衛生兵殺しチバ   作:暁学園前

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占領下の町にて

 

 

 

 

 帝国はあの腐った連邦と戦うことで、あいつらに支配された町や村を解放して、連邦という組織がどれだけ悪者なのか、というものを住民に教えてあげることでぼくたちの住むヨーロッパは平和への道を歩むのだ。ぼくらが行っているのは「全ての戦争を終わらせるための戦争」だ。これをあの国家には邪魔させない。帝国に楯突くガリアも同様だ。

 そういう事情で、ぼくらは今、ガリアのブルールに来ていた。この辺りにはガリアの自警団程度しかおらず、戦車数台で制圧は容易だったと言う。しかし、戦闘が始まる前にあらかた避難を済ませていたのか、人っ子一人見当たらない。あるのは戦闘によって生じた残骸と、壊れている大きな風車だった。

 ぼくは地面に落ちている物が何かも確認せずにずかずかと歩く。すると、遠くに自警団らしき武装を施した人影が見えた。しかし、ぼくはそれが死体であるとすぐに分かった。何故ならあちらとは目が合っているのに、持っている銃を構える様子も逃げる様子も見られない。これで死んでいなければ、恐らくは過度の重傷だろう。どちらにせよ脅威ではない。

 そして、ぼくらはこのブルールに拠点を築くこととなる。その間、戦闘しか能のないぼくらは一時待機という命令が下される。

 そうすると、アイザックを筆頭とした部隊員たちがイヴにこの光景を見せるつもりか、と騒ぎ立てる。司令はこの場合、細かいことに気を遣うほどの余裕はなかったが、イヴと捕虜を町のはずれにあった建物に置くことを決めた。そこの建物も無事というわけではなかったが、他の場所よりはマシだった。

 ぼくはそちらの方へと向かい、イヴと捕虜の様子を監視する。それが今のところのぼくに与えられた任務だった。

 

「これで俺の五連勝だぜ、アイヒマン」

 屋敷に入ると、そのような声がリビングから聞こえてきた。何か賭け事でもしているのか、とぼくは呆れてため息を吐く。

 足に体重をかける度に悲鳴を上げる床を踏みしめながら、声のしたリビングを覗く。すると、そこには一人の兵士と捕虜の姿があった。彼らは一つの机を挟んで向き合うかたちで座っていて、その中央には何やら紙が置かれていた。

「何をしてるんだい?」

 ぼくが突然声をかけたのに、少々驚いた様子で捕虜は答える。

「ああ、こいつがどうしてもチェスがしたいって言うから、紙だけで即席のチェスをやってたんだ」

「これが?」

 ぼくはチェスと呼ばれている紙を覗き込む。チェスの存在は分かる。しかし、それを紙で即席とはいえ、どう作ったのかは気になる。

 大きな盤らしき紙には幾つもマスが描かれていて、その中に小さい四角形に切り取られた紙が置いてある。その紙には駒の頭二文字が書かれている。そして、そのとおりならば、アイヒマンのキングは、ルークとクイーンに囲まれてチェックメイトとなっている。どうやら道具がチープなだけで、二人の腕前自体は相当上なのだろう。

 ぼくは捕虜に話があると言ってアイヒマンを退室させると、アイヒマンが座っていた席に座って捕虜と向き合う。

「すまない。ちゃんとした物も用意できなくて。チェス盤くらいそこらで調達しようと思えば出来るのに」

「いや、大丈夫さ。それに、俺はあんたにとっちゃ敵国の兵士だ。あまり優遇もされる理由もないし、あたりから調達ってことは誰かの使っていたものを、戦争のどさくさに紛れて奪うってことだ。この家自体も貸してもらってるんだ、これ以上文句言ったら他の捕虜から殺されちまうよ」

 捕虜の男はそう言って豪快に笑う。

「しかし、君の名前はまだ聞いてなかったね。これから呼ぶときに不便だから教えてくれるかい?」

「悪いな。本名を教えることは出来ない。俺の部隊がそういうところなんだ。だけどコードネームでならいい」

「分かった────で、そのコードネームは何だい」

「“Doc”だ。俺は衛生兵もどきだったんだ」

「もどき……?」

「俺は元々軍医として働いていただけなんだが、そこで俺の戦闘能力が開花しちまって、軍部からその両方を買われて特殊部隊内で部隊員が負傷したときに戦闘も並行して行える人員として配属されたんだ」

