「……先生。その奇天烈な格好はなんなのでしょうか。」
私の目の前には、黄色い潜水帽を被り、全身を黒い厚手のゴムでぴっちりと覆った……いわゆる全身タイツを纏った奇怪なモノがいた。
「おお、ルメール君。君も見たまえ!このキュートな生物を!頭でっかちで非常に愛らしい。しかもこの子は体液を飛ばして愛情表現までしてくるのだ!」
くぐもった声に従い視線を下にずらすと、そこには先生に負けず劣らずの奇妙なイキモノがいた。
全身が白く濁ったピンク色にぬらぬらしていて、小さい胴に短い手、飛行能力は持たないだろう短い羽に長いシッポ。特に特徴的なのは頭で、顔の表面には目にも見える吸盤のついた触手が4つ付いていた。
「なるほど、以前食卓に並んだタコという生き物ですね。生ということは、今回はサシミとやらにするのですね?奇妙な見た目ですがバター炒めは中々に美味だったので、楽しみです。」
「違うぞルメール君!この子は海産物のタコではないし、勿論食べもしない!この大図書館で飼育するのだ!」
どうやら違ったらしい。しかし生物を飼育したいなんて珍しいことだ。この大図書館で生き物を飼ったことなんて一度も……。
いや、待てよ。たしか昔カミュが猫を拾ってきて、先生は大図書館はペット不可だ!なんて言って喧嘩をしていた気がする。
「大図書館はペット不可、では無かったのですか?カミュが聞いたら怒りますよ。」
「ペットでも無いのだよ、ルメール君。何を隠そうこの子は、我らが大図書館の貴重な資料となるのだ!つまり、研究対象なのだよ!」
なんとこの生物は研究対象らしい。
たしかに見たことのない珍しい見た目ではあるが、果たしてこの生物は上位者と交友を築くための利益をもたらしてくれるのだろうか。
「それで、この生物はなんという名前なのですか?」
「聞いて驚け、星の子だ!あの星の娘エーブリエタースと関わりの深いイキモノなのだ!」
「入手経路は?」
「上層からパクってきた。」
私は先生の両肩を掴んだ。爪を立てないようにしながら、ゆっくりと力を込めていく。
「ルメール君?なんだい、マッサージなら後でいたたたたたただだだだだやめ痛ててでででで!」
「戻してきましょう、先生。窃盗は犯罪ですよ?」
「い、嫌だ!せっかくガスコインに頼んで取ってきてもらったのに!青い秘薬は非常に高価だったんだぞ!」
どうやらガスコインに青い秘薬を飲ませて透明化させ、こっそり盗んでもらったらしい。教会にバレたらどうするつもりなのだろうか。
ガスコインにも少しお話をせねばなるまい。
「肩が!肩がちぎれるよルメール君!」
「それは貴重な体験です。一度くらい経験しておいてもバチは当たりませんよ。」
「必要な事だったんだ!最近研究が行き詰まっているのは君が一番よく知っているだろう?この子は大図書館の新しい風、希望なのだ!」
肩を握る手の力を緩める。たしかに最近研究が滞っている自覚はあった。
高価で緻密な検査機械類の購入は、先生を警戒した輩どもが阻止してくるせいで難しい。といって本で知識を仕入れるのにも限界がある。
たしかに、必要なことなのかもしれない。私は星の子を見つめた。星の子もじっと見つめ返してきた……気がした。
目玉が見当たらないので、断言はできない。この吸盤がセンサーの役割でも果たしているのだろうか。
私は先生の肩から手を離した。
「なるほど、理解できました。いいでしょう、星の子の飼育に取り敢えずは納得しておきます。」
先生がほっと息をつく。この握力99め、という戯言を受け流し、先程から気になっていたことを聞いてみた。
「ところで先生。その格好は一体なんですか?」
「ああ、対星の子装備だよ。この子の吐き出す体液は危険だからね、触れると精神に異常をきたすかもしれない。そのために全身ゴムを纏って肌に体液がかかるのを防いでいるのさ。」
私は星の子から距離を取り、素早くレイテルパラッシュを構えた。
照準は先生の足元にいる星の子だ。そんな危険生物と屋根を一緒にするつもりはない。
「大丈夫だ、ちゃんとケージに入れて飼育するとも!鎮静剤も十分に用意してあるし、そもそも体液を吐き出すのは珍しい行為なんだ。新しい環境に慣れれば危険は無くなるだろう。あれは一種の威嚇行為だからね。」
「先程愛情表現と仰っていたようですが」
「いや、言葉の綾だよルメール君。いわゆる親バカというものだ。一部の親というのは子の為すこと総てが愛おしく映るものだろう。」
いつから先生は親になったのだろうか。というか、この子の親はなんなのだろう。関わりが深いと言っていたから、エーブリエタースなのだろうか。
「それで、この子の実際の親は誰なんですか?」
「ん?ああ、生みの親はおそらくエーブリエタースだよ。しかし安心したまえ、連れ去ったところで彼女の顰蹙を買うことはないだろう。彼女は自分の子供を疎ましく思っているようだしね。」
自分の子を疎ましく?それなら最初から産まなければいいのに。まさか地面から湧き出るわけでもないだろう。
「どういうことですか?」
「被造物は造物者を愛するが、その逆が必ず成り立つとは限らないのさ。つまり星の娘は懐郷の想いにだけ泣いていたわけではなく、自らの境遇にこそ涙を流していたというわけさ。」
なるほど、よくわからない。
星の娘はほとんど軟禁のような状態らしいし、もしかすると強制的に孕まされている、ということなのかもしれない。
「まあ、そこらへんの事情はもう良いです。とりあえず電極でも刺してみますか?筋肉の動きに興味があります。通常の動物と変わらないのでしょうか。」
「物騒だな、ルメール君!仮にも上位者の子供にそんなことするわけないだろう!まずは観察と相場は決まっている。食事の様子なんかは面白いと思うぞ。なんせ顔が縦に避けるなんて通常見られない特性だ。進化の過程で生まれたのか、あるいはただの突然変異が淘汰されないまま残っているのか……。おお、どうしたタコ助。お腹でも減ったのか?よしよし、まずは鳥のササミでも試してみようじゃあないか。」
「……先生。念押しをしておきますが、本当に研究目的なんですよね?名前なんてつけたら情が湧いてしまいそうなものですが。特にカミュとかが。」
「もちろんだともルメール君!タコ助は立派な被験体だとも!しかし種族名で呼ぶのもナンセンスだろう?一時とて、この大図書館がこの子の家になるのだから、名前は必要に決まっている!」
絶対にペットにする気だ。まぁいい。先生の奇行は今に始まったものではない。
きっと何か考えあってのことだろう。きっと。
「とりあえず、カミュとフィリップへの説明を考えておきましょう。カミュは私達を慕ってくれているので比較的楽に説得できますが、フィリップは面倒そうですよ。」
「なに、イイトコのお嬢さんとのお茶会でも取り持ってやればすぐ頷くだろう。知り合いにユリエールという女性がいてね。なかなかフィリップ君好みの性格なんだ。彼女も実家から色々言われているらしいし、カモフラージュにもってこいさ。」
タコ助を撫でながらそう言った。
新しい住人にはこれから苦労させられそうだ。しばらくは体液を吐き出さないよう監視せねばなるまい。大事な書物に当たりでもしたら大変だ。
私だって暇ではないというのに。
ため息をつきながら、不意にやってきた新しい刺激にほんの少しだけ胸を膨らませた。