その時のグリゴリーはぼくに「撃て」と言ってきた。だから彼も共犯だろう、とぼくは法廷で叫んだ。確かにぼくは衛生兵を撃ち殺した。それも十人以上は。
しかし、彼らも戦場に来ている身で条約に守られるなんて可笑しくないか。ぼくらは命を賭けているのに、彼らだけなんて。
すると、今度は裁判長が「グリゴリーという隊員は部隊にいなかったし、君と同じ場所で作戦行動をとっている記録もない」とまでほざき始めた。ぼくは我慢が限界に達して、証言台についている柱を思いっきり蹴った。すると、いとも容易くその柱はすっぽりと抜ける。そこでぼくの両腕が警備員に抱えられて足を引きずりながら、留置所に連れて行かれた。
ぼくはその間もずっとこの裁判官たちの笑えないジョークを罵り続けた。ぼくは平和への活動をして、帝国のために戦ってきたのに何故批判されなければならないのか。しまいには精神異常者の肩書まで着せられた。全くもって理不尽だろう。
やがて、警備員たちはぼくを鉄格子とコンクリートの壁の中へ押し込めると、満足したように去っていく。
ぼくはこの理不尽な対応に腹を立てて、辺りの鉄格子や壁に当たる。すると、
「無様だな、英雄のチバさんよ」
「誰だ」
ぼくが警戒して振り返ると、そこにはグリゴリーがコンクリートの壁に凭れかかっていた。
「グリゴリー……?何故ここにいるんだい?」
「魔法を使ったんだ」
「そういう冗談は今求めていない。本当のことを言ってくれ」
「知らなかったのか?男は三十まで童貞でいたら魔法使いになるんだぞ」
「グリゴリー……!」
ぼくはあまりに巫山戯ているグリゴリーに叱責を飛ばすが、彼は話こそ止めるものの、反省している面は見られない。
「答えを知りたいか?」
「早く答えてくれ」
「知らないほうが幸せなこともあるんだぞ?」
「いいから早く!」
「仕方ねえな……」
グリゴリーはため息を吐くが、本来それはぼくのするべきリアクションであり、加害者であるグリゴリーが呆れるのは違和感を覚える。
すると、グリゴリーはついに口を開くが、その口調は突然重くなる。
「俺がお前だからだよ」
はっきり言って、ぼくはまったく理解が追いつかない。彼が言っていることは何なのだろう。
「そこまで、訳が分からない、って顔すんなよ。俺がおかしいやつみたいだろ」
「いや、本当に分からないんだ。どうして君がぼく自身になるんだ」
「だから俺はお前だ。お前がお前以上にも以下にもなれないのと一緒だ。とはいっても、正確に言えば俺はお前が自分自身を正当化するために、具現化したものだ。それもお前にしか見えない」
「嘘だ!だって君はいつもスポッターをやっていんだ!ぼくが一人であそこまで狙撃可能だったとは思えない」
「それが可能だったんだよ。稀に見る人殺しの才能だ。自分を正当化し続けるから精神がやられる心配もない。そのままいければ、お前は必ず帝国を勝利へと導けたのにな」
「じゃあ、ぼくが今まで殺してきた民間人や衛生兵は…………」
「そう。誰かに命令されたんじゃなくて、自分自身の殺意をもって殺したんだ」
「だけど君はぼく自身だろう?なのに最初の嫌がってるぼくにすら民間人を殺させたんだ?」
「それは簡単だ────俺はお前を正当化させるための存在……、深層意識から浮かび上がって出てきたんだ。そこはお前すらも触れられないブラックボックスだ。お前は心のどこかでは目の前で胸に銃弾が通った痛みで悶てる少女にも、酷く他人である認識があったんだ。彼女の痛みに無関心だったんだ」
「じゃあ……ぼくが感じていた『感情』っていうのは…………」
「無論、お前が“感じなければいけない”と思っていたんだろうな。
「待ってくれ。そうなるとぼくの脳がいくつもの部署に分かれてることになるじゃないか。ぼくの脳は一つしかないんだぞ」
「それも知らんか」とグリゴリーはため息を吐く。
「いいか、人間の脳ってのは一つに固まった意識で、行動を決定しているわけじゃないんだ。人の脳ってのは会議室でな、その会議室でなあらゆる欲求同士がぶつかるんだ。そして、何が最善かを考えて行った行動っていうものの塊が『意識』って呼ばれるものなんだ」
「それでぼくの罪悪感を感じるべきだというものが、競り勝ってこの意識の中へ上がり込んできたわけなのか?」
「最初は、な」
グリゴリーはぼくの周囲をぐるぐると歩きはじめる。
「お前は最初こそ罪悪感という感情、元を辿れば自分を狂わせたくないという欲求があった。しかし、その欲求は人を一人殺すたびに薄くなっていった。今やお前は誰が見ても狂人なんだよ」