「特殊部隊……。ということは、ぼくたちが襲撃したところにいたイヴは……」

「ああ。予想通りだと思うぞ。前に言ったが、俺はあの“ザ・ファースト”については何も知らされていないし、彼女自身も自分の身元については“言えない”ようにされてる。だが、かなりの機密事項なんだとは思う。それも知られたらまずいような」

「それは十分理解した。しかし、イヴが自身について言えない、とはどういうことなんだ」

「正確に言えば、『自身について』じゃなくて『自身の身元について』に限られるが……。まあ、そこはいいだろう」

 するとDocはチェスの盤に何やら文字を書き始めた。ぼくにも分かるように帝国の言葉で書かれている。

『彼女は“造られた”存在だ』

 ぼくは自分の目を疑い、『彼女』が指すものも一瞬理解しきれなかった。

「俺の喉仏を見てみろ。少し形が変だろ?特定の音の繋がりを感じると起動する爆薬が埋められてるんだ」

 彼がそう言って指さした喉は、確かに、違和感を感じる形をしている。しかし、よく見ないかぎり分からないし、日常生活にも影響が出ない大きさだから戦後もその言葉を封じるつもりなのだろう。それでも、ぼくにこの真実を告げてくれた。

 すると、彼は唐突に語り始める。

「あんた、もう家族はもってるかい?」

「妻が一人」

「一人?ああ、そういえば帝国も連合体だもんな。国によっては重婚が可能なとこもあったんだったな」

「そうだね。どちらかと言えば妻は何人持ってもいいのが帝国では少数派だけど、ぼくの住んでた周辺の村がそうだったから、ぼくにとっては重婚がある意味当たり前なんだ。それで、どうしてそんなことを聞くんだい?」

「俺には一人の妹がいたんだ。家族同然だったんだ」

「それはまたどうしてだい?」

「両親は俺が十歳のときに、事故死で共倒れだった。その時にまだ七歳の妹と一緒に養子になったのさ。そして、俺たちが新しい親にも慣れてきた頃だ。俺は十八歳、妹は十五歳。第一次ヨーロッパ大戦が始まった。開戦してすぐ、俺の住んでた街は国境付近にあったからすぐに攻撃を受けた。俺はちょうどその時期、ガリアの首都にある大学で医学部にいたから、周りの反対を押し切ってでも妹のいる街に向かった。妹はその街でシスターの見習いをしていたから心配になったんだ。

 俺が街に着くと、既に手遅れだった、と言っても俺が早く到着すれば恐らく殺されていただろうが。──街の男たちは殺され、死体の腐った臭いばかりがあった。一番に目に入ったのは、腕が固まってミートボールみたいにされた物体だったな。何人もの人から腕を切り落として固めてあったんだ」

「妹は……」

「殺されてたよ。それもただ殺された訳じゃない。教会の懺悔室で服をひん剥かれた状態で、股から精液を垂らしたまま死んでた。一発で楽にしてやればいいものを、足の健を撃って歩けなくしてから四肢を撃って悦に浸っていたようだった。

 妹は元気な笑顔が印象的だった。シスターとしてはもう少しお淑やかにしたらいいんじゃないかって、俺は言ったこともあるさ。だけどもう口を開くこともないんだ」

 すると、彼は決意に満ちた目で、ぼくの弱りきった目を直視して言う。

「いいか、俺が機密情報を出来る限りあんたに教えるのは、これが理由だ。戦時中の今は、英雄であるあんたが戦争がいかに悲惨かを伝えるんだ。そして……この戦争を終わらせてほしい。やられたらやり返すなんて戦争の負の連鎖を断ち切ってくれ」とDocはテーブルに体を乗り出してくる。ぼくはDocの目を見据えたまま答える。

「勿論だ。ぼくも戦争の終結を望んでる」

 

 すると、イヴが目をこすりながら寝室から出てくる。今はちょうど十時だし、何もすることがないイヴは寝ていてもおかしくない。ぼくとDocは今までの話を一旦止める。

「二人ともどうしたの?」

 イヴはふわふわとした雰囲気のまま話す。ぼくは、チェスをしていたんだ、と言って盤を指差す。文字は既に消してある。彼女自身も最近は「自分には親がいない」とは言わなくなったし、現状を保つのが今のところの目標だ。

 すると、イヴは予想通りチェスに気を引いた。駒の動かし方は知っているのか、ぼくと席を代わってほしいとせがむ。ぼくは笑顔を浮かべてイヴに席を譲る。

 ぼくが「イヴとチェスをやっておいてくれ」とDocに伝えると、Docは頷いて、じゃあな、と言う。ぼくも右手を上げて返す。

 

 

 

 

 

