

今の少年には何もなかった。記憶がないため自分がどこの誰で何者か、何をやっていたのか、なんて自分が人間しか喰らう事のできない化け物と言うこと以外全く分からないし知らない。記憶がない、そのつまりは自分が今まで歩んできた人生をいわばリセットしてしまったようなもの。自分の家族や自分の友人の名前や数さえも覚えていないのだ。妹はいたのか?弟はいたのか?姉はいたのか?兄はいたのか?母はいたのか?父はいたのか?友達はいたのか?親しいと呼べる人はいたのか?自分を大事に思っていた人はいたのか?この人ならざる少年はそんなことすらも覚えていないのだ。目覚めたとき周りに自分を知る者がいたならば話は違ったかもしれないが少年に立ちふさがる実際(現実)は非情であった。少年が目覚めたときにいた場所は海軍の基地、鎮守府。目覚めたときはじめて会ったのは自分を全く知らない人物。故に少年は自分には生きる理由もなにもなかった。

 

少年はただ無表情に、自分には何もない、だから殺されてもいい、そう思った。

 

 

 

 

「なるほど、人間を喰らう化け物…喰種か」

 

少年は現在持ちゆる喰種の知識、そのすべてを提督に話した。もちろん自分がこれからどうなるかを理解した上で話している。

 

提督は少し考えるような仕草をすると

 

「少年、君はどうしたいんだ?」

 

少年は答える。しかしその問いに答えなどなかった。いや、考えられなかったのだ。

 

「分からない。俺には記憶がないから、家族がいたのか、友達がいたのか、自分を待っている人がいるのか、そんなことすらわからない。それでこれからどうするんだ、なんて聞かれても分かるわけがないだろう?」

 

「俺が聞いてんのはそういうことじゃねぇよ。記憶とか、自分が人間食べる化け物とかそういうの抜きで今この時この世界でなにをどうしたいのかを聞いてんだ。記憶を取り戻してぇんだったら手伝ってやるし、知りたいことなら俺やここの馬鹿どもが知ってる限りのことなら何でも教えてやる。ここに居たいならいくらでも居させてやる。お前が今やりたいこと何でもとは行かねぇが出来る限りのことをしてやる。その上で答えろ」

 

少年は提督の言葉が理解できなかった。目の前にいるこの男は間違いなく人間だ。匂いで分かる。喰種は確かに満腹になったらなったで無理に人を襲って喰おうとは余り思わないが時間が立ち“飢え”が来れば話は別だ。喰種の飢えは人間の飢えより辛く苦しいもので最悪理性を失い暴走してそこら中の人間を喰い殺すことになる。無論先ほどの説明で提督はそれを理解しているその上で言っているのだろう。

 

少年の頭にそんな提督のおかしな問いによって疑問が生まれる。正直、提督から放たれたそれは正気とは思えない言葉、発言、提案だ。

 

少年は口を開く。

 

「正気か?さっきの俺の説明、ちゃんと聞いてたのか?」

 

「ああ。空腹や飢えは人間とは比べ物にならないくらい辛くて苦しいもんで下手したら理性とか自制心がぶっ飛んで人間を食い殺す、だろ?だからなんだってんだ。ここの馬鹿どもは言っちゃ悪いが人間じゃねぇ、艦娘つういわば鉄だ、お前に喰われる心配はねぇよ。つか何度も言わせんな、俺はそういうもん抜きにして聞いてんだ、これからお前はどうしたいんだ?ってことをよ。」

 

本当に訳が分からない。この提督と言う男はよく分からない。額から汗が噴き出る、何かが、なにかが頭の中で木霊する。

 

『悠翔…生き…て…』

 

木霊したのは女性の声。その声は弱弱しく、すぐにも消えてしまいそうな、そんな弱い声。恐らくこの声の主はもうじき死ぬのだろうと分かった。少年はなぜかそんな弱弱しくも死にそうな、そんな声から懐かしさを感じていた。だがそれとは別にその女性が言った、悠翔、と言う名前のような単語、これはなぜだか、“これは自分の名前だ”と確信していた。本当になぜだかわからないが。

 

ふと少年の脳裏に先ほどの提督の言葉が過った。

 

『記憶を取り戻してぇんだったら手伝ってやる』

 

少年は考える。恐らくこの男は自分を殺すつもりなどは一切ない、むしろ保護しようとしている。それだけじゃあ来たらず自分が失った記憶を取り戻す手伝いをしようともしているのだ。狂かれてると思った嘘じゃないのかとも思った、がしかし少年は考えた。

 

「見つけたよ。これから俺がどうしたいのかってのを」

 

提督は少年の言葉に目を細めた。

 

「失った記憶を…取り戻したい」

 

少年は興味が沸いたのだ。その記憶に。

 

 

 

 

「よかったのですか?」

 

一人の女性がソファーでだらける一人の男に、まるで子を心配する母親のような声でそう言った。だがその声の感情にはどこか安心感が捉えられる。

 

黒く伸びた美しい髪は馬の尻尾のように結ばれ顔は整っておりその所々どこか日本の和を思わせる服を着た、提督に語り掛けた女性は大和撫子を彷彿とさせる雰囲気、美しさを纏っていた。

 

と提督は女性が部屋に居たことに気付かなかったのか提督はうわぁああと悲鳴を上げてソファーから転がり落ちた。

 

「“大和”、いたのか…いつからだ?」

 

「いや真面目な顔して真面目なトーンで言われてもその体制で言われてもシリアスの欠片もありませんよ?というか寧ろシュールです」

 

