オラリオで日常を謳歌するのは間違っているだろうか 作:アルアール
「…こ、これは?! うぐっ」
ヘスティア様の唇が僕の額に触れる瞬間、彼女から不思議なエネルギーが身体中に流れ込んで来るのを感じる。
いや、流れ込んできてるんじゃない。
これは
ドクン、ドクン。
激しく打つ鼓動が鼓膜に響くように音を上げる。
「…へ? な、なんだいこれは。 うわあっ!」
ヘスティア様の訝しげな声が聞こえた瞬間、僕の中にあるナニカが弾けるように体から解き放たれた。
それが体から外に出た瞬間、風圧に似たエネルギーとなって僕を中心に周りを吹き飛ばす。
その拍子に僕の目の前にいたヘスティア様が吹き飛ばされるが、僕はそんなこと気にしている暇はない。
体をかき混ぜるような感覚に耐えるように、身体を縮こめて力む。
体に走る不快感に耐えている時、唐突に声が響く。
『芽吹け、血の意思よ』
洞窟内に響くような、脳内で音が反響したような声が響く。
低く、そして高い男のような声。
何だ、血の意思?
この声は一体何を言っている…!
『この時をもって我が友との盟約は、完全なる形となった』
先程よりも大きく、それでいて喜びを表現したように高い女性の声に変わる。
…誰だ。
僕は口から何かが逆流するのを防ぐよう、手で口を押さえて脳内に響く声に意識をのばす。
『刻め、貴様の物語を。掴め、欲するモノ全てを』
次は老人のような干からびた声で宣言する。
僕は咄嗟にヘスティア様へ視線を向けると、どうやら僕と同じ声が聞こえているのか、周りを見渡して声の在り処を探している。
『外神がその資格を与えよう。正しく生きて、清く死ぬがいい』
『我が名において貴様の存在を肯定しよう! アサギリダリル』
一拍おいて響いた女性の声が聞こえた瞬間、僕の意識は自分の意思に関係なく落ちた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「うわぁっ!」
ボクは
体制を維持する暇もなく地面を転がって、ダリル君から10メートルほど離された。
一体何が起きたんだ?!
ぼ、ボクは
通常、
刻んだ瞬間から、経験も積んでいないのに唐突に変化することもなく、ましてや痛みなんか有るはずがない。
それなのに。
なんで、ボクの目の前で彼は痛がっているんだ!
ーーーう、うぐぅうう
ダリル君が痛みに耐えるように手を頭に抑える。
彼から巻き起こる風圧に目が閉じそうになるのを力を入れて耐える。
「そ、そんな…!か、身体が変わっていく?」
ボクの目の前のダリル君が顔を歪めてつつ唸っていると、まるで根元から湧き上がって来るように髪の毛の色が変わっていく。
風圧に揺れる綺麗な紫色の髪が、疎らに1房1房が金色に染まり出した。
ボクは先ほどまで胸を満たしていた恐怖に似たドキドキ感が、今までに経験したことのない好奇心に心が満たされていく。
あぁ、ごめんよ、ダリル君。
ボクは君の心配以上に、この光景の先に何が有るのか気になって仕方がない。
『芽吹け、血の意思よ』
「…この声は、どこから?!」
洞窟を満たす程、ボクの脳内に響き渡る声が聞こえる。
どこから、それに誰かここにいるのか?!
『この時をもって我が友との盟約は、完全なる形となった』
ダリル君を中心とする風圧がピタッとやむ。
空から降って来る光で、彼の所々が変化した髪色、金色が反射する。
ダリル君もこの声が聞こえるのかい?
『刻め、貴様の物語を。掴め、欲するモノ全てを』
声の在り処を探しているのかキョロキョロと辺りを見渡している。
ボクはこの異常な光景に、心臓の鼓動が早まるのを感じる。
『外神がその資格を与えよう。正しく生きて、清く死ぬがいい』
外神。
女性のような声で聞こえたセルフが、ボクの耳に届く。
ダリル君、君は一体ナニに見られているんだい?
