不意打ちだった。
目の前にいる保健室の女の子はこれでもかといっていいほど清楚で可憐な美少女だったからだ。
──いやだってそうでしょ?
こんなに可愛い女の子がいるんだったら康太が見落とす筈なんてないのに、そんな情報なんて入ってこなかった。
あ、でもそれって僕とこの人が学園初の出会いって事?
――――――――――グッジョブっ!!
「あ、あのぉ……」
──ハッ!?
いつの間にか現実からトリップしていたようだ。
「ケガは無いから心配しないで。ちょっと追われてここに逃げ込んだんだ。その…ごめん。迷惑だったね」
「い、いえ!無事で良かったです」
………うん、マジ天使。
非があるのは絶対僕の方なのに――。
それにしてももう授業は始まってるんだけど……今日は保健委員で活動っていう当直みたいな係とかでもあるのかな?
「えっと君……その──」
「桜です。ちょうどこの学園にも咲いている『桜』と書いて間桐桜。それが私の名前です」
「桜……かぁ。うん、その響きはとても君らしくて似合ってる」
「──っ」
ん?何で間桐さんは顔を紅くして俯いているんだろうか。
その名前は彼女にとても似合ってると思ったことをそのまま話しただけなのに。
────どこの口説き野郎だ僕は。
自分のとんでもない発言に自覚し始め、僕も顔が紅くなってくるのか分かる。
「と、ところでさ!間桐さんは授業に戻らなくていいの?」
かなり強引ではあるが気にしない。
こうでもしなければ自爆して後々に深刻な黒歴史となりそうだからだ。
それに僕のせいで彼女が指導を受けるなんてあってはならない。元々は僕が保健室に逃げ込んだのが原因なんだから。
「授業…ですか?──いいえ、私には必要ありません。いくら自律行動型の上級AIでも、そのような事をムーンセル……いえシステムは許可していませんから」
「――へ?」
「あ、すみません。理解しづらかったですよね…」
その意味を彼女は分かりやすいように、詳細に話してくれた。
そもそも彼女はここの生徒でも、ましてや人間でも無いらしい。
──AI。それは文月学園の管理システムが運営している自律行動型プログラムであり、俗に言う…確定された反応を約束されたNPCとは違う物。間桐さんはその中でも優秀である上級AIで、この学園の保健係を任されているらしい。
「そっか。道理で授業に戻らないわけだ」
「こんな話を信じるのですか?」
「当然だよ。貴女は嘘をつくような人なんかじゃない」
それに僕と同い年くらいの筈の間桐さんがどのクラスにも属してないっていうのも、十分な根拠になるしね。
……だけどさ。
「間桐さんは不満じゃないの?──決められた範囲でしか行動出来ないんでしょ」
「いいえ。私達には
それはそうだろう。
分かりきっていた事だ。自律行動を許されていたとしても、それは限られた範囲内での話だ。
彼女達はプログラミングによってルールを作られている。例えばそれが学園の外には出てはならない──だとしてもそうなってしまう。
規則に対して不満は感じなく普通だと感じてしまう。それはムーンセルの彼女達AIへの気遣いから設定されたものなのだろう。
彼女は人ではない。
だから情をかける必要なんてない。それが人間の常識であり僕も疑問に思わない。
──だけど何だろう。
この釈然としないもやもやとした不快な感覚は――。
「せ、先輩…?」
気がつけば僕は彼女の手を握って外へ連れ出そうとしていた。
自分でも何でこんな事をしているのかは分からないけど、彼女をこのままにしておいてはいけない──そんな気がしたのだ。
「い、いけません!そんな行動は認められていません!」
「いいんだよ。間桐さんはもっと外の世界を知るべきなんだ。それに規則とか校則とかルールとか知らないけどさ、そんなもの僕は嫌というほど破ってきたさっ☆」
「ドヤ顔で自慢する事じゃありませんからね!?」
一学年では雄二との喧嘩もあればゲーム機を当然のように持ってきたし、挙げ句の果てには鉄人の私物を売り払う始末。
現在二学年では清涼祭での校舎破壊に強化合宿での覗き騒動。
ここまでしてきたんだから、間桐さんの為に規則を破ることに躊躇なんかしない。若干開き直りにも近いけどそれが悪いことだとは思えないからだ。
「間桐さんもさ、たまには一息つきなよ。大丈夫だって、それくらいならそのムーンセルとやらも許してくれるよ」
「で、でも…」
──ああもうっ!
「ちょっとは先輩の言うことを聞きなさい!」
「は、はいぃすみません!」
ビクゥと片目を瞑って肩を震わせる間桐さんに多少の罪悪感を感じたけど、了承してくれたので良しとしよう。
何より彼女、先輩の言うことには逆らえないという可愛い後輩体質をお持ちのようだ。
「先輩!鳥さんがいますよ!あ!あそこには猫さんが!可愛いですねっ」
廊下に連れ出して学園内を案内がてら歩き回っている間、間桐さんはうきうきと何かを見ればはしゃいでいた。
彼女から聞いた話によれば、今言った鳥やら猫やらは映像や記録としては知ってはいたけど、実際に見るのはこれが初めてだったらしい。
AIは皆がこうなのかと少し悲しくなるけど、こうして楽しんでくれている彼女を見ると、外に出して良かったと安心した。
「……これはいくら何でもやりすぎでしょう」
しばらくしてAクラス前にさしかかった間桐さんは、その設備に苦笑して顔を引き釣らせていた。
…まあ、いくらなんでもリクライニングシートに個人エアコン、冷蔵庫なんて高級ホテルじみた物を見れば誰だってそう思うだろう。
「少なくとも──私が知る限りではこれを教室と呼ぶことに抵抗があります…」
「………吉井?」
「ひゃあ!?」
呆然とAクラスを見つめている彼女は、気配無く後ろから聞こえてきた声に可愛い悲鳴を上げて飛び上がる。
一瞬康太かと思ったけどすぐに違うと分かった。声からして女性のものなので該当する人物は一人しかいない。
──にしてもAIもそんな反応するんだね。
「やあ霧島さん、どうしたの?今授業中の筈だけど」
「………雄二が教室からいなくなったから抜け出して探してるの」
彼女の常識を疑いたい。
「………吉井もここで何をしてるの?──それに隣にいる人は………………彼女?」
「ブフォッ!?」
思わず吹いた。
いきなり何てこと言い出すんだ君は!いや、まあこんな先輩に尽くしてくれそうな可愛い後輩が彼女だったら嬉しいけどさ!
