その醜さたるや腐った臓物と等しい。
金に目のくらんだ貴族、悪賢い女、暴力、……そしてチートスキル。
俺はこの世の全てが憎たらしい。
敢えて言おう「全て」を持っていないからではない、俺の場合は全てを
どこまで行ってもこの異世界人というのは、金に目のくらんだ暴虐者共しかいない愚かな野蛮人共だ。
本題に語る前に失礼ながら少し自問自答することを許してほしい。昔俺は何年も前に、まるで、幼稚園児が拙い画力で母親の顔を一生懸命書いた似顔絵の様に愚かで、だけれども希望に満ち溢れた夢を見た。
「貴方こそまごう事なき勇者だ」そう言うドラクエの定型文のような事を言われた3日後の昼だ。
仲間と共に俺は何をしたか? そう、スレイムと言う弱小モンスターをチートスキル「4倍加速」で殺傷した。
そして、スレイムという、人に危害を与える種ですらない小さな命が終わる瞬間を仲間と「これから起こるであろう僕たちを巻き込む大きな運命」だのいう、まるでちっぽけな定められた未来に満ち溢れた自己満足の鎮魂歌を歌ったに違いない。
モンスターといえど、俺のやっていることは快楽による殺戮だ。傲慢と悲しみ以外の何も生み出さない小さな小さな人間の考えることだと振り返り思うのは、強者の余裕という物に浸っているからなのだろうか。いや恐らく違う。そう思いたいものだ。
そうだ、最初の俺は何をしたかった? 仕事に追われる毎日から心機一転転生した異世界で冒険をしたかったはずだ。
新種モンスターの発見。強くなっていくパーティ。広がっていく交友関係。
明日の飯の献立すら楽しかったあの頃も、まるで今考えるとチートスキルを神から与えられ神様の運命の下笑ったり遊んだり悲しんだり恋をしたり……全て決められた運命だったのだ。
そう考えると楽しかったあの日々は、まるで心の底で池から出る水泡の様に消えていき水の中は罪と後悔の濁りに蝕まれていく。
俺の場合そんな事がいつも頭の片隅にあり、そして非常に馬鹿らしくなってくるのだ。
神からチートスキルを与えられ無双する勇者なんて地球でいうアクションRPGゲームの様に何度もリトライすれば誰だって世界を救えるただの「作られた勇者」でしかない。
本当の強者とは、たまたま拾った強すぎる力で周りをひれ伏し、その何一つ変わらぬ幼い精神で世界を統一するただの暴君なのか?
本当の強者とは、ゲームの一時の不確定要素に顔を真っ赤にし、コントローラーを投げ出すものの事だったのか?
違うはずだ。本当の勇者とは如何なる暴力に怯まず、退かず、怯えず、狂気にも立ち向かっていく真の強者のはずだ。
そんな事を漏らせる相手は俺の周りには誰もいなかった。可笑しいだろ? 世界を救った最強の勇者のパーティに本音を言える仲間すら居なかったなんて。
そうだ、二度も恥ずかしながら答えよう、俺の周りには仲間など居なかった。
「疲れたよ」
元居た世界の自分の名前すら忘れて没頭した勇者のお仕事ももう何も価値を感じない、どころか疎ましく思うほどになっていた。
俺は自分が知る限り全ての栄光を掴んだ、快楽も少々嗜んだ。とうとう本当の友達は作れなかったが。
そんなことを思い出しながら俺はこの異世界で一番高い城、アーストラック城の高台に居た。
「そんな俺だ、もう楽しいことは大体楽しんだ」
この異世界に転生したときに神様に”オマケ”と称して作られた良くできた顔を持っているらしいその顔は、今は失意に満ち溢れ、しょぼくれ、暗い顔をしている。
「だからもう……これでいいよな」
疲れた表情の青年が高台の塀に、その高い身体能力でふわりと観客もいないステージに乗って見せる。
「最後は自殺か、こうして見ると死因は日本にいたころと大して変わってないな」
暗い顔が少し晴れやかになる。この方法で死ぬと元いた国日本の皆と同じ地獄に行くのかと思うと少し気が楽になる。
そう思う彼はもう言葉どうり疲れていたのだろう。大抵の自殺願望者が死ぬ前に見せる微かな手の震えさえこの青年にはない。
すり足で一歩また一歩と石でできた死の階段を登っていく。
「しかし思ったより高いな。魔王城より高い。やれやれ魔王という遮るものがないと人というものは何処までも手を伸ばすも……」
暗い顔の青年はそう言って奈落の底へ足を踏み外した。
聞いた事も無いような耳を掠める風の豪音と体を何処までも伸ばせる解放感に青年は少し心を踊らせる。
「さよなら」
猫がカーテンから足を滑らせて落ちた時の数十倍鈍い音が辺り一面に鳴り響いた。
数分後、その鈍い音を聞いた衛兵が震源地に近寄る。
城の庭一面にひかれた石段が大きく欠け、周りに岩屑として散らばっている。
そしてその周りと比べて一層大きくへこんだその中心に、無傷の青年が先ほどと変わらないしがない顔で立ちつくしている。。
「なにを……やっているんですか? 勇者殿……?」
何事かと駆け付けた衛兵達が、まるで親を見失ってポカンとしている子供の様な顔をしている「勇者」に声をかける。
暗い顔の勇者は先ほどまで考えていたことを悟られないように気を使い、こう答える。
「ごめん、スキル「空中遊泳」を掛けないで空を飛ぼうとしていた」
勿論、嘘である。その顔はにこやかに笑いつつも寂しげ、少し崩れたその笑顔に、衛兵たちはそうですかとしか言えなかった。
(俺のレベルだとちょっとばかし高い所から落ちる程度では傷一つ付かない……か)
そんなことを思い青年はため息をついた。
夢を見た。砂の城の様に淡く崩れ去った。
夢を見た。腐ったブドウの様に爛れて落ちた。
夢を見た。錆びたノコギリの様に芯から折れた。
……俺は世界平和という夢から醒めた。
「人は夢を見るために生きている」
これは、この世界のちょっと有名な詩人の言葉だ。俺はこの言葉を初めて耳にした時には、何にも思わなかった。
日本でもその様に思う者達は幾千人といるだろうしごくありふれた言葉だ。
しかし今、夢を失った俺からすればその言葉は「では夢を見ていない人は人と言えるのか?」という風な疑問になって返ってくる。
頭の中では暫くその事を考えるのだが大したことのない脳から出る結論はいつも「この言葉は極論だ。ただの哲学だ」という真っ当なものである。
「勇者様ぁ? 何を考えていましたか?」
とても広い勇者専用の個室。賢者の木の幹で作られた机、この世界では貴重なガラスで作られた窓、世界に数百しかいない鳥の羽で作られた布団。
これらの家具は全て俺のためだけに存在しているものだ、どれも一級の職人の手によって丹精込めて作られたもの。
そしてこの女もまたこの部屋に劣らない顔の出来をしている。
「ああ、ちょっと世界平和について考えていた」
その可憐な美女にものすごく嘘くさくそして、もちろん全く心にも思ってないことを言い放つ。
流石に馬鹿なことを言い過ぎたかと普通なら自己嫌悪にすら落ちてもまったく不思議ではない言葉を昼間から勇者は言う。
「勇者様ったら、安心してくださいもう魔王は居ませんよ……?」
「……そうだな」
ああ、魔王はもういない。俺が倒した。倒してしまった。
先の一件から少し気分が優れない、頭も妙に冴えている。
俺が魔王を倒すまでは良かった。この世界の最大の敵魔王を倒してこの異世界はハッピーエンドを迎える……そのはずだった。
「今は私の事だけ……考えてください」
魔王を倒した後、最高の勇者として祭り上げられた俺はこの世界の現実をほんの少しばかり知った。
魔王が居なくなればモンスターという脅威がなくなって農民が平和に過ごせると思っていた。
皆がにこやかに歌や踊りをたしなめる。笑って暮らせる世界が来るものだと思っていた。
「勇者様……?」
そんな世界は訪れなかった。
この世界の人類は魔王が死に統率の取れなくなったモンスター達を尚、人間の敵と宣言した。これは後に「血の歴史」と綴られるであろう。
結局、平和になったのは人間という種族だけでその他の種は貶され駆逐されていった。
俺たちとは違う耳だから、自分たちより足が二本ばかし多いからという理由で人間は一体どれほどのモンスター……いや、別種族を殺したのだろう、そして今も尊厳を冒し続けているのだろう。
「……おっと、怖い顔をしてたかな? ごめんねアーニド」
ふと我に返り、自分は大好きな人に何か気に障ることを言ってしまったのではないかと青ざめる美女に俺は謝る。顔に出ていたらしい。
「……勇者様は怖い顔ばかりします。使用人に気にくわない人でもいるのですか? 私が不甲斐ないせいですか?」
その言葉はあながち当たっていた。俺はモンスターというだけで、別種族というだけでまるで邪魔な爪を切る時の様に手の平を返すこの女の簡単に割り切れるところが怒りを覚えるほどに嫌いだ。そうだ、お前が不甲斐ないからだよ。
「いや、誓って君のせいではないよ、少しフランクスの事を思い出していただけさ」
そう心にもないことを優しげに答える。
しかし己の僅かな心の隙すら見せない。
そんなことを何年もやっているからアーニドというものがありながら未だに未婚である。
本音を吐露できない自分を知ったのはいつ頃であろうか。
仲間たちと冗談を言い合っても心の底から素直に笑えなくなった。あれから一体どれくらいの時が流れたのだろうか?
