オラリオで日常を謳歌するのは間違っているだろうか 作:アルアール
「…おい、ベン。これは一体どういう事だ」
「な、なんでしょうね。あはは」
「…これじゃ手は出せない」
あのエルフ野郎は、何故がギルド職員のエイナ・チュールを連れて大通りを歩いて居る。
俺達は奴らの跡を尾ける様に、人混みに紛れて後を追っていた。
一体これは誰が予想できようか。
何故、奴がギルドの受付嬢と一緒に歩いてるんだ。
くそ、これじゃあ、襲撃もできやしねぇ。
「っち、どうする。これじゃぁ、今日中に手を出すのは無理か? 流石に受付嬢がいる側でやるにはリスクがでかすぎる。かといって受付嬢も始末するのは、やはりリスクがでかい」
「まぁ流石にこんな大通りで出来ないし、一人じゃ無いですしね」
黒いローブを着てはいるが、流石に大通りをフードをかぶって歩くわけにいかないため、顔は出した状態で歩く。
後ろに続く、ベンとダルも同じ様な格好をしている。
「それより、グーシャさんはなんで遅れたんですか? 集合場所に」
後ろからベンが少し責めるように声を発するが、それに答える手段は持ち合わせていない。
普段であれば、生意気なその口調に拳の一つでも叩き込んでやりてぇが、奴の疑問も最もだ。
俺が遅れた理由は、
確かにベンとダルの背中を見送った辺りまでは記憶にある。
しかし、何故かその後の記憶がごっそりと消えていた。
気がついた時には、あの時の路地裏の壁に寄りかかるようにして倒れていた。
流石にこれはおかしい、何故俺は記憶がない、倒れていたんだ、誰が一体こんな事とは思ったが、
イや、コのコトは
「…ちょっと! グーシャさんどうしたんすか!」
「…んあ? なんだ、そんな焦ったような顔をして」
俺の視界に突然焦ったような顔をしたベンの顔が入ってきた。
いや、まて。俺は今、いつ足を止めたんだ?
「どうもこうもないっすよ。なんかいきなり足を止めたから話しかけたんすけど、なんも返事がこないし。それで顔を覗き込んだら、目が死んでましたよ?」
「は? お前は何をいっている。そんなわけねぇだろ」
おかしい、俺は今こいつから話しかけられたのか?
確かにこいつの顔から嘘を言っている気配は感じねぇが、流石に俺の記憶にそんなシーンはねぇ。
そのまま再び足を動かしてエルフの跡を追っていると、またベンが声をかけて来る。
別に話すなとは言わねぇが、少しはダルみたいに静かに後ろに続けないのか。
ダルは何も言わずに俺たちの跡を辿るように歩いている。
「あ、そうだ、そう言えば準備ってなんだったんすか?」
「あぁ、そんな大したもんじゃねぇよ。ただのアイテムだ。コレで襲撃の時は楽になる」
俺は懐に閉まっているそれをさするように撫でる。
指先に釘のようなゴツゴツした鉄の感触が伝わって来る。
流石に口が裂けても安い、とは言えねぇが、今回ばかりはこれを使った方が確実に人目を気にしないで済む。
「まぁいい。取り敢えず今は奴をつけるぞ」
「うっす!」
「…」
俺は懐にあるアイテムにもう一度触れると、再び視界の隅に映るエルフ達を追い始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ギルドの宿舎に泊まった翌日、お風呂に入って安眠出来た為か気持ちよく朝日を浴びて目を覚ました。
その後のエイナさんに言われた通り、お祭りを見て回ろうかと思って宿舎を出たはいいけれど、
「うっわぁ、これがお祭りかぁ」
僕は、大きなホールの前に点々と立ち並ぶ屋台とそれに並ぶ多種多様な人種の多さに、一瞬怯んでしまった。
でも、本当に
今首を回して周りを見渡しただけで、ヒューマン、エルフ、獣人にドワーフ、それにアマゾネスらしき露出が多い褐色の女性が見える。
本当に全ての人種が揃ってるのではないかと思うほど、色々な人が顔に笑顔を浮かべて祭りを楽しんでいる。
まぁ、お祭りといっても本質は武器の価値を見せ合う感じだけど、関係ない人達からしたら、こう言う分かりやすいお祭りの方が楽しめるんだろうけど。
「僕も何か買おうかな。…んー、甘い匂いがする」
お祭り特有の雰囲気に思わず緩くなった財布に手を伸ばしてしまう。
僕は目の前で行列を作っている屋台に視線を奪われる。
村では甘いものが少なかったせいか、つい食欲を刺激されてしまった。
むむむ、どうしよう。
正直ギルドの宿舎に泊まるのは5日が限界だとして、今の所持金は宿代を抜いた1200ヴァリス。
