お時間とご相談の上、腱鞘炎にならない程度にお読み下さい。
最初にその気配を感じ取ったのは何だったのか?
人間?
家畜?
植物?
いいや、どれも違った。
この世界において圧倒的強者。
知恵など無くても己が力のみで他者を圧倒する者。
そう、モンスターと呼ばれている彼らこそが最初にその気配を感じた者だ。
他者の血を浴び、それに呼応するように己が残虐性を呼び覚まし、戦を混沌に変えていく。
ソレこそが【彼ら】の存在意義。
争い、血を流す人間達をこよなく愛する者。
そんな者達が戦乱の気配を感じ取ったのならば、やることは単純。
圧倒的な速さで全てを捕えよう!圧倒的な力で屍の山を築こう!
そして世界に【恐怖】を刻むのだ!!
彼らは猛々しく吼える。
目指すはある少女が訪れていた村。
全てを蹂躙する者達が訪れる。
深紅を平和な村が彩った。
イリに話しかけていた少年達の後方で、陽炎の様に存在感の無い何者かが労わるように、そっとリーダー格の少年に刃を刺し込んだからだ。
「えっ?」
生命の幕間のセリフは驚くほど短く、少年の瞳の目映い輝きは即座に失われていった。
途端に響く絶叫。
その轟音はイリに事態を理解させるのを数秒遅らせた。
平時ならばどうでもいいような隙。
だが感じ取れなかったか?…今は平時ではない。
油断など、してはいけなかった。
今はただ、逃げるべきだったのだ。
刹那、血に濡れて鈍く光る刃がイリの腱を切り裂いた。
「ぎあッ!」
突然の痛みに耐えかねて蹲る。
襲撃者の前で蹲る事がどれほど愚考かは分かっていた。
だが、反射的に動いてしまった。
その事に後悔してももう遅い。
数秒後にはイリも死体の仲間入りだ。
諦めがイリの脳裏をよぎる。
だが、生を諦めるのはまだ早かったようだ。
「せあっ!!!」
一瞬でイリと襲撃者の間に立った見覚えのある影が、短剣を振るった。
「ちっ…邪魔が入ったか」
襲撃者はそうぼやきつつも、軽々しくクロスの短剣を、手にした血塗れの長剣で受け止める。
それで止まるほど少年は素人ではない。
直ぐに体を引き、確殺を生み出す為に刃を走らせる。
その速度は閃光。既にイリの目には捉えられない。
ただ分かるのは、互いが互いに凄まじい技量を誇っているということ。
黒の少年は荒々しく精密に剣を振るい、血濡れの襲撃者は猛々しく緻密に剣を振るう。
その攻防は優に10は超えただろう。
互いに最上の動き。それを追うイリの目はスパークし、静観する鼓膜が震える。
そこまでして尚、どちらも傷一つ付かない。
少年は目を吊り上げ、襲撃者は眉を寄せる。
そんな僅かな休憩を挟み、再度二人は加速する。
共に速度は落ちず、振るう刃に翳り無し。繰り出される一刀一刀が必殺。
研ぎ澄まされた殺意は眼前の敵を斬りふせる、と獰猛に嗤う。
既に互いに全力。
互いが互いに勝ちもせず、負けもしない。
体力、集中力、そのどちらかが切れないかぎり勝敗は決まらないだろう。
理解している。
理解しているからこそ、不味い。
力もリーチも体力も、全てにおいて少年は下だ。
集中力は引けを取らないと自負しているが、足りない力とリーチを補っている分、相手より切れるのが早い。
ここでゲームオーバーは流石に馬鹿らしい。
はぁぁ、と溜め息一つ吐くと、顔を歪めて声を出す。
全ては少女を守る為。
その為ならば、多少はプライドを捨ててやろう。
…何回打ち合ったのかは分からないが、不意に音が止んだ。
その瞬間にイリは気付いてしまった。
――自分は、また戦いに見惚れていなかったか――
唾棄すべき行為。
自身の考えに基づくのなら容認してはならない汚物。
その汚らわしいものを自分は容認し、あまつさえ賞賛している。
何て矛盾。何て冒涜的。
その罪深い在り様に思わず笑みが零れる。
自分は何が…【何を】を守りたいのか?
