残虐で優しい聖女   作:オミズ

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第十二話です。
お時間とご相談の上、腱鞘炎にならない程度にお読み下さい。


第十二話 分岐点Ⅰ

最初にその気配を感じ取ったのは何だったのか?

 

人間?

家畜?

植物?

 

いいや、どれも違った。

この世界において圧倒的強者。

知恵など無くても己が力のみで他者を圧倒する者。

 

そう、モンスターと呼ばれている彼らこそが最初にその気配を感じた者だ。

 

他者の血を浴び、それに呼応するように己が残虐性を呼び覚まし、戦を混沌に変えていく。

ソレこそが【彼ら】の存在意義。

争い、血を流す人間達をこよなく愛する者。

 

そんな者達が戦乱の気配を感じ取ったのならば、やることは単純。

圧倒的な速さで全てを捕えよう!圧倒的な力で屍の山を築こう!

そして世界に【恐怖】を刻むのだ!!

 

彼らは猛々しく吼える。

目指すはある少女が訪れていた村。

全てを蹂躙する者達が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深紅を平和な村が彩った。

 

イリに話しかけていた少年達の後方で、陽炎の様に存在感の無い何者かが労わるように、そっとリーダー格の少年に刃を刺し込んだからだ。

 

「えっ?」

 

生命の幕間のセリフは驚くほど短く、少年の瞳の目映い輝きは即座に失われていった。

 

途端に響く絶叫。

その轟音はイリに事態を理解させるのを数秒遅らせた。

平時ならばどうでもいいような隙。

だが感じ取れなかったか?…今は平時ではない。

油断など、してはいけなかった。

今はただ、逃げるべきだったのだ。

 

刹那、血に濡れて鈍く光る刃がイリの腱を切り裂いた。

 

「ぎあッ!」

 

突然の痛みに耐えかねて蹲る。

襲撃者の前で蹲る事がどれほど愚考かは分かっていた。

だが、反射的に動いてしまった。

 

その事に後悔してももう遅い。

数秒後にはイリも死体の仲間入りだ。

諦めがイリの脳裏をよぎる。

 

だが、生を諦めるのはまだ早かったようだ。

 

「せあっ!!!」

 

一瞬でイリと襲撃者の間に立った見覚えのある影が、短剣を振るった。

 

「ちっ…邪魔が入ったか」

 

襲撃者はそうぼやきつつも、軽々しくクロスの短剣を、手にした血塗れの長剣で受け止める。

それで止まるほど少年は素人ではない。

直ぐに体を引き、確殺を生み出す為に刃を走らせる。

 

その速度は閃光。既にイリの目には捉えられない。

ただ分かるのは、互いが互いに凄まじい技量を誇っているということ。

黒の少年は荒々しく精密に剣を振るい、血濡れの襲撃者は猛々しく緻密に剣を振るう。

その攻防は優に10は超えただろう。

互いに最上の動き。それを追うイリの目はスパークし、静観する鼓膜が震える。

そこまでして尚、どちらも傷一つ付かない。

少年は目を吊り上げ、襲撃者は眉を寄せる。

 

そんな僅かな休憩を挟み、再度二人は加速する。

 

共に速度は落ちず、振るう刃に翳り無し。繰り出される一刀一刀が必殺。

研ぎ澄まされた殺意は眼前の敵を斬りふせる、と獰猛に嗤う。

 

既に互いに全力。

互いが互いに勝ちもせず、負けもしない。

体力、集中力、そのどちらかが切れないかぎり勝敗は決まらないだろう。

 

理解している。

理解しているからこそ、不味い。

 

力もリーチも体力も、全てにおいて少年は下だ。

集中力は引けを取らないと自負しているが、足りない力とリーチを補っている分、相手より切れるのが早い。

ここでゲームオーバーは流石に馬鹿らしい。

 

はぁぁ、と溜め息一つ吐くと、顔を歪めて声を出す。

 

全ては少女を守る為。

その為ならば、多少はプライドを捨ててやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…何回打ち合ったのかは分からないが、不意に音が止んだ。

 

その瞬間にイリは気付いてしまった。

 

――自分は、また戦いに見惚れていなかったか――

 

唾棄すべき行為。

自身の考えに基づくのなら容認してはならない汚物。

その汚らわしいものを自分は容認し、あまつさえ賞賛している。

何て矛盾。何て冒涜的。

その罪深い在り様に思わず笑みが零れる。

 

自分は何が…【何を】を守りたいのか?