朝夕を宿で済ますとしたら食品としてカウントしなくていいので、この1200ヴァリスは自由に使えることになる。
でも、ここで使っていいものだろうかと考える。
「ま、いっか。…よし、取り敢えず甘いもの食べよ」
そんな気にしても仕方がない、どうせ1200ヴァリスなんてこの街では高が知れている。
昨日過ごしただけで、そのことがわかったからね。
「むむむ、あのクレープは200ヴァリス。でもボクの所持金は700ヴァリス。ここで使っていいものなのか?!」
僕が目の前の屋台に並ぼうとした時、隣で何やら先ほどの僕と同じような事が聞こえた。
いや、その前にこの声は聞き覚えがある気がする。
真隣に視線を向けると、特徴的な白い服を着てピョコピョコと体を揺すり、思考顔で腕を組んでいる彼女がいた。
「…あ、ヘスティア様じゃないですか」
「ん? あぁ、誰だと思ったらダリル君じゃないか! 昨日ぶりだね!」
ヘスティア様も隣にいたのに気がつかなかったらしく、僕に名前を呼ばれて初めてこちらを驚いたように見上げる。
僕と視線が合うとヘスティア様は、笑顔で声を上げた。
「本当に奇遇ですね。どうしたんですかここで」
「いや、今日はお祭りだからバイトはなくてねぇ。どうせならお祭りって奴を見て回ることにしたのさ」
あれ、そう言えばこの人は、いやこの神は何でバイトなんてしてるんだろうか?
もしかして貧乏なのか?
いやでも、ファミリアの主神は所属する団員によって養われているって言うし、趣味で働いているとか? かな。
まぁそんな深く聞ける仲じゃないから聞かないけど。
「僕もなんすよ。あ、良かったら一緒に回りますか? 一人のようですし」
「おぉ! いいね、ボクも一人で何しようか迷っていたところだったんだよ!」
ヘスティア様の周りを確認すると、御付きと思われる人も居なかったから提案したけど、思った以上に彼女が喜んでくれてちょっと嬉しい。
僕も一人で回るのは少し寂しかったからね。
「僕はあの屋台に並びますけど、ヘスティア様はどうしますか?」
「むむむぅ、よし! じゃ並ぼうか! 今日のボクは懐が暖かいからね!」
ヘスティア様は何やら決めたらしく、僕達は二人で十人ほどいる屋台に並ぶことにした。
壁に沿うようにできた列に並ぶと、改めてヘスティア様が聞いてくる。
「そういえば、ダリル君は
「いえ、一昨日来たばっかですよ」
「あれ? そうなのかい? 何でまた此処に」
ヘスティア様がサイドで縛っている綺麗な黒髪を揺らして顔を傾ける。
「冒険者になりたくて来たんですけど、運悪く祭りと重なっちゃいましてね。大手ファミリアは団員募集してなくて」
「ほ、ほうほう! 冒険者になりたくて来たのにまだファミリアが見つかって居ないと!」
僕が残念そうに肩を落とすと、何やら突然目を輝かせてこちらを見つめてくる。
あれ、いきなりどうしたんだろう。
進んだ列に続くように足を進める。
「ならダリル君! 良かったらボクのファミリアにならないかい?」
「え? ヘスティア様のですか?」
ヘスティア様が期待のこもった眼差しを向けてくるが、確かにその考えもある。
出来れば有名なファミリア、特にエルフが集まるロキ・ファミリアに入りたいと言う気持ちがあるが、入れるとは限らない。
なら、今では少しなら
「そうですね、ヘスティア様の所なら楽しくできるかもしれません。でも、少し考えさせてください」
「あぁ勿論! ゆっくりと考えてくれていいよ!」
即決できなかったことなど全く気にも留めず、保留となったのに嬉しそうに体を揺らす。
僕が入ると嬉しいのかな、と場違いながらも嬉しくなった。
その後すぐに、列も進んで僕達の番になった。
そこで何を思ったのか、ヘスティア様が僕の分を奢ると言い出したが、流石に神に奢ってもらうほど貧乏ではない。
「あ、美味しいですね。これクレープって言うんですか?」
「甘いね! そうだよー。下界の食べ物は何でこんなに美味しいんだ!」
ヘスティア様が大きく口を開けて齧り付く。
大きなイチゴを口の中に入った拍子に、周りのふわふわな生クリームが口の周りに着いてしまっている。
でもここまでは美味しそうに食べるなんて、よっぽど甘い物が好きなんだろう。
僕も久々に口にする甘い物に、思わず頬が緩む。
僕達は屋台から少し外れ、人の数も落ち着いた広場の芝生辺りに腰を下ろして実食中だ。
