神秘学者は上位者と友達になりたい   作:ぐるぐるれ

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月夜の秘密会議

「ルドルフ。君は時計というものが何故作られたのか理解していないようだな。しかも謝罪のひとつもないとは、非常に稀有な脳をお持ちのようだ。」

 

もみあげの立派な大男が言った。

まるで処刑人のごとくな威圧感だが、これでも数多の学徒たちを率いるビルゲンワースの中枢人物だ。

 

「バーティ教授。これには深い理由があるのです。」

 

「ほう、言ってみろルドルフ。」

 

「美しい女性というのは、時として誰も気づかぬうちに時間を奪い去ってしまうことがあるのです。そう、我が大図書館の絶世の美女、ルメール君のような女性は特に!」

 

「つまり、君の時間管理能力のなさはミス・ルメールが原因である、と?」

 

「簡潔にいうとそうなりますね。」

 

鞭がしなる。風を切る鋭い音が響く。お気に入りのシルクハットが潰れた空き缶のようにくの字になって吹き飛んだ。

 

「ああっ!僕のシルクハットが!先週買ったばかりなのに!」

 

「己のファッションセンスと学習能力のなさを悔いるがいい、ルドルフ。君が会合に遅刻するのはこれで何度目だったかな?」

 

「まだ9回目だと存じております、バーティ教授。」

 

「この会議が催されるのは何度目だね、ルドルフ。」

 

「9回目だったと思いますが。」

 

再び鞭がしなる。今度は確実に頭を狙っている。僕はすかさず首を傾け、迫る危機をやり過ごした。

 

「毎回毎回、わざとなのかね?そんなに情報交換が嫌か?君だって

得るものは多いと思うんだがね。」

 

バーティ教授は極太の青筋を浮かべている。

そんなこと言ったって、遅れてしまうのだから仕方ない。もはや僕の時間管理能力のなさは遺伝子レベルに刻まれているに違いないのだ。

 

「まあまあ、いいじゃあないか。私は待つのは嫌いじゃないんだ。それに遅刻と言ってもたかだか10分程度だろう?その程度の誤差、ノーカウントというものだよ。」

 

痩せ身で猫背の、学徒の服を身にまとった男がそう言った。

彼もビルゲンワース所属だが、メンシス学派寄りの人物だ。腐れワカメに恭順の意を示しているが、実のところその研究成果を横取りして自分だけ上位者になろうとしている狡い奴だ。

 

「パッチ、貴様は黙っていろ。お前が許せるかどうかと俺が許せるかどうかは、全く別の話だ。」

 

「あら、私はパッチと同意見よ。大体貴方は厳格すぎるところがあるわ、バーティ。少しは妥協というものを覚えたら如何かしら。それに、いくら説教したってこの人の遅刻癖が治るとは思えないわ。」

 

白い髪に白い衣装を身にまとった、これまた白い顔の女性がバーティ教授の言葉を遮った。

彼女はこの会議で唯一の教会所属だ。

 

「ヨセフカ、君も医者の端くれだろう。こいつの脳みそほじくり返して矯正とかは出来ないのか?神秘を持つ男が被験者だなんて、胸が踊ると思うんだがな。」

 

「お生憎様、医療というのはそう都合のいいものではないのよ。少なくとも私には無理ね。」

 

なんて恐ろしい提案をするんだ、この男。ルールは知っていても常識は知らないらしい。この女は冗談を冗談と認識してくれないぞ。本当に被験者にされたらどうするんだ。

 

「……みなさん、よく飽きませんよね。僕の記憶が確かなら、このやり取りも9回目ですよ。」

 

恰幅のいい青年が呆れたように零す。サラサラパッツンヘアーが不思議と似合う、清潔感ある人物だ。

彼もまたビルゲンワースの学徒である。

 

「触れてやるな、カレル君。彼らも僕と同様に、脳に障害を抱えているんだろう。可哀想に、三歩も歩けば記憶が吹き飛んでしまうに違いない。」

 

「あなたもあなたですけどね、ルドルフさん。というか、遅刻癖を治せばそれで丸く解決するんですけど。」

 

「ううむ、どうやら聴覚障害まで併発してしまったらしい。カレル君、今なんと言ったかね?」

 

「……。」

 

カレル君の目が虚ろになった。可哀想に、彼も精神障害を抱えてしまったようだ。真面目なのが仇となったか。

ううむ、ここには障害持ちしかいないじゃないか。医者はいないのか。

もちろんヨセフカ女医は除外する。

彼女は医者によく似た何かだ、彼女にメスを取らせるくらいなら自決でもした方がマシだろう。

 

「まあ、お遊びもここまでにしましょう。今日の議題はおいたの過ぎたメンシス学派をどうするか、でしょう?」

 

「え、メンシス学派がなにかやらかしたんですか?僕、何にも聞いてないんですけど。」

 

カレルが疑問の声をあげる。知らないのも仕方もないことだ。彼は特別な技能がある以外は、いたってまともな人物だ。基本はビルゲンワースに缶詰にされて延々とカレル文字について研究している。

僕が能動的に誘わなければ、犇めく陰謀など何も知らずに研究だけしていたろう。

同じ言語を繋ぐものとして前々から勝手な共感を抱いていたのだ。さらに技能持ちとあらば、誘わない手はあるまい。

 

