衛生兵殺しチバ   作:暁学園前

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地獄へと

 

 

 

 

 どうやらぼくらは戦場に好かれているらしい。村にいた正規軍司令官に「お前たち自警団からは人材を半分もらう」と言われたのだ。狙撃で戦果を挙げていたぼくとグリゴリーは真っ先に引き抜かれ、その捕虜と少女も部隊に同行する形で進軍するそうだ。

 このままでは一体、カチューシャと会えるのはいつになるのだろう。ぼくとしては戦争を手っ取り早く終わらせて、これ以上の命が散っていくのは見たくないし、これから生まれる子どもが戦場を見ないようにしたい。出来るならば一生でも。

 そして、今回のぼくら歩兵中隊に与えられた任務は、連邦の補給線を叩いて今進行中だという一大作戦を潰すというものだった。一見裏方仕事に見えるが、連邦も一大作戦となれば補給物資にあてる護衛も頑強になるだろうし、この任務の成功が一大作戦を左右するから、かなりの大役ではあるだろう。

 今現在、装甲車で運ばれた歩兵が連邦軍の隊列が通ると思われる街道に防衛線を敷いた。要塞化するのではなく、完全な待ち伏せだ。装甲車にも草をぐるぐる巻きにして隠す。

 ぼくらはそれよりも少し前方で偽装を施している。味方の攻撃とぼくらの狙撃で挟み撃ちにするためだ。きっと連邦兵たちもこんなところで敵が待ち構えているとは思わないだろう。

 すと、はるか遠くに緑色に塗装された車列が見えた。あれは戦争の緑だ。泥臭くて汚れている緑。

 ぼくはスナイパーライフルに付けたスコープを覗き込む。スコープなんて使うのはいつぶりだろうか。きっとかなり最近に使っていた気はするが、戦争に加担してから二回しか戦闘をしていないのに、その以前の生活が思い出しづらくなってしまった。

 ぼくがスコープで連邦兵の頭を捉えていると、グリゴリーが「攻撃開始しろとの命令だ。お前の発砲音が合図だとさ」と呟く。ぼくはただ頷いて引き金を引く。スコープに映った連邦兵がゆらっとバランスを崩す。しかし、殺す相手の顔がここまではっきりと見えたのは初めてだ。気色が悪い、というのが最初の感想だった。今ままでは動く的でも撃っていた感覚なのに、いきなり人を殺すという感覚を押し付けてくる。こんなのずるい。

 その連邦兵が地面に倒れ込むのと同時に車列に混乱が広がり、味方がそこを突いて、対戦車兵や突撃兵たちが草むらから飛び出して一斉に引き金を引く。車列の戦車も歩兵も何も出来ずに、次々に撃破されていき、ぼくの出番は最早なくなっていた。

 それでも狙撃の手を休めることはない。と、言いたいところだけど、ぼくの人差し指が酷く重いものに感じる。まるで初めて人を撃ったときのように。そもそも初めて相手の顔を視認して殺すというのは初めてだから、この重さは物理的な重さではない。きっと命という重みを感じているのだろう。

 そして、ぼくが人差し指と格闘している間に車列は制圧されて、辺りはすっかり静かになってしまった。

 ぼくは大きなため息を吐く。グリゴリーもぼくの事情を察してくれているようで、発砲数が二発ということには何も触れない。きっと彼も同じ経験があるのだろう。

 そして、完全に車列がぼくらのものになったのを確認したのか、司令官がメガホンを使って「残っている兵士がいれば投降しろ」と呼びかけている。それに応じた兵士が数人出てきたが、その後ろにいる連邦兵が手榴弾のピンを抜こうとしているがなかなか抜けない様子が見えた。あれを投げれば他の兵士も撃ち殺されるぞ。グリゴリーが「弾頭を撃ち抜け」と叫ぶ。

