オラリオで日常を謳歌するのは間違っているだろうか 作:アルアール
「ほぉ、随分と手際がいいですね」
「村にいた頃は、よくこうして狩をしたら自分で剥いでましたからね」
僕が川でウサギについた血を洗い流し、短剣で皮を剥いでいるとフーリムさんから声がかかる。後ろを振り向き馬車の方を眺めると、既に焚き火は出来終わっているらしく、小さな火種ができていた。
フーリムさんは血は苦手らしいが、皮剥には興味があるらしく僕の手元を眺めてくる。別にそこまで上手くはないが、褒められると少し嬉しい気持ちになる。
「そう言えば、そのウサギは
「ん? 刀とはなんですか? ウサギを仕留めたのはこの剣ですよ」
フーリンさんが、ぼくが腰に挿している
確かにウサギを仕留めたのはこの剣だが、一体カタナとはなんだろうか?もしかしてこの剣の銘柄か何か? 有名なモノだったりするのだろうか。
「ん? あぁ、その剣は極東でよく使われる剣の一種で刀と言われるものですよ。確かに切れ味が鋭くよく斬れるが、見ての通り耐久力が低いので折れやすい為、使い手を選ぶと聞きます」
「へぇ、そうなんですか。実はこれは
僕はフーリムさんの話を聞きながらウサギの皮剥を終えると、体を後ろに向き直した。腰から
「ほぉ、近くでよく見ると随分と精巧な作りですね。鞘の部分もこれはなんの素材だ? 随分と深みのある黒い光沢だ。ふむ」
商人としての血が騒いだのか、先ほどまでの貼り付けた笑みから、大きく目を見開いたキラキラした表情に変わっている。
僕もこの刀が良い物とは思っていたけど、ここまで興味持ってもらえるとは。
「手にとって見て見ますか?」
「いいんですか! 是非お願いします!」
余りの熱気に負けて、手に持っていた刀をフーリムさんに渡す。フーリムさんは両手で丁寧に受け取ると、鞘や柄の部分を目を凝らすようにして見ている。
「…この鞘はモンスターの皮か? 多分それもかなり深層のモンスターだ。それにこっちの柄の部分に付いてる柄糸はもしかして…。ふむふむ」
どうやら見ただけである程度の素材まで分かるらしい。本当にすごいな、商人って。見ただけである程度わかるのか。
僕の村に来てた商人に一度見せたことあるけどここまでの反応はなかった。これはフーリムさんがすごいのか、あの商人が無知だったのか。
「あの、刀身の部分を見てもよろしいですか?」
「え、えぇ。どうぞ」
刀を見ていたフーリムさんが身を乗り出すように顔を近づけて来た為一瞬身を引いてしまう。既にフーリムさんの視線は僕の刀に釘付けになっている。フーリムは僕の刀を受け取ると、眺めながらゆっくりと引き抜く。
「こ、これは…、素晴らしい! なんと美しい刃紋だ! これは
鞘から引き抜かれれ、次第に姿を現しだした刀身につく模様を見て、フーリムさんが声をあげる。
確かに昔から綺麗な模様だとは思っていたが、これはそれほどまでの業物なのだろうか? もしそうであるなら、何故
「そ、そうなのですか?」
「えぇ、見てください。この刃紋の部分は何度も打ち直してできたものなんですけど、この鮮やか模様になるまで打ち上げるのはそう簡単なことじゃ無い」
フーリムさんが刃紋について説明してくれるが、いまいち僕にはよく分からない。ただ使って見てわかるのはとても切れ味がいいという事だけだ。
「それにコレは…ん、まさか。まさかコレは
な、なんだこの人?! ちょ、ちょっとやばい人ではないだろうか。
フーリムさんは突然先ほどより目を見開くと、少しばかり気持ち悪い声を上げる。そんなに興奮するものなのだろうか。
「…フ、フーリムさん」
僕は思わず頰を痙攣らせ、声が出てしまう。体が引き気味に後ろに下がっても仕方がないはずだ。
「あぁ、すみません。つい興奮してしまいました。ここまでの業物を見るのは久しぶりでして」
