神秘学者は上位者と友達になりたい   作:ぐるぐるれ

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先生

「ここにいたんですね、先生。」

 

「……ああ、ルメール君。何度も言うが先生はやめたまえ。私はただの、神秘を学ぶ一学徒だよ。」

 

先生はいつも謙遜ばかりだ。大図書館で一番卑屈とウワサのカナリエ教授だって、教卓に立てば教祖様のように振る舞うと言うのに。

先生はいつだって、君らよりほんの少し先を歩いているだけだなんて言う。先生のそういうところは美徳だとは思うが、石ころより劣る無能どもに無為に扱われるのは私の我慢ならないところだ。

 

「もう日が暮れます。あまり帰りが遅くなると、バーティ教授から大目玉をくらいますよ。」

 

「おお、それはおっかないことだ。さっさと帰ってご機嫌伺いをしないといかん。」

 

「……先生。今日もまた、会えなかったんですか?」

 

「ああ、どうやら僕はまだまだ啓蒙が足りないらしい。ここにたしかに居るはずなんだが。彼らとティーパーティを楽しむのは、随分先になりそうだ。」

 

先生は不思議な人だ。上位者と友達になりたいなんて言うのもそうだ。多くの学徒たちが自分たちの存在を上位者に近づけることを望んで居るのに、お喋りがしてみたいだけなんだ、なんて言う。

おかげで一部の学徒からは嫌がらせに近い妨害を受けている。バーティ教授の鶴の一声でそれも無くなったかのように見えたが、最近また影でコソコソやっているようだ。

先生も気づいてはいるようだし一度進言もしたが、気にすることはない、好きにさせておけば良いと躱されてしまった。先生は彼らのやっかみをむしろ楽しんでいるような節さえある。解決に奔走するのは貴方ではないのですよと言いたくなるというものだ。

 

「先生の言葉を疑うわけではありませんが、本当にここにいるのでしょうか。その……アメンドーズ、という上位者は。」

 

「ルメール君。シュレディンガーの猫という話は知っているかね?」

 

知らない話だ。私は首を横に振った。

 

「有名な思考実験でね。猫の入った箱に、二分の一の確率で確実に猫が死に至る毒ガスが発生する機械を入れておくんだ。外からは中の様子がわからない。その状態で機械のスイッチを押した時、箱を開けるまで猫が生きているか死んでいるかわからない。だから猫は、箱を開けるまでは生きているし死んでもいる、というものさ。」

 

知らない話だ。先生はたまに、誰も知らない有名な話とやらを持ち出すことがある。きっと今とっさに思いついたのを適当に喋っているだけだろう。こういうときはあまり真剣に聞かないのが長く付き合うコツだ。

 

「……つまり?」

 

「つまり、私が彼を認識するまでは、彼がたしかにそこにいるかを話し合うことに全く意味はないということさ。」

 

「……なるほど。」

 

やはりしょうもない話だった。こういうところもあって、馬鹿にされていると受け取る人は多い。

しかし、立場が上になるほどに彼をぞんざいに扱うものは少なくなる。なぜならば、彼には神秘が宿っているからだ。誰も疑うことのないような、明確な神秘が。

 

「どうした、ルメール君。私の魅力的な唇にキスでもしたくなったかね?君ならいつでも歓迎さ、ほら、恐れずに私の胸に飛び込んでくると良い。私の胸はいつでも空いているぞ?」

 

感心するほど良く回るその舌、忙しない唇は、どうみたって正しく動いているようには見えなかった。正確に言えば、言葉の音と口の動きが全くあっていないのだ。

彼は、どこの国の誰とだって会話ができる。その身に宿る神秘が、言葉の違うモノとモノを繋ぐのだ。

彼は『繋ぐ者』。次元の違う上位者と私たちを繋ぐだろう、我らの希望だ。

 

「それには及びません。先生のお相手は、大図書館のカーペットが務めてくれる筈ですから。」

 

そう言って踵を返した。時刻は午後5時、奇遇なことにバーティ教授の約束の時間とおんなじだ。

私は親愛なるルドルフ先生の間抜けな視線を感じながら、私はオドン教会を後にした。

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