愛しいけれど恨めしい。恨めしいけれど愛おしい。
これは裏切りと誠実と怨嗟と純愛の幕劇。
悲嘆の姫が謳うのは絶望か羨望か――――

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裏切り赦さないガールズ

サーヴァントは英雄の亡霊だ。とどのつまり幽霊だ。

しかし、元が英霊と言うこともあるのか陰鬱とした印象よりは、威風堂々、鉄腸豪胆とした者が多い。

勿論、陰惨な性格だったり、オタクキャラだったりする者も居ないでは無い。

でも、それでも世界を救う志に共感して共に立ち上がろうとするサーヴァント達だ。

サーヴァントという存在が聖杯に願いをかける後悔に存在する側面があったとしても、それでもやはり彼らは英霊(サーヴァント)だった。

 

その印象が、溶かし落とされた気がしたのはあの特異点の事だった。

そこは中世の日本だった。

その時代を生きたサーヴァントがカルデアにもいるので安土桃山時代だと断定できた。

特異点と言っても大して歴史として改竄が加えられた様子は無い。

 

ただ一つ、この特異点で異常だったことは―――――――――何処へ行っても辺り一面が黒百合の花で覆い尽くされていたことだ。

日本の国土が黒百合の花に覆われるという怪異。

黒百合特有の異臭が周囲を覆う。そして全体的に空気が重く淀んでいた。

黒百合の花はホラー映画のタイトルにも使われただけあって、不吉で不気味だった。

 

沖田総司や刑部姫曰く、黒百合には花言葉で純愛・誠実な恋という意味もあるということだったけど、

それ以上に『呪い』などのマイナスイメージの花言葉が有名らしい。

花言葉の元はどれも逸話に端を発していると言うことだった。

 

 

ところで、バーサーカークラスの女性サーヴァントには、大体言葉が通じるのに話が通じない人達が多い。

その筆頭が僕を安珍の生まれ変わりだと主張するヤンデr…もとい一途に慕ってくれる少女『清姫』だ。

実際には現代で言うところの中学生付近だけど、その行動力は恐ろs…もとい舌を巻くところがある。

 

基本誰にも止められない狂愛に生きる彼女が、理性的に誰かを止めることがあるなんて、あの時は思いもしなかったんだ―――――

 

 

 

 

 

 

黒百合が広がる陰鬱な特異点。

悪臭と花を媒介にした呪いが日本を覆っていた。

…実を言うと、首謀者のおおよその見当は付いていた。

 

茶々や信長と同じ時代に生きた女性、黒百合伝説の悲劇の主役。

佐々成政の愛妾にして彼に殺害された麗しき姫――――『早百合姫』

 

 

 

 

佐々成政は安土桃山時代の英傑である。

彼は秀吉に強い敵意を持っていたが、最終的に秀吉が天下を取るとそれに従うことになった。

徳川家康と秀吉を討つ同士になっていたつもりであったが、言いようにあしらわれて人間不信になっていた。

そんな彼の唯一の癒やしが愛妾早百合姫だった。

誠実な早百合姫は成政の心のよりどころであった。

しかし彼は寵愛する早百合姫を、嫉妬した他の女の早百合姫が浮気したという戯れ言を信じ――処刑した。

早百合姫の誠実は信じて貰えることは遂に無かった。

 

その時に、早百合姫は辺りの銘花である黒百合の花に呪いをかけ、その呪いが成政を殺すと言って死んだ。

後に茶々姫が秀吉の正妻北の政所が成政から届けられた黒百合を使って、北の政所に恥をかかせた事で秀吉の正妻の恨みを成政は買った。

そして、それを口実に元々危険因子であった成政を秀吉は処刑した。

ここに、黒百合の死の呪いが完成したのであった。

 

 

 

 

 

 

――――と言うのが黒百合伝説の内容である。

語り手はまさかの茶々本人であった。

茶々は己は悪くない。悪いのは元々秀吉に叛意を持っていた上に、女一人に手玉に取られて滅びる成政だと胸を張っていた。

彼女の認識では間接的に己が成政を殺したのでは無く、元々愛妾一人信じる器量もない男が勝手に自滅しただけであった。

 