『我が名において貴様の存在を肯定しよう! アサギリダリル』
アサギリダリル。
ボクは、彼のことは何も知らない。
出会って間もないって言うのも有るけど、流石にこんなの予想してないよ。
初めての
存在すら危うい、声だけの存在に肯定されたダリル君は、目を見開いてこちらを見つめる。
髪色と同じ、綺麗な紫であった瞳は、ベールに包まれたように赤で覆われ、光を放っていた。
「…あっ、ダリル君!」
目を一瞬見開いたダリル君は、全身から力が抜けたように前に倒れかかる。
ボクは、彼が頭を打たないように咄嗟に駆けつけようと地面を蹴るが、あの距離をただの神のボクが間に合うはずもない。
しかし、地面に身体を打ち付けるその瞬間、彼の脚が急に力を取り戻したかのように地面を踏みしめ身体を支えた。
「…アヤツめ、気を失いおって。まったく、思わず出てきてしまったではないか」
「…へ?」
スッと身体をただしたダリル君は、先ほどまでとは明らかに異なった口調で口を開いた。
不満があるのか、顔を歪ませて身体をほぐしている。
「…誰だい?君は」
違う。
ボクが
「ん? 確か神ヘスティアと言ったか。私は
ボクを一瞥すると、そのまま鋭い目つきで横を向く。
ボクがその視線の先へ顔を向けると、牙をむき出し、唸り声をあげていたドラゴンがこちらへ襲いかかろうと今か今かと睨みつけている。
ドラゴンの事もダリル君の事で一瞬忘れてたけど、それより保護者ってどう言うことだろうか?
それに、その手に持った
ダリル君が吹き飛ばされた時遠くへ飛ばされ、今の今まで彼の右手は何も握っていなかった。
「では、神ヘスティアよ。私はアヤツを少しばかり斬り刻んでこよう」
「あ、まって!」
いや、
消えた瞬間、横からドラゴンの悲鳴と思われる轟音を聞いて視線を向けると、前足が両方とも綺麗に切られて血を吹き出している姿が目に入る。
あの一瞬で移動したって言うのか?!
「むぅ、やはりまだこの身体じゃぁここまでか」
ダリル君の端正に整った口元が少し歪む。
そのまま、痛みに震えているドラゴンを見つめると、再び身体が
『ギャアグウウウウウウウ!!』
苦痛に満ちた声を聞いて視線をドラゴンへ戻すと、そこには身体を二分するように血の跡が身体に一線走って悲鳴をあげるドラゴンが居た。
その直ぐ下では、刀を振り抜いた様に腕を伸ばすダリル君。
「…弱いな」
ポツンと呟いたダリル君の声が聞こえたと共に、ドラゴンは弾け飛ぶ様に身体が粉塵になって掻き消える。
空中に投げ出された粉塵が、上から射す光によって鈍い光を作っている。
「待たせてすまないな、神ヘスティアよ」
「い、いや大丈夫だよ。それより、助けてくれたことを感謝するよ」
左手に
その表情は今までにあった、エルフながらも幼い顔とは一変し、生身の刀身を見ているかの様な鋭さがあった。
ボクはその表情に一瞬身体を引いてしまうが、心配はない。
「いや、そもそも
「…見えるのかい?」
「…あぁ、見えるさ。
ダリル君が斜め上を眺めて目を細めている。
「そうかい、わかったよ。それで、
「言っただろう? 保護者だって」
「じゃぁ聞き方を変えようか。君は
肩をすくめて誤魔化そうとするカレをじっと見つめる。
どうやら秘密を明かす気はなさそうだが、せめて少しでも情報が欲しい。
「…そうだねぇ。親って言えば親だ。小さい頃から見続けたからな、本当の親よりアイツを見てる」
「…わかったよ。それで、ダリル君は大丈夫なのかい?意識とか、体とか」
これ以上答えることは無いと言う様に、ボクから視線を逸らして刀を身始めたので話題を変える。
カレに変わる前のダリル君は、意識を失った状態だった。
それに、あの戦闘時に行った移動。
あれは明らかに
もしあれが、カレの能力か何かによって無理やり動かしたのであれば、体に異常をきたしてもおかしくは無い。
