翌日 陽が上がり始めた午前5時ごろ 龍崎は目を覚ました。
「ふわぁ…」
窓を開けるとまだ明け方の街を陽が少しずつ照らしていた。
「腹減ったな…」
昨日は結構食べたが、代謝が激しいのかすぐに腹は空で泣いていた。
「取り敢えず朝食まで時間あるから外でも行くか」
財布と携帯を持つと ロビーへ移動し、港へと歩いて行った。
ーーーーーー
朝日が照らす港はとても綺麗だった。海からくる潮風が顔へ辺り眠気を覚まさせてくれる。
その景色に惹かれた龍崎は何十分かその場で胡座をかき、海の先を見つめていた。
「ま、朝食なんていっか。早いとこ帰ろ…と」
ーーーーーー
一方で 龍崎の他にも泊まっている者がいた。
「んん〜!」
猫娘だ。別の部屋ではあるが鬼太郎も同じホテルに泊まっていた。彼女達は最初はまな に誘われたが、流石に迷惑だと思いホテルを借りたのだ。因みに彼らは龍崎が同じホテルにいる事を知らない。
朝の日差しに照らされた猫娘は背筋を伸ばしながら起きた。いつもはシニヨンにしている髪型が解かれており長くしなやかな髪が流れていた。
「ふわぁ〜…今は…6時か」
時間を確認しながら猫娘は部屋のカーテンを開け朝日に照らされる海の景色を見た。
「綺麗………ん?」
よく見ると誰かが堤防に座っていた。その人物をよく見た瞬間 猫娘は驚く。
「(龍崎…!?なんでアイツがこのホテルに!?)」
驚くのも無理はないだろう。昨日は 龍崎はずっと妖気を潜めていたのだから。見つめていると 突然 こちらを振り返ってきた。
「!?」
シャッ
目があった瞬間 すぐさま猫娘はカーテンを閉めた。
「き…気づかれた…?いや、ないない。結構 距離あるんだし…取り敢えず朝ごはん食べに行こ」
猫娘は部屋を出ると鬼太郎を起こしに向かうため 一階下へと降りた。
「鬼太郎。ご飯食べよ」
「あ〜……先に行っててくれ…」
「はぁ〜…わかったわよ。(鬼太郎って確か 早起きが苦手だったのよね)」
やれやれとため息をつきながら猫娘は自室へと戻ろうと階段の方へ向かった。すると前から半袖に学生ズボンというラフな格好の少年が歩いてきた。
その時だった。
「…!」
その歩いてくる人物を見た猫娘は身体を硬直させた。その歩いてきた少年は龍崎だった。警戒する猫娘に対して龍崎は軽く手をあげ挨拶してきた。
「ほぉ?お前もこのホテルだったのか」
「そ…そうよ。何か文句でもあるの?」
「別に。文句も何もねぇよ。それよりさっき見てたろ?妖気がダダ漏れだったぞ」
「うぅ…」
先程見ていた事を言われ苦い顔をする。
「見る時は普通 妖気を隠すだろ。人間なら気付くのに数秒かかるが妖怪の場合はすぐに感知される。これぐらい常識だぞ。それにまた妖気を応用さえすれば背後からの攻撃だって回避できる」
「う…うるさいわね!何でアンタに説教されなきゃなんないのよ!」
見ていた事よりも見ていた時の態勢を何故か指摘されている事に猫娘はムカムカとし、怒鳴った。
「ハッ。弱いからアドバイスしてやったんだよ。そんぐらい出来なきゃこの先来る闘いからは生き延びれんぞ?」
「何でそんな話になんのよ!全然意味が分かんないわ!」
「分かんないんだったら、いいさ。これから分かる。それと、今の事は鬼太郎にも伝えとけよ?」
ーーーーーー
「さて、早く戻るか。土産は充分にもらったし」
海の幸が入った袋を持ちながら龍崎は空へと飛び立った。龍の血を引いている故に 空を浮遊する事ができるのだ。
風を切りながら迫り来る風圧をものともせず龍崎は東洋の龍のように空を駆けた。
「よっと」
長野県付近にある日本の屋根である山脈の頂上へと着地し、ジャンプ台として強く踏み出す。
そして、およそ3時間後 龍崎は東京へと戻ってきていた。
ーーーーーー
一方で龍崎が去った境港では、実行委員と共に呑んだくれて自室ですっかりと寝てしまった炎谷が目を覚ました。
「ふわぁ〜!!結構寝ちまったなぁ〜。ん?龍崎の気配が無くなってるな。ったく、挨拶ぐらいしてけっての」