きっと、その沼から俺は永遠に抜け出せないだろう。そんな確信がどこからかある。
「フランクス、彼は最悪です。下品な事ばかり口に出して……勇者様と大違い」
「オスのワーウルフの生殖器には骨があるなんて下品な豆知識は嫌でも頭に残っています。彼は私の純情を汚しました」
「アニードは少し潔癖なところがあるな」
と表の皮ではにこやかな表情を作って余裕ぶって答える。そうだな。君は異種族にはとても潔癖いや……冷徹だった。
なにせ「お前は人との違いが尻尾くらいしかないモンスターの子供を「せめて苦しまないように」との名目でA級魔法の威力の実験台にしたからな」
と言う言葉が頭をよぎった。その直後に目の前にいるこの女に対して怒りがふつふつと湧いて出てくる。
……まだ十に満たない年齢だったろうに。
俺は忘れない、旅で食料が底を尽きかけた時にただ「目の前にあったから」という横暴な理由で襲った小さな霊猿族の村の事だ。
お前らは「身振り手振りでも訳を話し食料を分けてもらおう」という意見を、突き詰めれば「面倒くさい」という理由で押しのけ、全てを燃やした。覚えているか? 君は
「人の形をしていてやりにくい」とほざいていたな。人の形をした異種族を面倒くさそうに殺すお前たちの様子はまさに人の形をした化け物だったよ。
俺は親を殺され、絶望と憎しみという最悪の色の混じった子供たちの瞳をどう見ればいい?
ふと思い出すと地面に頭を擦り付けて泣き喚きたくなるあの衝動を何故お前らは味わおうとしない。理解しようとしない。見ようとしない。
決まっている。
自分が特別だと思っているからだ。
その高慢が、身勝手が自分たちの住んでいる惑星すら壊しかねないことを俺は元の世界で知っている。そして
「……知っているのに何もできない自分が一番愚かだ」
ぼそっと小さく呟いてしまった独り言をアニードは聞き逃した。
「また難しいこと考えてる」
聞き逃したのに感じ取ったそれは恐らく長年の付き合いであるからだろう。皮肉かな、例え心が通じ合ってないとしても。
さて、俺は魔王を倒したわけだが魔王、異種族の王には当然王の住処というものがある、俗にいう魔王城と呼ぶものだ。
魔王城は侵入者を拒むための色々な仕掛けがあるのだが俺はそれをチートスキルで突破し、そして王の首を打ち取ったわけだが、しかし本題はそこではない。
戦国時代、敵将を落とした後やることと言えばなにか? 考えてほしい。
まずは友軍敵軍に城を落とし取ったと報告する事から始める、そして抵抗する敵を殲滅し捕虜とする。そしてその諸々の戦処理を終えた後することと言えば何だろうか?
そう、敵の王の住処、俗にいう城の探索だ。城というのはその国の民の全てが濃縮された場所だと俺は考える。
なぜなら城の形から始まり、地形から櫓、そして宝物庫。これらが集まるまで民がどれほど途方もなく血を流し涙を流し手間を掛けたのかは想像をはるかに超えるだろう。
そしてそれらは無情にも王を打ち取った敵国の物となるわけだが、今回のその魔王城の場合は少し勝手が違った。
何百年という歴史を紡いできたのだから当然と言えば当然なのだが、違う事をあえて言うならば一番の原因はその広さと宝物の量にある。
つまり端を折って説明すると魔王城の宝物探索は未だ難航しており異種族と人間の何百年と続く戦争が終わった4年後になってもその広大な城の掌握率は6割と満たない。
今回はその魔王城の調査班から人類歴4つ目のS+級宝物を手に入れたという一報が入った。因みに他のS+級の宝物は国と脳みそと勇者の三つのみである。
そのレベルの宝物が来るとなると仮にその情報を知ってしまえば相当な貴族ですら箝口令が敷かれ、報告で知るものは国栄第二大臣相当以上しかいないお宝中のお宝である。
そしてその宝物をいついかなる状況でも守れる最高の守護者、勇者にも一報が下る。
この情報に珍しく勇者は少し興味を示した。
アーストラック城から飛び降りた4か月後の事である。
様々な、俗にいうお偉いさんの集まる王城最上層で国王アーストラック・ビラニストはその訝しげな顔に謙遜ない声で調査隊の一兵士に問うた。
「して、その宝物というのは?」
「はっ」
王城の最奥で様々な勲章を持った大臣貴族達の集まる中。王の一声の下、兵士が少し震える手で布にくるまれたその宝物の外壁を一枚一枚丁寧に剥がしていく。
大臣貴族たちは人類の中で史上4番目に入ると調査隊から評されるS+級宝物の登場を心躍らせ、口に出すものが少しいた。
勇者は貴族らと少し反応を同じとする王のすぐ隣でその様子を少々魂胆がある瞳で見つめていた。
宝物の最後の布切れが取られた。
様子を見ていた貴族たちが声をあげる。
しかし今回は、宝物の外観だけでは観客たちの満足たる物ではないらしい。
布を解かれたそれは小振りな水瓶であった。言ってしまえばそこらの平民の庭にでもありそうな少し寂れたその瓶に貴族たちがざわめく。
「あれがS+級?」「人類史上のお宝の一つ?」「あり得ない」「名を揚げたい調査隊のホラではないか?」
などと水瓶と調査隊に疑問の声が飛び交う。
そこに全てにおいて公平を求められた成れの果てが一声を発した。
「静まれ!!!」
ビラニスト国王が大きな声をあげ観客を黙らせた。民が信頼を置く王の怒号に貴族たちは声を発せられない。
発言する愚か者が誰一人いないしんと静まった王城内で続いて王が信頼を置くビラニスト国世紀の英雄に皆に声が聞こえるように問いかける。
「……勇者よ、この水瓶。いかに思う? 本当に其方と、いやこの国と同じ価値があると思うかね? 君に聞きたい」
自らの経験を踏まえ静かさを、そして窮屈さを感じる城内ですらすらと英雄は答える。
「はい、国王。私にはこの様な経験があります。魔物の討伐に更けていた冒険のあくる日、私は牛の顔をしたモンスター一頭と死闘を繰り広げました」
「……ほう、其方程の実力者がたかが一モンスターと死闘を?」
静まった空間の中、王と勇者は会話を続ける。
「はい、敵の実力は完全に私を下回っていました。しかし私は非常に苦戦を強いられた」
周りの貴族、大臣、王は静かに勇者の口から出る言葉を待つ。
「なぜこの様なモンスター一匹にここまで私は力を使っているのか? 戦いの最中少し思いにふけるのは必然でした。そして敵に一つ違和感を覚えたのです」
「……それはなんだ?」
王がたまらず急かして訳を聞く。
「敵は口から血を流し戦っていたのです、最初は私の仲間に傷を負わされ、それが原因だと思っていました」
「……がその割には剣に迷いがなく、傷の痛みによる鈍りもない。いや鈍るどころか敵は剣の精度を更に増して行く」
「その執念に恐怖を覚えた私は全力で応え、敵をやっとの思いで制しました、あのような手強さは生涯十の指に入ります」
「首をはねられた敵の亡骸を見て周りの兵はすぐさま負けを認めました。それはそうだろうあのような強い兵はそうはいない、降伏するのが当然だと私は思いました」
「しかし何やら少々様子が違うのです。敵兵は「蟲玉の力を使ったのに勝てない」と言いました。
あの兵の実力ではないというのです。蟲玉というアイテムを私が破ったことが脅威と言いました」
「その蟲玉というのは?」
貴族の中からたまらず声を揚げ質問する者がいたが、王は許し答えを待つ。
「三つ以上足を持った生き物の胃の中に居れ効果を発動する蟲の卵の塊で出来たA級宝物だそうです。効果は寄生者の肉体の健やかな破壊と戦闘力の爆発的増加」
「それを、なぜ他の物に使わないのか? と聞くと一に数が少ないからと言いました。そして二にこう言いました」
