残虐で優しい聖女   作:オミズ

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第十一話です。
お時間とご相談の上、心の空気をお読み下さい。


第十一話 少女と空気

小鳥のさえずりが少女の耳を打つ。

やかましく、けれども心地良い生命の音のおかげか、穏やかな目覚めになった。

イリは目をこすり、自分は何をしていたのだったかを、少しずつ確かめる。

その間、おぼろげな視界を左右に動かし、見慣れない風景を目に刻む。

暗い場所のようだが、上部の方に付いている小窓から日の光が差し込んでいるおかげで真っ暗ではない。

そこに座って柔らかな陽光に照らされている少年が居た。

 

名前はクロス。

イリが村から出る原因をつくった少年。

怖いようで優しい少年。

 

正直に白状すると、イリは自分がクロスをどう思っているのかが分からない。

最初は嫌いで怖かった。

けれど、すぐに彼の優しさに触れた。

そのせいで、悪感情はなくなったけれど好きなのかは分からない。

 

そんな少年はイリが起きたのを目に留めて、ゆっくりと立つ。

そして無言で歩み寄ってイリの隣に座った。

 

「よう、良い目覚めか?」

 

「はい、良い目覚めですよ」

 

よくある何気ない会話。

けれど、そこから分かる事もある。

 

例えば、クロスの声色。

最初に会った時の声色と比べると、少し柔らかくなっている。

例えば、クロスの眼差し。

最初に会った時の眼差しと比べると、少し緩んでいる。

 

そんな分析をしながらイリは立つ。

 

「それで…ここはどこですか?」

 

馬車の内部だという事は分かる。

だが、それ以外が全く分からない。

 

その…今まで経験した事のなかった状態が少し気味悪い。

 

「お前の故郷から西方の位置にあるデビュ、という小さな村だ」

 

デビュ…、と脳内で反芻してもどれくらい故郷から離れたのか、どれくらい学園に近づいたのかが分からない。

ここは故郷の匂いとあまり変わらないから…

 

そんなイリの疑問に気付いたのか、溜め息と共にクロスは補足を入れた。

 

「お前の故郷からは100kmくらい離れた場所だ。ファクトリア学園までは……あと二日、と言ったところか」

 

本当に小さくなったよな、とボソッとクロスは呟いた。

その意味するところはイリには分からなかったが、概ね聞きたいことは聞けたので満足して外に向けて歩みを進める。

 

「おい」

 

だが、すぐに気付かれた。

このまま外に繰り出したかったイリは、内心で舌打ちしながらクロスに応じる。

 

「…なんですか?」

 

「なんですか、じゃねえよ。勝手に外に行くんじゃねえ」

 

「む…嫌です。あなたに私の行動を制限される筋合いはありません」

 

あまりにも外に行きたかったイリはつい、喧嘩腰で応じてしまう。

話し終えてすぐに、しまった、とクロスが怒らないか身を縮めてそっと窺う。

 

クロスは俯いて頭を抱えていた。

初めは、もの凄い怒りのあまりに頭が痛くなったのかと思ったが、どうやら違うらしい。

簡単に手を離して、至って普通の表情で頭を上げた。

 

これはどういうことでしょうか、と興味深そうに見つめるイリに溜め息を一つ。

クロスは投げやりに告げる。

 

「…しょうがねえな。ただし、日が沈む前にここに帰って来いよ」

 

しっかりと釘を刺されたが、もとよりそのつもりだ。

本人の口から許可を貰えてご満悦なイリは、心の中で呟く。

 

(脱走するのは大変ですからね~)

 

この少女には手綱でもつけといた方がいいのかもしれない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意気揚々と見知らぬ村に飛び出したイリ。

観光方針は【気になったものに直行していけ】という非常に単純明快なものとなっている。

そんなイリはその場で一度立ち止まり、じっくりと村を観察する。

 

馬車が止めてあったのは村の入り口だったらしく、目の前には大きなアーチがある。

そこに立掛けてある看板には大きく『珍獣注意!』という訳の分からない事が書いてある。

いったい珍獣とは何なのか?

