神秘学者は上位者と友達になりたい   作:ぐるぐるれ

4 / 9
大図書館のモットー

「わざわざすまないね、ガスコイン。」

 

「なに、気にすることじゃあない。お前には恩があるし、娘の面倒も見てもらっているからな。」

 

ガスコインとは、僕の交流関係の中でも付き合いの長い方だ。

初めて会ったのはオドン教会で、僕がまだ大図書館を手に入れていなかった頃だ。

 

いつもみたいにアメンドーズが見えないかとベンチでぼーっとしていたら、突然声をかけられたからびっくりした。

何か掛け合いでもしたような気がするけど、実はあんまり覚えていない。

ただ、初対面のくせにしょうもない冗談で笑いあっていたのは覚えている。それこそ記憶に残らないほどに。

それからしばしば、ベンチにいる僕に通りすがったガスコインが話し掛けてくれるようになった。

きっと同じ余所者同士、何か通じ合うものがあるのだろう。

 

ガスコインは教会が嫌いなようだった。

より厳密に言えば、医療とは名ばかりの実験を繰り返す白い教会の手足と、それを容認している上層の連中をだ。

 

僕も教会は嫌いだが、一部の人間はまとも、というより聖人みたいな人がいる。

教区長のエミーリアなんかがそうだ。

彼女は蝶よ花よと愛でられてきた箱入り娘だが、故ローレンスの思想に惹かれて教会に所属した。

その美貌と純粋なあり様から、教区長という立場に祭り上げられてしまっただけで、彼女自身は特別権威を持った存在ではないそうだ。

 

目の前のガスコインも似た様なものだ。

元々はこの街とは違う宗教の神父をやっていたが、妻のヴィオラが難病を患い、治療の手段を求めてここヤーナムまで来たらしい。

教会に所属しているのは、治療の代価として狩人になることを提案されたから。

ヴィオラの病の治療には長い期間が必要で、結局ガスコインが折れた。輸血を受け、無事狩人となったわけだ。

しかし、ガスコインはあくまで下級の聖職者であり、本来であれば白装束の所業を知る立場ではない。それでも知っているのは、僕が彼をある人との連絡手段として起用したからだ。

 

「それで、フォーマンはなんて?」

 

「どうやら、教会は下層の街で何か企んでいるらしい。詳しいことは分からないが、メンシス学派が一枚噛んでいるとも言っていたな。」

 

「そうか、あの陰気な腐れワカメめ、おとなしく引きこもってればいいのに……。」

 

旧市街と呼ばれる様になるヤーナムの下層街は、いまだ健在だ。

メンシス学派が絡んでいるとなると、いずれ起こるだろう灰血病は偶発的なものじゃあなさそうだ。

 

おそらく、メンシス学派のヤハグルを秘匿するための準備の一環。

今はまだヤハグルに出入りできるが、メルゴーの赤子、あるいは再誕者あたりを呼び出す算段がついたのだろう。

街全体を秘匿して、大々的な儀式をやる腹積もりに違いない。

 

実は我らが大図書館とビルゲンワースらの交流会も、メンシス学派に対する牽制の意味合いもあった。

信頼も実力もあるルメール君に、腐れワカメに対する伝言を預けてある。

 

『我らは白痴ではない。』

 

短いものだが、本来白痴のロマを儀式に使うことは我々が知るはずも無いので、言いたいことは伝わるだろう。それに短い方がなんだか格好いい。

 

「どうするんだ?まさかお前が、ただ見ているだけというのも無いだろう?」

 

「もちろん。大図書館のモットーは、みんな仲良くだ。人だって上位者だって、ね。」

 

いたずらに人命を消費する行為は、見ていて気持ちいいものじゃ無い。それがくだらない遊びに使われるとあれば尚更だ。

 

再誕者は、僕の知る中で最もくだらない『上位者』だ。

あんなものはほとんど人形遊びと変わらない。人の死体をかき集めて、原始的な思考をつなぎ合わせただけの、ただの元人間たちだ。

 

たしかにカテゴリーするなら上位者だが、あれはきっと言葉を持たない。そんなものとは、どう足掻いても友達にはなれなさそうだ。

 

正直、どこの誰とも知らん輩が死ぬのはどうでもいい。

僕にとってこの世界はやっぱり現実では無いし、元々正義感溢れる人間でも無い。

しかし、ヤーナムの街から人をさらっているのだから、僕の知り合いが犠牲になるかもしれない。

カミュの住んでいた墓地街の行方不明者も、実際はほとんどヤハグル連中の仕業だろう。

もし僕の知り合いが被害にあったら、僕はあいつを許せないだろう。僕は独占欲が存外強いのだ。

できる事ならば、檻をかぶるという凄まじいファッションセンスに目覚めることになるあいつとは、仲良くしたいものだ。

そういう未来がくれば、きっと楽しいに違いない。

 

下層の街には狩人のデュラがいるし、アーチボルドも工房を構えている。

とくにアーチボルドは色々手を貸してもらっている事もあるし、ここらで恩を返しておくのも悪く無いだろう。

 

「今頃はルメール君が釘を刺しているところだ。それでも止まらない様だったら、僕が直接話をつけてくる。あいつも僕の協力が得られなくなるのは避けたいだろうからね。」

 