「絶望的な苦しみと妻と子供のため」
「先の通りその蟲玉というものが寄生する時まるで全身の神経に直接酸を塗られるほどの痛みが走るそうでそれで気が狂って一番身近にいる妻と子を敵と勘違いしトチ狂って殺すという代物だったらしく」
「それでも一応A級宝物という事で寄生者の腹の中を裂いて回収を試みました。臓物の中に夥しい白い糸蟲がわらわらと居たので蟲玉とはどの様な醜い物かと思っていたのですが」
「それは白く淡く光る、まるで真珠と間違うほどのまばゆく可憐とも言える光を放つ玉でした」
「其方は何が言いたい?」
たまらず言葉を発した王が問いかけ温度の下がった城内の中勇者は結論付ける。
「つまり今回の、一見、古びたように見える水瓶。もし見てくれで侮り一つ間違えば、その様な効果と可能性を秘めた物の場合もと思いまして」
会場がどよめく、その言葉を聞いた水瓶に近い最前列の貴族達が青ざめた顔をして一歩また一歩と足を下げる。
「……ふむ、なるほど」
王は深いため息をついた。
「……はははははは! 流石ですな、勇者殿!」
勇者の一言に笑いながら両の手を叩き賛辞の言葉を贈る者が居た。勇者はその場に合わぬ演技掛かった拍手に不満げな視線を送る。
「……貴公は誰だ?」
その視線と声を感じ取ったからか手をたたいた男は軽く謝罪をした後、答えた。
「この水瓶の発見者、魔王城第二調査部隊隊長スミフ・クロステルマンでございます。神聖なる場で手を叩いた事及び、勇者様の英雄譚を私めの声で汚してしまったことをお許しください」
周りの貴族が小さな声で話す。「第二調査……? あの変人が集まる第二調査?」「その中でも隊長は頭が狂ってるという……?」
勇者は当然、貴族の声を聴き、そして噂も少々ながら自分の耳にも届いていたのだが、それ等を纏めても自分があった狂人の中でもこのスミフという男はまだ謝罪をしている、面子を保てている分完全には壊れていない「人」のように感じた。
「なるほど、出しゃばった話をしてすまなかった。貴公の、第二調査隊努力の結晶を宝物の程度を聞こうじゃないか。ぜひ語っていただきたい」
心には訃とも怒りを抱いてはいなかったのだが高い身分がその下の物の身分に貶された時に見せる少々気を悪くした風に、周囲が納得するような態度をわざととって返した。
「勇者殿のお気遣い、……本当に心より染み渡ります。賛辞の言葉を他にも送りたいのは山々なのですが込み入った話のため、残念ながら本題に入りたいと思います!」
「まずはこの水瓶がどのような効果をもたらしたのかの説明を」
「魔王城左舷を担当していた私たち調査隊ですが調査の途中少々困ったことがありました」
「隊員が一人ずつ消えていくのです。始めは魔王を倒した後も未だに魔王城に徘徊しているうざったらしいモンスター共に恐れをなし逃げたか、はたまた本当に襲われたのかと思っておりました」
「実際に徘徊モンスターによる被害も大きく、無視できないものですが。まあそれはともかく」
改めたようにクロステルマンは話す。
「その、消えていく原因は解らなかったのですが、私たちの仕事には関係がないものと思い調べていましたら最奥にこの水瓶を発見しました。最初、この水瓶「イコールヒューマン」の中には言い難いのですが、人間のスープが入っていました」
「何故この水瓶にその様なものが入っていたか? と言いますと、それはすぐに発覚しました」
「調査隊の一人が狂ったかのように私たちに向かって剣を振るったのです」
「何人かが倒れ、危うく隊は私を含めて4人になりそうな所でした。運よく警備していた兵隊に私たちは助けられたのです」
一言一言スミフが自分に起った様々な奇妙な話をするのだが、その話とは別に勇者は気付いた。
この男、目が死んでいない。いやむしろギラギラと輝いている。聞いた事がある。調査隊というのは普段このような危険な目に晒されるのが当たり前なので魔王城に行ってまで発掘をする馬鹿は人類の未来を切り開くことに全てを賭けたサイコパスか頭が完全に研究という甘い蜜に蝕まれた気狂いかそのどちらかなのだと。
この男は、このギラギラした目は……
「完全に後者の方か、哀れな」
勇者の最初の見立ては淡く崩れ去った、何故確信に変わったか? それは簡単で、この男、先に話した牛顔のモンスターと同じ目をしていた。
その目に孕むのは狂気か。
「その剣を振るった兵の話によるとこの水瓶を渡したくなかったというのです。この瓶は俺の宝だと言う」
「なぜなら! この瓶に人間を溶かすと死んだ娘に会えるからと大きな声で叫びました!」
「ああ、そんな! 人を溶かし入れると死んだ者に会える宝物とは!!! 素晴らしい宝物があるなんて聞いた事も無い!これは世紀の発見だ! と私はその男を罰としてその場で水瓶に溶かし入れ瓶にこう願いました!」
「この溶かした男の死んだ娘に会ってこの「事」の状況を知りたい!!! この男が何をしたのか知りたい!!!」
「結果的にあの世の娘に合えたのです!!! お父さんとあの世で会えた!! 嬉しい! 全部話してあげるね! と、その子は言いました!!」
貴族たちの中には吐き気を催す者が何人もいた、死人の冒涜だと泣き叫ぶ物も数名いた。むしろ嘘であってほしいという願いすら聞こえる城内の中で男は続けようとする。
「そして私はようやく解ったのです!! この水瓶の効果とは……!!!」
王が大きな声で叫ぶ。
「もうよい!!! スミフ・クロステルマン!!」
スミフは、自分が何をして王の機嫌を損ねたのか解らないというような顔をして黙った。
「この瓶の事は内密の事とする!! そして将来、この宝物は必ず破壊するものとする!」
王はこの言葉をその場にいた貴族及び大臣全てに宣言し帰らせた。
スミフ・クロステルマンの罰が決まり、世界が天文学数値で微量に変わった時
そして人類史上4番目の至宝が人の持つ純然たる悪意に変わった瞬間であった。
……数時間後のビラニスト国、屋台路
「どうしましたか? お気分でもすぐれませんか?」
作られた人形のような体から発せられる声に周りの町人は魅了されていく。
そして、その声を一身に受けるものは一体どこぞの馬の骨かと男たちは思うが、その人物を見て、その美女はいくら視線を送っても万が一、億が一でも自分の手の中に入るわけがないと知る。
「大丈夫だよ、アーニド。それよりあまり破廉恥な服は着ないでくれ、恥ずかしい」
「恥ずかしい……ですか? 確かに勇者様に比べると私は不釣り合いな女かもしれませんが……」
「いや、そういうわけではなくて……」
と少し照れ笑いしながら歩く二人に人は優しい笑みを浮かべたり嫉妬の視線を送ったり様々だ。
(この程度の女に嫉妬か……本当に、異世界の田舎者共ときたら見た目だけで判断する。まあそれは少し言い過ぎか、仮に日本だとしてもコイツは少し目立つ)
勇者の少し曇った顔を見て、少しでもこの人の心を軽くしたいという純粋な思いでアーニドは問いかける。、
「その……城内であまり、よくない話があったのは知っています。詳しくは聞いていないのですが勇者様がそのことで悩んでいるならどうか私にも話して? 二人で分け合いませんか?」
「ああ、話すよ。しかし今はその話ではなく二人の話をしよう。悩み事があるならそのあと、今は二人で楽しむことが先決だ」
「……はい!」
(正直あの話に心が揺らがなかったのは何故だ? あそこまで人を激怒させる話だったらしいのに。なぜ俺は冷静だった? 心がくすんでいるのか?)
