「先生。俺は確かに言いましたよね?聖堂街にある門を勝手に開けちゃいけないって。俺は何度も言いましたよね?」
「仕方がないじゃないか、フィリップ君。だいたいあんなところに門を設置するやつが悪い。門があって誰が得するというんだ?わざわざ遠回りするより、門を開けた方が何倍も早いんだぞ?」
眉と眉の間に青筋が出来るのがわかる。
とぼけた顔の不健康そうな顔を殴ってやりたい気持ちを抑えつつ、冷静に言葉を選ぶ。
「彼らにもそれなりの事情があるのです。しかも夜中にがっしゃんがっしゃんされると、住民の皆さんからの文句が凄いんですよ!ただでさえこの図書室は肩身が狭いのに、ぺしゃんこになったらどうするんですか!」
「大図書館だ、フィリップ君。というか、あれ門の意味がないだろう。外から長い棒を引っかけるだけで開くざるだぞ?教会の程度も知れるというものだ。」
血管がはち切れそうだ。
俺はのんきに紅茶を楽しむルメール先輩を見やる。目があったが、すぐに逸らされてしまった。
どうやら彼女は先生の説得を早々に諦めたらしい。いや、俺が説得しているから自分はしなくてもいいと思っているのかもしれない。
「そもそも門がなんで作られてるか、わかってますか?勝手に入られたくないからですよ!立ち入り禁止なんです!ちゃんとそこを理解してますか!?」
「それで入られたんじゃあ世話がないね。」
絶対わざとだ。わざと俺を怒らせようとしているんだ。そうに違いない。
「こ、この野郎……!」
「……朝から何やってるんですか、フィリップ先輩。」
階段から現れたカミュが呆れた顔をしてこちらを見ている。
白い寝間着を纏ったままだから、つい先ほどまで寝ていたのかもしれない。また寝室に本を持ち込んで夜更かしでもしたのだろう。
彼女は自分の家がないから、先生の家で寝泊りをしているのだ。
「カミュ、貴女も何か言ってやってください!この阿呆がまた教会の門を勝手に開けたんです、しかも夜中に!おかげで俺は寝不足ですよ!」
「そう、大変ですね。頑張ってください。」
それだけ言うと、席について紅茶を淹れ始めてしまった。
どうやらここに味方はいないらしい。
図書室の評判なんてハナからないようなものだから、皆気にしていないのかも知れない。
しかし俺には、声を上げ続けなければいけない理由がある。
「なんで俺の家に苦情が来るんですか!先生の家に直接文句を言えばいいのに!おかげで俺は今月だけで三人のガールフレンドを失ったんですよ!」
「あ、そう。」
「お前のせいだろうがよおおお、もおおおおおお!!」
俺は頭をかきむしる。
先生は自由奔放だ。確かに神秘は凄いのかもしれないが、俺にはあんまり凄さがわからない。
俺は別に上位者と友達になろうなんて思っていないからだ。
そもそもその上位者とやらをこの目で見たことがない。姿が見えないものを信じるなんて、それこそ教会がやっていればいい。
俺にとって重要なのは、いかに可愛い女の子を捕まえて、楽しい時間を過ごすかなのだ。
しかし図書室を離れるわけにはいかない。俺は図書室で先生の雑務(おもに苦情の対応)を手伝うということで学び舎から卒業資格を約束してもらっている。
もし先生の機嫌を大きく損ねたら、俺は学び舎の卒業資格を失う。そうしたら、女の子と遊べなくなってしまう。
ヤーナムは貴族社会だ。大した家の出じゃない俺がモテるためには、学び舎卒業のキャリアが必要不可欠なのだ。
それをいいことに、この男は……!
