衛生兵殺しチバ   作:暁学園前

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猟師のチバ

 

 

 

 

 

 ぼくは長閑な村の出身だ。なに、名前を知る必要もない。村の人全員が知り合いだった。それだけ言えば伝わるだろう。

 ぼくはそこで猟師をやっていた。自分で言うのも気恥ずかしいけど、そこそこ腕は良かったからそれなりの収入は得ていたし、結婚も出来た。ストレートの黒髪が特徴的なカチューシャという十七の少女だ。彼女は家事が良くできているし、ぼくが二人で家事を分担しようという提案にも乗ってくれた。帝国じゃあ、夫に家事をさせているのか、といった風に言われるだろうが、ぼくはこれが本来あるべき家庭の形だと思っている。

 

 

 

 狙いを絞って呼吸を止める。自然と一体化して気配を消すんだ。ぼくは自分にこう言い聞かせることで、獲物を取り逃がさないようにしているのだ。

 照星が鹿の頭に付くと、ぼくは一気に引き金を引いた。マズルフラッシュが目に焼き付き、硝煙の匂いが鼻をつく。

 ぼくは獲物を仕留めた手応えを感じ静かに立ち上がると、鹿が倒れているであろう場所へとゆっくり移動する。するとそこには予想通りの、頭に赤い点が浮かんでいる鹿の体が横たわっている。ぼくは鹿の体を持ち上げて、肩に掛けると村への帰路についた。

 

 ぽつぽつとランタンが点いていく。そのランタンは生活の光、人々が暮らす温もり。

 そのランタンが点いているというのに遊んでいた子どもたちも、家から聞こえる親の声につられて足早に帰っていく。その途中でぼくと目が合うと、「チバ、帰ってきたんだね。お疲れ」といった風に上から目線の子どもが話しかけてくれる。ぼくは手を挙げて返す。

 そして、ぼくが家に着きドアを開けると同時に「今帰ったよ、カチューシャ」と言う。するとキッチンの方からぱたぱたと走ってきて、「お帰りなさい」と返してくれる。

 ぼくは鹿の体に防腐剤を撒いてから倉庫に置き、カチューシャが大事な話があるということなので、そちらに向かう。

 ぼくがテーブルを囲む椅子に座ると、カチューシャはその反対側に座った。一体、どういう話を持ちかけられるのだろうか。家を空ける時間も多いし彼女になにか不満が募ってしまったのだろうか。ぼくはどんな話題が来ても平気を装えるように、唇を少し噛む。

「私ね。お腹に赤ちゃんがいるのよ。あなたの子どもよ」

 ぼくは予想外の言葉が耳の届いたことで、戸惑いを隠せなかった。子どもが出来たのは嬉しい。夢のようだ。だけど頭の整理がつかなかった。すると、カチューシャは不安そうな表情になってしまい、ぼくはその様子を見かねるとすぐに自分の本心をありのままに話す。

「すごく嬉しいよ。ただ唐突だったから、ちょっと戸惑っただけだよ。──ただ、子どもが出来たとなると準備も必要になるね。赤ちゃんのことだけじゃなく君のことも考えなくちゃいけない」

 ぼくがそう言うと、カチューシャは少々考え込んでから「そうよね」と答える。

「しかし、本当に嬉しいよ。名前はどうしようかな」

「男の子だったらアレクセイがいい。きっと優しい子に育つわよ」

「女の子だったら……そうだな……スサンナとかがどうかな?」

「いいわね」

 ぼくたちがそうして幸せを感じているときだった。突如として爆音が鳴り響く。家の中が軽く揺れて、棚の食器もあと一歩で踏みとどまっている。

 何事かと思い外に飛び出すと、老若男女が叫ぶ声と逃げ惑う人々の姿が炎に照らされていた。ぼくはすぐに状況を理解できた。連邦軍がこの村を攻撃しているんだ。となると、歩兵が攻めてくるのも時間の問題だ。

 ぼくは自警団が武器を置いている場所まで走る。家にある猟銃じゃ制式ライフルと勝手が違うし、性能も戦闘に特化している。ぼくの家がある場所から百メートルぐらいの場所に丘があり、その丘のてっぺんに自警団の武器庫がある。

 丘を全力疾走で登りきり、武器庫の扉に体当たりをするようにして駆け込む。すると、中では団員に武器が配られていてぼくもそれに紛れる。ぼくは正確に言えば自警団の一員じゃないし、昔に通っていた学校でたまたま軍事教練があったから戦いのノウハウは理解しているつもりだ。

