オラリオで日常を謳歌するのは間違っているだろうか 作:アルアール
「はあ、はあ、はあ」
「だ、大丈夫かい? ダリル君」
「え、えぇ」
僕は後ろをチラチラと確認しつつ、塔へ向かって丘の傾斜を登る。
流石に体力がないのを今は呪いそうだ。
ヘスティア様は体格に合わず、少し重いんだが。
胸か、胸なのか。
いや、重さなんてどうでもいいけど、今は取り敢えず籠城できそうなあの塔に向かうしか無い。
「それより、どうする? このまま逃げてもいずれ追いつかれる。って、ダリル君! あいつらが来たよ!」
「え? き、来ましたか!取り敢えず、と、塔に籠ります!」
僕の胸の中でヘスティア様が焦った様子で後ろを眺めている。
僕が一瞬体を止めてチラッと確認すると、ゆっくりとだが黒い三つの影が此方へと近づいて来ている。
前を向いて再び走り出す。
「と、塔かい? それなら人がいるところに逃げたほうがいいんじゃなかい?」
「だ、ダメです。ヘスティア様も見たでしょう? 人がいなかったのは作為的に見て間違いないです。 そんな用意周到に襲ってくるやつらが、逃げ道を用意しているとは思えないです」
なんで人がいないかわからない。
誰かが塞いでいるのか、それとも不思議な力で誰も入ってこれないのか。
それにそこにいた人たちはどこへ行ったのか。
だが考えている暇はない。
奴らは焦った様子もなくゆっくりと近づいてきている。
なら、僕たちが逃げられるという選択がないのは確かなんだろう。
「で、でもどうするんだい?! 多分あいつらはどこかのファミリアに入ってる! 君、
焦った様に、焦点がブレながらも此方を見つめてくる。
そう、僕は
ただでさえ恩恵を受けてないのに、相手は三人だ。
体裁きを見た限り、そこまで技術があるわけじゃない。
せめて、1対1なら全然勝ち目もあっただろう。
勝ち目が無いなら変えればいい、状況を、場所を、立場を。
それさえ解決すれば、万に一つの勝ち目が千に一つくらいにはなるんじゃないか?
だから、僕は焦った彼女にこう言った。
「えぇ、なら
「っっっっっ! 君って奴は!よし、いいだろう! ボクが力をあげよう! だから、ちゃんとボクを守ってくれよ?」
ヘスティア様は一瞬息が詰まった様に顔を歪ませ、次の瞬間満面の笑みで声を張った。
僕は決断した。
今更ファミリアに凝る必要はない。
今、必要なこの時に手に入れるには彼女しかいないのだ。
なら守ろう。
「はい! だから、行きます!…ふぅっ!」
僕はすでに目の前に迫った大きな塔の頑丈な門の前で、ピタッと足を止める。
抱えていたヘスティア様を丁重に降ろすと、両手を使って目一杯力強く押した。
ぎぃっと錆び付いた音ともに、巨大な扉が開いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「グーシャさん、コレで良かったんすか?」
「…あぁ、本当は一撃で斬り殺して奪ってやるつもりだったんだが、意外と動けるみたいだな」
俺たちはゆっくりとした足取りで、エルフと小さいガキを追う。
アイテムを使って人を寄せ付けない様にした。
まぁ、コレも賭けだが、運良く奴らが大通りを避けてくれたのは助かったぜ。
流石にこのアイテムでも大通りほどの大きさは無理だからな。
それより椿・コルブランドの所に来るだけあって刀裁きはなかなかやる。
だが、
技術は優れていたが、あの動き。
目では俺たちの動きを追えていたが、体がついて行ってなかった。
まさか、アイツ恩恵を受けてねぇな?
