神秘学者は上位者と友達になりたい   作:ぐるぐるれ

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綺麗なリボン

どうして先生は友達が欲しいのだろう、と思ったことがある。先生は確かに変だけど、友達が少ないわけじゃない。図書室(本人は大図書館だといって憚らない)のみんなはいい人だし、ビルゲンワースの人たちと仲良く話しているのを見た。

忌み嫌っている教会だって、一部の人とは交流があるみたいだし、街では除け者にされる狩人なんかは特に仲がいい。

 

そう、狩人だ。わたしはちらと噴水の向こうを見る。

ガスコイン神父と談笑している先生が見える。

 

彼も狩人だ。それも教会所属の。

教会は嫌いだ。街のみんなは教会を有難がっているけど、きっと心から教会が好きな人なんていないだろう。

みんな口だけだ。怖いから媚びを売っているのだ。

墓地街にだって大きな男を差し向けて、我が物顔で街を練り歩いては権威とやらを示すのだ。

そんな時はみんな家にこもってじっとしていた。

もし目をつけられでもしたら、ひどい目なんかじゃ済まないだろう。

 

墓地街はわたしの故郷だ。お年寄りばかりだが、いい街だ。

確かにちょっと寂れてるし、お墓ばっかりだけど、みんないっつも笑ってる。

どうしていつも笑顔なの、と聞いて見たら、生きてるのが嬉しいからさ、と揃って答えられた。

なのにいつくたばるんだ、とか、明日には土の下だよ、なんて冗談で笑うのもヘンな話だと思う。

きっとお墓が近くにあるから、死というものが身近なんだろう。

死を受け入れて、それでも楽しく過ごせるなんてすごいことだ。

わたしにはそういうのがよく分からなかったから、わたしはみんなを尊敬していたし、もちろん大好きだった。

 

教会さえなければ、とわたしは歯噛みした。難癖で連れていかれた人数は両手では足りないほどだ。

誰かが死んだってお酒を飲んで笑ってるみんなも、誰かが連れ去られた日はまるでお通夜みたいだった。

教会さえなければ、みんなずっと幸せなのに……。

 

「オネエちゃん?」

 

わたしはハッとした。

ベンチに座ったわたしの膝には、本を開いた小さい少女が座っている。

綺麗な白いリボンをつけた、わたしよりちょっとだけ小さい女の子だ。

 

「ううん、なんでもないよ。」

 

「ふうん。」

 

わたしは少し苦笑いしてから、墓地街のことを考えてたの、と言った。

 

「お婆ちゃんたち、元気かなって。もう全然帰ってないから。もしかしたら、もう顔を忘れられてるかも。」

 

あり得る話だ。なんたってあの街じゃ、痴呆なんてそう珍しいものじゃない。

近所のサニーさんなんて、毎日おんなじ話を繰り返してはみんなに軽くあしらわれていた。

 

「帰ればいいのに。そんなに遠いところじゃないんでしょう?」

 

「うん。遠くはないよ。だけど……。」

 

わたしは言葉に詰まった。確かに帰ろうと思えば帰れるのだ。でも、なんだか悪いことをしたみたいで、帰りたいと思えないのだ。

 

図書室は居心地がいい。貴重な本があるのもそうだが、みんなが暖かい。

自分の居るべき場所はココだって、自信を持って言える。

だからこそ、墓地街のみんなに顔をあわせにくい。

あんなに可愛がってもらったのに、自分だけ別の居場所を見つけてしまって。終わっていくだけの彼らを裏切ってしまった気がして。

 

だんまりを決め込むわたしを振り返った少女は、心底不思議そうな顔をしてから、本を読む作業に戻った。

 

きっと彼女はこういう感情とは無縁なのだろう。生まれたその時から暖かいお父さんとお母さんに囲まれて、不幸なんて知らないとばかりに笑うのだ。

わたしは孤児だったから、拾われた子だから、家族の暖かみを知らない。

墓地街のみんなはよくしてくれたし、図書室の彼らも暖かいけど、きっと家族のそれとは違うものだ。

 

もし、わたしに家族がいたら……。

この少女のように、お父さんとお母さんに囲まれて、無条件で愛されて、何にも知らない顔で笑っていて……。

 

