第一話です。
お時間とご相談の上、のんびりとお読み下さい。
「イリ。お前は今日から俺の仕事に着いて来てもらう」
「ふぇっ!?」
バスターからいきなり飛び出した言葉に衝撃が隠せず、素っ頓狂な声を上げたイリ。
今まで、○○さんの仕事に着いて行きたいです、と訴えても、皆が申し訳なさそうに断られていたからだ。
いったいどういう風の吹き回しかと思い、養母を見るが、考え事をしていてイリに気付かない。
諦めて、知識も経験も足りない脳をフル回転させて理由を探す。
(えっと。バスターさんは…)
そこまで考えてから、イリは気付いた。
そもそも、バスターが何をする人なのかを知らない事に。
「…まあ、驚くのも無理はないか。だが、これはそこのオババに頼まれたことだ。このオババは、お前さんに危険に対処する術をいい加減知っといて欲しいのさ」
「……バスター、私の事はオババじゃなくて、お姉さまとお呼び」
「オババで充分だろ。っと、話が逸れたな。それで、質問はあるか?」
養母が、養父以外の誰かとこんなに親しそうに話すのは初めて見た。
その事に少し驚きつつ、質問したいことを探す。
一瞬で一つ質問したいことがあったことを思い出す。
「…バスターさんのお仕事って何ですか?」
質問をしながらもイリは予想を立てる。
あたったら嬉しいな、と思いつつ。
(熊さんみたいな人ですから、樵とか、でしょうか?)
「…あー、いいかイリ?これから話すことを真正面から、目を逸らさずに受け入れろ。いや、受け入れてくれ」
先程までの快活な感じから一転して、気が進まなそうにバスターは言葉を紡ぐ。
その様子は、養母の【世間話】から感じたものと同じ、嫌な予感をイリの脳裏に掠めさせる。
知らず、イリは腹に力を込めてしまっていた。
(ただ、バスターさんのお仕事を聞くだけなのに……どうして悪寒が止まらないんでしょう?)
妙に引き伸ばされた時間の中、やっとバスターが口を開いた。
「俺の仕事は…村の周辺に生息しているモンスターを……殺す事だ」
「えっ?」
(何を言っているのですか?)
(殺すって…私達と同じ、生きてるモノを?)
(それは…必要な事?)
知識としては知っていた。
モンスターと呼ばれる生物がいること。
モンスターは大概人に危害を加える事。
危害を加えたモンスター。或いは危害を加える恐れのあるモンスターが………殺されること。
いや、最後のは知ろうとはしなかった。
無意識の内に、眼を背けていた。
見たくなかったのだ。
自分が生を謳歌している背景に、暗いモノがあることを。
(…反吐が出ます)
(殺すという行為と………眼を背けていた私自身に)
イリの心情を見透かしているはずなのに、バスターは更にイリを抉る。
「お前が今まで平和に過ごせたのは、モンスターを俺達【メンバー】が殺していたからだ」
「あっ…」
突きつけられてしまった。
これで…もう疑問から逃げることは出来ない。
「イリ!どこへ行くんだい!」
気が付いたら、家を飛び出していた。
養母の制止の声も振り切って、ただ地を駆ける。
「イリ、急いでどうしたんだ?」
農家のフォースさんが言う。
「イリ、かけっこでもしてるの?」
最近、結婚したばかりのポーラさんが言う。
「イリ、お前は元気だねぇ」
村一番のお年寄りのテンさんが言う。
「イリ、そっちは森だよ」
お節介焼きのプローショさんが言う。
その言葉を聞くたびに、イリの心は張り裂けそうになる。
彼らが生きていられるのは、モンスターを殺してきたからだ。
(私は恵まれています)
(優しい皆様に囲まれて、おいしいご飯を食べて、退屈な日常を楽しんで)
(でも、だからこそ、確かめなければいけません)
モンスターがいるから絶対に行ってはいけない、と言われていた森に足を踏み入れる。
今は、疑問を確かめるためには、自分の命すらどうでもいいと思う。