 ぼくはあえてゆっくりと狙いを定めて、息を肺の底まで吐き出すとそのまま息を止める。そして、スコープの中にある十字の交点に手榴弾の弾頭を捉えると、息を吸うように引き金を引く。一発の銃声が鳴り響いて、味方も警戒させてしまうが、弾頭の崩れた手榴弾を持った連邦兵が両手を挙げて出てくると状況を飲み込んだ。

 ぼくは安堵して息を吐く。

 そうだ。ぼくは忘れていた。ぼくの銃弾は人を殺すために飛ぶのではなく、ぼくの後ろにいる人々、あるいは目の前にいる人間を助けるために飛ぶのだと。

 グリゴリーはぼくの肩に手を置いて、よくやった、と言う。彼もまた、人を殺すだけが戦場でないと信じているのだ。

 

 ぼくは前線から戻ると、自らの基地に戻った。

 ここで補給を受け、休息し、訓練し、前線へと向かう。今日はもう補給線を一つ潰したので仕事は無くなっていた。

 そこで、ぼくはあの少女が拘束されているテントへと向かう。だが、拘束といっても前も言ったように監視員がついているだけで、手足を金具で固定されたりすることもないし、申請を出せば機密情報の漏れない範囲でなら基地内も散歩出来る。流石に十歳前後であろう年齢の少女に通常通りの捕虜の待遇をするのは、こちらも方も酷だ。とはいえ、彼女自身が自分の名前はなく、番号であるザ・ファーストが名前だと言うが、フェミニスト諸君はそれを許さず、新たに命名しようという話になったのだ。その名前が「イヴ」だ。彼女自身の名乗っている名前をかき消すのではなく、もう少し人間らしくアレンジしようとの提案だった。

 ぼくがテントに入るとすぐにイヴが見えた。イヴはフェミニストの部隊員と何やら紙とにらめっこをしている。きっと何かの勉強だろう。しかしぼくは学生の頃は文学部出身だし、数学や他国語には非常に疎い。狙撃の際も大体は感覚だ。こちとら十二年もの間猟銃を扱っていたのだ。弾道なんてものは目に見える。

 するとフェミニスト隊員はこちらに気付いて、座ったまま会釈をしてくる。ちらりと紙を覗き込むと、ぼくには理解し難い記号の並びがあった。

「それはなんの勉強なんだい?」

 ぼくがイヴにそう問いかけると、イヴは年の割には意外なほど落ち着き、気も強く答えた。

「ガリアの言葉を勉強してたの」

「へえ。君はガリアの言葉が分かるのか」

 ぼくはフェミニスト隊員に訊く。

「ええ。通訳としてこの部隊に配属されたので、前線にいるチバさんに会えて光栄です」

「そうかい?」

「はい。勿論ですよ」

 ぼくはそんな英雄になったつもりはない。この戦場じゃあみんな等しく人殺しだから。

「イヴ、調子はいいかい?」

「うん。アイザックさんがいろんな言葉とか、本をくれたりするから楽しい」

「そうか。なら良かった。最近困っていることとか怖い人はいないかい?」

「大丈夫。みんな優しくしてくれるから」

 イヴがそう答えると、アイザックというのであろうか、この通訳が「最近は、イヴのために生きて帰ってくるって言う兵士もいるくらいの人気者ですよ」と言うと、当の本人であるイヴは「無視するのも嫌だから」と言うだけだ。通訳は後頭部を掻きながら「本人はこんな感じになっていますがね、みんなのこと嫌いじゃないので大丈夫ですよ」と苦笑いをする。きっとこの通訳が、隊のなかでイヴの近くに最もいる人物なのだろう。

 そして、ぼくはイヴがガリアの文字を繰り返し書いているところを見計らい、少しだけアイザックをテントの外へと連れ出すと、彼女について尋ねる。

「イヴの記憶は戻ったのかい。というより正気に戻ったのかい?」

「いえ……。まだ『自分に親はいない』の一点張りです。恐らくは孤児だったのでしょう。そしてそのまま妄想を広げてしまい、現在のように強い自己暗示を掛けてしまっているのだと思います。しかし、健康状態や記憶以外の精神状態も安定しているといってもいいでしょう」