『逃げるなよ』
脳みそで声が反響する。
『逃げてなんかない。私は…私は、全ての生き物を…守りたい、だけ』
台本通りの苦し紛れの返答。そう、答えはとっくに分かっている。
『いいや、まだ遠い。オマエ…逃げてるだろ』
声は嘲笑う。容赦なく私の心を鷲掴みにしてくる。
『………』
結局、コレは最初から決まっていた会話。声は正しくて、私は正しくない。
『言えよ。お前は【何を】どうして欲しいんだ?』
無限に引き伸ばされた自問自答も終わりを告げる。コレを言えば私は認めることになる。
『わ、わたしは…『『私は、全ての生き物に…傷ついて欲しくない』』
声と私で、答えが一致する。
そう…結局は
怪力無双な訳も無く、有智高才な訳でもない。
イリは、ちょっとばかり他人より身体能力が高いだけの非力な少女。
世界を救う存在だと言われても、全く持って実感が湧かない。
【守る】だなんて言ってみても、心の中ではその反対。
誰かに守って欲しい
ただずっとソレだけを思っている。
だけど、許せなかった。
簡単に生き物が傷つき、死んでいくのが。
争いは、生き物の本能だと人は嗤い、容認する。
それでいいのか?
本能だから逆らえない。本能だから争う事は正しい。
そうやって生き物の咎から逃げて、逃げて逃げて―――どうなるというのだ?
それが分からないから、イリは生き物を傷つけたくない。
「逃げるぞ、イリ」
いつの間にか、イリを傷つけ守ってくれる少年が傍に居た。
その顔は真剣そのもので、自分を守る為に必死に戦っていた事を窺わせた。
イリは後ろめたさから顔を伏せる。
数メートル先に居る襲撃者の表情は、逆光の所為か分からない。
いかなる心境の変化か、これ以上追撃する気も無いようで、血濡れの剣を地面に向けている。
「はい。そう…ですね」
自分が居ても出来ることなど無い。
今の様に誰かに守ってもらわなければ、私は戦場では生きられない。
その事を、いとも容易く斬られた足の痛みが訴える。
唇を噛み、拳を握り締めてでもここから逃げなければいけない。
あの襲撃者の気まぐれがいつまで持つか分からないから…
無力感にさいなまれながら足を引き摺って歩くイリを、チラッと見たクロスは、足を止めて無言でイリを背負う。
「あ、あの…クロスさん?」
少女の疑問の声に耳を貸さず、無言で少年は駆ける。
疑問に構っている暇など無い。
少女は戦乱に巻き込まれたことが無いから分からないだろうが、少年は違う。
戦場で生き残れる実力を持ったものに、無力な村人達は縋るだろう。
助けてくれ…と、俺に死を押し付けてくる。
そんなのは真っ平御免だ。
俺が保護するのは、現状お荷物なイリだけでいい。
「…ありがとう、ございます」
少しの間、軽く体重をかけていたイリだったが、諦めたのか安心したのか、ともかく礼と共にクロスに体重を預けた。
(失神したか)
その方が少女にとって幸せだろう、と思いつつもクロスは走る速度を上げる。
もう、ここはデビュという平和な村では無いのだから。
地面は無数の足跡を刻み、風はおびただしいほどの血の臭いを運んでくる。
襲撃者達が奏でる無数の断末魔が木霊し、恐怖と狂気に満ちた気配が跋扈する。
安全地帯など、とっくに無い。
ここは正真正銘ありふれた地獄だ。
「グルオォォォォォオオオ!!!」
クロスの死角から現れた、人の矮小さを嘲笑う存在が雄叫びを上げるまでは。
ここはもうありふれた地獄などでは無い。
今から始まるのは敵も味方も関係無し。
誰が生き残るかだけの秩序無き生存競争。
地獄ですらない。
血を流して咆哮しろ。
それさえ出来ぬ様な者では生き残れない。
ただ…地に伏して死を待つのみ。
ご読了ありがとうございました。
戦闘シーンの言葉選びなんてよく考え付くなぁ(小声)