周囲の人混みを掻き分け、目的の『フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店』へと移動した。
フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店の周囲には大勢の人が詰めかけている。
「すごい人だかりだ…何があったんだろう?」
「アレだぜ。ア・レ」
ロンは悪態を付きながら、店先を指差す。
そこには『ギルデロイ・ロックハートサイン会』と書かれた大きな垂れ幕が出ていた。
「ギルデロイ・ロックハート? どこかで聞いたことある様な気が…」
「もしかして、ハリー…貴方ギルデロイ・ロックハート様を知らないの?」
ハーマイオニーが呆れた様に問いかける。
「知らないのって言われても…興味が無いものは仕方ないだろ」
「あっきれた…彼の書いた本は今年の教科書なのよ! それにどれも引き込まれる内容だったわ! 今でも思い出すわぁ」
「そんなに良い本なの?」
「良いなんてものじゃ無いわ! 最高よ!」
「そうなんだ…興味の無い僕等には全く分からないよ。なぁ、ハリー?」
「そうだね、売れない歌手かと思ったよ」
「ハリーまで…呆れちゃうわ!」
ハーマイオニーは呆れ返ると声を荒げている。
その時、フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店から、歓声が上がる。
「いけない…急がなきゃサイン貰えないわ!」
そういうと、ものすごい勢いで書店に走りこんでいった。
まるで書店の中は戦場のようだなと思いながら店内を眺めていると後ろから聞き覚えのある声に話しかけられた。
「おや、君達も買い物かい?」
振り返ると、マルフォイと恐らく父親だと思われる人物がゆっくりと歩み寄ってきた。
「お久しぶりですね」
「あぁ、久しぶり。そうだ…紹介するよ。こちらは僕の父上さ」
「ルシウス・マルフォイだ。息子と同じスリザリン出身だ。不出来な息子と仲良くして貰っていると聞いている」
「エイダ・イーグリットです」
「デルフィ・イーグリットです」
「うむ、話ではがあのグリフィンドールらしいが…」
「父上、ですが、彼女達は野蛮なグリフィンドール生とは違います」
「そうなのか?」
「えぇ、少なくとも、礼儀作法は完璧です」
「ほぉ…気品あふれる者は歓迎だ。それが純血者なら尚更な。しかし悲しい事に、純血の家計であっても野蛮な一族があってな――」
「おーい! 本は買えたか―!」
その時、背後でアーサーが大声を上げて、それに声に答える様に、ウィーズリー家の子供達が大声を上げた。
「聞いたか? あの無様で品の無い声を」
「相変わらず、不愉快な連中です」
マルフォイ親子は、ウィーズリー家を蔑む様な視線を送っている。
「モリー! 子供たちの教科書は――」
「買う程の金があるとは思えんなぁ」
アーサーの声をかき消す様に、ルシウスが嫌味を言うと、アーサーの表情が一気に曇る。
「貴様は――」
「どうした? 本を買うんじゃなかったか? やっぱりお前の給料じゃ全員分の本を買う金は無いか。何なら貸して…いや恵んでやろう」
ルシウスは勝ち誇った表情を浮かべ、対照的にアーサーは苦虫を嚙み潰したような表情だ。
「だッ…誰が貴様なんぞ! さっさと消えろ!」
「ひどい言いようだな。私は貴様等の事を思っていっただけなのだが。それより息子の教科書を買わなければならないのだよ」
「私だって!」
そう言うとルシウスは堂々と大股で歩き書店の中へ入っていった。
その後を追う様にロンの父親も少し小走りで入店していった。
彼らが書店に入った後、入り口で何やら言い争いをしているようだ。
マルフォイ家とウィーズリー家…犬猿の仲なのだろう。
「人とは不便な生き物ですね」
「まったくです」
私達は、低俗な大人の争いを外から観戦していた。
数分間、いがみ合っていた両者は互いに捨て台詞を吐き正反対の方向へ歩いて行った。
喧騒が収まった店内へとようやく足を踏み入れた。
店内では、未だに大勢の人が一角のスペースに集まっている。
そこには、ハリーと肩を組む中年男性の姿があった。
あれが『ギルデロイ・ロックハート』なのだろう。
一通り写真を撮り終えた後、解放されたハリーはフラフラと店の外へと出ていった。
落ち着いたところで、私達はリストにあった本を手に取り、ページを捲りつつ、暗記する。
この本の販売価格はかなり値段だが、書かれている内容は、まったく意味の無い物だった。
この世界においては、本と言うのは基本的に高価で取引される。
プリンターなどの印刷技術が不十分であり、魔法による複製を行うため、高コストになるのだと予想される。