そう言い龍崎が去った事を悟ると起き上がり作業服へと着替えた。
「さてと、今日は何が獲れるかな」
大きな荷物を背負うと改築した家を出て、港へ着くと師匠らしき男性と漁船へと乗った。
「親方〜!準備できましたぜ〜!」
「おう」
エンジンをかけると、激しい音を立てながら発車した。
ーーーーーーー
港からすぐ近くの浜辺では鬼太郎や猫娘たちが寛いでいた。空から差してくる日差しがパラソルを立てているのにも関わらず 額を焼いてくる。
「あ…熱い…ぬりかべ〜。ちょうっと前に出てくれる?」
「ぬり」
猫娘のお願いにぬりかべは承知すると目の前にたち日差しを遮断する。
すると、 皆の目の前の風景に一隻の漁船が映った。
「あ!漁船が出てるわ!今夜も海の幸食べ放題かも!」
魚介類が大好きな猫娘は漁船を見て頬を染め上げる。そんな中 まな は何か 不思議に思っていた。
「どうしたの?さっきから」
「う〜ん」
隣にいる猫娘は不振に思い尋ねた。
「いや…昨日の祭りの後の閉会式の時に司会してた人いるでしょう?」
「あ〜。あの炎谷って人ね」
猫娘は姿を思い浮かべる。
「あの人がどうかしたの?」
「それがね…もしかしたら妖怪かもしれないんだと思って…」
「あら…まな も気づいてたの」
「うん…て、猫姉さんも!?」
「えぇ」
時は昨日
ーーーーーーー
「え〜。今回は、帰ってきた若者。そしてここに昔から住んでいる方々のお陰で今まで以上に楽しく愉快な祭りとなりました』
何故か大会役員でもない炎谷が縁に立っており、そこからマイクで皆へと呼びかけていた。というか、今まで以上と言っているが炎谷は今回が初参加である。
その様子を鬼太郎達はまな と共に見ていた。そんな中
「ッ…!」
鬼太郎は感じていた。その青年から放たれる獄炎の妖気を。
「父さん…」
「あぁ。あの炎谷という青年…おそらく妖怪じゃな」
目線の先には炎谷がいた。鬼太郎が感じた妖気は炎谷から発せられていた。だが、ただの妖気ではない。その発せられる妖気はまるで煮えたぎるマグマでさえも燃やし尽くしてしまいそうな程の超高温なものであり、一般の妖怪が強く感じれば燃え尽きてしまう程だった。
「なんでしょう…この身体が燃えそうな程の…熱い妖気は…」
「火を扱う妖怪でもここまでの熱は発しない。あの青年は一体…」
ーーーーーー
猫娘の話を聞いてまなはうなずいた。
「へぇ…そんな事が…」
「あの時は私も感じてたわ。あの炎谷って人…一体何者なのかしら…」
すると、
「お〜い!祭りで余った蟹 もらってきたぞ〜!!」
大きなザルに大量の蟹を乗せながらねずみ男が走ってきた。
ーーーーーー
「よぉ〜し!大量大量!」
一方で漁を終えた炎谷は打ち上げをしていた。上司から受け取ったビールを口に流し込むと体内に溜まった疲労を全て吐き出した。
「かぁ〜!ウメェな!やっぱ仕事終わりに飲むビールは最高だ!」
それから給料を貰うとその場から住宅街のある道へと出た。
「さて、帰ってまた酒でもっと……ん?」
道を歩いていると突然 曲がり角から巨大な僧侶が現れた。巨大といっても2メートルどころではない。3メートルはある。
その僧侶は顔を傘で隠したまま炎谷を見ると突然口を開いた。
「大足二足 小足八足 横行自在にて目は天をつく。これいかに…」
「…は?」
突然の問答。頭がバカな炎谷にとっては理解しがたいものであった。境港に来て間もないが故にこの土地事をよく知らないので、炎谷は馬鹿正直にこれも境港の文化だと解釈してしまった。
「成る程。大足二足……か」
炎谷は頭の中に該当するものを思い浮かべた。すると、ある…“虫”が思い浮かんだ。
「ッ!答えは『蜘蛛』だ!」
その答えは確かだ。一般家庭にいる蜘蛛で有名な女郎蜘蛛は足は8本あり、二本の牙を持っている。だが、一つだけズレているものがある。それは…目が天。つまり、上を向いていない事だった。そうとは知らずにハッキリと答えた炎谷は自信満々だった。
