オラリオで日常を謳歌するのは間違っているだろうか 作:アルアール
部屋から出た僕が向かった先はこの家の大広間であるリビング。
時間にして朝の5時くらいと、普通の人であればまだ寝静まっているような時間だ。外から見える景色もまだ朝霧が濃く先を見通すには難しい。
僕がリビングへつながる扉を静かに開けると、そこにはテーブルに座ってコーヒーを飲んでいる壮齢の男性がいた。
「マガルさんおはよう。今日は早いんだね」
「ん? あぁ、おはよう。あたりまえだろ?今日はお前のめでてぇ門出だ。こんな俺でも起きるさ」
僕の声を聞いた育ての親であるマガルさんは静かにコーヒーを置くと、こちらへ視線を向けてニッと口角を上げて笑う。長年の付き合いであるため慣れてはいるが、巨体なうえに鋭い目つきを持ち、頬に大きな傷があるマガルさんが笑うと、悪意がなかろうとそれだけで怯ませてしまうことが多々ある。
でも実際話してみると、この人は驚くほどやさしくお人よしだ。
「そうだね、いつもはお昼頃まではお布団が恋人なのにね」
「うっせえ、俺は偉いから働かなくていいんだよ」
向かい側のテーブルに座った僕は、テーブルの上に置いてあったまだ暖かいコーヒーに口をつけて、マガルさんに恋人がいないことを暗に弄った。
多分だが、僕が起きた時の物音を聞いたマガルさんが準備してくれたんだろう。この人はこういうところは本当に気が利く。
「コーヒーありがと。マガルさんが入れたコーヒーは本当においしいや」
「あたりめぇだろ? 誰が入れたと思っているんだ」
「マガルさん、料理うまいもんね。今日で食べられないと思うと寂しいな」
こんな見た目ではあるが驚くことに我が家の料理担当はマガルさんだ。
初めのころは、畑仕事がある僕にも時間的余裕があったから料理してたけど、何時ごろからかマガルさんがやるようになってた。
男2人暮らしであるため初めは材料が炭へと等価交換されるという悲劇が生まれたが、今では立派な料理が夜には並んでいた。
それがこれから食べられないと思うと、少し寂しいな。
「お前は料理がからっきしだもんなぁ。本当に
そう言って心配してくれるマガルさんの表情は、母親の子の独り立ちの時の表情と何ら変わらない。
本当に僕のことを心配してくれている。
「大丈夫だよ。ちゃんとやっていけるって」
そう言って再びコーヒーカップに口をつけて一息つく。口の中に入れたコーヒーを味わい尽くすように口で転がしながら、ゆっくりと喉に通す。鼻から抜ける芳ばしい香りが程よく眠気を覚まし、苦くも深みがある味わいが味覚を刺激する。
マガルさんも一旦落ち着くようにコーヒーに手を伸ばす。
静けさがリビングに漂うが、これくらい家族であれば気まずさなどなく、逆に心地が良い。
「ダリル、本当に行くのか、
「もちろんだよ。あの日から僕の気持ちは変わらない。見てみたいんだ。英雄が紡ぐ物語を。仲間を、富を。そして、名声が渦巻くダンジョンを」
僕は沈黙を破ったマガルさんの言葉に間髪を容れずに返答し、僕の真剣な表情がマガルさんの視線と重なる。マガルさんの黒い瞳が真意を探るようにこちらを見つめている。
僕の気持ちは変わらない。本当は、マガルさんと離れるの嫌だ。親同然に僕を育ててくれた大切な恩人である。でも僕の中に眠る好奇心が早く、早くと急かしているのがわかる。
「……そうか。分かった。よっし、じゃぁそろそろ朝食にするか!」
じっと見つめる表情が諦めるかのように瞼を閉じると、今度は先ほどまでの凶悪なまでの笑顔で認めてくれた。
うれしい。僕は何がなんでも、例えマガルさんが止めても
それでも笑顔で送り出してくれるのと、そうでないのとでは気持ち的に全然違う。
「そうだね、じゃぁ最後の晩餐なんだし豪華なのにしようかな。うーん、じゃぁステーキにしよう」
「お、おい。朝からステーキはきついだろ」
ついその事がうれしく朝からステーキ食べようかなと思ったが、マガルさんが冷や汗を流し止めてくる。
そういえば、この人は見た目によらず朝はサラダとベーコンエッグトーストという、実に健康的な朝食が好きなんだっけ。
「じゃぁ僕が朝食の準備してくるねー」
「お、おーい!俺はいつものでいいからなー!」
僕はリビングからキッチンへとつながる扉を気分良く開けた。
「…ったく、やっぱ
◇◆◇◆◇◆◇◆
僕達が今いるのは村の出口である門の前。既に畑仕事がある村人がいる為、外敵から守るための門は開かれている。
「じゃぁそろそろいくよ」
「あぁ、気をつけていってこい。辛くなったら帰ってくればいい」
別にそこまで心配しなくてもいいのにとは思うが、考えてみればマガルさんは独身だ。僕が出ていけば一人ぼっちになってしまうため、寂しい気持ちもあるのだろう。
「そうだね、でも帰ってくるのにも一苦労だから、まぁやれるだけやって見るよ」
