残虐で優しい聖女   作:オミズ

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第十三話です。
お時間とご相談の上、目を酷使しないでお読み下さい。


第十三話 少女と逆行

「グルオォォォォォオオオ!!!」

 

唐突に死角、しかも【安全地帯】の中から飛び出した影に足が止まった。

 

(しまった!!!)

 

モンスターなど入れるはずも無い!!

そんな無駄な常識が邪魔をして、反応が致命的に遅れた。

今からでは回避は間に合わない。

 

ならば、とるべき行動は決まっている。

 

行動を決めた瞬間、腕の鋭い一撃は少女を庇った少年の胸に深く傷を付けた。

溢れだす絶叫は気力で殺した。だからと言って生命まで殺さなくてもいいんだけどな、と縁起でもない思考に唾を飛ばす。

当然の如く武器は遠方に転がり、この状況でもう一度掴むのは絶望的だろう。

 

だが、ここで死ぬのは許せない。

 

その思いを胸に、少年は全身を血に染めながらも嘲笑う。

 

「…その程度…かよ」

 

その声は、秒読みで死に向かっている少年の放つ強さではなかった。

踏みしめる地面は赤く染まり、嘲笑う顔は既に蒼白。

それでも尚、少年はどうしようもなく生きていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程の衝撃で、地に転がった少女は目覚めた。

 

瞬間、視界に入るのは紅。

最初は自分の血かと思った。

だが、直ぐに理解させられた。

 

「よう…化け物。あまり嘗めてると…喰っちまうぞ?」

 

血を、現実味が無さすぎて笑えるくらいに流している少年がイリを守っていた。

痛み、恐怖、絶念。全て味わっているはずなのに、全くそれを感じさせない。

それが…不気味に感じる。

 

「ク、クロスさんッ!!」

 

これは人の状態に疎いイリでも分かる。

明らかに、立っていられる…いや、立っていい状態ではない。

 

今だけは、何もかもを恐れずに少年を止めなくてはいけない。

そんな、チリチリと焼ける様な焦燥感に後押しされるように声を上げた。

 

だが、それで止まるようならそもそも無理をして立っているはずも無い。

 

「黙ってろ」

 

短い静止の声。

たったそれだけの行為で、クロスの命がどれだけ削れたのかはイリには想像も付かない。

分からないから余計に怖い。

クロスから流れる血が止まってればこの恐怖から逃れられるのに、一向に止まってくれないのが憎らしい。

イリが手をこまねいてる間にも世界は時は刻む。

 

モンスターは己が体を捻り、渾身の力を込めた一撃を瀕死のクロスに見舞う。

明らかなオーバーキル。

死の旋風が無手の少年に迫る。

 

少年がとった手段は【迎撃】

閃光のように煌く腕が、硬質の音を立てて一撃を退ける。

 

「うそっ!?」

 

痛みに呻くのはモンスター。

死の一撃を真っ向から跳ね返した少年は、傷一つない。

 

次いで腕を振るうのは少年。

風を切り裂き轟音を上げる腕が、圧倒的な実力差を外敵に見せ付けながら迫る。

回避も迎撃も間に合わない速度。

その一撃は容易く体を貫く。

 

先程までの絶望感が嘘のよう。モンスターは断末魔さえ上げずに死体となる。

 

だが…その代償は重かった。

 

「あ――ぐ、が…ががぎがぎがっぎぎぎぎ!!!」

 

突如、クロスは額を両手で締め付けながら奇声を上げる。

万力のような力で皮膚は歪み、頭蓋骨がきしきしと鳴る。

 

その尋常ならざる様子に、一時自身の足の状態すら忘れて飛び掛るようにクロスに駆け寄った。

 

「クロスさん!クロスさん!!」

 

だけど、イリに出来るのは叫ぶ事だけ。

苦悶の表情で、叫ぶ度に血を撒き散らして死に向かうクロスを観察する事だけ。

 

戦えもせず、癒せもしない。

イリはそんな自分がたまらなく嫌になる。

 

本来なら、受ける必要の無い傷。

それら全てはイリと関わったことでできたもの。

つまり…それは…

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ぬめり、と指先に絡みつく生命の温もりを孕んだ鮮血。

それは…誰の?

自分の?モンスターの?クロスの?