「ついていきます、どこまでも!」
アーニドは嬉しそうに自分の最愛の人物に惜しげもない愛を向ける。その世界中が嫉妬しそうな幸運を本人は見ようともしない。
だがしかし。もし仮に、その様な幸運を全て不幸にしても青年は何も感じないだろう、今その全てをひっくり返したとしても、青年はただ静かな目で世界の終わりすら見据えるのだろう。
捻くれを少々通り越した捻じれた、いや、捻じ”切れた”勇者の前に数名の子供が通る。
「……子供ってかわいいですよね」
アーニドが潤った瞳で通った子供たちを粒になるまで見送り、勇者の方に顔を移し語り掛ける。
「そうだね」
その瞳にあどけない子供は本当に勇者の前に写っていたのだろうか。解らない。しかしアーニドは続ける。
「私たちも何時かは……」
希望に満ち溢れたアーニドの言葉を、何年ぶりだろうか。……遮り、勇者が自分の事を話した。
「……僕はね、アーニド。自分が大人になったなんて自覚は今まで生きてきて一度もないんだ」
「だからね、子供は僕が大人になった時に作りたいと思うんだ。でないと子供が不幸になってしまう、子供と変わらない幼い精神で自分の妻の次に愛する人に教える父親になりたくない」
「……僕はまだ完全に世界を救ったわけではないと思うんだよ。まだまだ救うべきものは沢山あって、みんな助けを求めてる」
「本当に周りが、みんなが、世界に平和が訪れた時、その時にようやく僕は大人になれたと実感できると思うんだ」
「アーニド。僕が大人になったと納得するのは一体いつになるのかな」
この言葉もねじ切れた偽りの言葉なのか、はたまたアーニドに数えるほどしか話したことのない本当の心の中の声なのか。誰にもわからない。
「勇者様はカッコ良すぎます。もうそれを思った時点で、語れば誰もが大人だと認めると思いますよ……?」
「そうかな?」
「ええ、きっと……」
二人がお互いの顔を離す。本当に、この二人の心が繋がっていればいいのに。
……そのまま歩き続ける二人に足を止めるものが居た。
「お二人ともお似合いですね!」
急に声をかけられた勇者たちも同様に足を止めた。ふと、話しかけられたほうを見ると小さい女の子がにこにこと笑いこちらを見ている。
ふわふわとした雛鳥のような雰囲気を放つその子供に勇者とアーニドは微笑ましく思い、顔を見合わせ、勇者が答える。
「何か用でしょうか? 申し訳ありませんが今はプライベート中でして」
と、いきなり現れた小さな少女に少し冗談めかし、丁寧に対応する。職業が例え戦闘のエキスパートでも最低限のレディの扱いと言う物があることを彼は勿論理解していた。
少女は頬にえくぼを作りそれに反応して見せた。そして先ほどより数段上の笑顔を勇者たちに見せてくれた。
「すみません! お二人があまりにも美しく、まるで花の蜜が好物な鈴鳥の夫婦の様に見えたものですから。つい」
突然の。子供ながらにも少し大人びた例えをしてきたなぁというのが勇者の感想だった。
勇者のほうは特にそのぐらいしか感じずありがとうと言うだけなのだが、すぐ隣にいる美女のほうはそれだけでは済まないらしい。
「あら、ありがとう。勇者様、この子口がお上手ですね」
……文面から受け取ると不機嫌なように見えるが顔を見ると途端にその印象が変わるくらい嬉しそうだ。
これがアーニドの、彼女の僕以外の他人に対するせいいっぱいの好印象の態度なのだ。
よく顔を見ると先ほど目の前を走っていた子供と五つと違わない栗色の髪をした、少し大きな目が印象的な少女だ。こういう子供にはぴょこぴょこという擬音が似合う。
「ありがとう。僕の大事な人が君のおかけで嬉しそうだ。お礼に何か買ってあげたいところなので君のお勧めのお店を教えてくれないかな?」
アーニドにも目配せで確認をとる。どうやら彼女もこの子供が気に入ったらしい、すぐに頷いて見せた。
「はい! ありがとうございます!」
子供と三人で歩く。よくその姿を見ると服が少し古く、ズボンが所々ほつれては直しを繰り返し、言い方は悪いがミミズの様に見える。
(下流層の子供か、こんな風に上手いこと言って物を恵んでもらっているのだろう。美味しい物を食べた後は服を少々買ってやって、少し話して帰すか)
「ごめん、名前を聞いてないな。僕は」
「この国を救った勇者様。ですよね」
知っていたのか、と勇者は少し安心し目を軽くつぶった。
軽く少女の頭が勇者の上着の腹の部分に触れる。どうやら抱きしめられているようだ。
……鈍い感触が腹に伝わる。
……違う。
目を開けると俺は腹部に刃物を充てられていた。
「……つっ!!」
あまりの事に。十に満たない子供が自分を殺しに来たのは初めてな事実とこの程度の奇襲に気付けなかった情けなさと自分がここまで平和ボケしていた事に驚きつつも後ろに飛び退き、内臓を何度も刺し回される最悪の状況を回避する。
腹部を押さえながら勇者は話す。
「君みたいな子供が何故……?」
いや、解っている。勇者は人類史上最高の英雄である。が、それは「人類」の話。
「君は……!」
理解した勇者に少女は恨みの言葉を大きな声でぶつける。
当然その声は響き、何か事が起きたのかと暇な市民たちが騒ぎを起こす。
「私の親の仇……!! 私は霊猿族の……!! お前たちに殺された父マルトと母カレスの子だっ……!」
「お前たちをころ……!!」
少女が続ける自分の父母を殺された恨み事を話そうとした時勇者が大きな声を上げた。