「ほら、最近行方不明事件が多発しているだろう。なんでもサンタクロースのような大男が裏路地を中心に現れるだとか。あれはまず間違いなくメンシス学派の仕業だよ。顔立ちこそ教会の徘徊者と同じだが、教会なら材料なんて自らやってくるだろうからね。」

 

「ああ、なるほど。以前ルドルフさんが言っていた、引きこもり計画がスタートしたんですか。でも、よく内容までわかりましたね。情報源は例のフォーマンとやらですか?」

 

「そうだ。そこのハゲパッチが間者でもやってくれれば楽だったのに。保身主義には辟易とさせられるよ、まったく。」

 

「何を言うか!私はまだフサフサのサラサラだぞ!髪の薄くなる気配なぞ微塵もありはしない!それに保身主義の何が悪い。命あってこその神秘だろうに。」

 

抗議の声をあげるパッツンサラサラヘアー2号。残念だが、君の未来はすでに決定しているのだ。

他の人面グモがサラサラヘアーなのに言葉を発しないと言うことは、もしかしたら上位者になるためには髪を諦めなければいけないのかもしれない。

残念なことだが、本人は上位者化したあと充実していたようなので、気にすることないだろう。

僕は若干の哀れみの視線でパッチを見つめた。

 

パッチはまだ物言いたげな顔をしていたが、バーティ教授が無視して語り出した。

 

「今回は、メンシス学派に対して我々がどんなスタンスで向かうべきか、と言うものだ。ルドルフが忠告をしたらしいが、どうやら強行を試みることにしたらしい。まったく救えない男だ。」

 

「仕方ないわ、彼は劣等感を持て余しているもの。自分の行いが他人によって妨げられるなんてこと、許せる性格ではないわ。」

 

酷い言われようだ。自分のいないところで性格分析されて貶されるなんて、可哀想に。

あとで僕の性格分析をひけらかさないよう釘を刺しておこう。

 

「今下層の街を荒らされると、僕が困るんだよ。アーチボルトにひとつ仕事を頼んでいるんだ。カミュがもうすぐ誕生日でね、手軽な武器の一つでもプレゼントしてやろうと思ってるんだ。」

 

「私はどうでもいいな。あんな貧民街もどきに用はない。さっさと廃棄されてしまえばいいものを。」

 

「バーティ教授、君も本当は困るだろう?火薬庫となにかやりとりをしていると小耳に挟んでいるよ。安易に下層を見捨てたらデュラの怒りでも買って、縁を切られちゃうんじゃないかな?」

 

大男は舌打ちをした。僕が困るということで、協力を頼まれれば恩が売れると思ったのだろう。

残念だが、そう簡単に弱みは握らせないぞ。

 

「か、下層ですか?困ります!彼処にはおばあちゃんが住んでいるんです、はやく避難させないと……!」

 

顔を青くして慌てる。そういやそんな話をしたような気がする。確か、彼の唯一の肉親だったか。結構なおばあちゃんっ子らしいし、心配するのも無理はない。

未来のハゲが安心されるように答えた。

 

「まあまあ落ち着きたまえ、親愛なるカレル君。擂り身のバーティと繋ぐ者が手を組んだなら、阻止できるできないは別にしてもすぐにどうという話では無くなったのさ。」

 

「そういう貴方はどうするの、パッチ?メンシス学派として振る舞うなら、ずっと引きこもっているわけにはいかないのではなくて?」

 

「安心したまえ。今回はいい隠れ蓑を見つけてね。そちらで研究の協力をする、ということになっているんだ。君こそどうだい。なにか惹かれるものはあったりするかね。」

 

「お生憎様、なーんにもないわ。下層でなにが起ころうとも、患者がここに押しかけてくるわけでもなし。悪いけど今回は傍観者に徹させてもらうわ。」

 

「ううむ、仕方なかろう。それでは、私とルドルフ、あとカレル君か。以上三名が今回の出来事に対抗する。次は手段だな。私としては覆面でも被ってかちこむのが一番手っ取り早いと思うのだが、どうかね?」

 

「無茶言わないでくださいよ!僕はただの筆記者ですよ、肉弾戦なんてもってのほかです!」

 

「ルドルフはどうだ。」

 

「私も遠慮したいところだね。血なまぐさいのは好きじゃないんだ。腐れワカメとも、一応仲良くしたいと思ってはいるからね。今の性格のままではもちろんごめんだが。」

 

「ふむ、しかし忠告は無駄に終わったろう。何か手でも有るのか?」

 

「いいことを思いついたんだ。叱ってダメなら、甘やかす。そのついでに幻想を打ち壊してやればいい。みんなで海水浴と洒落込もうじゃないか。きっとあいつも引きこもるどころじゃなくなるぞ。ああ、楽しみだなぁ。」

 

「なんでしょう、とても心配です。やっぱり僕、抜けていいですか?」

 

「旅は道連れだ。一人抜けは許さんぞ、カレル。」

 

「ヒイィィ……!」

 

僕は鼻歌を歌いながら帰宅準備を始めた。まずは服を揃えないといけない。

ただの水着は感染が怖いし、全身タイツでも買ってみるか。頭は……。潜水帽なんかが良いかもしれない。

みんなで黄色い潜水帽を被って、漁村と海を探索だ!あいつもきっと水を得たワカメのようにはしゃぎ回るだろう。

もしかしたらイザコザを投げ捨てて、流れで友達になれるかもしれない。

僕の夢は着実に進んでいる。

 

待っていろミコラーシュ、今遊びに行くぞ!

 

 

 


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