(モンスターがそんなに危険なのか)
(モンスターと共存する事はできないのか)
乱雑に地を蹴りながらも思考は加速する。
(そもそも、モンスターというのはどういう生物なのか)
そして、出会った。
体長はイリの3倍近く、爪は容易にイリを死に至らしめれるほど、鋭くて硬い。
瞳は爛々と殺意に輝いている。
バスターを【熊さん】だとするのならば、イリの目の前にいるモンスターは【熊】であった。
そんなモンスターが、ちっぽけな少女に殺意を向けた。
「ちょっとお話を!」
あらん限りの声を張り上げて呼びかけてみるも、話を聞いてくれる気配も無く、モンスターは無造作に腕を振る。
やむを得ず、仕切りなおす為に後ろへ跳んだ。
全力で後ろに跳んだはずなのに、その爪が肩に引っ掛かって横に飛ばされる。
数メートル宙を飛んでから、木にぶつかる。
「あ?…あぁぁぁぁぁああああぁぁぁ!!」
初めて経験する痛みに、耐え切れるはずも無く絶叫を上げる。
自分の体がどうなっているかすら分からない。
ただ分かるのは、自分の命の海がどんどん干上がっていっていることだけ。
(痛い痛い痛い痛い痛い!)
(怖い怖い怖い怖い怖い!)
痛みと恐怖の板ばさみで、気が触れてしまいそうになる。
むしろ、そうなりたいくらいに感情が溢れてくる。
そうすればこの苦しさから解放されるのに、イリの脳みそはそれを許してくれない。
イリが初めて抱いた感情に気を取られている間に、モンスターはイリの眼前に来て見下ろしていた。
「…ころさ…ないで、ください」
心は簡単に折れた。
出来るのは敗者らしく命乞いをすること。
先程までの、命を捨ててもいいと思える【熱】は無くなっていた。
だが、命乞いできる相手ではなかった。
それを知るべきだった。
そんな少女が迎える結末は簡単。
何の感慨も抱かずに、本能に任せてモンスターは腕を振る。
その寸前、高速で【影】が割り込んだ。
「イリッ!!無事か!?」
「あ…バスター…さん」
モンスターの腕を、大きな剣で受け止めながら、バスターはイリの安否を確認する。
その姿は、とても頼もしくて涙が出そうになる。
でも、バスターが来たという事は、どちらかが死ぬ運命にあるという事。
そこに気付いて、心が、体と平行して熱を失っていく。
「チッ。怪我してるのか!待ってろ。今、片付ける!」
イリの心情も知らずにバスターは必死な顔でモンスターを見る。
(何であなたはそんなに必死なんですか?)
(今の私は、あなたとモンスターの命が同等だと思っているのに)
イリの冷え切った思考と反対に、生存競争は激しく火花を散らしていた。
二、三度モンスターの腕と打ち合ったバスターは、身を守るための剣を、投げた。
「えっ?」
痛みも思考していた事も忘れて、思わず戸惑いを口にする。
それほど、彼の行動は理解し難かった。
受け止める剣がなくなった事で、勢いよく振り下ろされた腕は、彼を捉えることは無かった。
…気が付いたら、彼はモンスターの頭上で、捨てたはずの剣を振り下ろしていたからだ。
そして、
グギャアァァァァァァ!!と、甲高い悲鳴を上げて、モンスターは地に伏せた。
漏れ出した鮮血の量が、致命傷だということを理解させる。
「すごい…」
思わず漏れた感嘆の声。
それに気付き、酷く自己嫌悪する。
つまり、自分はモンスターに殺されかけたことで、人間の方へ天秤が傾いてしまっているのだ。
先程まで、人とモンスターの命を同じものとして見ていたはずなのに…
(私がこの森に入ったことで、このモンスターは死んだのに、そのモンスターを殺した技術に感嘆するなんて…)
(意識が朦朧として吐き気がする)
そこまで考えて、唐突に思い出して苦笑する。
(…そういえば、私、肩を切り裂かれていたね)
少女は地に伏せた。
ご読了ありがとうございました。
これからのイリの活躍(?)にご期待ください。