まだ朝早くであると言うのに、道を行き交う人は数えるのも億劫になる程であり、一体これだけの人数、何処から来たのかちょっと不思議だ。
それに、此処から見える大きなホールでは、まだ
「あ、ダリル君、笑ったね」
「え、なんかおかしかったですか?」
僕が周りを眺めていると、ヘスティア様が見た目に反して、穏やかな微笑みを浮かべてこちらを見つめてくる。
じっと見つめられるのは少し恥ずかしいが、僕が笑うのはおかしいのか少し不安になる。
「いや、ダリル君もそうだけど、エルフの人達は笑顔が少ないように思えてね。君達はもう少し笑ったほうがいいよ。笑った方がよく似合ってる。こんな風にね!」
ヘスティア様がお手本らしく、頰をニッと上げて笑顔を作っている。
そう言えばヘスティア様はいつも笑顔な気がする。
多分、性格が元々明るい人なんだろうけど、この人は笑うことを意識的にしてるんじゃないだろうか。
ーーー笑っとけ。ピンチの時ほど、それが指揮をあげるもんだぜ。
いつだったか、マガルさんがこんな事を言っていた気がする。
「その前に、口にクリームが付いてますよ」
「んむ、おぉ、ありがとう、ダリル君!」
僕は照れ臭さを隠すように懐から白い布を取り出してヘスティア様の頰にあてた。
「それよりこの後どうします? 行きたいところとかありますか?」
「んー、そうだね。このまま屋台巡りをしたいけど、お金に余裕が無いし」
食べ終わった頃を見計らってヘスティア様に聞くと、腕を組んで首を傾げている。
どうやらヘスティア様もあまりお金に余裕が無いらしい。
何て庶民的な神なんだろうか。
まぁ、お金を使わないのは僕的にも有難いけど。
「あ! 確かダリル君はまだ街に来て日が短いんだよね?」
「そうですけど、それがどうかしましたか?」
ヘスティア様が何か思いついたらしく、勢いよく顔を上げて此方へと近寄ってきて、キラキラした眼差しが僕の視線と重なる。
「じゃぁ、見たくは無いかい? 待ちで賑わう
ヘスティア様が立ち上がって此方へ手を伸ばす。
太陽でできた影で彼女の顔を隠すが、それでも隠しきれない子供のような笑みに、僕は迷わず彼女の手を取る。
「見て見たいです、ヘスティア様!」
白く柔らかい、まるで絹のように滑らかな手が僕を引き起こした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ヘスティア様、この先ですか?」
「あぁ、もうちょっとだよ、ダリル君! 此処からも見えるだろう? あの丘に立っている高い塔だよ!」
ヘスティア様が、目の前の斜め上を見上げて指を指す。
その先には、なだらかで綺麗な丘の上に、一つの高い塔が立っていた。
僕たちは先ほどの賑わいを見せていたエリアから外れると、少し裏通りを通って会場よりさらに外側に向かって足を運んでいた。
普通に日中であれば、まだここら辺も人も幾らから要るはずではあるが、祭りのせいかほとんど日陰が見えない。
左右に並ぶ店も臨時休業と書かれた紙が貼られて殆どが閉まっていた。
やっぱみんな祭りに行ってるんだなぁ。
目の前を歩くヘスティア様は、疲れた様子もなく目的地である丘を目指して歩いている。
この道は丘までの直通になっているためか、此処からでも塔が良く見えるようになっていた。
「…ヘスティア様、此処に誰もいないのってお祭りだからですかね?」
「ん? 本当だね。多分そうなんじゃ無いかな」
いや、おかしい。
ヘスティア様は気にも留めずただ前を見て歩いているが、流石に
幾ら祭りだからと言って今は日中だ、誰も通らないなんて有り得ない。
ましてや、此処は大通りでは無いが裏通りでも無い、普通の道だ。
「…やっぱ少しおかしく無いですか?」
辺りに漂うのは、シンとした静けさのみで有り、まるで祭りで賑わう
それに
「…鳥も1匹もいない」
「…そうだね。流石にこれはおかしい。よし、戻ろうダリル君!」
流石にヘスティア様もおかしいと思ったのか、立ち止まって真剣な表情で辺りを見渡した。
そのまま僕の腕をとって今来た道を戻ろうと、振り返って足を動くかす。
「もしかして、コレって誰かの…っだめだ! ヘスティア様!」
「ふえっ?!」
第三者によるナニカだと考えた瞬間、僕は咄嗟に握っていたヘスティア様の手を引き寄せて胸に抱き寄せる。
突然の出来事にヘスティア様が目を白黒させているが、僕は気にせず少しずつその場を後ずさる。
くそ、もう手遅れか!
