オラリオで日常を謳歌するのは間違っているだろうか 作:アルアール
2、3日に1話出します。
1話 プロローグ的な何か。つまりはこの時を持って未来を決定づける。
「
このセリフを聞いた時のことを、僕は一生忘れる事はないだろう。今になっては随分と擦り切れた記憶ではあるが、このセリフだけはいつまで経っても色褪せる事なく僕の記憶に居続けている。
あれは僕が7歳になったばかりの頃だ。
何時もの日課である畑仕事に行こうかと、村の外へ出るための出入り口へ向かっていた頃。畑仕事の朝は早く、まだ朝の霧が色濃く残っていた時間帯に彼は居た。黒い縁の長いハットを深く被っている男が、村へ向かってくるのが見えていた。
「ねー、お兄さん何しにきたのー?」
この村は少しばかり人里離れた森の手前に位置している。日中で有れば商人や旅人である来訪客などが何人か居るが、この時間帯にいるのは珍しい。
この時の僕は別に怪しさから声をかけたわけではない。ただ単に、興味があった為声を掛けたまでだ。
鍬を片手にその人の目の前まで来ると彼方も足を止めてこちらを見て来たため、僕も顔を覗き込むように背を伸ばして聞いた。
「やぁ、こんにちは、村人さん。僕は世界を又にかける吟遊詩人さ。少しここの村長に用があって伺ったのさ」
「村長に用があるの? なら、一番真ん中の大きなお家にいるよー」
芝居がかった身振りで話す彼を少し不思議に思いながらも僕は自分の家の在り処を教えた。
「そうかい、ありがとう。ところで君は今から畑仕事かい? こんなに朝早くから小さいのに偉いね」
そう言って僕の髪をなでる手は、とても優しく感じた。
「んーん。そんなことないよ。みんなやってるんだ! それに美味しく出来たら僕も嬉しいから!」
「そうなんだね。そう言えばお父さんとお母さんは? もう畑へ行ってるのかい?」
「……お父さんとお母さんはいないんだ。今は村長と一緒に暮らしてるの」
初めから僕には親が居なかった。だからこの質問を投げかけられても辛いと思った事はないが、この話をするといつも相手は一瞬戸惑うから嫌いだ。
「…そうかい、
「ん? 如何したの?」
「いいや、なんでもないよ」
いつもの反応と同じように一瞬戸惑いの表情を見せたが、今までの反応とは少し違った。何か納得したようなつぶやきが聞こえた僕は不思議に思って彼の顔を見ると、透き通るような綺麗なゴールドの真剣な眼差しと視線があった。初めて見た表情に一瞬ドキッとした。
でも何故か、視線が合う瞬間まで何か違うところを見ていたような気がする。
「それより君は
「おらりお? なにそれ?」
一体何なんだろうか? 食べ物の名前だろうか?
「
「すごい! そんな大きな街があるんだ。それにだんじょんって何?」
そんな所があるのか。今まで僕は村の外に出た事がなく、あっても近くの畑までだ。そうである為、彼が手を広げ興奮気味に話す内容に驚きを隠せない。
それに、知らないことも多くあった。一体彼がいう‘だんじょん’、それに怪物とはなんだろう。
「あぁ、ダンジョンと言うのは神々が地上へ降りてくるより遥か昔からある、モンスターが地下深くから這い出てくる入り口のようなものだ」
「へぇ、そうなんだ。危なそう」
モンスター。僕の村が森に隣接しているだけあり、たまに群れからはぐれた狼やゴブリンといったモンスターが近づいてくる事がある。確か村長がこいつらは弱いって言って退治してたけど、そんなモンスターがいっぱい居るのか。
僕はあの醜悪なモンスターがうじゃうじゃ居ると聞いて少しずつ怖くなってくる。
「危ないだろう。だけど、君は知って居るかい? 英雄の物語を。彼らが死闘の末に手に入れた誉を。財宝を。仲間を。彼らは世界に物語を刻むのさ。かっこいいだろう。僕はそんな物語を見るのが好きなんだ」
何だろう、よくわからないけど少しだけ、本当に少しだけ怖さが好奇心へと変わっていくのがわかる。
僕には仲間、友達と言える人がいない。同年代の子が村に居ないって言うのもあるだろうけど、大人がみんな僕と話す時に余所余所しいんだ。
「じゃぁ僕も友達ができるかな? おらりおへ行ったら」
「あぁ、できるさ君なら。それに、
「……え? どういう事?」
何だろう、突然先ほどまでの笑顔がとても真剣みを帯びた表情に変わり、意味のわからない事を言った。僕が刻む? 英雄の物語を? どういう事なのだろうか。
「ふふっ、いずれわかる時がくるさ!」
再び帽子に手を当て気障ったらしくポーズを決め、説明してくれる気はないらしく口を閉じている。
「おっと、随分とはなしてしまったね」
「あっ、僕も畑に行かなくちゃ!」
「じゃぁ少年。僕はこれから村長のところへ向かうよ。呼び止めてすまない。少し長話してしまったな」
先ほどより少しだけだが薄くなった霧を見て帽子に手を置き、少し頭を下げた。
改めて見ても随分と不思議な人だ。僕の知らない事をいっぱい知ってるし、すごい楽しそうに‘おらりお’について話してた。
最後によくわかんないこと言われたけど話してて楽しかったな。村長以外とこんなに話したのは初めてかも。
「んーん、大丈夫だよ! 今日は畑の様子を見に行くだけだから」
帽子を手に頭を下げる動作に少し驚き、これが都会の人なのかと思ったが、別に頭を下げられるほど時間を削ったわけじゃない。ほんの数分だけだ。そこまでされると逆に罪悪感を覚えてしまう。
「じゃぁまたね!」
「あぁ、またね」
こんな人と話せて今日はいい日だなと思い、目的地である畑に向かおうと脚を進めた時、背後から微かにだが声が聞こえた。
「……え?」
微かにではあるが聞こえたソレは、先ほどまでの陽気な声色とは一変し、威厳に満ちた力強い声。
知りたい事? 一体何のことを言って居るのだろうか? 先程の英雄のこと? 資格のこと?
