重力祭り、艦長小林は一般船員に紛れ、側近の落合とともに焼きそば屋を出店していた。

やまなし
おちなし
いみなし
です。

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お久しぶりです。


どこでも小林システム

 

「いらっしゃい、いらっしゃーい」

 

 移民船シドニアにて行われる、重力祭り。この時ばかりは寄居子の脅威を忘れ、船内は陽気な雰囲気に包まれる。

 入り組んだ路地には露天が立ち並び、飯屋はここぞとばかりに屋台を出して食べ物を売る。それは普段よりも少し高い値段設定なのだが、祭りの浮かれた気分そのままに、誰も文句をつけることはなかった。

 

 さて、そんな中、鉄板上の重力焼きそばをかき回しながら、声を張り上げる屋台の女店主がいた。

 

「いらっしゃーい。……くそ、なかなか売れないものだな。」

 

 播種船シドニアの艦長、小林である。いつもの船員服、表情の無い仮面姿ではなく、紺のTシャツ、無地のタオルを頭に巻いた、如何にもな屋台の姐ちゃんスタイルで声を張り上げている。

 

「立地的にはもっと売れても良いのですが……。」

 

 横には、小林の秘書を務めている、落合のクローンもいる。彼も普段の黒いスーツを脱ぎ、タオルを頭に巻いて、具材の下ごしらえをしていた。

 

 移民船の重責を背負う彼らが、なぜ屋台の真似事をしているのか。それは、この際置いておくとして、小林達の目下の悩みは、売り物がほとんど売れないのである。

 

「やはり若者には、食べ物は受けが悪いのだろうか? 私が若い頃は、もらった駄賃を握りしめて、買いに走ったというのに。」

「食べ物は週に一度だけで事足りますからね。私は寄居子射的をお勧めしましたが、かんちょ、いえ、小林さんからの要望で重力焼きそば屋を開いたのですよ?」

「なにを言う落合。祭りと言えば射的も良いが、何より食べ物だろう?」

 

 そう言って、小林は鉄板のそばをヘラで集め、手慣れた様子でパックに詰めていく。

 

「このままでは食べ物屋台はシドニアの屋台文化から排斥されるだろう。私は艦長として、このシドニアの文化を憂いているからこそ、この選択なのだ。決して長道が飯を食べに来るだろうとか、そのような考えていたわけではないのだ。」

 

 白状しやがったよ、こいつ。クローン落合は半眼で永遠の上司を睨んだ。熱気をずっと浴びていた小林の背中は汗をかき、紺のTシャツが張り付いている。

 

 一瞬、この手の包丁を使って彼女の胴と頭を分解出来たら、どんなに良いかと思案した。彼女自身格闘の心得はあるので、失敗する可能性が高い。万が一、自分の犯行とバレずに出来たとしても、(不死の船員会は小林に対して懐疑的なので咎めはないかもしれないが)艦長が変わるだけで、今までの生活は変わらないだろう。

 

「……そろそろ手を休めてはいかがですか、物だけ作っても売れなければ意味がありません。」

「ん、一理ある。」

 

 小林はスペース内のパイプ椅子に腰を落ち着かせると、汗をかいたボトルに口をつけた。

 

「永道くんで思い出したのですが、彼にお小遣いなどは渡していませんよね?」

「ああ、いくら身元引き受け人とは言え、艦長が船員に金銭を与えるのは良くないだろう。それがどうかしたのか?」

「いえ、お金を持っていないなら、そもそも祭りの屋台には来ないのではないかと思いまして。」

 

 ぼろン! ペットボトルが小林の手から落ちた音である。

 

「なんと言う……なんと言うことだ!」

 

 仮面を脱いだ小林は、妙に動じやすい。落合は辟易しながら彼女が落としたボトルを拾った。

 

「落合、なぜそれを早く言わない! せっかく……せっかくララァに重力祭りがあることをそれとなく長道に伝えるよう指示したのに!」

「あの人まで使ったんですか。」

「冷めた目をするあいつをやっとのことで丸め込んだと言うのに……ああ、今頃、祭り囃子を遠くに聴きながら、アニメに出る江戸時代日本国の貧乏少年よろしく腹をすかせているに違いない!」

 

 小林は立ち上がる。

 

「えらく具体的な比喩ですね。……どこにいかれるので?」

 

 なんとなく行き先を理解しながらも、落合は彼女に問うた。

 

「決まっている。長道のところだ。」 

 

 やっぱりか。

 

 落合は素早く小林を羽交い締めにした。

 

「何をしている、落合。」

「冷静さを欠いた上司のストッパーですよ。」

「離せ、私は長道に小遣いをあげなければならない!」

 

 暴れる小林を落合が必死になって抑える。

 

「第一、どうやって長道くんに渡すんですっ? さっき、自分で立場上渡せないって言ってたじゃないですか!」

「こう、窓の外とか、排気孔からボンと……。」

「本当に何言ってるんですか! しかも、擬音からして札束で渡す気でいますね?!」

 

 必死の攻防はじりじりと小林が押して行き、だんだんと通りの真ん中まで来る。ギャースカと喚く二人を通行人が横目で見るが、下らない言い争いをする二人を、シドニアの最高責任者であると思うものはいなかった。

 

 やっとのことで小林をなだめた落合は、諭すように彼女の肩に手を置いた。

 

「小林さん、大丈夫ですよ。永道くんはきっとちゃんと祭りを楽しんでいますよ。友達だっているんですし。」

「そうか……そうだと良いのだけれど。」

 

 落合は苦笑して上官に頷いた。まるで過保護すぎる母親のようだ。これが噂に聞く寄居子ペアレントなのかもしれない。

 

「小林さん。屋台に戻りましょうか。ずっと店を空けているのもいけませんし。」

「ああ……。」

 

 やれやれと内心安堵しながら小林を促し、屋台に戻ろうとしたとき————

 

「ああああぁ!!」

 

 男の叫びが聞こえてきた。

 

「この声は……!」

 

 一も二もなく小林が駆け出す。落合は走る彼女の背中を追った。

 落合が小林に追いついたとき、彼女は角から回廊を覗いていた。小声で落合が尋ねる。

 

「何があったんですか?」

「……あれを見ろ。」

 

 落合が小林の体越しに角の向こうを覗くと、若者たちが何やらたむろしている。その中には長道がいて、彼の腕はあらぬ方向に折れ曲がっていた。

 その輪から立ち去ろうとしている影————あの髪の色は岐神家の子息のはずだ。

 

「長道、しっかりして! 今救護班を————。」

 

 そばで声をかける二人は長道の友人のようで、一人は人を呼びに駆けて言った。

 

「奴は……岐神開発の息子だったか……そうか、そうか……。」

「小林さん?」

 

 不穏な気配を感じて落合が声をかけた時、小林の通信端末に連絡が入った。先ほどまで怒り、驚愕し、落胆していた彼女の顔がキリキリと締まる。

 

「落合、あとは頼む。」

 

 とだけ言うと、小林は硬い表情でその場を立ち去った。

 

「頼む、ねえ。」

 

 落合は再び長道を覗く。彼は救護班の手当てを受けながら、担架で運ばれている最中だった。

 

「まったく……誰もかれも自分の都合で動くもんだ……。」

 

 落合は頭を掻きながら来た道を戻っていった。

 

「ま、しょうがない。多忙な艦長様の都合に合わせるかな。」

 

 

 

 重力祭りの後、シドニアの女性たちは『謎のイケメン焼きそば屋』の話題で秘かににぎわったという。

 




リハビリ、です。

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