イリは欠片ほども無い想像力を掻き集めて、珍獣とは何なのかを思い浮かべる。

『珍獣』というからには物語に出てくる空想上の生き物みたいなのだろう、という考えを取っ掛かりに思考を展開していく。

 

まずは、歩行。

きっと、四足歩行ではなくて二足歩行なのだろう。

次に、姿形。

珍しい姿なだけであると思うので、イリが想像できる範囲の姿だろう。

推測するに、不自然なほどに丸かったり角ばっていたりするのだろう。

最後に、食性。

これは難しいが、この村の周りは見たところ木々だらけだ。

という事は、草食だろう。

まあ、肉食というのも十分にありえるのだが……

 

そんな事を考えながら、イリは鼻歌交じりに歩いていく。

が、すぐに村の端に着いた。

 

そうだ…ここはなのだ。

小さいに決まっている。

 

その事に思い当たったイリは、肩を落としてとぼとぼと来た道を戻る。

そんなイリを、珍しいモノの様に村人が見ている事に少女本人は気付かない。

その方が幸せだろう。

気付いていたら、自分=珍獣、という可笑しな考えが、イリの中に芽生える事になるだろうから。

 

「ねえっ、君!!」

 

その声が自分に向けられたものだと理解するのに、数秒を要した。

そして、何の様だろう、と考える事一瞬、その声に反応を返す。

 

「はい。私ですか?」

 

その声は、イリの前方に立っている子供達の一人が発したものらしく、見知らぬ人に話しかける事による緊張感が彼らの中にあった。

 

「うん。君っ、どこから来たの?」

 

今度は誰が話しているのかをキチンと理解出来た。

三人居る少年達の真ん中に立っている、リーダー格の少年が言っている。

 

話し相手が誰なのか分かれば、話相手の方に体を向けて目を合わせないと失礼だろう、とイリは自身の倫理感に従い行動を起こす。

目を合わせた瞬間、リーダー格の少年の顔に朱が差したのは何故だろう、と思いつつも同年代の子とのコミュニケーションを楽しむ。

 

「えっと……あちらの方の小さな村からです」

 

「あっち?」

 

イリは自分が来た方向を指差した瞬間、少年は不思議そうに聞き返した。

(クロスさんに教えてもらったので間違っていないと思うんですが…?)

とりあえず、静かに頷くイリ。

 

途端に、少年達の目が輝きだした。

ギョッと内心で目を剥きつつも、表情に出さないように努力するイリを嘲笑うように少年達は身を乗り出す。

 

「「「すっげええええ!!!」」」

 

「ひッ」

 

少年達はイリの発言の何が琴線に触れたのかは分からないが、途轍もなくテンションが上がっていることは一目瞭然。

イリの小さな悲鳴は、大きな感嘆の叫びにかき消されて届かない。

 

「何て村!?」「どんな子がいる!?」「近い!?」

 

「あ…えっと、お、落ち着いてください…」

 

我先に矢継ぎ早に質問する少年達に、大勢と話す事に慣れていないイリはたじたじになってどうしようもできなくなる。

誰か助けてくれないか、と周りを見渡すが大人達は微笑ましそうに見守っているだけで、当てになりそうもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

――風がざわつく――

 

 

 

 

 

 

 

 

イリは少年達を落ち着かせようとして、口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

――地が戦乱の予感に絶叫する――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脳は自身の音を伝達しなかった。

代わりに捉えたのは他人の音。

手足が裂け、脳が潰れる程の狂おしい怒号。

 

ココに平和は崩れた。

今から始まるのは荒廃した世界を創り出す為の儀式。

 

…さぁ、開戦だ。

世界を壊そう。

 

 

 

 




ご読了ありがとうございました。
戦いを嫌っている少女は、どう戦いに向き合っていくのか…
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