対して問答をかけた僧侶は大きく言う。
「否ッ!」
「!?」
その瞬間 その僧侶の口から白い泡が溢れ出し炎谷を包み込もうとした。
「危な!?」
咄嗟に炎谷は後方へ跳躍し、何とか回避した。見ると先程立っていた地点が石化していた。どうやらあの泡は触れると石になる効力があるようだ。
「へぇ。石にする妖怪か。50年前のメデューサ以来だな。まぁでも今は酔いが回ってるからちょいと御免だな」
そう言うと炎谷は人差し指と中指に妖気を集中させ炎を出し、合わせるとクイッと上げた。
すると 僧侶の足元の周りから炎が現れた。
「ぬぅ?」
「ちょいとばかし止まっててもらうぜ」
そう言った瞬間 現れた炎は一気に燃え上がり僧侶の姿を炎で包んだ。そして炎谷はすぐさまその場から跳躍すると屋根へ飛び乗った。
「じゃあな」
そこから一気に走り出すと屋根へ屋根へ飛び移りながら消えていった。
「ッ…彼奴は違うたか…」
一方で炎に包まれた僧侶は口から泡を出すとその炎を石にして破壊した。炎谷を追いかけようとしたものの 既に彼の姿は消えていた。
僧侶は青い空を見上げるとゆっくりと呟いた。
「姫様…何処に……」
ーーーーーーー
ーーーー
ー
「ふむ…やはり奴の情報はあまり詳しく載っておらぬな…」
夜の神社の境内にて、ねずみ男が貰ってきた蟹を食べながら目玉親父たちは龍崎について調べていた。だが、確証のある情報は皆無であった。
「昨晩に見た彼の情報もあまり詳しくは載ってないわ。ただ…ある程度その人の正体が分かったかも…」
「ほ…本当に!?」
画面をスライドしながら呟く猫娘に鬼太郎は驚く。目玉親父が首を傾げると猫娘はある画面を見せた。それは、炎を扱う妖怪の一覧だった。見ればつるべ火や、サラマンダー等の海外の妖怪の事も記されていた。
その中でも猫娘はある名前を指差す。
「『炎獅子(えんじし)』……じゃと…!?」
その名を目にした瞬間 目玉親父は戦慄する。鬼太郎は炎獅子の事について聞くと目玉親父は話した。
『炎獅子』とは数ある獅子の中でも最も強い妖力を持つ獅子であり、身体に纏う炎は少し触れただけで瞬時にその物を燃やし尽くす程の火力を備えているのだ。しかも本気を出せば、豆粒程度の大きさで全てを燃やし尽くす焦熱地獄の炎と同等の炎を作り出す事ができのだ。
故に炎獅子をまともに相手にできるモノはごく少数である。
「んん…待てよ…?あの炎谷とかいう青年…龍崎と仲がいいように見えていたな……まさか…奴らは…!」
目玉親父はまたもや言葉を詰まらせた。普段はここまでの仕草を見せないので鬼太郎も少し表情を強張らせていた。
そして 目玉親父はゆっくりと口に出した。
その名を聞いた瞬間 猫娘と鬼太郎は身体をこれまで以上に震え上がらせたのだった。
「おいおい、俺抜きで何の話してんだよ?」
そんな中、トイレを済ませてきたねずみ男が興味があるかのように言いながら戻ってきた。それに対し猫娘達は事の内容を話した。
「龍崎や、炎谷っていう人について調べていたの」
「龍崎……?もしかして…あの時学校にいた奴か?」
「えぇ。アンタも知ってるでしょ?アイツの事」
猫娘の言葉にねずみ男はあの時の光景を思い出した。向かってくるヨースケを一切の手加減なく床に叩きつけるその行為は流石のねずみ男でも背筋が凍る程であった。
「確か名前の通り龍の妖怪だってな。んで?ソイツがどうかしたのか?」
未だに疑問に思っているねずみ男に目玉親父はまだ気づかんのか?と言う。
「お前は『龍』『炎獅子』と聞いて次に何を思い浮かべる?」
「は?龍…炎獅子……となると次は……ッ!」
ねずみ男は連想した事で何かを思い出し言葉を募らせた。顔からは汗を流しており心臓も鼓動が早くなっていた。
そしてねずみ男は恐る恐る口を開いた。
「おいおい嘘だろ…?……まさかあのチビが…」
その時だった。
「ぎゃぁぁぁぁ!!!」
『!?』
ホタテを取りに行っていた一旦木綿の叫び声が響いた。