「なるほど。イヴの状態はよく分かった。それにしても君は随分、心理に詳しいんだね」

「ええ、元は諜報員として連邦の領地に送られる予定だったんですよ、自分。だけど顔つきが帝国人そのものだから結局不合格で、その知識だけを連れてきたんですよ。他国語を学んでいたのもそのためです」

「なるほど。それなら納得がいくね」

「はい。イヴちゃんについては心配することはありません。記憶はゆっくり取り戻していけばいいんです。きっと記憶が戻ってもイヴはイヴのままでいてくれますよ」

「だけど、彼女に記憶が戻ればその時がぼくたちにとって、イヴとの別れになるんだ。あまり可愛がりすぎないように気を付けてくれよ」

「分かっています。しかし、この一瞬もイヴのような子どもたちは楽しまなくてはいけないんです。本来はその筈なのに、戦争が始まってしまったんです。『最大の人権否定』が」

 最大の人権否定。

 ぼくの頭の中をその言葉が飛び交う。戦争では引き金を少しだけ、くいっと引けば人を一人殺せる。戦車に乗れば二十人殺せる。ぼくになれば四十人以上殺してる。死者は数字じゃない。一人ひとりの人間に誕生日があり、好きな食べ物があり、友人がいて、家族がいて、あるいは好きな女がいて。さらに言えば、その周囲を取り囲む人間にも、一人の死というのは広がる。

 そんなものが『最大の人権否定』でなくて何と言うのか。まさか経済を潤すためや、技術発展のためのものとは言うまい。確かに戦争で経済は潤うし、技術も一気に跳ね上がったりする。しかし、その裏側では無数の人間が命を落としている。

「そうだね……。──だからこそ、ぼくたちがこの戦争を早く終わらせなきゃいけないんだ」

「その通りです。イヴちゃんを含めた子どもたちには未来ある帝国を見せてあげたいですから」

「うん、お互い頑張ろう」

 と、ぼくはアイザックとの別れを告げようとしたとき、ある用事を思い出した。

「そうだ──アイザック、イヴに銃の使い方を教えておいてくれ。彼女自身が危険に晒されるかもしれない。そうなれば彼女も子どもであるなんて関係ない、抵抗できなければ殺されるのを待つだけになるからね」

 ぼくはそう伝えると、アイザックはしぶしぶ、といった様子で頷く。ぼくだって出来るならば、子どもに銃の扱い方なんて知ってほしくない。だが、戦場(ここ)では必要なのだ。

 

 

 

 

 

 

 遠くに村が見える。

 司令部はあれを襲撃しろとのことだが、あそこに連邦の軍隊がいるとは到底思えない。だって農民たちがゆったりと過ごしているのだから。

 だからぼくらの部隊は、偵察をしてから平和的に調査を行えるかどうかを確かめた。結果、ぼくたちが入っても全然大丈夫そうだ。しかし、念の為にぼくが狙撃要員として村のそばにある丘で監視することも決まった。怪しい動きがあれば然るべき対応をする。

 ぼくはグリゴリーと共に、丘からスコープ越しの視界に集中する。

 交渉のチームが村に入ると、少々警戒する村人に交渉を持ちかける声が無線から聞こえる。

〈大丈夫です。私たちは民間人に危害は加えません。安心してください〉

 村人たちは、条約を守ろうとする相手に逆に警戒して、次々に家へと引っ込んでしまった。交渉チームがため息を吐くのが聞こえた。

 すると、交渉チームの遠くではあるが、家の裏口から女性とその娘らしき人物が出てくる。その親の手元は大きな布で覆われており、中身は確認できないが恐らくは兵器の類だろうか。