「…へぇ、よく気がついたじゃねぇか」
怪しいと思った時から広げていた知覚領域に、瞬時に三つの生命体が映し出され、僕らが今いたところに現れる。
黒い服で身を包み、顔を布で隠した三人の怪しい集団。
三人とも手には短剣を握っており、ブカブカの黒服で性別がわからないようになっている。
中央にいる一人が此方に視線を向けて、まるで一斉にしゃべっているかのような不思議な声を口から発した。
布の隙間から覗く視線で僕らを射殺せるんじゃないかって程、するどく尖っている。
「な、なんだい君達は?!」
ヘスティア様が突然現れた黒い服で身を包んだ集団に驚き声を上げる。
流石に怖いと思ったのか僕の服をぎゅっと掴んでいる。
格好から見る突発的な襲撃では無いだろうし、多分だが此処に人がいないのも奴らの仕業なんだろう。
それに今の動き、明らかに
確かに視界の外からそこに現れる瞬間は目で追うことができた。
だが、明らかに早すぎる。
…まさか、
「一体誰ですか? 目的はなんですか?」
僕は奴から視線を話さずに、ヘスティア様を抱き寄せながら少しずつ後ずさる。
三人の怪しい手段との距離は目測で10メートル。
それに、ヘスティア様の逃げ足がそこまで早いとは思えない。
「…腰の挿してるその刀を置いていけ」
「…刀? 何故ですか、コレは何処にでもあるような普通の刀ですが」
構えなどいらないという余裕なのか、三人ともダランと立ってこちらを見つめているのみだ。
僕はまた少し後ずさる。
「…それが普通の刀だぁ? ふはは! まぁいい、行け!」
中央の男が笑い終わると同時に、腕ばっとを上げる。
それを合図に、後ろに控えていた二人が勢いよく飛び出して来た。
「くっ!」
やはりか、たった10メートルなど意味をなさず、瞬きの一瞬で目前まで移動していた。
くそ、はやい!
それに、守りながらはキツイか!
「ごめんなさい! ヘスティア様!」
「へ? うわあ!」
僕は思いっきりヘスティア様を掴んで位置を入れ替えるように後ろに移動させる。
その拍子にヘスティア様がバランスを崩したらしく尻餅をつく。
僕は即座に腰の刀に手を伸ばし、目の前で迫っていた二人めがけて切り抜いた。
キーン
黒服の二人も僕の行動に慌てず刃と刃を合わせるように、自分の短剣で弾いた。
「…重い!」
やはり筋力で差が出たのか、持っていた刀から強い衝撃を感じ、一瞬手放しそうになる。
でも、此処で手を止めるわけにはいかない。
僕は弾かれた刀を無理やり地面を斬りつけるように挿すと、そこを軸に体重をかけるように左側にいる敵に蹴りを放つ。
「ふっ!甘いっすよー」
今まで黙っていた左側の敵が声を発し、僕の攻撃をバックステップで回避する。
「…死ね」
振り抜いた足の勢いが止まらずに体勢を崩す僕に向かって、右側の男が短剣を上から切り裂くように下げる。
やばい!
「おりゃあー!」
「…っち!」
切り裂かれると思った僕は、とっさに空いていた右手で身体を守るように庇うが、ヤイバが僕に届くことはなく、振り被った敵は突然横からの衝撃にバランスを崩す。
「ヘスティア様!」
「いいからダリル君! 逃げるよ!」
僕を守ったヘスティア様は、ぶつかった拍子に自分もよろけるが、即座に僕の手を掴んで敵とは反対方向の丘へ向かって駆け出した。
今まで傍観していた中央にいた、おそらくリーダーらしき男をチラッと確認するが、焦った様子もなくただ此方を見つめている。
なんだ。何故逃げようとしているのに追ってこない。
手下の二人の男は体勢を立て直すと、リーダーの男の元へ足を向けた。
「うわっ! だ、ダリル君?!」
「すみません、ヘスティア様! 急ぎます!」
追ってこない奴らに異様な不安を抱きつつも、僕の手を引いて走っているヘスティア様を傍から抱きかかえると、そのまま走る速度を上げた。