「待て! ……アーニド!!!」
勇者のこれまた数年ぶりに出した雷音の様な声がした瞬間、霊猿族の少女が蹴られ、吹き飛ぶ。
世界有数の勇者に次ぐ魔法剣士「惨劇の」アーニドに係ればこの程度のモンスター、駆除するまでに勇者の言葉が半分も終わらない。
「勇者様のお声により頭を蹴り吹き飛ばす程度にしました。が、何故このモンスターを生かすのです? 訳が分かりません」
と、先ほどと同じ人間とは思えない低く冷たく重い声でアーニドは語る。
「勇者様、この程度では……」
アーニドは頭では理解し解ってはいるが万が一でもと勇者の傷の具合を聞く。
普段なら自分の刀傷より勇者の擦り傷を心配するのだが今、大切な物を守る為にはそのような隙を見せてはいけない事をアーニドは歴戦の戦いでとてもよく知っている。
そして、勇者はこの程度の攻撃は効かない。
「ああ……大丈夫だ。剣闘士スキル「オートシールド」が発動した」
「レベル30以下の攻撃は無効でしたね。常時発動させるその技術には感服致します……が」
何故自分を刺し殺そうとした敵を殺さなかったのか? 生かしておく必要がない。
もし生かすとすれば捕虜にするか慰み者にするかだが、彼がその様な事をするとは思えない。
最愛の彼は何をしたがっているのか解らなかったが次の言葉で流石に肝を抜かれた。
「あの少女は殺さないでほしい、……話したい」
「ダメです」
勿論許せるはずがなかった、当たり前である。戦いとは敵を侮った瞬間、例え実力が竹と鉄の硬さ程離れていても、鉄が竹に強度で負けることも優にあり得る。
敵を侮るという事は鉄をも真っ赤に錆びさせるほどの悠長な時間を相手に与えるという事。そんな願い聞けるはずもなかった。
「……君を初めてパーティに入れた時以来のお願いだ、頼む。聞いてくれ」
ここで最愛の彼は恐ろしく卑怯なことを持ち出してきた。好きな男に自分が初めて会った時の態度の失礼を枷にされると女は何もできなくなる。
勿論その事を勇者は知っているわけだが。
「……分かりました」
アーニドは唇を強く噛み、願いを聞いた。
確かに彼の心配はしている、もちろん十分なほどに。しかしなぜこの様な願いを聞いたのか? それは少女と勇者の力の差が小麦の乾麺と樹齢150年になる太く大きな大樹の堅牢性を比べてみろという程に圧倒的な差があったからだ。
たとえ勇者が少女にわざと数時間喉元を見せようとも、少女はそれに手の平で触れることすらできない。
そこまでの実力差があっての事。おまけにもしもの時の保険に自分が居る。そう判断し勇者の愚行とも言える行為を受け留めた。
何が起こったのかと周囲の衛兵たちが彼女の周りに集まってきた。その衛兵たちを制止するようにアーニドは命令する。最後に異を唱えた衛兵はこう話した。
「ですが! 市民の話によれば勇者様は!」
それを冷たくアーニドは突き放した
「この程度で倒れる程、英傑は優しくはない。静かにしていろ」
……天気が良かったのだろう乾いた雑草をサクサクと踏みしめ勇者は少女に近づく。
「……大丈夫かい?」
少女の栗色の髪は血で汚れ大きかった瞳の片方は潰れていて血が流れている。そしてもう片方の目で明らかな殺意を持ちこちらを睨みつけている。
「片目がつぶれてしまったか、少し待って」
アーニドと衛兵たちの驚く声をはさみで断ち切るように少女に上級魔法リア・ヒールを掛ける。
「このヒールならたとえ手足がもがれても元の状態に戻すことができるんだ」
「話してくれないか? 君の事を、悪い様にはしないから」
勇者は足を折り手を伸ばし少女に優しく問おうとする。先ほど殺す気で襲い掛かってきた者にするその態度は他の市民の目からするに、馬鹿でもなければ人格者でもない。
完全に狂ったそれに見えた。もちろん衛兵もアーニドも放ってはおけなく声を上げるのだが勇者はそれを制止する。
「少し黙ってくれ」
そう言って見る目は、一緒に時を過ごしてきた恋人を見るような目ではなかった、その目の中にあったのは憎しみと怒り。それだけが渦巻いたとても悲しくそしてとても強い眼だった。
そして少女のほうを見るがそのさっきまでアーニド達に見せた物とは程遠い。まるで味方と敵を間違えたかのような様子にはまさに狂気という言葉が似合っていた。
「狂っている……の? 勇者様……?」
アーニドは初めて勇者の本質を見抜いたのかもしれない。
「動けるかい?」
先ほどまでよりは大人しくなった周囲を見据え勇者は少女に話しかける。
「……何故、ヒールを掛けた……?」
先ほどの柔らかな微笑みは今は、憎しみを含めたナイフの様に刺々しくこちらを向いている。
勇者は、彼は、ただ少女を助けたかった、自分が関わった種族を殺してしまった後悔や異種族だからという理由でひどい扱いを受けていたであろう彼女に少しでもこれから先裕福になってほしい。
自分の今の力ならそれができると思っていた。その確信があった。
「……君と話したいと思ったから」
だからこのような無理を言ってまでこの子に便宜を図った。知りたかった。この子だけでも幸せにしたいと思った。
そうすれば自分の罪が少しは軽くなると思ってしまったのかもしれない。
「死ね」
そして、その敵意を勇者は聞く。
「お前たちが両親を殺した、お前たちが私の平和を奪った……!! 親と兄弟が魔法の雨に打たれ焼死し一体私に何が残ったと思う?