「い、いえ。こちらこそこの刀の価値をわからなくてお恥ずかしい」
どうやらフーリムさんと僕の温度差を感じ取ったらしく、慌てて先ほどまでの興奮を抑えて謝罪して来た。もしかして顔に出てただろうか? そう思うと申し訳なくなる。ここまで褒められるとただよく斬れる剣として使っていたことが恥ずかしくなる。
「いえいえ、刀自体が極東の物ですし、
「…一人だけ。その人はどんな人なんですか? それとおりはるこんってなんですか?」
やばい、次から次へと僕は知らない情報が頭に入ってくる。そもそもただ僕の武器に興味を持ってくれたから見せただけなのに、ここまで大きな話になるなんて。
そうは言っても、もしコレがそれだけすごいなら、それを打てちゃう人が一人だけいることが逆に気になる。
「
「そうなんですか。あと一人だけ作れる人というのは?」
もしこの武器が壊れる、刀身が欠けた時に修理できる人は知っておきたい。今までそんな事はなかったけど、コレからはモンスターを相手にしなければならない。
「そうですね、出来るとしたら彼女だけでしょう。
「…椿・コルブランド」
へファイストス・ファミリアは聞いたことがある。確か、鍛冶を専門とするファミリアの中で一番すごいって前にマガルさんが言ってた。
有名なファミリアである上に、その団長。コレは修理だけでも幾らかかる分からない。僕は手持ちなんて殆ど無いし、もしかして壊れたら一貫の終わりなんじゃ無いだろうか?
「ど、どうしました? 顔が真っ青ですよ」
「え、あぁ、なんでもないです。それよりそろそろ夕食にしましょうか」
「そうですね、じゃぁ焚き火のところへ向かいましょうか」
どうやら僕の焦りが顔に出たらしく、フーリムさんが心配そうに顔を覗き込んできた。
まぁ、今まで壊れず、刃すら欠けなかったからそこまで気にする必要もないだろう。それにこれからは今まで以上に気をつければいい。
それより、あれからずいぶん話し込んでしまったらしく、上を見上げると先ほどまで見えていた夕焼けも色を潜め、今は真っ黒な空に点々と輝く綺麗な星々が姿を現していた。
そんな中僕は、剥ぎ終わったウサギの肉を片手に、前を歩き出したフーリムさんの後を追った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
焚き火がパチパチと、木の中に残った水分により弾けている。まだ春先と夜は少し肌寒いが、目の前の暖が体を温める。
今は先ほどのウサギとフーリムさんが用意してくれたスープで夕食を終え、食後の休憩を取っていた。
「…ふぅ。あの、フーリムさん。少し聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「ん? どうしました?」
火で温めたホットティを片手に、1メートルほど横に座っているフーリムさん。紅茶を飲むなんてなんてオシャレなんだ。つい、手元を見てしまうが、今は聞きたいことがある。
「
「え? そりゃあもちろん居ますよ。最近、冒険者を夢見て森を出る人が多いと聞きました」
フーリムさんは何故か疑問の表情を浮かべてこちらを見つめて居る。成る程、やはり思った通り
「いえ、僕の村にエルフがいなかったので同族に会うのが少し楽しみでして」
「…それは」
フーリムさんが察したような目を向けてくる。別にそんなつもりはなかったけど、少し申し訳なさそうな表情を浮かべさせてしまった。
「あはは。別にそんな重い話じゃないですよ。ただ僕は物心ついた頃から村の村長に育てらまして。それより、エルフって魔法が得意って本当ですか?」
少し下がってしまった場の雰囲気を上げるために話を変える。実際このことは前から気になっていた。エルフが魔法が得意なら僕も使えるんじゃないか、と思ったことがよくある。
