ターミナス -砂漠の花-   作:さぼてん”

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-Prologue-

 

「ちょっと、なにさー!」

 路面に叩きつけられた煙幕弾からもうもうと煙が立ち上る。光学センサーでは目標を捉えられなくなって、彼女は思わず声を上げた。

 巻き込まれた通行人の悲鳴や怒声にまぎれて、相手の逃げ去るらしき足音がかすかに聞こえたが、それだけで追跡できるほど彼女のセンサーは鋭くない。

「逃がさないからっ。カメラ君よろしくっ」

 声に応えて飛び立った自立飛行物体が、素早く煙幕を抜けて周囲を見渡した。人も物も雑多にひしめくこのターミナスのメインストリートでは、まっとうな手段ではただの十メートル先も見通せない。

「見つけた!」

 右目を覆う眼帯を通してドローンからの映像が見える。繁華街の人混みは突然の煙幕に、逃げようとする人間や獣人や様々な種族が入り乱れ、普段よりもいっそう雑然としている。所狭しと外壁に飾り付けられたネオンサインの中、ひと区画ほど先を人混みを押しのけながら逃げていくふたつの姿。痩せ気味の獣人と大きな手甲で武装した亜人。そしてその手に抱えられている小動物。

 指示をしなくともドローンはその二人組を目指して一直線に飛んだ。彼女も煙幕を駆け抜けてそちらを追おうとしたが、通行人が人垣になって思うように進めない。

「邪魔だってば」

 言いながら蹴散らすわけにはいかないから、彼女は頭上を確認して思い切り跳躍した。踵に内蔵されたスラスタで姿勢を制御すると、メインストリートをまたぐアーチ状のネオンの上へ着地する。自分の光学センサーとドローンから送られてきた映像で、二人組が裏路地へ転がり込んでいく姿を確認しながら、彼女は三本指の鋼の足でネオンの足場を踏み切った。まるで重力など存在しないように向かいのビルへ飛び、ネオン看板を蹴とばし眼下の混沌を飛び越えていく。

「けほっ」

 いくらか吸い込んだ煙幕が発声器官に影響を与えてはいたが、それ以外に彼女を邪魔するものはなかった。喧噪や屋台の匂いを薄めた風が、後ろでひとつに束ねた栗色の髪をなびかせた。特別きれいな空気でもないけれど、彼女がはじめて目覚めた場所の渇ききった空気よりは、よほど変化に富んで楽しく感じる。

 蹴倒された露店の脇、薄暗い路地裏へ、着地した彼女は躊躇せず飛び込んでいった。追跡するドローンの位置と映像を確認しながら、頭脳内の地図でルートを想定する。ゴミやガラクタや、酔いつぶれた人間や遠吠えしている獣人や、頭部が三つある小動物やよくわからない不定形生物などをかわしながら、細い路地を右へ左へ。軽快そうなボディスーツと迷彩柄のジャケットは、いかめしいというよりもこんな裏路地に似つかわしくないくらいスタイリッシュだ。

「おい、このチビ黙らせていいか、邪魔で仕方ねぇ」

「駄目だ、その極楽猫は生きてなきゃ価値がない」

 ドローンを通して聞こえた会話に彼女はぎくりとした。

 裏路地を逃げていく犯人たちは思いのほか逃げ足が遅かった。その原因は手に抱えた誘拐した小動物だった。激しく身をよじってもがく小動物に手を焼いて、ついにその足が止まる。なんとか逃げられないように捕まえてはいるが、危害を加えない力加減が難しいらしい。その動物の体色は、本人の興奮を表現しているように目まぐるしく変化していた。ドローンのカメラに虹のような残像を残しながら、極楽猫と呼ばれた動物は抵抗をやめない。

「ボクの友達、返してよっ!」

「?!」

 驚いた表情で振り向いた二人組は、次の瞬間には銃を構え即座に発砲してきた。本当は届くはずのない叫びを、お節介にもドローンが中継してしまったのだ。

 軽量ドローンには耐久力も戦闘用の武装もない。弾丸にローターを撃ち抜かれ姿勢を維持できず、きりもみしながら墜落した。しかし映像の最後の瞬間に、注意のそれた犯人の手から逃れて奥へ駆けていく猫の姿が映っていた。

「カメラ君、そういうとこだぞ」

 映像の途切れた眼帯を取り去って、責めるような口調。怒ったふりの声を出していても、普段から穏やかな瞳と柔らかそうな頬は、どこか優しく見えた。

「そこまでよ、大人しくしなさい」

 すぐに現場にたどり着いた彼女は、腰の後ろのホルスターから大型のハンドガンを抜いた。足元では墜落したドローンが細い煙を上げている。

「って、聞けよぉ」

 彼女を無視して猫を追いかけ始めた犯人たちに思わずうろたえた声が出る。しかし彼女もすぐに、動けないドローンを回収して後を追った。彼女の把握している地図だと、この先はすぐに開けた場所に出る。