でも本当に辛くなって帰ってきたら、マガルさんに合わせる顔がない。それに、
往復だけで本一冊出来るほどの冒険ができるだろう。
「ふっ、まぁそうだな。だが、せめて手紙くらいは送ってこいよ?俺も今の
「確か
以前聞いた話だが、マガルさんは昔
「…あぁ、そうだな。でもそれは20年は前の話だ。街の様子も、ダンジョンもいろいろ変わってるんだろうな。だから、いろいろ土産話を送ってくれよ?」
一瞬苦虫を潰したような顔をしたマガルさん。何か嫌な思い出があるんだろうか? 再びこちらへ戻って来たんだ。何かあったと考えて然るべきなのだろう。
「わかったよ、じゃぁそろそろいくね。…じゃぁ、また」
「…あぁ、またな」
これでお別れだと思うと少し胸が痛くなる。でもこれが今生の別れでは無い。そうであることはわかっているが、どうしても目尻に力が入るのがわかる。
名残惜しい気持ちを残すつつ、僕は後ろへ振り向き前を見る。
重い足取りを一歩づつ踏み出し、目の前の草原が目に入る。未だ残る霧が草木に着き、生まれる小さな雫。
「行ってこい、
「っ、行って来ます!マガル・ダージさん!」
目尻から垂れる一滴の雫。
後ろから聞こえたマガルさんの言葉に思わず振り返りそうになるが、今の僕に出来るのは前を向いて歩いて行くことだけだ。
今の顔を見られたら格好がつかない。
前を向いて歩く僕の軽い足取りが、山の谷間から覗く朝焼けに輝く雫を置き去りにして行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「よっと、これで最後か」
腰に挿していた
今僕がいるのは、森に隣接しているほとんど整備されているのか見分けがつかないような道だ。村を出てから草原を突っ切り、はじめに目に留まった道をマガルさんの言われた方向へ向けて歩を進めている。それから数日と、サバイバルらしく偶に見かける小動物を狩り、川の魚を釣って食べるなどしていた。
そして二日後の今、道が森の脇を通り出してから、モンスターと言われる体に魔石を秘めた怪物が襲いかかってくるようになった。
目の前には5匹ほどのゴブリンが、真っ赤な血を撒き散らし地面に倒れている。ドクドクと血が垂れる様子はいくら経験を積んでも慣れる気がしない。
「随分と多いなぁ。村じゃぁ滅多に出ることはなかったんだけど」
あまりのモンスターの多さに若干、辟易のため息を漏らしつつ、剣にこびり付いた血を振り払うように剣で空を切る。一瞬振っただけでも綺麗に血が吹き飛び、
「うっへぇ、グロいな。自分がやったこととは言え、動物虐待になるんじゃ無いか?まぁ襲って来たから仕方がないけどさ」
1匹1匹胸に埋められた、爪の先程の大きさの魔石を器用に取り出す。
僕の村では魔石が必要な機械や設備は少ないが、都会、
「まだ2日しか経ってないがこれ本当にたどり着くのか?」
魔石の回収を終えた僕は戦闘と今までの道程に疲れたのもあり、道から少し逸れ、草原にあった腰程ある高さの岩で休憩することにした。
「…ふぅ。本当にこれが売れんのかねぇ」
大きなリュックサックを地面に下ろし、中から取り出した水筒の中にある水を入れ一口、口に含んだ。ついさっき川から汲んできたからか、まだ冷たく気持ちいい。そのままゆっくり飲み干し、疲労を吐き出すように息を吐く。
水筒を地面に置くと、休憩がてら腰巾着に入れていた小さな魔石を取り出し、太陽に透かすよう真上に上げた。
強い日差しが紫色の若干不透明な結晶に乱反射する。これが、怪物、いわゆるモンスターの核らしい。つまり人間で言うところの心臓の部分。まぁ、それで心臓がないと言うわけではなく、この魔石が第二の心臓の役割を果たしている。
「魔石がエネルギー源で、奴らが強いのはそこから生み出させる魔力が強化しているから、かぁ」
以前マガルさんに言われたことを思い出した。
冒険者の主な収入源は、ダンジョンに潜ってモンスターを倒し、其奴が持っている魔石を売って生計を立てているらしい。
因みにモンスターは心臓、つまり息の根を止めるとただの死体になるが、殺す前に魔石を貫き、砕けると体が粉塵となり跡形もなくなるらしい。
だから、戦闘時は魔石の位置をしっかり把握し、そこは避けなければならないとのこと。
「じゃぁ、何でダンジョン以外は魔石を砕いても体が粉塵にならないんだ?」
以前、村に近づいた狼型のモンスターを倒す際に魔石を砕いたことがある。別に魔石が欲しかったわけではないので気にも留めてなかったが、今思うとアイツは普通に死体となっていた。
「まぁ、考えたところで仕方がないけど。っと、そろそろ行くか」
休憩を終えた僕は、魔石を腰巾着にしまい、リュックを背負って準備する。
「まだバベルの塔も見えないか…」
しかし、
どうやら、まだまだ道のりは長いらしい。
一応ストックがある限り1日ペースで出します