 

『逃げるなよ』

脳みそで声が反響する。

『逃げてなんかない。私は…私は、全ての生き物を…守りたい、だけ』

台本通りの苦し紛れの返答。そう、答えはとっくに分かっている。

『いいや、まだ遠い。オマエ…逃げてるだろ』

声は嘲笑う。容赦なく私の心を鷲掴みにしてくる。

『………』

結局、コレは最初から決まっていた会話。声は正しくて、私は正しくない。

『言えよ。お前は【何を】どうして欲しいんだ?』

無限に引き伸ばされた自問自答も終わりを告げる。コレを言えば私は認めることになる。

 

『わ、わたしは…『『私は、全ての生き物に…傷ついて欲しくない』』

 

声と私で、答えが一致する。

そう…結局は少女(イリ)は少女だっただけの話。

怪力無双な訳も無く、有智高才な訳でもない。

イリは、ちょっとばかり他人より身体能力が高いだけの非力な少女。

世界を救う存在だと言われても、全く持って実感が湧かない。

【守る】だなんて言ってみても、心の中ではその反対。

 

誰かに守って欲しい

 

ただずっとソレだけを思っている。

 

だけど、許せなかった。

簡単に生き物が傷つき、死んでいくのが。

 

争いは、生き物の本能だと人は嗤い、容認する。

それでいいのか?

本能だから逆らえない。本能だから争う事は正しい。

そうやって生き物の咎から逃げて、逃げて逃げて―――どうなるというのだ?

 

それが分からないから、イリは生き物を傷つけたくない。

 

「逃げるぞ、イリ」

 

いつの間にか、イリを傷つけ守ってくれる少年が傍に居た。

その顔は真剣そのもので、自分を守る為に必死に戦っていた事を窺わせた。

イリは後ろめたさから顔を伏せる。

 

数メートル先に居る襲撃者の表情は、逆光の所為か分からない。

いかなる心境の変化か、これ以上追撃する気も無いようで、血濡れの剣を地面に向けている。

 

「はい。そう…ですね」

 

自分が居ても出来ることなど無い。

今の様に誰かに守ってもらわなければ、私は戦場では生きられない。

 

その事を、いとも容易く斬られた足の痛みが訴える。

唇を噛み、拳を握り締めてでもここから逃げなければいけない。

あの襲撃者の気まぐれがいつまで持つか分からないから…

 

無力感にさいなまれながら足を引き摺って歩くイリを、チラッと見たクロスは、足を止めて無言でイリを背負う。

 

「あ、あの…クロスさん?」

 

少女の疑問の声に耳を貸さず、無言で少年は駆ける。

疑問に構っている暇など無い。

少女は戦乱に巻き込まれたことが無いから分からないだろうが、少年は違う。

 

戦場で生き残れる実力を持ったものに、無力な村人達は縋るだろう。

助けてくれ…と、俺に死を押し付けてくる。

そんなのは真っ平御免だ。

俺が保護するのは、現状お荷物なイリだけでいい。

 

「…ありがとう、ございます」

 

少しの間、軽く体重をかけていたイリだったが、諦めたのか安心したのか、ともかく礼と共にクロスに体重を預けた。

 

(失神したか)

 

その方が少女にとって幸せだろう、と思いつつもクロスは走る速度を上げる。

もう、ここはデビュという平和な村では無いのだから。

 

地面は無数の足跡を刻み、風はおびただしいほどの血の臭いを運んでくる。

襲撃者達が奏でる無数の断末魔が木霊し、恐怖と狂気に満ちた気配が跋扈する。

 

安全地帯など、とっくに無い。

ここは正真正銘ありふれた地獄だ。

 

「グルオォォォォォオオオ!!!」

 

クロスの死角から現れた、人の矮小さを嘲笑う存在が雄叫びを上げるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここはもうありふれた地獄などでは無い。

今から始まるのは敵も味方も関係無し。

誰が生き残るかだけの秩序無き生存競争。

地獄ですらない。

 

血を流して咆哮しろ。

それさえ出来ぬ様な者では生き残れない。

ただ…地に伏して死を待つのみ。




ご読了ありがとうございました。

戦闘シーンの言葉選びなんてよく考え付くなぁ(小声)
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