「そいつはおっかない。いくらミコラーシュといえど、繋ぐ者直々の説教は堪えるだろうさ。」

 

僕の身に宿る神秘は、言葉の壁を越えることができる。もし僕を敵に回したら、人に協力的な上位者の庇護を失うことになるかもしれない。

ビルゲンワースの白痴の蜘蛛も、教会の星の娘も、僕の言葉ひとつで反旗をひるがえすかもしれない。それが怖くて、どの陣営も僕に手が出せないのだ。

なんたって目の前で都合の悪い話をされても、彼らには理解できない。

僕の神秘はある程度自由がきく。言葉を理解されたくなかったら、繋がりを切ることだってできるのだ。

 

以前一度だけ星の娘と会話したことがある。

彼女は祭壇を見つめてじっとしていた。話しかけたら、それはもうびっくりするくらいの勢いで振り返った。もうちょっと近寄っていたら、彼女の体に巻き込まれて吹っ飛んでいたことだろう。

 

どうして言葉がわかるのかとか、あなたは同郷なのかとか色々質問責めされていたら、教会の人が青ざめた顔で中止を求めてきた。

あんまり熱心に僕を構い倒すものだから、エーブリエタースが自分たちの庇護下から離れてしまうのではないかと危惧した様だった。

その時も彼女以外とは繋がりを絶っていたから、教会の不安は相当なものだったのだろう。

だからと言って、上位者との貴重な交信手段を潰すわけにはいかない。だから大図書館の存在が容認されているのだ。

 

今は、上位者と話すときは他の人との繋がりは保てない、ということにしてある。

手札は多いほうがいい。しかしそのせいで上位者と話す機会が減ってしまったのは残念極まりない。

僕はまだろくに自己紹介だって出来ていない有様だ。友達の道はまだまだ先が長そうだ。

 

「最近、ヴィオラさんの様子はどうだい?」

 

ガスコインは笑った。どうやら良い方向に向かっているらしい。友人として、素直に喜ばしいことだ。

 

「順調だよ。前より痩せたが、ずいぶんうるさくなったものだ。もう少ししたら、付き添いがいれば外を歩けると言われてな。娘がお出かけはいつ出来るのかと気を揉んでいるよ。」

 

ヴィオラさんのかかっている医者は、この街では珍しく真摯な人だ。ドクター・ドブ。あだ名ではなく本名らしい。

私も一度お世話になったことがあるが、名前に似合わず衛生観念のしっかりとした、綺麗な診療所だった。

私の故郷のドブの意味を教えたら、目の前で注射針を太いものに変えられた。

たしかにデリカシーがなかったかもしれない。それでも殆ど痛みを感じず終わったのが、彼の技量の高さを示していた。

 

「あの医者にはいくら感謝しても足りない。医療教会は彼を頭にすげ替えるべきだと、常々思うよ。」

 

僕は苦笑いで返した。医療教会の医療とは、ただのお題目に過ぎない。実際は探求のための手段に過ぎず、治療とは程遠いものだ。

教会が彼の様な人物を抱えていることは、そしてそれがヴィオラさんの担当になることは、それこそ奇跡みたいなものだった。

 

「とにかく、彼女が元気ならば安心だよ。あとはガスコイン、君がしっかりしていれば全部がうまくいくだろう。」

 

「任せておけ、まだまだ貫禄とは程遠いが、それなりの実力はあるつもりだ。獣狩りの夜だって、もう何度も経験している。」

 

僕はガスコインを見つめた。心からの言葉らしい。それでも心配になった僕は、彼にも釘を刺しておくことにした。

 

「何度も言う様だけれど。獣狩りとは──。」

 

「──葬いである。決して正義の代行ではない。忘れるな。……だったか?」

 

僕は笑った。どうやら本当に心配はなさそうだ。

 

「忘れたものは、みな人の道から外れる。僕はね、ガスコイン。君の変わり果てた姿は見たくないんだ。どんな時でも、人を偲ぶ心を忘れないでくれ。」

 

「当たり前だ。なんたって俺は神父だからな。……さて、そろそろ行ったらどうだ?もう日も暮れる。なんでも最近は遅刻ばかりらしいじゃないか。ミス・ルメールがひっそりと零していたよ。」

 

あいつめ。仮にも師匠の恥を外部に晒して、恥ずかしくないのだろうか。ないんだろうな。そもそも大図書館所属という時点で好奇の視線に晒されるわけだし。

 

「そうしよう。いまルメール君の機嫌を損ねたら面倒そうだ。あんまりカミュに君の娘を付き合わせるのも悪いしね。」

 

「ああ、図書館の連中にもよろしく言っといてくれ。それじゃあな。」

 

カミュはいま不安定だ。自分の中の悪い部分と、折り合いをつけるために苦労しているだろう。環境が少し特殊なのもあって、助け船を出してやらないといけない。

ガスコインも思うところがあるのか、何も追求しなかった。それでも黙って見守っているところ、彼もだいぶお人好しだ。

 

僕はカミュにどうやって説法をしてやるか、頭をひねりながら声をかけた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。