「…くっくっく!おもしれねぇじゃねぇか!」
恩恵なしてベンとダルの初撃を避けて、あまつさえ反撃を入れようとした。
俺らは腐ってもレベル2だ。
それを生身で目で追えると言うのか。
でも、幾ら優れているといっても、それだけだ。
本当はあの時点で俺も加わってヤっても良かったんだが、
折角用意したんだ、あれをエルフにぶつけてどうなるか見るのも一興じゃねぇか。
俺は、丘の上に立った大きな塔を視界に入れて口角を釣り上げる。
「…どうせ目的のものは武器だ。持ち主が死んでも回収可能だからな」
「そういや、塔に何を仕込んだんすか?」
隣を歩くベンが不思議そうに口を開く。
まぁ、奴らを追おうとしたところを止めたんだから、その疑問んも最もだろう。
流石にそのことはダルも気になっているらしく、此方を見つめている。
俺は足を止めず前を見ながら、口を開いた。
「何を仕込んだって? ただの、
「…へ?」
ダンジョン外でモンスターの名前を聞いたからか、ベンとダルの表情は呆気に囚われていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「うわぁ、予想以上に広いし、それに天井が高い」
「あぁ、そうだろう! ここは一番上の展望台までの吹き抜けで、差し込む光が綺麗なんだ」
僕は追われていることも忘れて、今見た景色に感嘆の声を漏らす。
ヘスティア様の方も僕の隣で天を見上げるように顔を上げている。
どうやら本当にここが好きらしく、その顔には愁に似た儚さを感じさせた。
重圧感を感じさせるドアの向こうには、薄い青色の石膏の壁が、レンガによってできており、中央には天まで届くほどの螺旋階段が置かれている。
それに中に明かりを届かせるためか、所々が窓になっていて日が差し込んでいる。
「おっと、早く閉めなきゃ!」
僕は、奪われていた意識を即座に戻し、背後の開きっぱなしの扉を押して閉めた。
そのまま開かない様に、脇の方に無造作に置かれていた鉄の棒で、扉を固定する様に差し込んで籠城の準備をした。
「っと、それより、ヘスティア様!
「あ、あぁそうだね! じゃぁちょっと味気ないけど、地面に横になってくれるかい? あと上着を脱いでね」
僕はヘスティア様の指示を受けて、上着に手を伸ばしながら、寝そべりやすい様に螺旋階段横まで移動してスペースを確保する。
流石に直の地面は冷たいし、ゴツゴツして嫌なので、脱いだ上着を敷いてそこにうつ伏せに寝る。
「コレでいいですか?」
「あぁ、いいよ。じゃぁ始めようか」
正直
もしこんな状況でなければ、ドキドキや不安などもあっただろうが今は、兎に角彼らが来る前に終わって欲しいと言う願いだけだ。
僕がコレから来るであろう、刻むことによって感じる痛みを想像していると、予想外の感触を感じた。
お尻に、わずかな体重とともに、何か柔らかいものがのしかかる。
もしかしてヘスティア様だろうか?
「…ふひっ!」
「ふふっ、ちょっと我慢しておくれよ。それに全然痛くないから力を抜いてもいいよ」
突然背中に感じたピタっと言う、多分だがヘスティア様の手が僕の背中に触れたであろう感触に声が出てしまった。
ヘスティア様が優しい声で言うので、僕はいつのまにか入っていた力を抜く様に脱力する。
すると、ヘスティア様も力を抜いたのを感じ取ったらしく、即座に僕の背中に指を這わせる様に動かす。
少し感じる水の感覚と共に、背中に模様を書かれている様に指が動いている。
迷いのない動きで、僕の背に模様を描くヘスティア様。
僕は、予想通りと言ったところか、意外とかかる時間に少し焦りを感じ始める。
やばい、もう5分は経ってる。
あの黒服達が、此方まで歩いて来ることを考えてもそろそろ限界だ。
僕が寝そべっている中、無意識のうちに大きな扉を眺めていると、突然大きな音が鳴り響く。
「おい、エルフよぉ! ここに居るのは分かってんだよ!」
ドンドンと扉を叩きつける音と共に、張り上げた怒鳴り声がくぐもって聞こえる。
「…きました! まだ終わりませんか?!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 後ちょっとだから!」
声を潜めつつも背中に居るヘスティア様へ投げ掛けるが、彼女も焦りつつ指を動かす。
「まぁいいか。 俺がここに逃げ込むことを想定していなかったと思うか?! なぁ、俺が用意したモノ、十分に楽しんでくれよ!」
扉の向こうから聞こえる声が、まるでいたずらに成功した子供の様な好奇心に満ちた声調に変わる。
「…まさか、罠を仕込んでたのか?! やばい、ヘスティア様!」
「うぉ!? だ、ダリル君?!」
僕は、先ほど感じた不安が実現になったと後悔しつつ、勢いよくヘスティア様を押しのける様にして立ち上がる。
そのまま、地面に腰を下ろしているヘスティア様を抱き上げようとした時、地面の方からカチッと言った無機質な音が聞こえた。
なんだ今の音は。
カチって音がした。
一瞬動きが止まった僕とヘスティア様。
その一瞬の隙が、僕らを奈落へと突き落す。
「じ、地面が! ヘスティア様、捕まってください!」
「な、何が起こってるんだい?!」
僕がヘスティア様を抱き抱え、ヘスティア様も僕の首に手を回して体を固定すると同時に、地面が崩れる様にして落下した。
内臓が上に押し上げられる様な感覚と共に、体が落下する。
一緒に落下する瓦礫が、僕らに当たらない様に体をひねりつつ下を見ると、そこには少しだが光に反射する光源が見えた。
まさか、あれは水か?!