「何も残らなかった。お金も私の人権も家族と居る温かさも何も残らなかった……!! ただ一つ使命として心に残ったのはお前たちを殺すという目標だけ……!!」
「その目標にたどり着くまで、今ここに私が居るこの瞬間だけのために私が何をしたか貴様に分かるか? 体を売り、人を殺し、過去と空腹と寂しさに心を委ね!!」
「それはただお前たちを殺すためだけにしたことだ、罪を償え! 皆を返せ! お前も私の閉じた未来を……絶望を味わえ……!!!!」
「私はお前たちを……許さない。分かり合おうとも思わない。永遠の地獄に落ちろ……!! 大量殺戮の極悪人!!!」
その言葉が終わった瞬間少女は何やら呪符を唱える。それは追い詰められた、何かしらの信念を持った敵が最後にやる行動。
勇者とアーニドは何十回と見てきたその呪文を少女は一瞬で唱え終わる。
「全員伏せろーーー!!!」
アーニドが周囲を気にして叫ぶ。
その瞬間、少女は腹の中から粉々にはじけ、爆風となり勇者を襲った。
……煙の中に失意に塗れた男が一人立っている。
「……僕は唯、君を助けたいと思ったんだ……」
周囲が肉片と血にまみれた中心で男は自分が大量殺人者だという事を、心でも体でも理解する。
「君の言葉を聞いて心の底から謝って、ほんの少しばかり理解してもらって……」
それは、昔から分かっていたはずだった。
「ダメージを受けないんだ……」
はずだったんだ。
「レベル30以下の攻撃は……」
自分が異種族に嫌われていることは。
「君の攻撃は届かないんだ」
けど心の底では違うって思いたかったんだ。
「心はこんなにも痛いのに」
否定したかったんだ。
「君の痛みを知りたいのに」
ただ平和になってほしかったという独り善がりな願いが。
「僕は知れないんだ」
世界すら潰す呪いになるなんて、理解したくなくて。
「それは、僕が勇者だからなのかな?」
世界平和。それは唯の願望。みんなが抱く世界平和なんて結局は自分の理に繋がるから。自分が幸福だからと不幸な人に対する後ろめたさが生み出す
幻想だったんだ。そう言っていれば少しは不幸な人を憐れんで自分の器の大きさに浸れるただの高慢の一つだったんだ。
それまでの僕は本当に正義と言う道の後に平和があると信じていた。正義の後に付いてくるものなんて、結局は自己満足しかないのに、本当に平和を願っているならすることは何か。
その先にあるものは結局血でしか語れない、自分や他人の都合で引き金を引く事。それが正義だと気付くのはもう僕の手におびただしい血が付いた頃だろう。
眼から零れ落ちるのは深い絶望と永遠に逃れられない闇。
……あくる日の夜。
アーストラック城内に何者かの影が入る。
城の警備兵達は後に言う。あれ程の、平民は立ち入ることすら許されないアーストラック城の構造を知り、警備兵まで一瞬で気絶させる観察眼と戦闘スキルを持つ者は知らないと。
……黒い影が城内の廊下を歩いている、その者の様子はとても侵入者とは思えないほど足取りが軽やかで気品と力強さを感じさせた。
「何者だっ……!!」”それ”に出会ってしまった警備兵が異常を察知し槍を向ける。が、その抵抗は空しく足から崩れて落ちた。
一息つく何者かの顔にステンドグラスからの月の光が掛かり顔が映る。
どこか疲れたよく出来た顔、それはまごうこと無く勇者の顔であった。
「ここか」
何を考えているのか全く持ってわからない勇者が足を止める。その場所は牢獄。彼はここに何の用があってきたのだろうか、それはすぐに分かった。
看守を手慣れた戦闘技術で泡を吹かせると牢獄の鍵を手に囚人の下へ向かう。あまりに軽やかな手際に囚人たちは惰眠から起きることすら許されず気付く者もいない。
その中を堂々と歩くのは通常の人間ならば気持ちの良い物であるだろうが様々な悦と命のやり取りと云う経験をした彼にはこの様な事、まるで朝起きた時の歯磨きの様に小慣れたことである。
その足の向かう先はどこか?
一人の監獄の扉が開いた、研究と狂気にその身を委ねた男、その囚人の扉に刻印された名はスミフ・クロステルマン。
「……勇者殿……? なぜ貴方が?」
思ったよりも早く外の空気を吸えた事と意外な面会人にたまらずスミフは声をあげる。
「出ろ、クロステルマン。お前みたいなのは本来、助ける訳が無いのだがな」
「……あの水瓶について聞きたい」
勇者は冷たい目でスミフを眺めそう言った。
「……ハハッ!! 勇者殿は本当にお目が確かだ! 王や貴族はあの水瓶は死んだ者と会話できるものだと思っているがアレはそんな程度の物ではない!!」
スミフは目を開き口を耳まで裂けるかのような顔で興奮して勇者を心から認める。
「……あの話の続きを聞かせてもらおうか」
その言葉はもう不要だった、スミフはこの”研究結果”を誰かに話して仕方がなかった。
悲しいかな研究者とは自分が知るだけでは何もできないものでより高みに行こうとすれば必然的に誰かに知ってもらう必要があるのだ。自分が努力して知ったものを他の者に教えなくては何も成す事ができないという事は悲しい物である。
「はい! では、聡明な観察眼と探求心を持った勇者殿に説明を。
……例のあの世の娘に会ったのですがその娘はこう言ったのです何が起こりお父さんと話せるようになったのかは解らない、ただ初めて会った時のお父さんは人を殺してしまったという言葉を漏らしていたと言います。そして会話していくうちにお父さんは人は殺したが願いがかなってよかったと言ったと娘は言いました」
「ここで一つ疑問が、私も最初この水瓶は死んだものと交信できるものと暫定しておりました、しかし何か引っかかる」
「……「願い」?」
勇者は少し考えこの題の核心、正解の1ピースを繋ぐ。
「その通りでございます、勇者殿! 私もそれが引っ掛かりました、ので」
「……また、試したのか?」
勇者が険しい顔でスミフを睨みつける。虎に睨みつけられるより数倍恐ろしいそれにスミフは恐怖を覚えた。
「い、いえ!”二人目”は使っておりません!」
少し震える声で怒れる竜か白虎に自分の命の釈明を試みる。嘘をつけば逃れられると少々スミフは思ったがそれは文面だけ見た物だけが思う愚行であることを彼は知った。
本当の命をを終わらせる程の脅威の前では人間は虚を言うより本心から物事を話したほうがいい。というより彼の、スミフの器ではこの命を賭けた恐怖の賭博に嘘という虚実のチップを賭ける心の力はなかった。
それに全てを賭けれるのは相当の馬鹿者か、理解しがたい異次元の者か。
「……そこらのトカゲを。人の命以外でもこの現象は起きるのか実験がてらに使わせていただきました!」
「……ほう」
以外にも勇者は彼を信じた。それはそうで、彼の前では町一番の嘘つき程度では欺けないくらいには自分の問いかけに重みがあることを知っているからだ。
スミフは命の、言葉のやり取りに便宜を図ってもらえたことに安堵した。
「……それで、結果は?」
「はい」
少しためて、自分の発掘の成果と調査の賜物を言葉にする。
「成功でした! トカゲを入れた時、私が実験がてら望んだ物の湧き水がどこからともなく現れました! 何故か死者と会話する願いは叶えられなかったのですが……しかし!そう!! やはりあの瓶は死者と会話できる程度の代物ではなく!」
「……「溶かした物を代償に願いを叶える水瓶」。確かに、これはS+級、いや、それ以上の宝物だな。……ただそれは大きすぎて」
人に扱えるものではない。この水瓶の真の力が知れれば人はどんな残虐な事でもするだろう。奪い合いあうだろう。醜く、醜悪に、どこまでも黒く、深く。この世界を飲み込んで。