提督はそんな女性、大和の厳しい?ことを言われると貼り付けていた真剣な顔を剥がしていつものどこか抜けた顔になりながら痛ててと腰を抑えながら立ち上がった。その姿はまるで60を超えたおじいちゃんのようにも見える。

 

それはさておき大和は本当にどうするきなんですかとぼやきながら

 

「ほぉ今日はピンc」

 

自分のスカートをめくろうと手を伸ばす提督を全力で蹴り上げた。しかし提督は何もなかったかのように鼻血を垂らしながら

 

「あのな、あの少年が人間を喰らうばけもんだろうがただの人間だろうが、子供って事実は変わらねぇだろ?大の大人が行く当てのない、ましてや記憶をなくしちまってる、そんなガキを追い出せってほうが酷な話じゃないか?」

 

「確かにそうですけど……」

 

大和は提督の言葉に納得できないのかため息を吐くと本当に大丈夫なんですか?と提督に聞いた。提督は首をかしげながら話聞いてなかったのか?とジト目で大和を見つめる。

 

「違いますよ。私が聞いてるのは場所とか寝泊りとかじゃないです」

 

「じゃなんだよ?」

 

「食料ですよ。彼の話が、喰種とかいうあの話が本当なら彼が飲み食い出来るのは珈琲と水と、“人間”なんですよ?それ以外は全部嘔吐してしまうと言っていたじゃないですか。あて、あるんですか?」

 

彼女の言う通り、喰種は水と人間しか摂取できないのだ。何故か珈琲も摂取できるがそれだけだ、喰種は人間と舌の作りも違う、その為、人間が摂取できる食べ物は基本全てが嘔吐するほど不味く感じ文字通り嘔吐してしまう。もっとも、無理やり胃袋にねじ込めば別だが。無論、そこから栄養が吸収される訳がないため消化されず出できてしまうためそのまま出てくるし体調も崩す。いわば毒である。

 

「大本営に言うのさ。」

 

「!?…それはなぜですか?」

 

「あの少年の言う通りなら喰種ってのはお前ら艦娘よりもばけもんだ。だからこそさ、大本営に少年が深海凄艦を絶滅させる最強の武器になるとでも言えばいい。最近はブラック鎮守府ってのが増えてそこの提督が死刑囚になってるんだとさ」

 

そう笑いながら提督は言った。大和はそんな、まるで自己中心的な提督な発言に一瞬怒りを覚えたがそんな感情はすぐに消えうせた。思い出したのだ前に提督が自分に話した、提督の昔の話を。

 

提督は何かを思い出しながら言葉を紡ぐ。

 

「昔の俺にそっくりなんだよあの少年は。周りを取り巻く環境も状況も心や感情も。」

 

似ていた。提督の話した提督自身の昔の話、出来事と。

 

孤独。

 

そんな言葉の似合う話だった。

 

提督、笠原明弘という少年は生まれた。しかし彼を産んだ親は彼が誕生したことを喜ばなかった。それはなぜか?彼の両親が欲しかったのは女の子だった。医者には最初女の子が生まれると聞かされていたが出産当日になって医者がそれはマッ違った情報だと気づいたのだ。だが時は遅く医者がそれに気づいたのは出産当日だったため彼の両親はそのお腹に宿る命を下すことも出来ず笠原明弘という男は誕生した、いやしてしまった。彼の両親は大手企業の社長を経営するトップの人間、気も高くプライドもあった。明弘が十才の頃だった。ある日の事、父親が明弘の頭を思い切り殴りつけたのだ。そのせいで明弘の脳にある記憶をつかさどる部分が誤差を起こし記憶がすべて消えてしまったのだ。なんと両親はそれを利用してもう潮時だと思ったのか一度子を作り夜に眠静まった明弘を公園に捨てたのだ。明弘の両親は裏の世界や警察などに繋がりがあるのか笠原明弘、という子供が生まれた、そこで生活していた、二人に育てられたという情報はその両親の手によって全てもみ消された。その後笠原家には無事女の子が誕生したそうだ。とそれとは別に捨てられた明弘はとある男に拾われた。男は元海軍の軍人でかなり上位のくらいに立つ人間だった、もっともその時はただのサラリーマンなのだが。しかし明弘の両親のように気が高くプライドも高い、なんていう事はなかった。男の性格はまるで少年漫画の主人公のような性格であった。男は公園で明弘を拾うとこの幼い子供を自分の手で育てていこうと決意した。幸い男には妻もおり高校生の娘もいて、軍人時代に稼いだ金が有り余っていたため男の子一人育てるのに何不自由なかった。笠原明弘、と言う名前は変わり篠原正弘となった。しかし問題はここからだった。男に拾われたは記憶を失ってしまったからか、なんと記憶と共に“感情”も失っていた。男の元に来て一週間ほどが経ったが正弘はその一切の喜び、怒り、悲しみ、楽しい、と言った喜怒哀楽をしなかった。ある日のこと、男の妻が正弘を泣きながら抱きしめた。正弘は男の妻に聞いた、なんで抱きしめるの?なんで泣いているの?と。妻は答えた。初めて笑ってくれたから、と。彼は無自覚に少しであるが笑っていた。全く興味のなかったと言うのが彼の感情が凍り付いていた原因だった。だがこれを境に彼は篠原という家族に興味を持ち始め、徐々にその失った“感情()”を取り戻していった。と言うのが提督と言う一人の男の昔話だ。

 

起きたら記憶がなく、目覚めたら見も知らずの人間に助けられ、感情を感じさせない少年のその様はまさに幼いころの提督そのままだった。

 

提督は寂しそうに、悲しそうに、昔のことを思い出しなら言った。

 

「だからさ助けてやりたいんだ、昔の俺そっくりな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの少年をさ」

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