その村じゃ、どうにも蛸を食べるらしい。
上官が言うには彼らを皆殺しにしろ、ということだ。
ぼくは命令に従うため、その村へとジープに載せられて向かっている途中で、武装はいつものライフルと特別に拳銃を渡された。逃げ惑う人々を殺すには単発式のライフルでは役不足であるとのことで、オートマティックの拳銃のほうが効率が良いとのことだった。ぼくはその支給された拳銃をホルスターから取り出し、スライドを引いてみたりマガジンを取り出してみる。ライフルというものは幾らでも触ったことはあるが、拳銃は初めてだ。
すると「ハンドガンを仕舞え、チバ」とグリゴリーが呵責を飛ばしてくる。ぼくは少々の哀感を覚えつつも、グリゴリーの言うことに従いホルスターに拳銃を入れる。
それを見たアイザックが「この作戦はおかしいですよ」と憤懣を抱えて言う。ぼくは、どうしてだい、と尋ねる。
「チバさんは、その拳銃を何に使わせるつもりで渡されたか分かっているんですか?」
ぼくは石のように動かなくなった表情筋をそのままにして答える。
「“任務”の効率を上げるべく渡されただろ。それの何がおかしいんだい」
「その“任務”の内容がおかしいと僕は言っているんです!」と怒鳴るアイザックにぼくは反論する。
「何もおかしいことはない。彼らのように、ぼくらに理解出来ないような文化を持つ民族は、武装したときもぼくらの思いつかないような戦術を使ってくる。それなら連邦よりも早くその民族を教化するのが、戦術的な観点から見た際に正しい判断だ」
「だからって!だからって、老若男女皆殺しなんて話があるんですか!」
あまりに頑固なアイザックにぼくは呆れてきた。「いいかい」とぼくは言い、
「これは戦争なんだよ。ぼくらが非戦闘員だと思って匿った人間だって、いつ隠し持ってる銃を取り出すか分からないんだ。そう考えたら全員殺す、とまではいかなくとも教化することは必要だろ」
ぼくがそう言うと、アイザックは「狂ってる」と呟いて乗客席へと戻っていった。一体、何が狂ってると言うんだ。ぼくらはただ、ヨーロッパの平和とこの戦争の終結を望んでこの作戦を行っているというのに。
ぼくはアイザックのことは一旦放置し、これからの任務に備えて銃の点検や弾倉の入っている場所を把握するのに入った。
やがて、ジープが停車しぼくを含めた兵士たちが吐き出される。それに対して村の人間はなんの警戒もないように近づいてきて、ぼくたちと対話を試みようとしてきてるが、村人たちとぼくらとでは訛りが酷すぎて会話になっていない。
ぼくとグリゴリーはそれによって足止めされている部隊を脇目に、村の奥へと進んだ。幸運にも、この村はよほど隔絶されている状況なのか帝国軍のぼくらに対しては本当に警戒していない。
しかし、ぼくらは任務をこなさなければならない。よって、ぼくとグリゴリーは村の奥深くで裏から逃げようとする村人を排除する役目を受けた。どうすれば逃げやすいルートがあるのか、というのは熟練の軍人よりも現地に住んでいる人間の方がよく知っているのから、カタギとはいえ、十分に逃げられる可能性はあるのだ。
そこで、ぼくはある光景を目撃してしまう。家から出てきた娘が、布で隠されたものを抱えてぼくの方へと走ってくるのだ。ぼくはこの光景を知っているし、どうすればいいのかも知っている。
「まただぜ。まったく……どうして同じような戦法をしちまうんだろうな。ほら、はやく撃てよ。英雄殿」
グリゴリーがぼくに任を押し付けるが、ぼくとしてはどうでもいい。任務の妨げになるかどうかではない。単に同じ戦法をとる相手にうんざりしてきたのだ。
ぼくはグリゴリーの言ったとおりに、迷いなく拳銃の引き金を引く。
少女がまだ膨らみもない胸を銃弾によって貫かれて、あの時と同じように悶え苦しんでいる。ぼくは次弾を装填して娘に止めを刺そうとするが、そこから正面でも銃撃が始まったようで、逃げ惑う人々がぼくのいる方向へと走ってくる。
