残虐で優しい聖女   作:オミズ

2 / 14

第一話です。
お時間とご相談の上、のんびりとお読み下さい。


第一話 少女の疑問

 

「イリ。お前は今日から俺の仕事に着いて来てもらう」

 

「ふぇっ!?」

 

バスターからいきなり飛び出した言葉に衝撃が隠せず、素っ頓狂な声を上げたイリ。

今まで、○○さんの仕事に着いて行きたいです、と訴えても、皆が申し訳なさそうに断られていたからだ。

いったいどういう風の吹き回しかと思い、養母を見るが、考え事をしていてイリに気付かない。

 

諦めて、知識も経験も足りない脳をフル回転させて理由を探す。

 

(えっと。バスターさんは…)

 

そこまで考えてから、イリは気付いた。

そもそも、バスターが何をする人なのかを知らない事に。

 

「…まあ、驚くのも無理はないか。だが、これはそこのオババに頼まれたことだ。このオババは、お前さんに危険に対処する術をいい加減知っといて欲しいのさ」

 

「……バスター、私の事はオババじゃなくて、お姉さまとお呼び」

 

「オババで充分だろ。っと、話が逸れたな。それで、質問はあるか?」

 

養母が、養父以外の誰かとこんなに親しそうに話すのは初めて見た。

その事に少し驚きつつ、質問したいことを探す。

一瞬で一つ質問したいことがあったことを思い出す。

 

 

「…バスターさんのお仕事って何ですか?」

 

 

質問をしながらもイリは予想を立てる。

あたったら嬉しいな、と思いつつ。

 

(熊さんみたいな人ですから、樵とか、でしょうか?)

 

「…あー、いいかイリ?これから話すことを真正面から、目を逸らさずに受け入れろ。いや、受け入れてくれ」

 

先程までの快活な感じから一転して、気が進まなそうにバスターは言葉を紡ぐ。

その様子は、養母の【世間話】から感じたものと同じ、嫌な予感をイリの脳裏に掠めさせる。

 

知らず、イリは腹に力を込めてしまっていた。

(ただ、バスターさんのお仕事を聞くだけなのに……どうして悪寒が止まらないんでしょう?)

 

妙に引き伸ばされた時間の中、やっとバスターが口を開いた。

 

「俺の仕事は…村の周辺に生息しているモンスターを……殺す事だ」

 

「えっ?」

 

(何を言っているのですか?)

(殺すって…私達と同じ、生きてるモノを?)

(それは…必要な事?)

 

知識としては知っていた。

 

モンスターと呼ばれる生物がいること。

モンスターは大概人に危害を加える事。

危害を加えたモンスター。或いは危害を加える恐れのあるモンスターが………殺されること。

 

いや、最後のは知ろうとはしなかった。

無意識の内に、眼を背けていた。

見たくなかったのだ。

自分が生を謳歌している背景に、暗いモノがあることを。

 

(…反吐が出ます)

(殺すという行為と………眼を背けていた私自身に)

 

イリの心情を見透かしているはずなのに、バスターは更にイリを抉る。

 

「お前が今まで平和に過ごせたのは、モンスターを俺達【メンバー】が殺していたからだ」

 

「あっ…」

 

突きつけられてしまった。

これで…もう疑問から逃げることは出来ない。

 

「イリ!どこへ行くんだい!」

 

気が付いたら、家を飛び出していた。

養母の制止の声も振り切って、ただ地を駆ける。

 

「イリ、急いでどうしたんだ?」

 

農家のフォースさんが言う。

 

「イリ、かけっこでもしてるの?」

 

最近、結婚したばかりのポーラさんが言う。

 

「イリ、お前は元気だねぇ」

 

村一番のお年寄りのテンさんが言う。

 

「イリ、そっちは森だよ」

 

お節介焼きのプローショさんが言う。

 

 

その言葉を聞くたびに、イリの心は張り裂けそうになる。

彼らが生きていられるのは、モンスターを殺してきたからだ。

 

(私は恵まれています)

(優しい皆様に囲まれて、おいしいご飯を食べて、退屈な日常を楽しんで)

(でも、だからこそ、確かめなければいけません)

 

モンスターがいるから絶対に行ってはいけない、と言われていた森に足を踏み入れる。

今は、疑問を確かめるためには、自分の命すらどうでもいいと思う。

 

