帝国ホテルのロビーにて
フィアスコ 2018/06/21
~怪生の徒花~
世は大正中期、混迷を極めた第一次世界大戦も終結し、戦争特需によって帝国の財政も潤っていた頃。日ノ本一とも噂の高い帝国ホテルの前に一台の高級車が止まった。
「お嬢様、到着いたしました」
「ご苦労さま」
黒いスーツをきっかりと着こなし純白の手袋をはめた壮年の男が恭しく後部座席のドアを開ける。そうして車内から出てきたのは、月光を浴びて薄っすらと輝く蜂蜜色をした長い髪を二つに結わえた少女だった。
まるで陽の光を一度も浴びたことがないような透明な白い肌、スッと通った鼻梁に薄く紅をさした唇、そこから陶磁器のような八重歯が小さく見えている。少し釣り上がった眦はどこかいたずらっ子のような勝ち気な表情をおもわせる。体躯は全体的に小さく、少女と言える姿形だった。しかし、街灯に照らされて怪しく、そしてどこか妖艶に光る鮮血を思わせるような紅目が、彼女の持つ幼さを全てかき消していた。
車のドアを開け恭しく礼をしている美丈夫の栗色の髪をしばし眺めると、彼女はその双眸を目の前の帝国ホテルへと向けた。
「ここに白雪さんが……」
小さくそうつぶやくと、運転手である公男に車内で待つように伝え、自身はホテルのロビーへと向かっていく。護衛も兼ねている公男はそれに異を唱えたが、雇い主である彼女は一刀両断した。
「レミリアお嬢様、せめてホテルの入口に控えさせてくださいませ。車内にいてはいざというときに動けませんのだ」
こうなると彼の意見を翻すことが面倒くさくなるのは、これまでの長い付き合いで身にしみていたレミリア。
「はぁ……わかったわ。でも、緊急時以外にはロビーに入ってこないように」
「畏まりました。ヘケッ」
長い間そばに仕えさせて入るとはいえ、いつになってもこの妙な語尾と口癖はなれない、と今度は内心で嘆息する。
(駄目ね、事あるごとにため息を付いては。白雪さんに辛気臭い顔を見せるわけにはいかないわ)
帝国ホテルのドアが開かれると、ロビーには洋装和装問わず、気品のあふれる紳士淑女が談笑し賑わっていた。ドアマンに心付けを渡したレミリアは早速目当ての人物を探す。
(公男の話ではここに白雪さんが宿泊しているはず。……勢いでホテルまで来てしまったけれど、どうやって探そうかしら)
公男から白雪の話を聞いてすぐさまホテルに向かったレミリアだったが、道中の車内では白雪に会えるかもしれないという思いで頭がいっぱいで、どう探すかまでは考えていなかった。いざホテルに着き少し頭が冷えた彼女は、とりあえずフロントやそこらにいる人間に聞きまわりでもしようかと辺りを見回した。
「あ……」
そうして話を聞けそうな人物がいないか探していた彼女は、白い地に青く雪の結晶が刺繍された着物の女性を見つける。
その人物は女性にしては背が高く、薄いベールのようなものを頭から被っていた。その涼やかな立ち振舞はどこか寒く澄んだ冬の夜を思わせるものだった。ベールからちらりと覗く肌は新雪のような汚れのない美しく、白い肌だった。
(いた!あれは絶対に白雪さんだ!)
急いで、しかし決して音を立てて走るような、はしたない真似はしないように着物の女性に近づく。
「あ、あの!」
送りの車から出たときのような妖艶さをなくしてしまったかのように、どこか不安と期待の入り混じった声で話しかけるレミリア。まるで恋い焦がれる憧れの人に精一杯勇気を振り絞って声を掛ける少女のように。
「私になにか御用かしら?」
突然声をかけられた事に驚くことなく振り向いた女性。サラサラと流れる上質な絹のような白銀の髪を結わえ、その美しい顔を見せる。そのどこまでも透き通る美貌と純白の着物姿は見る人を魅了してやまないことを簡単に察することができる。しかし、同時にその凛とした立ち姿はまるで神聖で侵し難い雪原を思わせ、声をかけることが躊躇われるのもまた察せられる。
そんな美女に声をかけたどこか夜を思わせる美少女に周囲の人物も気を引かれたのか、何となしに目を向けている。
「白雪さん!」
「あなたは……レミリア!?」
話しかけてきたのが知己の人物であることにすぐに気がついた美女。豊かに蓄えられたまつげを持つ、冬晴れの空を反射した氷のような淡い色の目を大きく見開いている。
「どうしてここに?」
驚いたのもつかの間、枯木寒巌な顔つきになり、ひんやりとした問いかけをしてくる。
今までならふんわりとした笑顔と共に、ヒトとは違う冷たい手のひらで優しく頭を撫でてくれていたことを思い出し、やはり白雪は自分に対して冷たくなったと確信するレミリア。その事実に泣きそうになるも自身の矜持でグッと堪える。
「どうしても白雪さんに聞きたいことがあった探したの」
「聞きたいこと?」
この返答によっては自分は失意の底に落ちるかもしれない。そんな事を思うが、彼女はもう限界だった。これ以上わからないままずっと生きていくことはそれこそ耐えられなかったのだ。これから先の長い生を考えると。
「白雪さん、私に冷たくなったのはなんでなの?どうして前みたいに接してくれないの?」
そう問いかけるレミリアの声は小さく、そして震えていた。白雪の顔を直視して返答をもらうのが辛いのか、俯いた彼女の足元には小さなシミがいくつか見て取れた。
くっそ久しぶりに書いたからあらが目立っても許して下さい