それなら、怪我せずに済むかもしれない。
「ヘスティア様! 息をいっぱい吸ってください! 」
「わ、分かった!」
僕は言い終わると肺の中を満たす様に勢いよく空気を吸い込む。
それを見てヘスティア様の僕の真似をする様に空気を吸った。
その瞬間、水が弾ける音と共に僕達は水中へダイブした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「だ、大丈夫ですか?」
「な、なんとかね」
なんとか這い上がる様にして水から脱出すると、そこは巨大な洞窟の様な空間だった。
天井から差し込む光が弱いせいか周りがよく見えないが、声が反射していることからそう判断する。
水に入ったから、体が濡れてすごく寒い。
ヘスティア様の服も白色の為透ける様にピチッと肌に張り付いて、少し恥ずかしい格好だ。
僕は少しでも重さを減らそうと、ズボンをところどころ握って水を切る。
「
惚けたように辺りを見渡すヘスティア様を尻目に、僕は早くこの空間の全貌を把握するために、急いで集中して目を瞑る。
少し慣れたおかげて前より集中し安く、直ぐに周りの状況が見えて来る。
近くにいるヘスティア様の姿を始め、円状に広がって行く知覚領域が、水が溜まった池、ごつごつした岩、近くの壁を見せて来る。
だが、唐突に巨大な姿が僕の視界に入ってきた。
「…嘘でしょ?」
僕は今までにない悪寒を感じ、嫌な汗が額から垂れる。
「ど、どうしたんだい? 凄い顔が真っ青だけど…」
既に水か汗かも区別がつかないが、僕の異様な様子にヘスティア様が僕の顔を覗き込んできた。
当たり前だ。
これは、恩恵があろうとなかろうと関係ないかもしれない。
僕の見えるこの視界に、僕の10倍はあるだろう体格の巨大な生物が入ってきたんだから。
目算30メートル先。
奴の長い首はこちらをじっと見つめている。
僕は咄嗟に暗闇に隠れる奴を、能力を頼りに視線を飛ばす。
ドスンドスン。
奴は、僕と視線があった事に気がついたのか、腹の底に響くような地響きと共に、近づいて来る。
「な、なんだこの音は?!」
「…ヘスティア様、これはマズイかもしれません」
ゆったりと余裕の感じられる足取りで、少しづつ近づいて来る。
初めは赤黒い鱗で覆われた長い首が、光が届く領域に届いて姿をあらわす。
爬虫類を思わせる鋭い視線が僕らを捉えてブレない。
『グガアアアアア‼︎』
そして、巨大な体が僕らの視界に映ると同時に、奴の怒りとも捉えられる咆哮が、口から飛び出した。
ドラゴンだ。
「や、や、やばいよこれは! ダリル君逃げるしかない!」
「僕もそうしたいんですけど、できますかね、はは」
奴の威嚇の咆哮に一瞬体を硬直させた僕は、焦ったように僕とドラゴンを行き来するヘスティア様の視線に、ただ乾いた笑いを返すしかできない。
まさかあの、物語で最強の生物と言われるドラゴンに会うなんて。
流石に無茶にもほどがあるでしょ。
「…きた!」
奴は吠え終わると、先ほどのゆったりした動きがなんだったのかと言わんばかりに、素早い動きで近づいて来る。
四足歩行の足は、一歩一歩が大きく、ドラゴンは3歩ほどで既に目前に迫る。
そのまま身体を斜めにずらすと、遠心力を使って自らの尻尾を振り上げてこちらに降り下げてくる。
流石にあれを斬る、またはそらすなんて芸当が出来るわけもなく、僕は隣で唖然とドラゴンを眺めていたヘスティア様の手を掴んで横に転がるように避ける。
「ヘスティア様! 下がっててください! 僕が奴をなんとかします!」
「わ、わかったけど、なんとかってどうするんだい?!」
「…斬ります!」
僕は転がった身体を起こしあげて奴を見据える。
ドラゴンが振り払った尻尾は、綺麗に地面を抉り取っていた。
ヘスティア様は僕の提案を即座に理解した為、奴の視線が届かぬように離れる。
思わず斬るなんて言っちゃったけど、あんなの斬れるのか?