 

全て混ざり合って幻の様に溶けていく。

つまり、これは、夢だ。

怖い怖い悪夢。今すぐ目覚めれば消えてなくなる恐怖。

 

さぁ、目を閉じて…そして見開けば、全てが正常に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全て戻ったのだ。

血は相変わらず赤いし、少年は狂ったように絶叫する。

これが現実。変わりようの無い事実。

 

「あは…あはは」

 

どうしようもない現実から目を背けてケラケラ嗤う。

こうしていればナニモコワクナイ。

 

だけど…それで本当にいいのか?

自分を助けてくれた少年はどうなるのか?

 

一瞬で狂わしていた思考を停止させる。

動かすのはハッピーエンドへの思考のみ。

泣き叫ぶことも、狂い嗤うことも許さない。

今こそ、他人の生存を確定させる為の第一歩を踏み出せ。

 

私は試されているのだから。

 

残された時間は後少し。

後少しを逃せば少年は死に、私の存在も死ぬだろう。

 

さぁ、誕生から現在に至るまで、全ての記憶を網羅しろ。

その中から見つけ出せ。私が存在している意義を。

 

さぁ、まわせ回せ廻せ。

 

数秒の過去を見た。

数分の過去を見た。

数時間、数日、数ヶ月…数年の過去を見た。

 

そのたびに起死回生の一手を探す。

けれども見つからず次へ、次へと昔から今へと手を伸ばす。

 

焦りだけが積もっていく。

見つからない見つからない見つからない。

どれだけ遡っても、どれだけ近づいても見当たらない。

あるいは――、

       そんな都合のいいものなんて、無かったのかもしれない。

 

そう諦めかけたイリの記憶にするり、と有る出来事が滑り込んできた。

 

 

《それは、二対の【影】だった》

《コレ…何だと思う?》

《魔法…ですか?》

《そう、魔法だ。もっと具体的に言えるか?》

《確か…私達の体内にある魔力の性質に応じて、世界中に蜘蛛の巣状に張り巡らされている霊脈に宿っている、様々な現象を発生させる事の総称…》

 

 

あった。

あったあったあったあったッ!!!

 

 

だが、イリは自分の魔力の性質はおろか、魔法の扱い方も知らない。

それでいい。

性質も、扱い方も全部自分で構築してしまえばいいのだから。

例え、自身の臓物を切り裂かなければ実行できないと言うのなら、躊躇無く切り裂いて実行しよう。

 

ココに恐怖は無くなった。

あるのは使命感。他者を救う、という立派な名分。

 

「救済を掲げる」

 

トリガーを引いた瞬間、大気が震え、少女の意識は飛んだ。

 

「我が命は世界の為に」

 

理性ではなく、本能に任せ言霊を紡ぐ。

 

「我は汝に身を捧げる」

 

完璧な無風状態の中、少女の髪だけが世界にたゆたう。

 

「ならばッ!!此処にひと時の癒しをッ!!」

 

自身の魔力と霊脈を接続し、全ての魔力を注ぎ込む。

魔ノ法は此処に実を結んだ。

少女の願いどおりに、事象を改竄し都合の良い【今】を弾き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あ?俺は、何を……?」

 

()()()()()()()な少年は呟く。

今がどんな時なのかも忘れ、ただ事態の把握に努める。

 

自身の体には傷一つ無い。

だが傷があったはずの胸と、【呪い】を行使した腕の部分の服の生地が破けている。

頭を抑える。

先程までの痛みは鳴りを潜め、不気味なほどの沈黙を保っている。

 

その二点を把握したクロスは、この状況を作り出したであろうイリの姿を認める。

自分の傍で無垢な顔で眠りこけている。

触れてみると、その端正な顔立ちが濡れそぼっている事が分かった。

一体、少女は死にそうになったクロス()をどんな気持ちで見ていたのか――

 

風に乗って届いた、つんざくような悲鳴が意識を現実に戻す。

顔を上げると、感覚的には遠い場所にモンスターが大勢いる事が見て取れた。

だが…実際には近い場所だろう。

モンスターに気付かれていない今のうちに、イリを連れて本来の目的地に向かおう。

 

そう思考を纏めると、クロスはこの状況に相応しくない寝顔を晒しているイリを抱え、全てを喰らうような自然の暗闇に姿を消していった。




ご読了ありがとうございました。
【魔法】ってファンタジー物には欠かせませんよね・・・
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