「スキャン完了」
「不本意ですが、購入しましょう」
私達は、無意味に思いながらも、著者が『ギルデロイ・ロックハート』の小説を7冊とその他必要な教科書を購入した。
店を出た先で、疲労感を漂わせているハリー達と合流した。
先日の買い物から数日が経ち、新学期開始日になった。
荷物をまとめた私達は、昨年と同様、ステルスシステムと飛行を利用し、キングス・クロス駅に到着した。
現在の時刻は、発車5分前だ。
9と3/4番線に向かうとしよう。
去年と同じように柱があるホームへ向かうと、そこには、柱の前でカートを盛大に横転させているハリーと一緒になって荷物を拾っているロンの姿が見えた。
私の足元にまで教科書が飛んでくる程の勢いでぶつかった様だ。
教科書を拾い上げると、表紙に描かれているロックハートが気持の悪いウィンクをしていた。
「落とし物ですよ」
「ありがとう。それよりも、エイダにデルフィ。二人ともどうしてここに?」
「我々も汽車に乗ります」
「あ…あぁ、そうだよね。それより、急に柱が、9と3/4番線に入れなくなっちゃったんだ!」
「どうしよう…」
2人の横を抜け、柱に手を振れる。
どうやら、強固なプロテクトが掛けられている様だ。
解除自体は可能だが、発車まで2分を切っており、解除したところで彼等が汽車に間に合う保証はない。
「とりあえず、場所を移しましょう」
「あー…そうだね」
周囲を見回したハリーはデルフィに賛同する。
周囲に居る人々は私達を好奇な目で見ていた。
それもその筈だ。柱にぶつかって大声を上げていれば誰だって見てくる。奥に居た駅員に至ってはこちらをチラチラと目配せしていた。
「もう間に合わないだろうし…」
ホームの上に掛けられている時計の針は、無情にも発車時刻を刺している。
「とりあえずこっちだよ」
ハリーに連れられ、ホームの端へと移動した。
「さて…どうしようか…」
「汽車が出ちゃった。パパもママも帰っちゃったし…どうしよう? なぁ、ハリー。マグルのお金、少し持ってる?」
「マグルのお金なんて、何に使うんだよ」
「タクシーでも呼ぼうかと…」
「タクシーで行ける距離ではないかと思われます」
「はぁ…だよなぁ…」
ハリー達の表情はどんどんと暗いものになっていった。
「しょうがない…一度車に荷物を………」
次の瞬間、ハリーとロンは顔を見合わせると――
「「そうだ! 車があるじゃん」」
同じタイミングで、同じ言葉を発する。
今一話が理解できなかったので詳しく聞くと
どうやら、ロンの父親の空飛ぶ車でホグワーツに乗り入れるという事だった。
先程まで暗い顔だったハリーはその話を聞いて目を輝かせていた。
「よし! そうと決れば運転は任せてくれ! 君達も乗るだろ?」
若干考えた後、私達は、ロンの提案に賛同した。
「ロン! 君は凄いよ! ところでカギは君のパパが持っているんじゃないの?」
「ヘヘッ」
ロンは不敵な笑みを浮かべるとポケットから一つのカギを取り出した。
「実は、こっそり持ち出したんだよ!」
「ロン…君ってやつは…最高だ!」
2人はすっかりハイテンションになっていた。
この年代の男性は、多少スリルがある方が好きなようだ。
「さぁ! 行こうぜ!」
ロンは意気揚々と車へ向かい、その後をハリーは荷物の乗ったカートを押しながら追いかけていった。
「これがそうさ! どうだ凄いだろ!」
ロンが自慢げに指差す先には、旧世代の遺物と言っても過言では無い様な古めかしい車両が路上駐車されていた。
周囲にパーキングメーターが無い事から、無断駐車である事が窺える。
「さぁ、急ごうか」
2人は車のトランクに荷物を無理やり詰め込むと、ロンは運転席、ハリーは助手席に私達は後部座席に乗り込んだ。
「ロン、今更だけど運転できるの?」
「任せろって」
ロンがそう言うと鍵を差し込み、エンジンを起動させた。
不安を煽る様な、弱々しいエンジンを始動させた後、微弱なエネルギーが迸る。
「目くらましだ!」
意気揚々とロンが緑色のボタンを押すと車体が透明になった。
これも一種の魔法なのだろう。
「出発だ!」
かなりハイテンションのロンがそう言うと車は中々の速度でロンドンの上空へと飛び上がった。
しかし、そこで目くらましの魔法が切れたのか、宙に浮いた車体が姿を現した。
「ヤバイ!」
慌てたロンは先程押したボタンを何度も連打するが、再び透明になる事は無かった。
「どうしよう。このままじゃマグルに見られる!」
軽度のパニックに陥ったロンは更に連打の速度を上げていった。
「面倒だ! 行っちゃえ!」
清々しい表情のロンが全速力で車を発進させた。