(モンスターがそんなに危険なのか)

(モンスターと共存する事はできないのか)

 

乱雑に地を蹴りながらも思考は加速する。

 

(そもそも、モンスターというのはどういう生物なのか)

 

そして、出会った。

 

体長はイリの3倍近く、爪は容易にイリを死に至らしめれるほど、鋭くて硬い。

瞳は爛々と殺意に輝いている。

バスターを【熊さん】だとするのならば、イリの目の前にいるモンスターは【熊】であった。

 

そんなモンスターが、ちっぽけな少女に殺意を向けた。

 

「ちょっとお話を!」

 

あらん限りの声を張り上げて呼びかけてみるも、話を聞いてくれる気配も無く、モンスターは無造作に腕を振る。

やむを得ず、仕切りなおす為に後ろへ跳んだ。

 

全力で後ろに跳んだはずなのに、その爪が肩に引っ掛かって横に飛ばされる。

数メートル宙を飛んでから、木にぶつかる。

 

「あ?…あぁぁぁぁぁああああぁぁぁ!!」

 

初めて経験する痛みに、耐え切れるはずも無く絶叫を上げる。

自分の体がどうなっているかすら分からない。

ただ分かるのは、自分の命の海がどんどん干上がっていっていることだけ。

 

(痛い痛い痛い痛い痛い!)

(怖い怖い怖い怖い怖い!)

 

痛みと恐怖の板ばさみで、気が触れてしまいそうになる。

むしろ、そうなりたいくらいに感情が溢れてくる。

そうすればこの苦しさから解放されるのに、イリの脳みそはそれを許してくれない。

 

イリが初めて抱いた感情に気を取られている間に、モンスターはイリの眼前に来て見下ろしていた。

 

「…ころさ…ないで、ください」

 

心は簡単に折れた。

出来るのは敗者らしく命乞いをすること。

先程までの、命を捨ててもいいと思える【熱】は無くなっていた。

 

だが、命乞いできる相手ではなかった。

それを知るべきだった。

そんな少女が迎える結末は簡単。

 

何の感慨も抱かずに、本能に任せてモンスターは腕を振る。

 

 

 

その寸前、高速で【影】が割り込んだ。

 

 

 

「イリッ!!無事か!?」

 

「あ…バスター…さん」

 

モンスターの腕を、大きな剣で受け止めながら、バスターはイリの安否を確認する。

その姿は、とても頼もしくて涙が出そうになる。

でも、バスターが来たという事は、どちらかが死ぬ運命にあるという事。

そこに気付いて、心が、体と平行して熱を失っていく。

 

「チッ。怪我してるのか!待ってろ。今、片付ける!」

 

イリの心情も知らずにバスターは必死な顔でモンスターを見る。

 

(何であなたはそんなに必死なんですか?)

(今の私は、あなたとモンスターの命が同等だと思っているのに) 

 

イリの冷え切った思考と反対に、生存競争は激しく火花を散らしていた。

二、三度モンスターの腕と打ち合ったバスターは、身を守るための剣を、投げた。

 

「えっ?」

 

痛みも思考していた事も忘れて、思わず戸惑いを口にする。

それほど、彼の行動は理解し難かった。

 

受け止める剣がなくなった事で、勢いよく振り下ろされた腕は、彼を捉えることは無かった。

…気が付いたら、彼はモンスターの頭上で、捨てたはずの剣を振り下ろしていたからだ。

 

そして、

グギャアァァァァァァ!!と、甲高い悲鳴を上げて、モンスターは地に伏せた。

漏れ出した鮮血の量が、致命傷だということを理解させる。

 

「すごい…」

 

思わず漏れた感嘆の声。

それに気付き、酷く自己嫌悪する。

つまり、自分はモンスターに殺されかけたことで、人間の方へ天秤が傾いてしまっているのだ。

先程まで、人とモンスターの命を同じものとして見ていたはずなのに…

 

(私がこの森に入ったことで、このモンスターは死んだのに、そのモンスターを殺した技術に感嘆するなんて…)

(意識が朦朧として吐き気がする)

 

そこまで考えて、唐突に思い出して苦笑する。

 

(…そういえば、私、肩を切り裂かれていたね)

 

少女は地に伏せた。

 

 





ご読了ありがとうございました。
これからのイリの活躍(?)にご期待ください。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。