「そうか…………ぼくは狂人か……」
「ああ。自らを正当化させすぎたんだな。ま、俺としてはお前を正当化させつづけてもいいんだぜ」
「いや、いい」とぼくは言い払うと、グリゴリーの姿が消えるように念じる。彼と話していたら、それこそ気が狂ってきそうだ。
すると、ぼくの牢屋を見ていた看守が突如拳銃を突きつけられる。その看守は両手を上げて後ずさり、その拳銃を構えた男は儀礼用の軍服を着ており、胸にたっぷりの勲章を蓄えていることから、おそらく将校なのだろう。
そして、その男はぼくに話しかけてくる。
「君は随分と優秀なようだね。任務の成功の為なら女子供、衛生兵すらも躊躇わず撃つと聞いている」
「それがどうした。あんたまでぼくを罵倒しにわざわざここまで来たわけじゃないだろう」
「勿論だよ。私は君を私の部隊に招待しに来たんだよ」
「招待状はないようだが?」
「招待状はこれだ」
そう言って彼が取り出したのは一枚の手紙で、そこに書かれていた内容はぼくの人生で一番のショックだった。
『先日、街が完全に包囲されました。帝国軍のみなさんも満身創痍で正直勝ち目はありません。なので、わたしたちは兵士さんから貰った爆弾で自決することにしました。今まで会った人の中でもあなた、チバは最高の人間です。お腹の赤ちゃんをあなたに会わせることは出来なかったのが、残念なことです。今まで本当にありがとうございました。あの世があるならそちらでまたいつか会いましょう。
カチューシャより』
ぼくは胸に穴が開いた。カチューシャが死んだ。ぼくの戦う目的はなくなった。みんなが死んでもどうでもいい。戦友だと思ってたグリゴリーも実在しない。
ぼくがそう考えてどう自分も死のうか、と考えようとすると、男が落ち着き払った声で告げる。
こんなことになったのは、連邦の連中が戦争を始めたせいだ。だから、彼らがしたように、君も奴らを精一杯苦しめてやればいい。だって戦場にルールなんてない、というのは君がよく知っているだろう?
ぼくは彼が伸ばしてきた手を握る。ぼくは連邦の連中を皆殺しにするまで狙撃兵をやめたりなんかしない。あいつらのせいで、戦争が終わらないんだ。だから奴らを皆殺しにしなければならない。
「次の作戦はレーヴェホルムだ。と、まだ名乗っていなかったね。私はバーク少佐だ。よろしく頼む」
「だけど、一つ部隊にいる奴に対してやるべきことが残ってる」
「何だい?」
「イヴと呼ばれている少女とDocと名乗る捕虜の排除、それが条件だ」
「容易いことだ。私の部隊の工作員にさせよう。これで交渉成立かね」
「ああ。これで気兼ねなく戦える」
ぼくはこの建物の屋上から衛生兵もろとも敵を撃てばいいらしい。どうにもここでは、レジスタンスの活動が多く、その制圧を兼ねての任務ということだ。
ここなら敵が登ってくる心配もないだろうし万が一ここまで敵が来たとしても、周囲にいる歩兵の練度はかなりのものだから返り討ちにしてくれるだろう。
すると、敵戦車の砲撃音が聞こえた。ぼくはすぐにスナイパーライフルを構え、まずは敵戦車の後ろから飛び出してきた兵士の脚を撃ち抜いた。彼は勢いよく地面とのキスを強要させられ、顔からは若干の出血が見られる。
そして、ぼくの予想通りに女の衛生兵が走るのが見えた。あいつを生かしておいたのはこのためだ。
ぼくは衛生兵の頭に照準を合わせて引き金を引くが、慮外の方向転換をした彼女の爪先に銃弾を掠めるだけに留まってしまった。しかし、彼女はその影響で転び、ぼくはその隙を狙うが、彼女のすぐそばにいた突撃兵がぼくに制圧射撃をかましてくる。
ぼくは仕方なく頭を引っ込めて、次弾を装填する。と、真下から榴弾砲が着弾した衝撃が伝わってきたので、恐らく敵が屋上に登ってくる可能性がある。作戦が崩れるのがあまりにも早すぎる、味方は何をしてるんだ。
そのせいで、ぼくは更に後退することとなり、予め用意しておいた土嚢に身を隠しながら応戦しようとした矢先、マシンガンを脇に抱えた兵士が梯子を登りきった。ぼくはライフルを撃つが、発射されたぼくの殺意は彼を殺すまでには至らず、彼の脇腹に穴を開けただけだった。
そして、ぼくが拳銃を引き抜いて反撃しようとしたとき、兵士がマシンガンの下に付いている火炎放射器をぼくのいる土嚢に向けて噴射した。
ぼくはもう理解した。
英雄の話もここで終わりだ。
きっと戦争が終わってもぼくは天涯孤独だっただろうから、ここでカチューシャの元へ行けるなら本望かな。
ごめん。イヴ。Doc。グリゴリー。アイザック。
次は戦争のない世界に生まれたいな。