 何より、これから生まれる子どもたちが初めて見た生まれ故郷が、焼け野原だったなんてことにはしたくないから、全力でこの村を守りたい。

 ぼくは、相変わらず厳つい顔をしたサッヴァから帝国軍の制式ライフルとその弾薬を受け取ると、砲弾が飛んできた方向へ配置される。そして、武器庫を出たときには既に、遠くに薄い橙の迷彩を着込んだ連邦兵が見えた。規模としては一個中隊ほどだろう。ぼくはライフルに弾が入っていることと、給弾が行われるかの動作確認を行うと一人だけで森林の方へ駆け込んだ。ぼくは狙撃手の才能があると言われていたし、正面から撃ち合うより団に貢献出来るだろう。

 茂みを隠れ蓑にしてしゃがむと、味方と銃撃戦を始めている連邦兵に狙いをつける。幸運なことにも誰一人としてぼくのことを見つけていない。狩りで身を潜めるのに慣れたのが活きている。

 ぼくはこちらに最も近く、尚かつ最後尾の連邦兵を狙って引き金を引く。すると、弾丸は連邦兵の右のこめかみから入って顎の辺りから出ていき、その連邦兵は棒切れのようにぱたりと倒れる。その時生じる硝煙は猟銃のものと少し違う匂いがしたが、それは気にならなかった。初めて人を殺した、もっと殺すかもしれないという実感が今になってようやく湧いてきた。しかし、今はそう迷っている暇はない。奴らをここで逃せば、村は焼かれて女子供は殺すか凌辱される。カチューシャがそんな目に合うならここで連邦兵どもを殺した方がずっとマシだ。

 そしてぼくは気付くと、酷く論理的に引き金を引き続けていた。狙いをつけては息を止めて人差し指をくいっと引く。単純な作業だ。とても、とても。

 ぼくが二十人ほどの連邦兵──途中から正確に数えられなくなった──を撃ったとき、奴らは退却を始めた。ぼくは全身の力が抜けて、地面にへたれこむ。取りあえずは連邦軍の侵攻を防ぐことに成功した。

 そんな思いを抱えて、ぼくは自警団の武器庫に武器を返しに向かった。

 

 

「お前には正式に自警団の一員として働いてもらうぞ、チバ」

 サッヴァは真面目な表情で嘘みたいなことを言ってみせた。ぼくはえっ、と驚きの声を漏らすが味方がどうやらぼくの狙撃を目撃したようで、僅かな戦力でも今は欲しているとのことだった。

「連邦軍は未だこの村の近辺に潜んでいる。正規軍に出撃を要請したが、到着までに四十時間はかかるそうだ」

 サッヴァの言葉に対し、自警団員の一人が大声を上げる。

「いつ連邦軍が攻撃を再開するか分からないんだぞ!そんな悠長に待てない!」

「だから我々が先に連邦軍の拠点を叩く」

 そう言ったサッヴァの声はひどく冷静だった。しかし、先ほどの話からの流れで言うにはあまりにも無謀な提案だったそこで、。ぼくはサッヴァに提案する。

「ぼくらの戦力が足りないから正規軍に助けを求めたんだろう。なのに連邦軍と戦うっていうのかい?住民を避難させるのが先だ」

「それは勿論行う。もう既に団員が村民の避難誘導と警護をしている。我々は連邦軍の次の手を防がなければならない」

「それでも、戦車がいるかもしれない相手にライフルと手榴弾だけで立ち向かうのは無謀だ」

「いや、無謀なんかじゃない。君がいる」

「ぼくが……」

「ああ、今回の作戦は君の腕に懸かっている。早速作戦を説明しよう」

 

 

 

 ぼくが戦地へ向かう途中、避難している住民が見えて、カチューシャのことが心配になる。すると、こちらに気付いて駆け寄ってくる女性がいた。カチューシャだ。

 ぼくはカチューシャが無事だったことに喜びながら、胸に飛び込んできたカチューシャを抱き寄せる。カチューシャはぼくの胸に顔を埋めて「無事でよかった」と心底嬉しそうに言う。

「次も兵隊に行っちゃうの?」

「ああ、ごめん、カチューシャ。これから連邦軍の拠点を叩かなきゃいけないんだ」

「それは分かってる。だけど……だけど絶対に死なないで!あなたには子どもがいるんだからね」

「もちろんだよ。何としてでも生きて君の元に戻る。安心して」

 すると、カチューシャは溢れてきそうな涙を抑えながら、

「分かった。あなたを信じるわ。私もレーヌから祈ってるから」

「レーヌ?結構離れた場所に避難するんだね」

「ええ、連邦軍から逃げるのにはいい場所だし、大規模な戦車部隊もいるって話よ」

「君の安全については心配しなくても大丈夫そうだ。ぼくも必ず生きるよ」

 すると、隊列からぼくを呼ぶ声が聞こえ、ぼくは振り向いてそちらに向かおうとしたが、カチューシャに呼び止められる。

「必ず……生きて帰ってきてね」

 ぼくはああ、と答えて隊列の方へと走っていった。

 

 

 

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