少女の髪を手で梳きながら、綺麗な白いリボンを見つめる。

このリボンを少女はしきりに自慢してくる。普段無愛想なお父さんが、ずっと悩んで買ってくれたらしい。

直接渡すのがなんだか恥ずかしくて、お母さんからのプレゼントだということにして渡されたんだ、と。こっそりお母さんが教えてくれたの、と。

 

もしわたしがそこにいたら。リボンを貰ったわたしは飛び跳ねるように喜んだろう。それで父に何も言わずに、いきなり抱きついてみたり。

真っ白なリボンをつけて、会う人みんなに自慢して。羨望の眼差しを受けながら、風を切るように街を歩いたら。

 

もし、もしも……。

 

「カミュ君。」

 

肩が跳ねた。先生がじっとわたしを見ている。見透かされただろうか。こんなことを考えていると知られたら、きっと嫌われてしまう。

 

「もういいんですか、先生。」

 

「ああ。さ、行こう。あまり遅くなり過ぎたら、今度はルメール君が恐い。彼女の額にツノが生えたら、僕は死んでしまうかもしれない。」

 

「オネエちゃん、もう行っちゃうの?」

 

少女が物足りなさそうにわたしを見る。またくるよ、と笑って頭を撫でてやると、不満そうにしながらも膝から降りてくれた。

素直な子だ。少し前のわたしなら駄々を捏ねていただろう。何せ親代わりの周りは駄々甘のお年寄りだ。

彼女は叱られながらも、愛情たっぷりに育てられたのだろう。

わたしと、違って。

 

「ああ、そうだカミュ君。すこし寄り道をしよう。あまり早く着いても、僕が暇をしてしまうからね。」

 

心臓がキュッとした。

きっとバレてしまった。

先生はあまり寄り道をする人ではない。まして自分の図書室に帰るのに、わざわざ寄り道するだなんて思えなかった。

 

 

 

すこしうつむきながら隣を歩いた。

なんて言われるだろう。叱られるだろうか。嫌われるだろうか。

なんて悍ましい子だと、罵られてしまうかもしれない。

そうなったらおしまいだ。せっかく手に入れた暖かさを、失ってしまう。それに、先生からの罵倒なんて、図書室からの拒絶なんて、耐えられる気がしない。

 

「僕もね、ガスコインが羨ましくなる時が、時々あるんだ。」

 

「え?」

 

信じられなかった。

いつも奔放で、自分の好きなことだけやっているような先生が、図書館なんて居場所を自分で作り上げてしまった先生が。

生まれた時から特別で、すごい人にだって認められているあの先生が、誰かを羨むなんて思いもしなかった。

 

「……先生は、嫌いにならないんですか?」

 

それはわたし自身のこともそうだし、先生自身のこともそうだった。

汚い感情の芽生えた自分を、嫌悪しなかったのだろうか。

 

「なるさ。嫌いになるとも。でも、嫉妬だって自分だからね。切って離せないから、受け入れるしかないのさ。そうやって嫉妬と友達になれば、きっと自分を許せるようになる。僕が君を許せたようにね。」

 

大きなてのひらがわたしの頭を撫でる。視界が歪んで鼻水が出てくる。わたしも、こんな自分を許せるようになるだろうか。泥にまみれた汚い自分を。

 

「ぜんぜえ、わだじ、るゆぜるがだぁ。」

 

「許せるとも。きっとね。さ、早く帰ろう。はやくそのひどい顔をなんとかしないと、僕がルメール君に叱られてしまう。」

 

わたしが墓地街に帰るのが怖かったのは、許されないと思ったからなのだろう。

わたしだったら許せないから、みんなも許してくれないと思い込んでいたのだ。

でも、先生は許してくれた。だからきっと、帰ろうと思える日が来るだろう。全然帰らなくてごめんなさいと謝って、きっとみんなは許してくれて。

 

もし、はやめることにした。嫉妬と友達になるには、邪魔になってしまうだろうから。

わたしが嫉妬と友達になれたら、きっと。

 

 

 

あとで先生が何に嫉妬したのか聞いてみたら、帽子が似合うガスコインが羨ましい、なんて言った。

わたしはルメール先輩に、先輩のお気に入りのひざ掛けに醤油をこぼしたのは先生だとチクった。

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