特にこれといって感心深いセリフではないだろう。しかし、その言葉は思った以上に僕の心に深く、奥底まで突き刺さる。
とっさに振り返った時には、既に全てを包み隠すような霧に拒まれそこに人影はなかった。如何いうことだろうか、先ほどの言葉は。僕は今度は振り返ることなく、目的地の畑に向かうまでずっとその言葉で頭がいっぱいだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
深く、深く沈んだ意識が覚醒して行く。
「……なんだ、夢か。随分と懐かしいものを見たな」
僕が目を覚まし、初めて視界に入れたのは生まれてから15年もの間ずっと見続けた馴染みがある木の板の天井。今になってはシミの数も覚えている。
「うっん、あぁー!」
目を覚ましたはいいが、毎度の事ながら襲いかかってくる二度寝を誘う睡魔を払うため体を起こし、凝り固まった身体をほぐす。
「朝に慣れてるとはいえ、あの夢を見たせいか少し目覚めが悪いな」
首をコキコキと鳴らしながら慣れた手つきでベッドから起き上がると着替えるためにタンスを開く。
別にあの夢が悪夢、もしくは嫌いな内容の訳ではない。寧ろ、好意的な夢であると思っているし、強く心に残った大切な記憶だ。あれから数年以上時が過ぎ幼い時の記憶である為か、今となっては彼の顔が思い出せない。覚えていることと言えば、あのセリフだけだと思う。
あの夢を見ると変に筋肉か緊張するというか、リラックスできる夢ではない。
「しっかし、あの時とは随分変わったなぁ」
タンスの横にあった姿鏡に映るのは上半身裸の僕。鏡の中では、筋肉質で引き締まった肉体ながらも、肩幅が狭く真っ白な肌が頼りない印象を与える青年がこちらを見ている。鏡を見ると他人との差が顕著になる
「やっぱ尖ってるんだよなぁ、それに真っ白い肌。コレってやっぱエルフなのか?」
あの頃はまだ子供であった為他人との外見的な違いはあまり無かったが、いつからだろうか少しずつ顕著になり始めた耳。それにいくら外で畑仕事をしようがほとんど変わらない白い肌。
「うちの両親については何聞いても教えてくれないしなぁ」
以前に村長が僕は知人の子であり、自分はお前の本当の親ではないと教えてくれた。初めは親のように慕っていた村長が親じゃないと聞きショックを受けたが、それでも自分のことをここまで育ててくれた事には変わりない。
今では本当の親だと思っているし、今まで育ててくれたことに感謝しかない。
しかし、この外見的特徴が出始めてから流石に他人とは違うと気がついた僕は思った。もしかして僕の両親はエルフなんだろうか、と。
そう疑問に思った僕は村長に聞いたのだ。
僕の親はどんな人だったの?と。
いつもは僕に優しく、聞いたことはなんでも教えてくれた村長だが両親の話となるといつも硬い表情で口を閉ざしてしまう。
話したそうな、話したくなさそうな辛い表情を見ているうちに、僕は次第に自分の出生について聞くことはなくなった。
「確かエルフはこんな姿だよね」
そうは言っても気にはなる為、色々な大人に自分はなんなのか聞いて回った。聞く人の殆どが皆、少し戸惑いながらもエルフってやつじゃないか? と教えてくれた。それ以外にも、村長邸には貴重な本がいくつか置いてある為手にとって見て見ることにした。そこにはエルフについて記述してある本がいくつかあった。
曰く、自然を愛し、動物と共に生きる村の民。
曰く、魔法という希少な才に恵まれた種族。
曰く、皆が美しい外見であり、白い肌に線が細い身体。
曰く、人間の何倍もの時間を生きる忘れられし民。
少ない本ながらもこれだけのことがわかった。
「うちにはエルフは居ないから僕がエルフなのかもわかんないんだよなぁ」
この村にいるのは全てが人間である為自分との違いを比べられないが、ほとんど記述通りの外見である。
これから僕が行く
それに、あの時ハットを被った男に言われたこともある。
親について? あの人が僕の親について何か知ってるだろうか? いやでも、あの時初対面で知っているはずがない。
「っと、そろそろ時間になっちゃう。急がなきゃ」
思わず深く考え事をしてしまったが、出発は朝早いためこんな悠長にしている暇は無かった。
慌ててタンスから普段着を取り出し身に纏うと鏡の前で確認する。
「よし、寝癖もないし変じゃない」
僕は男にしては少し長い
それから昨晩に準備して置いた大きなリュックサックを背負って部屋の扉に手をかけようとした時ふと思い出す。
「あ、忘れてた。コイツを忘れたら何もできないじゃん」
慌てて部屋に戻ると、壁に立てかけてあった