「クロステルマン。何故これを王に献上しようと思った? この瓶が魅力的に見えないほど貴公の目は曇っているのか?」
頭に浮かんだ当たり前の不思議を馬鹿にしたように勇者が問いかける。
これほどのお宝。いや、人の夢を描いた願望機、独裁者が持てば如何様にも世界は変貌するだろう。持った者の願いのままに。
それにスミフは今までの質問よりいち早く答えた。
「はい、曇っております」
意外だった。スミフはそのまま続ける。
「……私はこう思うのです。研究者はみな、等しく毒に犯されていると」
「……毒?」
思わず茶々を入れた。
「はい、毒です」
「その毒を治すために研究者は毒を調べるのですが調べれば調べるほど毒に犯されていく、そのような厄介な毒です」
「研究者はみなその毒にかかり何かを捨てています。それは、お金だったり恋人だったり、また自分の人生すら投げ売ってその毒に立ち向かう者も多い」
「しかし悲しいかな、その毒の名を研究と言います。目など、とうに毒によって曇っているのですよ」
勇者は目を丸くしこの男の第一印象を改めて思い出した。
「……ふっ、冗談が言えるんだな、クロステルマン」
久しく心の底から彼は笑いを口に出した。スミフも乾いた口で笑う。
まるで小さな女の子が友達と秘密を隠して笑いあうように二人ともくすくすと声に出して笑っていた。
二人は城内を歩く、目標はあの水瓶だ。
「お前は来なくていいんだぞ、クロステルマン」
「いえ、私が発掘した代物を世界を救う宿命のお方がどの様に使うか見物だと思いました!」
「俺は水瓶を壊すだけだ。それ以外に何を期待している?」
「それも、また良しとしましょう。ただ私は見たいだけです! その瞬間を!」
「この機に逃げればいい物を、貴公もまた変人だ」
と、話の最後にスミフより一歩多く前に出て彼の行く手を遮る。スミフは驚きながら少したじろぎ、同じく足を止めた。
「そして、お前もだ」
勇者が暗闇を見つめ問う。スミフはそれに気付かないが先ほどの勇者と同じ様に月の光が体に掛かりやっと正体がつかめる。
「なあ、アーニド」
冗談めかして言う勇者にアーニドは柔らかな表情でこう答える。
「これより先に進まないでください、勇者様」
「……なぜ?」
「……勇者様が久しぶりに声を大きくして話している所を見ました。……話に参加していない私までも良き時間が過ごせました」
暗闇の中とは言えアーニドの気配を見逃した事に勇者は衰えを感じていた、先の子供の件もあったのもそれを思う切っ掛けになったのだろう。
「……アーニド、僕らの時代は終わったよ。もう勇者という力の象徴は要らないんだ。世界は僕ら無しでも、もう必要十分に回っていくだろう。大きな戦争も終わった。そして、次の力の象徴となるあの水瓶もこの世に不必要なものだ」
「勇者様、私たちは英傑です。確かにもうこの世にそれは必要ないかもしれません。でも、私たちの”意思”を残す必要はあると思います。その意志を語り継ぐために私たちは、英傑は生きなければならないと私は考えています」
殺気と殺気がぶつかり合うというのを初めてスミフは感じた。本当に空気が凍り付いたものと思えるほどの間が三人を分ける。
「水瓶もその”意思”の一つだと……?」
「……下がってください、勇者様」
「……下がれん!!」
勇者の一声を皮切りに戦いは始まった。そしてその声が発せられた瞬間、誰よりも速くアーニドは剣を抜いた。
惨劇のアーニドのスピードは勇者より勝った。だが、彼女の狙いは勇者ではない。勿論勇者の四肢を狙い、怪我を負わせることに成功すれば大きなアドバンテージになるだろうしかし世界で一番勇者の戦いを見てきた、彼の実力を誰よりもよく知っているアーニドは真面に戦うことはしない。
それが悪手だと知っている。勇者という最強の剣士を戦うことが不可能な状況に陥れることがどれだけ、果てしなき程難しいか説明は不要である。なら狙うは。
……誰よりも速くスミフを狙いアーニドは突進した。勇者は、彼は間違いなく助ける命は、助ける。そう思っての事だった。
思ったよりも勇者の反応が遅れていた。以外にも簡単にスミフの心臓に穴が開くと彼女は決め込んだ。……が。
「っだぁぁああ!!」
勇者の声と同時に鈍い音を発て剣は弾かれた。
スピードは圧倒的だった、彼女の一撃は勇者すら碌に反応できていなかっただろう。現にスミフの心臓は貫かれる一歩手前のところまで来ており、通常ならどのように体を極めた物でも防ぐことはかなわなかっただろう。
しかし、勇者はそれを可能にする。
「「四倍加速」……。勇者様の固有スキル……ですね」
「固有スキル……か」
勇者の口にする「固有スキル」実際にはただの自称神を名乗る老人から渡されたチートスキルを勇者がそれらしく周りに吹聴したものである。
彼の歴戦の戦いの中で最も信用したそのスキル「四倍加速」は勇者の十八番として最も知る者の多いスキルである。
初めて異種族を殺めたスキルだった。しかし何度も助けられたその技に彼の思い出がない訳が無いだろう。
「しかし、誰かを守る為に使ったのは少ないな」
「……クロステルマン! ここまでだ! 逃げろ!」
彼女の、アーニドの一挙手一投足も目を離せない状態の勇者はスミフの方は見ずに大きな声で叫んだ。
「しかし!」
「……せっかく目の曇りが晴れてきたのだ、生きろ! スミフ・クロステルマン!!」
「ぐっ……!!」
人類最高の英雄にここまで言われたのだ、少々泣いても仕方がないだろう。しかし何もできない自分の悔しさも目に浮かんだ。
「勝ってください! ……勇者殿っ!!!」
そう言ってスミフは勇者たちを見ながら二歩三歩とゆっくり足を動かし名残惜しいようにその場を離れようとした。
その隙だらけの様を惨劇のアーニドが見逃すはずがなかった。その技の発動からのタイムラグは0,2秒もあるのだろうか? 足元に陣が敷かれる。
……勇者はそれを知っている。それは彼女の足に描かれている魔法陣「加速」。それを瞬時に発動させたのだ。
この技と彼女のスピードを合わせられると正に鬼に金棒。勇者にすら手が付けられない。
「させると……!」
一瞬でスミフとの間を詰めると共に今度は彼の頭を狙う。
「思わないな……!」
剣と剣による火花が散る。これまた
「四倍加速……っ!!!」
そう言ったのは勇者だろうかアーニドだろうか。
スミフは震える足を何とか引きずりつつ城の入り口まで向かう。その様子は生まれたての小鹿の様に弱々しい物であるが今回ばかりは獰猛な豹も逃さざるを得ないようだ。
なぜならその小鹿の前には精錬な獅子が睨みつけているのだから。
しかし、アーニドはそれでも機を伺い再度スミフに向かって攻撃を仕掛ける……が、先ほどと同じくスキル四倍加速によって剣が弾かれてしまう。
剣を弾いた勇者は余裕の表情を浮かべ、こう言い放つ。
「すまないがアーニド、君は僕に勝てない」
非常に余裕を持ったこの発言に少し苛立ちを感じるアーニドだがそんなもの程度が戦いにほんの僅かにでも有効になるのか? という疑問を抱くほど戦場を知らない彼女ではない。
頭の中の苛立ちは一瞬で消え去り自分なりの固有スキル「四倍加速」の攻略法を頭の中でおさらいしてみる。
日常の中でも戦いを忘れたことなど一度もなかった彼女は勿論、最愛であり全世界最強のその人、勇者であっても、だからこそ、その攻略法くらいは考えていた。
正直に言ってしまうと四倍加速には弱点がない。自分の限界をはるかに超えるスピードで無条件で動けるあの技はある類の「極み」にあるものだ。なら狙うものは何か?