「……先生。今日は釘を刺しにきたんです。せめて、夜中はやめてくれませんか?日中ならまだしも、夜中はさすがに顰蹙を買います。せめて教会以外の人に迷惑をかけないよう。お願いできませんか?」
「あー、うん。考えておくとも、フィリップ君。」
ダメだ。まったく反省していない。俺は心の中で泣いた。
いつ住民の苦情が来るかわからないため、碌に家に女の子を招待できないのだ。
「俺の彼女が、ついに四人になっちまった。ここ一年、五人以上をずっとキープしていたというのに……。」
ホロリと落ちる涙を、ルメール先輩は冷たい瞳で見ていた。他二名は本の世界に夢中のようだ。本の虫だから恋愛のれの字も知らないのだろう。
ルメール先輩ならわかってくれると思ったのに。
「不思議ですね、まったく同情できません。いったい何故でしょう、先生。」
「恐らく、根本から脳のつくりが違うのだろう、ルメール君。あれはいわゆる恋愛脳といってね、四六時中女の子とにゃんにゃんすることしか頭にないんだよ。」
「にゃんにゃん……?不思議な表現ですね、先生。いったいどういう意味を持っているんですか?」
「あー……。知らなくていいと思うよ。それか、僕が言い澱むような意味を持っていると考えてもらえればいい。」
ルメール先輩の冷たい視線が痛い。いや、むしろちょっと気持ちいいかも……?
俺が新しい扉を開きかけていると、ルメール先輩が疑問を口にした。
「それで、先生。昨日の夜にいったい何をしていたんですか?」
「ああ、古い工房をすこし掃除しに行っていたんだ。あそこは誰も手入れをしてくれないからね。せめて僕だけでも、と。定期的に様子を見に行っているんだ。」
おそらく、街の中央付近にある古工房のことだろう。たしかルメール先輩は何度か行ったことがあるはずだ。綺麗な人形が置いてあるとかで、俺も一度くらいは行って見たいと思っていた。
「苦労の甲斐もあって、だいぶ綺麗になってきたよ。あそこは行くのが大変だから、なかなか掃除の時間が取れなくてね。今じゃ見違えるほどさ。」
「へぇ、でしたら今度、俺も連れてってくださいよ。ウワサの綺麗なお人形さんに一度お目にかかりたいと思っていたんです。」
「フィリップ君は節操がないね。美しければ無機物だって見境なしとは。こうはなりたくないものだ。」
この若白髪め。言い返すと手玉にされるので、俺は反論しない事にした。
カミュがマジかよ、という顔で見てきているが今は知らんぷりだ。
後で誤解を解いておかないと。
「でも、その古工房って最初の狩人が使っていたものなんでしょう?勝手に入っていいものなんでしょうか。」
あの秘匿好きの教会が、先生とはいえ無条件に見せるようなものなのだろうか。
「勿論いけないとも。だからわざわざ夜中に忍び込んだんじゃないか。白装束に見つかりかけたときはひやっとしたよ。」
駄目だったらしい。疲れてしまったので、俺は図書室を出る事にした。今日だって予定が沢山あるのだ。
「なんだ、もう行くのかい。紅茶の一杯でも飲んでいけばいいのに。」
「生憎ですが、俺は忙しいんです。今日だってお茶会がふたつ、夜にはデートがあるんですから。……頼みますから、今日はもう騒ぎを起こさないでくださいね?うまく行ったら、デートの相手を家に招待するつもりなんですから。」
「若いねぇ。まあいいさ、君に免じて今日は大人しくしていようじゃないか。ちょうど翻訳の依頼が溜まってたんだ、しばらくは机にかじりついているよ。」
そういって、本をめくる作業に戻ってしまった。
まったく、先生さえいなければこの図書館も天国だっていうのに。ルメール先輩はとても綺麗だし、プロポーションも中々だ。
カミュはまだ子供だが、将来有望だろうということは一目見ればみんなわかる。
それに、別に子供の相手をするのは嫌いじゃない。
変な意味ではまったくないが。
「それでは。ルメール先輩、カミュ。邪魔して悪かったね、御機嫌よう。」
「ええ、御機嫌よう。」
「さようなら。」
そうして俺は図書室を後にした。俺はカミュの誤解を解くのをすっかり忘れていて、後々名誉のために奔走する事になるのだが、それはまた別の話。