冷静になれ吉井明久。
「|訳あってこの辺りを案内する事になった後輩だよ《こんな可愛い後輩が彼女な訳ないじゃないか》」
「………本音と建て前が逆になってる」
「せ、先輩!?」
──てバカァ!!
よりにもよって何てこと言ってるんだよ僕は!
……もういいや。無かったことにしよう。
「はぁ…。雄二なら授業だからFクラスに戻ってると思うよ」
「………ありがとう。吉井は良い人」
そう言ってFクラスに向かおうとする霧島さん。はいちょっと待ちなさい。
「今は授業中だから後にしないと駄目だよ」
「………でも」
「別に雄二は逃げやしないって。昼休みになったらAクラスに来てくれる筈だから」
「………本当に?」
「本当に。だからさ、霧島さんも授業に戻りなよ。高橋先生には遅れた理由は僕が上手いこと言ってあげるからさ」
「………うん」
今度は素直に頷くと霧島さんはAクラスの扉に歩いていった。と、そこで何かを思いついたかのように彼女は振り返った。
「………良かったら吉井もAクラスでお昼どう?隣にいる彼女も一緒に」
「いや、だから彼女じゃないんだけど……まあそれはいいや。うん、迷惑じゃなければ良いかな?」
「………うん。優子達には伝えておくから大丈夫」
「オーケー。じゃあそういうことで」
話が決まると霧島さんは授業に戻りに、僕達は彼女が遅れた理由を高橋先生に何かしら説明してからFクラスへと戻っていった。
高橋先生には校内で迷っていた間桐さんに二人で案内をしていた為遅れたと伝えておいたから大丈夫だろう。
「これが教室……ですか?」
「これがFクラスですか……とは聞かないんだね。まあ気持ちは分かるけど…」
恐らく酷い環境下にあるとの情報とだけ知らされていたのだろう。
でもそこが甘い。想像だけで測れるほどFクラスの設備の劣悪さはぬるくないのだ。
「じゃ、入ろっか」
遠い目をしながら悲壮に暮れていると授業終了のチャイムが鳴ったので、弁当を取りAクラスへ向かうために雄二に声をかけようと扉を開ける。
──ガラッ
「む、会長。リア充の気配がします!」
「何をバカな事を。少しは冷静に……む!この臭いは間違いなくリア充!――総員戦闘準備ぃぃ!!」
「「「はっ!!」」」
………………うん。
──ピシャッ!
何事も無かったかのように扉を閉める。
「あのぅ…?今危ない宗教集団のような人達がいたような気がしたんですけど……」
「あはは。間桐さんはおかしな事を言うね。世間的に注目されている文月学園にそんな人達がいるわけないじゃないか」
「そ、そうですよね!私の名前見間違いですよねっ!」
「そうそう。気のせい気のせい」
──危なかった。
まさか授業終了直後であんな行動を起こすとは……。
ま、まあ自然な流れで入ったら流石のFFF団も気がつかないだろう。こうやって自然に扉を開ければ
──ガラッ。
「「「……………(シ~ン)」」」
ほら!皆礼儀正しく静かに席に着いているじゃないか。ちょっと静か過ぎる気もするけど。
「ほら間桐さんも入って」
「あ、待ってください先輩!」
早めに事を済ませようとスタスタとFクラスに入っていく僕に、間桐さんは小走りでついてくる。あまりの静けさに逆に不審に思ったのか、彼女はビクビクしながら僕のブレザーの端をつかんできた。
その意味を若干理解してる為、僕は弁当を手にするとそのまま雄二の所へと向かう。
「雄二、Aクラスに行こ」
「ん、明久か。分かった。じゃあ行くか」
僕が何しにAクラスへ行くのかなんて一言も伝えてないのに、まるで打ち合わせでもしていたかのように円滑に話が済む僕ら。
そして間桐さんの手を引っ張って、二人して何事も無かったかのように教室を後にする。
「やっぱり気のせいでしたね。設備は酷いですけど中の人達は模範の生徒みたいでしたし──きゃっ!」
ほにゃあととろけるような笑顔を浮かべて彼らに高評価を出してる彼女には悪いけど、僕は無言で間桐さんを抱き上げる。
「間桐さん。君に言っておきたいことがあるんだ」
「せ、先輩!? か、かか…顔がちち、近──」
「さっきの……実は嵐の前の静けさだったんだ」
「──いって……え?」
言っている意味に理解が追いつかず間桐さんはポカンと呆ける。その間に僕は両脚に力を込め、
「「「吉井を殺せぇぇぇーー!!!」」」
教室から響き渡った怒声をバックに僕と雄二は地獄の逃走劇を開始した。