数分後、周囲の街並みが田舎の田園風景へと変貌した後、レールが引かれた渓谷へと移動した。
「見えてきたぞ! ホグワーツ特急だ!」
助手席のハリーが窓から顔を出しながらはしゃいで居る。
「このままいけば間に合いそうだね」
「間に合うどころか追い越せるさ!」
テンションが最高潮を迎えたロンが、アクセルをさらに踏み込むと、車の速度が上昇する。
「よっしゃぁ! 追い抜いた!」
眼下に広がるホグワーツ特急を追い越した車は、ホグワーツの敷地内へと入り込んだ。
「ホグワーツ到着っと…後は車を置く場所を…」
ロンが着地地点を探し、周囲を見回し始めた。
その時、急にエンジンの出力が低下し、高度が低下し始める。
「おいおい! どうなっているんだよ!」
車体全体をスキャンした結果、先程9と3/4番線の入り口の柱を封鎖したプロテクトと同一の反応を検知した。
どうやら、何者かが、こちらの行動を阻害している様だ。
「エンジン出力低下」
「わかっているよ!」
デルフィの忠告に対し、ロンは苛立ちながら、アクセルを何度も強く踏み込んでいる。
しかし、その努力は虚しくも実らず、エンジンが停止した。
「エンジン完全に停止。高度低下中」
「あぁあぁぁぁあああ! もうだめだぁ!!」
「どうするんだよ! ロン!」
「もうだめだ!」
その時、車が急にバランスを崩した。
「うわぁ!!」
バランスが崩れた際に発生した振動により、運転席のドアが解放される。
それと同時に、ロンの体が車外へと放出される。
どうやら、シートベルトを装着していなかったようだ。
「アアァァァァッア!!」
「ローーーーン!!」
絶叫しながら、重力に従うロン。それに従い、運転手を失った車が緩やかに落下を始める。
「ヤバい!!」
車内にけたたましいハリーの絶叫が響き渡る。
騒音による不快指数が上昇して行く。
「仕方ありませんね」
「えぇ」
私達は一度、互いに頷くと同時に車外へと飛び出す。
車外へ出た後、互いにバーニアを吹かす。
私は、そのまま車の天井部を掴み、固定する。
対するデルフィは急降下を開始する。
「あれ…」
「ご無事ですか?」
「あ…あぁ」
車内のハリーは困惑気味に回答した。
「痛いって! 離せ! それともっと優しくしろよ!」
「暴れないでください。落ちますよ」
「うわぁあぁ! 離すなよ!」
そこには、デルフィに腕を掴まれながら、浮遊しているロンの姿があった。
「ご無事ですね」
「それでは乗車してください」
デルフィに促されるまま、ロンは運転席へと飛び移った。
そして、デルフィは空中を浮遊したまま、周囲を索敵する。
「ま…まぁ…助かったよ。というか、なんで君達は箒なしで飛んでいるんだよ!」
「あ…確かにそうだね」
車内の2人が疑問の声を上げている。
「お気になさらず、それより、着地ポイントに最適な場所を発見しました」
「あ…あぁ、じゃあそこに降ろして」
「了解です。衝撃に注意してください」
巨大な柳の木から数十m程離れた着地ポイントに到着後、緩やかに車体を着地させる。
「うぉ!」
着地時の衝撃により、シートベルトを着用していなかったロンが、車外へと放り出される。
「あいてて…もう少し優しくしろよ!」
「最大限の努力はしました」
「まったく…ん?」
立ち上がろうと、ロンが地面に手を置いた瞬間、虚しい破裂音が響く。
「あれ…もしかして…」
恐る恐る背後に手を回し、音の正体を確認したロンが、その表情を一気に曇らせる。
「ハリー…どうしよう…」
「どうしたんだよ?」
ロンは、背後に回した手を眼前に持ってくる。
その手に掴まれている物を見て、ハリーの表情が一気に曇る。
「折れちゃったよ…僕の杖…折れちゃったよ!」
「とりあえず落ち着くんだ!」
「落ち着けって! どうやって落ち着くのさ! 杖が折れちゃったんだよ! 直せないよ…」
「大丈夫だって、何とかなるよ」
「どうするんだよ?」
「それは…」
ロンの問いかけに、ハリーは少し悩んだ後、引きつった笑みを浮かべる。
「テープとかでくっ付ければ…」
「そんなので、直る訳ないだろ!」
ロン名絶叫が虚しく木霊する。
それに呼応するように、車のエンジンが再始動した。
「え? なに?」
「車は直ったんだ…良かったぁ…パパに怒られずに済みそうだ…」
しかし、ロンの期待を裏切る様に、エンジンを唸らした車が、急発進し、森の奥へと消えていった。
「どうしよう…パパに殺されるかもしれない…」
「あー…ロン? 元気出せって。とりあえずここに居たらまずいから、ホグワーツへ行こう。な?」
「……あぁ……」
最早、答える気力すらないのか、ロンはおもむろに立ち上がると、覚束ない足取りでホグワーツへと、足を向けた。
やはり、杖は折れる運命にある。