「……」
刹那の無言。彼女は勇者に向かって突進した。
勇者とアーニドが戦った場合、確かに有利は大きく勇者側にある。だが、それでも彼女に常勝できる程の実力差は実際のところ無い。十回やって一は負けるかもしれない。
そして、その負ける要素があるとすればそれは「心」の問題だろうと勇者は睨む。この場合の心とは油断や実力差から来る高慢で生まれる隙等による「精神」の事である。
そもそも勇者は異世界転生により人生が二回目だとしても流石に元の世界では戦闘が本職ではない。
神から与えられた最強の肉体や、魔王を倒すまでに鍛えられた技そして、チートスキルは確かに勇者の強さの根幹ではあるのだが、唯一他の者とは違って育たないものがある。それが「心」。
それは人生が二度目とはいえ最初からすべて揃っていた勇者と、才能はあってもその才能に溺れない心と地獄のような鍛錬と血みどろの戦場で培った技を持ったアーニドの決定的な違い。
戦いとかけ離れた暖かな揺り籠の上では龍の卵は孵りはしないのである。
今回はその差が出たのだろう。
魔術陣「加速」を使って突進してくるアーニドに勇者は四倍加速で応えた。互いの剣が交わる。女がてら力の劣る彼女の剣はそこで止まった……かに見えた。
「……爆破」
……にやりと笑ったアーニドが呟いたその瞬間に彼と彼女の剣を交えた僅かな隙間に爆炎が舞う。
「アーニドの剣が……爆発した……!?」
驚く勇者の体中に鈍い音が響いた。
「ぐっ……!!」
アーニドの口に咥えられたナイフが勇者の右足に深く刺さっていた。
四倍加速。それを最大限有効に使うのは戦闘により鍛えられた”目”。爆風で遮られたその目は適切には使えない。当たらない剣など怖くはないのだ。
この戦いの結果は意外にも勇者が膝をついた。
「私の勝ちです」
跪く勇者の頭のすぐ上に剣を振りかざしアーニドは戦いに勝利した。
彼女のスピードとこの距離ならいくら勇者が最速で回復魔法を使えたとしても、その十分の一の詠唱も終わらないうちに首を刎ねるのは容易であろう。
「ここより先は進ませない」
「……アーニド」
「聞きません」
……勇者は何かを捨てた時の爽快感を心に残し、下を向いたまま口に笑みを浮かべた。
「……僕は、いや、俺は君の敵と見なしたものにどこまでも冷徹になれるその性格が嫌いだった」
「俺は君たちの言うモンスター。いや、異種族を蹂躙し滅亡させようとする君たち人類を憎んでさえいたのかもしれない」
「でも、俺もその人類の一人だと、その原因を作ってしまった一人だと思った時から俺は囚われていたんだ」
アーニドは思わず声を出しそうになってしまった。「やはり私が不甲斐なかったせいだったのですね」と涙を貯め応えることを彼女は強く抑える。
「世界を平和にしたいと俺は魔王を倒した、でも人間だけが幸せになって、その他の者が虐げられる世界なんて、
自分たちだけが得をするだけの世界なんて本当に全てが平和になったと言えるのだろうか」
「なんでそれをっ……!!!」
何故自分に言ってくれなかったのか? アーニドは答えてしまっていた。最愛の者がここまで自分を否定し、追い詰め、苦しみ抜いてきた事を互いに分かち合えなかった。
それが彼女にはとても苦しく、そして何より不甲斐なかった。
「俺はね、アーニド。自分でいうのもなんだけど、馬鹿なんだ。頭が悪いくせに人一倍難しいことを考えるのが好きで、いい年して自分が特別だと思って格好の良いふりする。自分を貫くと言ってその足跡を見ると後悔だらけだ。好きな人にも僕の考えは解らないだろうと勝手に思って、嫌われるのが怖くて言えない臆病者だ」
「笑ってくれ、世界を救った勇者がこんな馬鹿野郎じゃあ、死んでいった者達も救われないだろう?」
そう言って始めて見せる少し暗いゆがんだ笑顔をアーニドに見せた。アーニドの剣が震えている。目には涙があふれていた。
「そんな馬鹿な俺をずっと好きでいてくれてありがとう。アーニド」
「「四倍加速」」
既にアーニドは戦闘の意思はなかった。そんな彼女の後ろを簡単にとれた勇者はアーニドの首の後ろを強く、思いを込めて打った。
「さよなら」
最後の勇者の言葉になにも返すこともできなかった。言いたい事は沢山あったのに、体がそれを許してくれない。アーニドはほんの少しの眠りに就いた。
刺された足を引きずりながら一人勇者は歩く。
久しぶりの深い痛みに勇者は少し嬉しさを感じた。あの少女の心の痛みが少しわかった気がしたからだ。それは彼の頭の中で描いた幻想だろうが、それでも嬉しかった。
勿論自分でその足を治すことなど造作もないことだ「秒間自動回復」のチートスキルを使えば歩くだけで1分もかからず完治しその痛みを味わうこともないだろう。
アーニドと戦った時だって勇者のチートスキルをすべて使えば彼女は勇者という最強の敵を前に万が一にも勝てない非常に苦しい戦いを強いられる。しかしそれをしたくなかった。
最後位は、誰かから何かを与えてもらいたかった。勇者はそんな弱い心も持っていたのかもしれない。
……そして願いを叶える願望機。あの水瓶の前に来た
「スミフの言ったとおりの場所にあったか。……あいつも達者にやってくれよ」
そう、少し笑って水瓶を見る。
「アーニドは、俺の願いそうな事を自分なりに考えて、この結論になって邪魔したんだろうなぁ」
彼女の事は最後に本当に好きになれた気がして勇者はとても嬉しかった。
勇者は人を生贄に願いをかなえる禁忌の水瓶に手を伸ばす。
「さて、水瓶。お前の能力の答え合わせだ」
勇者はスミフの話を繋ぎ合わせてできた一つの回答、恐らくの正解を繋ぎ合わせる。
「お前の能力は人を溶かす代償に願いをかなえることだが、疑問がある。スミフのトカゲを贄に使った時に一番の願い死者の娘に会うという願いがかなえられず恐らく二番目の願いであった湧水が出たという話の事だ」
「あれは多分、死者に会うという願いの代償がトカゲと「釣り合って」無かったのだろう?」
この宝物は、水瓶が溶かした生物の”ランク”とも言えるモノによって叶えられる願いの強さ、スケールが変わる。つまり。
「生物の価値を見定め、それを肥やしに願いをかなえる。なんとも狡猾で姑息な願望機め」
本来生き物。いや、命とは平等なものである。それを根本から覆すそれは正に「純悪の忌子」腐り落ちた世界の価値観の根源。
「だが使いようはある」
ふふっと乾いた笑いを最後に手を天に掲げ勇者は叫ぶ。そう、彼には願いがあった。この腐れた願望機を使ってまで成し遂げたいことがあった。
「この世に二つとない天を司る神から与えられた肉体と戦場で極められた技、そして同じく天から与えられし数多の最強のチートスキル!!」
「この三つを持つ俺の肉体の価値をかけて願いを問う!!!」
全てを、神から作られし考えられる限りの最高の能力を持つ自分を賭けての願い。
「世界を……!!」
それは、あまりにも愚かな願い。
それは、命を懸けて戦うものが願う根底にある物。
それは、まるで何不自由ない小さな子供が父母と一緒に幸せに「おやすみ」を交わす時にふと思う答え。
命の、最後の言葉を言う勇者の瞳には何が映っていたのだろうか?何も映らなかったのかもしれない。だからこんな願いを叶えようとしたのかもしれない。
結局彼は独り善がりで、偽善的で、知能の低い愚者の願いなのかもしれない。
―――だが自らの命を賭けてまでするその願いはきっと
「世界を、少しでも……僕の大好きな醜くいこの世界を……平和にしてくれ……!!!!」
……それは、とても愚かな願いでした。
それでも勇者は願いました。つよく、つよく願いました。
勇者の体はみるみる溶けて小さくなっていきます。
どこかの国の夜。獣の耳が生えた母親が子供におとぎ話を聞かせている。
しばらくすると勇者の体と水瓶は消えて無くなってしまいました。
ですが勇者の願いは残りました。
この世に本当の平和が訪れてほしい。その一心な願いはお城から離れ、見る見るうちに天を昇っていき青い空を超えました。
そして雲を超え、星を超え、どこかにあった神様の国へ届きました。
神様は言いました。
彼を勇者にしてよかった、彼こそが
真の勇者だと―――
勇者の願いはお星様になり世界に降り注ぎました。
人々は勇者の純粋な声を聞きました。
みんなが暖かい気持ちになって。人と獣は手を取り合って。
―――世界は少しだけ平和になりました。
母親と同じ耳の生えた子供はそのおとぎ話を聞いて、安心して眠った。
家の壁には子供の書いた拙い絵が貼ってある。そこには、スコップを持った男と剣を持った女、そして、とても良い笑顔の青年の大きい絵が貼られている。
そして、幸せそうに寝ている子供とその絵を照らしているランプの淡い光が少し寂しそうに消えた。
この世界。
地球よりも遠い遠い別の世界に生まれた。
少し変わった仲間と。
この世に二つとない愛を手に入れた。
幸せな勇者のお話。