 ぼくも彼のように誰かを失っただろうか。ぼくが失ったのは精々カチューシャとの時間くらいだ。彼の人生に比べればあまりに些細に思える。

 ぼくは、銃についた汚れを払っている時にふと考えてしまう。そういえば、殺した人数も数えられなくなってきた。何十人かも分からなくなっている。すると、突然に目眩がぼくの視界を揺さぶった。ぼくは銃床を掴んだまま冷たい土の上に倒れ込み、そのまま意識を失った。

 

 

 

 目を覚ますと、そこにはオリーブドラブに染められた天井が見えた。枯れ葉のような色をした天井だ。

 ぼくは辺りを見回す。すると、ぼくの腹に頭を置いて居眠りをしているイヴがいた。さらに横にはぼくの体へと繋がるチューブがあり、その元を辿れば何やら黄色の液体が入った袋がある。Docならあれが何か分かるのだろうか。

 その時、ぼくの寝ているベッドに一人の軍医が入ってきてぼくの顔を見るなり「起きたんですね」と言う。

 ぼくは、どのくらい寝てたんですか、と訊く。

「五時間ほどですよ」と軍医は答え、ベッドの横に置いてある丸椅子に座ると、イヴに毛布をかける。

「イヴは?もしかしてぼくを看てくれたんですか?」

「ええ。あなたが倒れたと聞いて真っ先に駆けつけましたよ。戦場じゃなく、基地内で死ぬなんて英雄らしくないですしね」

 医者がそう言うと、イヴが目を瞑ったまま「たたかいでも死んでほしくない」と答える。

「起きてたのかい、イヴ」

 ぼくはイヴの髪を撫でる。

「うん」と答えたイヴにぼくは「ありがとう」と言う。

 そして、軍医は咳払いをして、話を続ける。あまりに芝居がかっていたため、吹き出しそうになるが、それはあと一歩のところで堪える。

「チバさん。あなたは戦闘によるストレスを受けすぎました。それがこの結果に繋がっています」

「戦闘によるストレス?ぼくはそんなことはありませんよ」とぼくが言うと、軍医は首を横に振って、

「いいえ。私はあなたと共に戦ってきた兵士の方々に話を聞きましたが、どうにもあなたはあまりに冷酷な判断をされているらしいですね。細かいことは言いませんが、こんなことを続けていれば戦闘不能になるかもしれません。たった一人であんな判断をするのは無茶ですよ」

「ぼく一人でしている訳ではありません。スポッターの人間もいますから」

「スポッターですか?意外ですね。あなたはスポッター無しで狙撃をできるという理由で有名だと聞いていたので」

「ぼくが英雄と言われているなら、きっと、その情報は一人歩きしてきたものでしょう。この人数での噂に過ぎませんよ」

「そうだったんですか。それ失礼をしました。────それで、その目眩に伴い頭痛も発生する模様ですね。もしあなたがまだ戦場に立ちたいと言うならば、これを使ってください」

 そう言って軍医が差し出してきたのは、数本の注射器だった。ぼくは「これは何ですか」と尋ねる。

「これはあなた専用に調合した“劇薬”です。劇薬というだけあって、短時間に連続した使用は控えてもらわないとあなた自身が廃人となります」

「単なる頭痛と目眩に対して大袈裟ではありませんか?」

「それは素人の目からの視点です」と言う軍医の口調はかなり強気であり、ぼくを諭すような言葉に感じた。

「あなたは今、精神医学的な観点で見た場合、あと少し小突けば崩れる…………そう、高く積んだだけの煉瓦なのです。崩れれば周囲にも多大な被害を与えますよ」

「そこまで酷い状態なのですか?」とぼくが尋ねるのに対し、軍医はただ頷くだけだった。

 すると、イヴが目に涙を溜めているのが見えた。話の内容にこそ、ついて来れないのだろうが、ぼくが置かれている危機的状況についてはぼくよりも理解している。

 ぼくは、気休めにしかならないが、イヴの髪を再び撫でて、大丈夫さ、と答える。根拠も何もない、最低な答えだ。だが、流石にイヴはぼくの言葉を信用しきれないようで、俯いてしまった。アイザックがいればイヴを励ませるような言葉を思いつくのだろうが、今のぼくにはどうにも人のための言葉というのはどうやっても思いつかない。以前ならば湯水のように湧いてきた言葉も今は干ばつ期に突入してしまったようだ。

 すると、軍医が「明日からは前線に戻れますよ。と言ってもここすらも最前線のようなものですけどね」と言って、ぼくの真横にある机にカルテを置いて去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

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