 

 

 

そしていつものように現地に現れた関係のあるサーヴァントや関係の無いサーヴァントと協力したり、戦闘したりして遂にある場所にやってきた。

その場所は『富山城』。刑部姫をしてまあまあイケてる名城である。

その一角に彼女はいた。

 

 

 

「愛おしや、恨めしや…」

 

 

典型的な幽霊がそこにいた。

血で濡れた女性が榎に吊るされるようにしてそこにいた。

 

 

「愛おしや、恨めしや…」

 

彼女は間違いなく伝え聞く美貌の姫、早百合であった。

だが、此方から幾ら話しかけても会話が成立しない。

彼女が一方的に己の重い想いを振りまくだけだった。

…実はそういうのは清姫達で慣れているというのは公然の内緒だ。

 

 

その鬱々とした空気を切り込んだのは成政の死の遠因となった茶々だった。

 

「わらわが黒百合で北の政所を嗤って成政が処刑された事で有名な茶々だけど質問あるかの?」

 

いきなり爆弾発言だった。

それまでひたすら壊れたラジオのように「愛おしや、恨めしや…」しか喋らずに虚空を見ていた早百合姫は急にギロリとした目で此方を見てきた。

そして首に縄を付けたまま地面を擦るように此方へと向かってきた。

…どうやら紐は伸びるようだ。そして不思議なことに伸びる紐の根元はどういうことかさっぱり解らない。

きっとあの世にでも繋がっているのかも知れない。

そう言ったのは茶々だった。

 

「アナタガ ニクイ(イトシイ)ナリマササマヲ… ナリマササマヲコロシタノォォォッ!?」

 

それは怨嗟だった。それは絶叫だった。

それは愛した男を、唆した女を、男を殺した秀吉や茶々や北の政所を、そして…世界を呪う絶望だった。

 

「…愛していた。信じていた。愛して欲しかった。信じて欲しかった。

赦せなかった。愛していた。恨めしかった。でも、愛していた…」

 

何故か耳元から聞こえる声。

早百合姫は目の前にいるのに、その声は後ろから聞こえてきた。

咄嗟に振り向くと、そこに早百合姫が目の前にいた。

 

早百合姫のサーヴァントとしての能力は怨霊そのものだった。

周囲のサーヴァント達には僕の置かれている状況が見えていないようだった。

そして隣では他のサーヴァント達もそれぞれ似たような状態に陥っていた。

僕には見えない場所をそれぞれの得物で攻撃しているようにしか見えなかった。

助けは期待できなかった。

…恐怖で正気が奪われていく。

 

早百合姫は僕の喉に左手をかけると、右手で僕の目に人差し指を近づけてきた。

彼女の全身から死臭に似た黒百合の花の匂いがする。

恐ろしくて声も出なかった。

 

 

だけど、救いは訪れた。

 

「そこまでです。わたくしの旦那様から離れなさい」

 

 

そこにはこの早百合姫に出会う前にはカルデアのヤンデレ代表の名を欲しいがままにしていた清姫だった。

彼女にだけは呪いの幻覚は作用していなかったようだった。

後で聞くところによると愛の力だと言うことだったけど、本当のところは波長が近しいこともあったのかも知れない。

 

「何故…?」

 

「わたくし清姫が旦那様を愛しているからです」

 

清姫の正しく前を見据える視線に早百合姫は止まった。

 

「清姫………なるほど波長が合うわけですよね。

愛しているならば、裏切られれば憎いでしょう…?」

 

早百合姫は清姫に共感を求めていた。

 

「ええ。だから私は裏切った安珍様を追いかけて追いかけて閉じ込めて殺しました」

 

彼女自身が言うとおり、清姫も伝承に忠実であれば怨霊の側面も存在する。

決して英雄の類いでは無い。でも、この時の清姫は僕には英雄に見えた。

 

 

「ならば、解るでしょう?