「手前ぇは先に行け」

「わかった。ね、猫ちゃん、怖くないよぉ」

 後続の手甲の亜人が路地の出口に立ちふさがる。振り向いた男の額には二本の角が生えていた。男の脇にはすり抜けるほどの隙間はないが、彼女には立ち止まるつもりもない。

「ふふっ、遅いよ」

 相手の銃口が向く前に彼女はそれよりも内側にいた。不敵な笑みで至近距離からハンドガンを発射し、そのまま肩を踏みつけて彼を飛び越えていく。悲鳴すら間に合わない。

 路地を出た先は太い道路で、その先には金網のフェンスがあり空港との境界を作っている。そのフェンス際に追い詰められた極楽猫とにじり寄る獣人の後ろ姿。

「ダメだよ!」

 言葉と同時にハンドガンから発射された光弾が命中し、獣人は小動物にとびかかろうとした姿勢のまま硬直し真横に転がった。その向こうの驚いた様子の極楽猫と目が合って、彼女は優しく微笑もうとした。

 その瞬間、彼女のセンサーを越えた何かが身体を動かした。

 背後で大質量の何かが路面を砕き、破片と爆発音をまき散らす。

 一瞬前まで彼女のいた場所に突き刺さった金属の塊は、鎖でできた蛇のような動きでうねり伸縮し、もとの場所に戻っていく。大柄な亜人の腕へ。

「麻痺銃なんぞ効くかぁ!」

「なにそれ、タフだなぁ」

 その両腕は手甲で武装されているのではなく、完全に機械化されたものだった。とっさに前方へ転がった姿勢から振り返り、彼女はハンドガンをブラスターモードに切り替えた。できれば傷付けずに済ませたかったがそうも言っていられない。

 背後で極楽猫が心配げに「にゃあ」と鳴く。傍らに転がった獣人は麻痺したままピクリとも動かない。

 さすがにまじめな表情で彼女は引き金を引いた。ほぼ無音で光弾が飛ぶ。二度、三度、外す距離ではなかったが、亜人の身体を隠す巨大な機械の腕には傷ひとつ付かない。。

「この腕は特別製よ、あの『チューブ』にも負けない強度だぜ」

 銃では対抗できないことを悟って、彼女は腰の後ろにそれを戻すと、左肩口に固定しているナイフの柄に手をかけた。明確な意思をもって、相手を見る。

「そんな小刀が通用するか、叩き潰してやる!」

 機械の両腕が展開し、砲弾のような勢いで伸びて来る姿を、彼女は幻視した。高度な予測能力なのか、実際よりも数瞬前にその軌跡を見た。

 片腕は回避を見越した場所、片腕は直撃する。その衝撃力はいかに高性能な彼女でも、全機能を停止させるのに十分。

 その予測どおり迫りくる鉄塊を、落ち着いた、輝く瞳で見つめる。触れるほど近くまで。

「斬る!」

 彼女の意思は現実を変える。刀身よりも太い金属を切り裂いて、空間がひな鳥のような悲鳴を上げた。半歩引いた彼女の横に切断された腕が転がる。もう片腕は彼女をかすめただけで、飛来した速度のまま収縮される。

「ちぃ、ずらかるぞ」

 片腕をなくした亜人は、無事な腕に掴んだ獣人をかばうように担いで、裏路地へ飛び込んでいった。空振りに見えた片腕は相棒を回収するためのものだったようだ。

 追いかけるつもりもなく、彼女はナイフを鞘に戻した。その足元に落ち着きを取り戻した極楽猫が頬をこすりつけに来る。体毛は薄いピンク色で安定していて、さながら小さな花のかたまりのようだ。

「キミ、ずいぶん人気なんだね」

 彼女のデータベースには極楽猫という項目は存在しなかったが、それが逆に希少な動物なのだろうという想像につながる。もしも、この世界の最後に残されたひとりなのだとしたら。

「もしも、ボッチなんだったらさ、ボクといっしょに来ない?」

 砂ばかりで何もなかった光景を思い出しながら、自分を不思議そうに見上げる小動物をそっと抱え上げた。

「いっしょに探そ」

 何を、とは言わなかったが、見つめあった瞳には通じるものを感じた。

 返事をするように「にゃあ」と鳴いた猫に、彼女は「いひひ」と笑って応えた。

「キミのこと、サクラちゃんって呼んでいい?」

 同意をもとめた途端に、極楽猫の体色はじわりと真紅に変化した。

「じゃあ、トマトちゃん、えっえっ? アオアオ? って、みどりん!」

 調子に乗って刻々変わる毛色に彼女もやっとからかわれていることに気が付いた。

「お前ぇ!」

「にゃーん」

 楽しそうな笑い声と鳴き声は、雑多な街の裏通りでいつまでも続いていた。

 

 

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