 グリゴリーがぼくに「よく監視しておけ」と言ってきて、ぼくはその通りに親子の頭をいつでも撃ち抜ける準備をする。と、親が子に布で覆われたものを渡す。

 その瞬間だった。娘は重そうに『何か』を抱えながら懸命に走る。あれが何かを確認するまでは彼女を撃てない。しかし、幸運なのか不運なのか、娘は転んでその布の中身を転がしてしまう。ある意味予想通りだった、連邦製の対戦車グレネードだ。ぼくはそれを拾おうとする娘を撃つ。これは不運だ。ぼくの銃弾は彼女の背中に命中して、彼女は死にきれずにいた。まだ十歳ほどの少女に、銃弾が背中から腹に向かって出ていった時の痛みに耐えるほどの精神力は無い。ぼくの耳まで届くような甲高い叫び声を上げて、悶え苦しんでいる。ぼくは彼女を楽にしてあげなければ、とすぐに次弾を装填し、もう一度、彼女に狙いをつけて今度は頭に命中させる。それを見た親はそのグレネードのもとまで駆け寄る。そして、グレネードを拾うと親も一緒に頭を撃ち抜く。

 グリゴリーはただ「命中確認」と呟く。ぼくも何だか最初ほど罪悪感を感じない。それにこれは戦争だ。仕方がない。

 すると、この銃声で交渉チームも戦闘態勢に入るが、先手を潰された村人たちは闇雲に突撃してきて、いとも容易く迎撃されていく。もちろんそこには年齢や性別なんてものは存在こそするが、意味を成さない。誰もが銃を持てば同等に死ぬ可能性が与えられるのだから。

 ぼくはその可能性を低くするために村人たちを始末し続ける。やがて、ぼくが最後に残った村人の首を撃ち抜いたところで戦闘は終わった。それから、残った村人だけは降伏させる。そして捕虜とはならないが、一時的に拘束はされる。ぼくは丘を下りて、村に入ると残党がいないかもチェックする。最後まで抵抗の意志を見せるのは無駄だし、発砲が許可されている。無謀と勇気を履き違えるべきではない。

 ぼくと一人の兵士が納屋に入ると、そこには酷く怯えている様子の男が一人いた。ぼくらは構えていた銃を下ろし、男に呼びかける。

「もう戦闘は終わりました。これ以上あなたたちが抵抗の意志を見せないならこちらも危害を加えません」

 しかし、男は首を横に振り続けている。まるで自分が殺されると決まっているかのように。

 刹那、天井に開いている穴からグレネードが落ちてくる。後ろのドアも締まっているし、飛び出すのは不可能だし、これは不味い。ぼくはグレネードから出来るだけ離れた場所に伏せる。が、もう一人の兵士が伏せる様子がなく、ぼくは「伏せろ伏せろ」と叫ぶが彼は被っていたヘルメットを頭の代わりにグレネードに被せると、それをさらに自らの腹で抱える。

 ぼくが、止めろ、と叫ぶがそれすらも彼に届かず、彼はグレネードの爆発と共に彼の腹から背中にかけて破片が飛び出していく。しかし、ぼくや男の方向に飛んできたのはヘルメットの破片ぐらいで殺傷されることはなかった。

 それが済むと、ぼくは彼のマシンガンを拾って、それを天井に乱射する。すると、近くに積んであった資材の山にどっ、と男が落ちてきて木材をぶち撒ける。ぼくはマシンガンの照準をその男の頭に合わせたまま近付いて、男が目を覚まして逃げようとすると、すぐに引き金を引いた。そして、怯えていた男も逃げようとしたが、運悪く、飛びつこうとしたドアから味方が入ってきて、ちょうど清々しいほどぴったりと頭を撃たれていた。

 そして、続々と入ってきた兵士たちはグレネードで爆死した者以外の死体を、念の為にもう一度撃っていく。

 納屋に勲章を沢山付けた将校が入ってくると、彼の顔を窺う。そして「これこそが帝国兵の姿だ。しかし、この青年を殺した連邦の連中は絶対に許してはいけない」と怒っている。

 ぼくは担架で運ばれていく彼に敬礼をした。

 

 

 

 

 

 

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