いや、斬れなきゃここで死んじゃうんだけどさ。
僕はできると思ったのか、それとも長年刀を使っていた者としての意地なのか、無意識に斬ると言い放った。
「…せめて脚でも切って動きを止められればいい」
僕は刀に手を伸ばし、地面を蹴りつけるように走り出す。
こちらを見つめるドラゴンは、振り払った尻尾を再びこちらへ向かって振り抜く。
巨大な上に速さもある尻尾により生じる風圧に、一瞬体勢を崩しそうになったが、足を止める事なくジャンプして躱す。
「ぐうっ」
やはりあの高さを綺麗にジャンプするのは無理だったらしく、足に尻尾が掠めた。
そのまま空中で体制を崩すが、掴んでいた刀の柄を振り抜くように腕を動かして、体制を調整する。
ガッと地面をかするように着地するとそのまま奴の視線が届かない腹部下まで到達し、左側の10センチはありそうな指を斬りつけた。
『ギャアアアアア‼︎ グラウグウウ!』
僕は、撫で付けるようにして斬りつけたドラゴンの指が、骨まで到達したのを確認すると、そのままドラゴンの反撃を避けるために尻尾側目掛けて駆け抜けた。
なんとか斬れた。
でも、思いっきり力を込めたのに骨で止められた。
僕は痛みに身を震わせているドラゴンをみて、再び焦りを募らす。
あれは本当に痛みに震えているのか?
いや、あれは多分怒りだ。
自分より小さい生物に少しでも傷をつけられた強者としての怒りなんだろう。
僕は鋭い牙を見せてこちらを睨みつけているドラゴンを見てそう感じる。
ドラゴンは先ほどと同じように尻尾を使って薙ぎ払うのかと思ったが、今度は正面を見据えながらこちらへ走って来る。
そのまま前足の鋭い爪でこちらを薙ぎ払ってきた。
僕はバックステップで距離を取ろうとするが、ドラゴンは焦る事なくこちらを見つめている。
「なに…!」
なんとドラゴンは僕が動いた時に生じた隙間を詰めるように、身体を前かがみにして距離を稼ぐ。
ジャンプしている僕は、空中での回避方法など持ち合わせておらず、爪に弾かれるように吹き飛ばされた。
幸いにして爪先の鋭い部分を避けられたために、切り裂かれることはなかったが、今ので多分だが肋骨をやられた。
僕は投げ出された地面の上で、血反吐を吐きつつ立ち上がる。
僕が再び前に視線を向けるとドラゴンは尻尾を使って追撃を仕掛けて来る。
口から垂れる血を腕で拭い、急いで回避行動をとろうとするが、肋骨の痛みで一瞬身体を硬直させてしまい、尻尾先が左腕を掠める。
「うぐっ!」
やばい、本格的にまずい。
かすめた腕は手の甲辺りを中心に紫に腫れ上がっている。
これじゃあ鞘を掴むことさえできなくなった。
僕は、なんとか距離を取るために後ろへ走り出すが、痛みですでに意識は朦朧とし始めていた。
あぁ、やばいなぁ。せめて
それに、これって僕のせいでヘスティア様も巻き込んじゃった形になってるし、せめてヘスティア様だけでもなんとかしたい。
ドスン、ドスン。
地面に血を流しながら膝をついている僕に、ゆっくりと近づくドラゴン。
荒い息がどうしようもなく口から漏れ、体力の無さを今更ながら呪う。
若干ぶれる視線が地面を見つめていると、光が当たっていた所が陰で覆われる。
ここまでか。
それが巨大なドラゴンの影かと思った僕は、少しの後悔と、物語すら始められなかった悔しさに目を閉じてしまった。
「止まるんだ。それ以上近づいてはいけない」
「…へ?」
頭上から聞こえたのは確かにヘスティア様の声だった。
だが今までに聞いたことのないような威厳に満ちた、神の真髄を聞かされたような重い、重い声。
僕は咄嗟に見上げると、こちらを背にドラゴンへ身体を向けているヘスティア様の背中が見えた。
体から金色のオーラが出ている、と一瞬錯覚しそうになる雰囲気を彼女が発しているのを感じる。
なんだ、この感覚。
彼女の先にいるドラゴンもヘスティア様から
「さぁ、ダリル君。契約を再開しよう。ここで止まってくれるなよ?」
こちらへ振り向いたヘスティア様はそのまま僕の前で跪くと、僕の顔へ両手をのばす。
何をするつもりなんだ。
先ほどの威厳のある声とは一変して、慈愛に満ちた笑顔と共に優しい声が僕の鼓膜を刺激する。
「私、ヘスティアの名において許可をする。万物に宿る経験を糧に昇華するも、変化するも、全てを私は見届けよう。さぁ、見せてくれ、ダリル・アサギリ。貴方の魂を」
ヘスティア様は僕の血で濡れた頬を躊躇いなく触ると、そのまま顔を近づけて額にキスを落とした。