愛おしいから…恨めしい」

 

「ええ。ですが恨めしいけれども、愛おしい」

 

狂いすぎて一週回った彼女たちだからこそ、狂気のような正気で、正気のような狂気でわかり合えた。

だからこそ、認識の掛け違いが決裂を生んだ。

まるで――――生前の彼女たちの恋のように。

 

 

「ですが、ならば何故その男なのですか?

貴女様が愛するのは安珍では無かったのですか?」

 

いきなりの地雷発言だった。

 

「いえ、旦那様は安珍様の生まれ変わりです」

 

しかし、清姫の地雷は対戦車地雷で人間の重量では反応しないのでセーフだった…ように思えた。

 

 

 

「…本当は、わかっているのでしょう?

安珍はその男では無く、その男は安珍では無い」

 

「違います。この方は安珍様です。

嘘は止めて下さい。嘘は嫌いです」

 

やめろ。対戦車地雷の上で重量を増すような行為は。

僕はこの時に別の恐怖が増していくのが解った。

 

「違いませんわ。貴女様は理解されておいでの筈…」

 

「違います」

 

 

 

「安珍は他でもない貴女様が滅した。永遠にこの世から喪われた…違いますか清姫様」

 

「…違います」

 

 

「嘘をついたのは誰でしょうか?

本当は解っているのでしょう? この男は貴女様が愛する安珍では無いと。

貴女様が嫌いな嘘。貴女様こそが貴女様に――嘘をついておいでではなくて?」

 

 

 

その時、

清姫の動きが、表情が、感情が停止したように見えた。

 

「それでも…」

 

「それでも、何でしょうか清姫様。

嘘の無い誰もが誠実な世界を共に創りましょう

不誠実な男に呪いあれ、呪って愛して愛して呪って呪って愛して愛して呪ってさしあげましょう?」

 

 

「貴方が何を言おうと、わたくしの旦那様への愛は本物です。

決してこの気持ちは―――――――嘘になどさせません」

 

 

 

 

 

そして清姫と早百合姫の二人の女性によるこの特異点の最終決戦が始まった。

早百合姫の宝具の能力、信じることを認めさせる黒百合の呪いの陣。

端的に言えば、嘘を赦さない己の誠実を力に変える戦場。

 

清姫と早百合姫。

どちらが『正直』を貫けるか。それが勝敗を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

――勝者は、清姫だった。

早百合姫は最早動くことも出来ずこの世から消えようとしていた。

 

「願いました。

祈りました。

そして破れた夢を呪いました。

貴女様は、そうでは無かったというのですか…?」

 

早百合姫の問いに清姫は答えた。

 

 

「破れた夢を呪うほど、願って祈ったのです。

そこに愛が無いわけが無いでしょう?

憎めるほどに愛していた。そこに誠実な愛が無いわけが無いと貴方もきっと解っているのでは無いですか?」

 

「…貴女様には勝てない道理ですね。

恋は即ち狂気。そこに嘘や誠実を求める私が間違っていたのでしょう。

だとしても、成政様…私は貴方を…………」

 

 

そう言いかけて消え去った早百合姫と共に、黒百合の花は枯れ始めた。

黒百合の花言葉は、呪い、そして純愛と誠実な恋…。

 

 

この恐ろしくも悲しく呪われた特異点は、純愛と誠実な恋によって解決された。

でも真に恐ろしいのはきよひーの恋心であることは言うまでも無い。




宝具の効果

黒百合の祈り(呪い)
黒百合伝説の逸話から。
あるべき誠実な世界を歪める魔術を否定する。
加えて秩序や善の者にプラス補正を、混沌や悪の者にマイナス補正をかける。
その他、裏切り者や嘘つきな者には大幅なマイナス補正をかける。
具体的には作家系や口達者なナンパ野郎系や反逆者系。

黒百合の予言
黒百合伝説の逸話から。
相手に迫り来る死の呪いを告げる。
この呪いの言葉が届いた相手にはそれなりの時間の後(具体的なターンは不明)死ぬ。

黒百合の悪夢
黒百合伝説の逸話と怨霊の側面から。
幻影を行使する。
しかし誠実を求める彼女によるものであるから厳密には幻影であって幻影ではない。
その正体は質感のある怨念そのもの。


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