ぼくは思わずため息を吐いてしまうが、すぐに銃口を正面に向ける。逃げ惑う人々の足というのは狙いが定まらないが、その背中や胴を撃ち抜くのは非常に容易だ。と、さきほど撃ち抜いた娘があまりに叫び続けるので、ぼくは彼女の口にぼくのブーツを突っ込む。蛸なんて食べる民族だ、ブーツに付いた泥や砂も美味く感じるんじゃないだろうか。その予想が的中しているかは知らないが、彼女の叫ぶ声はぼくの爪先に振動として伝わるのに留まっており、随分と静かになった。
すると、ぼくに銃口を向ける帝国兵が見えた。アイザックだ。
「どうしてそんな狂ったことを平然と出来るんだ!」
アイザックは村人を排除するために支給された拳銃を、ぼくに向けてきてる。敵ならともかくぼくは味方だぞ。
「その銃口を下ろすんだ、アイザック。君が何をしたいのかは分からないけど、ぼくの邪魔はしないでくれるかな」
「“邪魔”なんかじゃない!これは正しい行動だ!」
「それが?……笑えないぞ。ぼくらがしてるのは『平和への貢献』だ。君一人がどう思うかで決定することではない」
ぼくはそう言うと、アイザックは遂に引き金を引いた。その銃弾はぼくの頬をかすり、ぼくは即座に、近くにあった民家の陰に隠れる。
正気なのか。味方を撃つなんて。
すると、アイザックが「出てこい」と叫ぶ。だからぼくは正直に出ていってやろうとした。銃を構えながら、という話だが。
ぼくが飛び出し引き金を引くと、アイザックの頭ががくんと後ろに引かれ、やがて体が地に伏せた。
その様子で彼の命が尽きたのを確認すると、ぼくはすぐに村人を排除するのに集中する。
一人、二人、三人と、ぼくの功績として確実に死んでいく。彼らはその意味では平和への殉職者と言えるだろう。
やがて、銃声にとって代わり、静寂が辺りを支配する。ぼくは排除し損ねた村人がいないかどうかを確認するため、村落の中を歩き回るが、見えるのは死体ばかりであり、ぼくは一種の落胆のようなものさえ覚えた。
すると、さきほど撃った娘がか細い呼吸を続けているのが見えた。ぼくはこの時点で撃ってやろうとも思ったが、持っていた物によってはもっと苦しめるべきだ。
娘のから三フィートと離れていない場所に落ちている、布をそっと剥がすと、そこには果実が入っている籠があった。ぼくはその奥に爆弾が入っていないか、果実をどかしてみるが奥に入っていたのは一枚の畳まれた紙切れだった。ぼくがその紙切れを開いてみると、少し読みづらいが帝国の言葉でこう書かれていた。
へいたいさんへ
ながいあいだのこうぐんおつかれさまでした
このくだものはみんなでわけあって食べてください
お父さんがつくったりんごとおとなりのクラレンスさんがつくったなしです
きっとおいしいのでこんどこの村にきたときはかんそうをおしえてください
「その果物は罠だぞ、チバ。騙されるなよ」
ぼくは突然聞こえた声に思わず振り返る。
「その果物は毒が仕込まれている。俺たちが食ってたら全員死んでた。お前は部隊を救ったんだ」
「ああ。そうだろうね。だけど、君がそう判断できるならきっと内部に入っても未然に防げただろう」
ぼくがそう言うと、グリゴリーは首を横に振って、
「たまたま俺が指摘しただけだ。俺以外の兵士だったら食ってたかもしれん。アイザックとかは特にな」
「アイザックなら死んだよ」とぼくが躊躇いなく言うと、グリゴリーの眉が跳ねる。
「どういうことだ」
「あいつがいきなりぼくを撃ってきたんだ。だからぼくも反撃せざるを得なかった。仕方なかったんだ」
ぼくがそう言うと、グリゴリーはぼくに呵責を飛ばすわけでも、憤激の雄叫びを上げるわけでもなく、ただ静かに「そうか。それは仕方がなかったな」と言って、ぼくの元から去っていった。
ぼくはなんだかグリゴリーにこうして認めてもらうと、とても安心する。自分がしていることは正しいと確認できる。
「どうして」
ふと、そのような声が聞こえたような気がして、辺りを見渡すと足元に倒れている娘がこちらを睨んでいるのが見えた。
「世界を平和にするためだよ」とぼくは娘に教えてあげると、ぼくらを回収する部隊のジープへと乗り込んだ。
戦後、この村で起きた虐殺は死者はゼロ。全員を教化した平和的な解決だったと記録されている。