でも、いくらそれっぽい練習しても魔法の‘ま’の字も見えて来なかった。少し悔しい。
「…そうですか。エルフが魔法が得意なのは本当ですよ。元々エルフは精霊に最も近い存在と言われてまして、魔法の親和性が最も高いんです。だから殆どのエルフの冒険者はパーティでは魔法使いの役割が多いですね」
「そうなんですか。なら僕は親和性が低かったのかな。全然魔法が使えないんですよね。あはは」
そうかぁ、エルフは魔法と相性がいいのか。なら僕はいくら練習してもダメだったし、元々適性がないのかなぁ。魔法を使って見たかったなぁ。
少し気持ちを下げずにはいられない。
そんな僕を見て不思議そうにフーリムさんが口を開く。
「あれ、ダリルさんはまだ
「
確かに僕はまだ、神様から
元々人間では強力なモンスターに対抗するには限度がある。それを可能にしたのが
でも、それがどうしたのだろうか? 確かに今まで
「エルフが魔法の親和性が高いのは本当ですけど、
「そうなんですか? え、でも普通のエルフってどう言う事ですか?」
フーリムさんの言葉に少し元気が出てくる。先ほどまでの落胆が、少しずつ安堵へと変わっていく。
よかった、ならまだ僕が魔法使える可能性は残ってるんだ。それより
「そうですね、
「…ハイエルフ、凄いですね」
ハイエルフ、か。いったいどんな人なんだろうか。フーリムさんは王族って言ってたし、相当偉そうなのかもしれない。
それから僕は手に持っていたコーヒーに口をつける。時間的にそろそろ就寝の時間に近づいて居るが、僕はコーヒーが飲みたかった。自分で入れたから飲み慣れた美味しさより少し劣るが、この暖かさが体ををほぐしてくれる。
「そう言えば、ダリルさんも目的地は
「良いんですか? ご迷惑になるんじゃ」
なんと、フーリムさんから魅力的な提案を持ちかけられた。
確かに、今まで歩いて見て思ったが、ただ歩くだけだと退屈であるし、それ以上に先の見えない旅に辛いものはある。
しかし、フーリムさんは商人だ。大事な商品を置くスペースを僕が占領して良いのだろうか?
だけど、フーリムさんはそんな事微塵も気にしていないのか僕の腰に挿した刀に目を向け、笑顔で否定してきた。
「大丈夫ですよ、これは良いものを見せて貰った御礼です。それに、馬車でさえ
「ひ、一月もですか」
そのセリフを聞いた僕は、頬を少し引きつらせた。それだけかかるのであれば、この好意をありがたく受け取るしか選択肢はないだろう。
「そうですね、じゃぁありがたく同行させていただきます」
「
一瞬、フーリムさんが安堵の息を漏らしたのが見えた。どう言う事だろう、僕が提案を受けたことが嬉しかったのだろうか?
まぁいいか。それより、明日も朝が早いから、早く寝る事にしよう。
「そうですね、じゃぁおやすみなさい」
「えぇ、おやすみなさい」
僕は手に持っていた残り少ないコーヒーを一口で飲み干すと、座っていた岩から立ち上がる。フーリムさんの方も、手元にあったティーカップを片付けるために馬車の方へ向かっていた。
夕食時に既に睡眠場所の話は終わっており、ぼくは焚き火の近くに寝袋を敷き、フーリムさんは馬車の中だ。
実は一度、馬車の中はまだスペースがあるからどうか、と誘われていたがそこまでお世話になる事にはいかないので断っていた。
「それに、こんなに綺麗なんだ。見なきゃ勿体無いだろう」
僕は真上に視線を向け、光り輝く星々を視界に入れる。村に居た頃も偶にこうして夜空を見上げることがあった。夜にやる事もなく暇だったと言うのもあるが、それ以上に星を見ていると落ち着くのだ。
「村にいた頃より綺麗に見える。それに
せっかくの旅だ。こう言う楽しみもあって良いんじゃないだろうか。