「あぁ、大丈夫だ。ただ少し筋肉痛にはなるだろうがね。そこまで異常はないさ。意識もいずれ戻る」
「そっか、よかったよ」
ボクはひとまずその言葉で安堵する。
流石にここで死なれらボクは、悲しくて仕方がない。
初の
「ん? すまんな、神ヘスティアよ。そろそろ時間のようだ。では、コヤツをよろしく頼むよ」
「ん? あ、ちょっと待つんだ!」
ボクが止める間もなく、ダリル君の体から急に力が抜けた様にこちらへ倒れかかってくる。
「ふう!」
咄嗟に受け止めはしたが、やはり男なんだと思うほど、細身ながらガッチリしていた肉体で押し潰されそうになる。
そのまま丁寧に地面寝転がせると、ボクも座って彼の頭を太ももに乗せる。
むき出しの地面は痛いだろうからね。
「…ふぅ、全く君って奴は。初めての
ボクは、綺麗に染まった紫と金が混じった髪を優しく撫でて、これから来るであろう未来に意識を向けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「…ん、あれ」
「あ、おはよう。ダリル君」
僕が目を覚ますと、穏やかな笑顔をしたヘスティア様の顔が近くにあった。
あれ、なんだろうこれ。
それに僕は今横になっているのか?
頭にある柔らかい感触を不思議に思いながらも身体を起こしあげると、目の前には洞窟が広がっていた。
上から差し込む日の光が若干赤みを帯びている以外は、僕が意識を失う前と変わらない。
いや、ドラゴンはどこにいるんだ…?
「ヘスティア様、ドラゴンはどこにいるんですか? それに僕が気絶した後何があったんですか?」
静けさが漂う洞窟をチラッと眺めて、後ろにいるヘスティア様へ向き直った。
ヘスティア様の太ももが若干桃色に染まっているのが目に入るが、すぐに顔を見つめる。
「…じゃぁ話すけど、これは嘘なんて一つもない話だからね?」
少し困惑顔のヘスティアは、念を押す様に指を立てると、僕の身に起こった出来事を一から話してくれた。
話を一通り聴き終わった僕は、変化した髪を弄りつつヘスティア様を見つめる。
その表情は真剣そのものだ。
でも、少し信じがたいことでもある。
なんだ、僕に憑依した存在って。
刀の一振りでドラゴンの動体を切り裂くって。
いや、そんなことできるわけないじゃないか。
「む、信じてないでしょう? 君がそれをやったんだからね!」
つい顔に出てしまっていたらしく、ヘスティア様が可愛らしく口を膨らませて近寄って来る。
四つん這いで近寄って来るから、這うたびに白い服を押し上げる胸が大きく揺れるのが目に見える。
いけない、今は見てる暇なんてないんだ。
「いえ、信じたいんですけれど、荒唐無稽すぎると言うか…。まぁドラゴンが居ないから信じるしかなさそうですけど」
僕は近寄ってくるヘスティア様の方に、落ち着かせる様に手を置いた。
もしヘスティア様の話が嘘ならドラゴンがどこ行ったって話になるだろうから、信じないわけにはいかないからね。
でもわからないものは分からないし、ヘスティア様から聞いた話でも殆ど情報が無かったから、今はそんなことがあったのかと納得するしか無い。
「ヘスティア様。その話は後にして外に出ませんか? 暗くなってからだと出るのに苦労しそうですし」
僕は崩れた天井から差し込む光が、赤く染まっているのを眺めつつヘスティア様に提案する。
瓦礫が綺麗に重なっているから、多分登れないことはないはずだ。
「そうだね、じゃぁひとまず出ることにしよう」
ヘスティア様のそれには賛成らしく、身体を起こして立ち上がる。
そのまま服についた汚れを払う様に身体を叩くと、こちらへ手を伸ばす。
「よし、じゃあ行こうか」
「はい」
僕は小さなその手を取ると引かれるように立ち上がり、瓦礫の山へ向かって歩き出した。