お時間とご相談の上、適切な距離を保ったままお読み下さい。
[part:イリ]
私は醜い。
そう思ったのはいつ頃でしたか。
確か、一年くらい前の夏の出来事から…
私は村の夏祭りに出掛けました。
この村には、私と同じ年の瀬の子供はいなくてさみしかったことを覚えています。
今もさみしいことに変わりはないのですが、昔ほどさみしく思わなくなりました。
これもきっと、あの出来事があったからでしょう。
村唯一の子供である私は、当然、と言うのは傲慢ですかね。
まあ、皆に可愛がられていました。
それ自体は嫌ではなかったのです。
だけど、思っていたのです。
もし、私の他に子供がいたら、村の皆は、その子の方を可愛がるのではないか…と。
それ自体は、浮かんでは沈むような、小さな小さな恐怖でした。
実際、私はそんな事は思い出さずに夏祭りを楽しんでいました。
だからでしょうか。
私は、その日、村の秘密の一端を掴みました。
[part:イリ:end]
「あ!…はぁ、はぁ、はぁっ!!」
酷い目覚めだ。
素直にイリはそう思った。
あまりにも酷い目覚めだったので、悪夢の続きかと身構えたが、見慣れた木目の天井が見えると、安心して力を抜いた。
今でも嘘ではないかと否定したい…夢。
その冒頭。
右手を宙に伸ばして、何かを掴むように握る。
何も掴めていない右手を、じっと見つめて呟く。
「最悪です…ね」
それは、誰に、何に、向けた言葉なのかは、イリ自身も理解できていない。
言うなれば自分自身なのだが、それもどうもしっくりこない。
もやもやとして気持ちを抱えたままだが、どうも気になることがある。
この気持ち悪い感覚である。
現状の整理をしてみる。
悪夢を見たせいで体中汗でグッショリ。
そのせいで、ベットのシーツもグッショリ。
極めつけに、汗の臭いが充満して、中々に人様を入れられない部屋になっている。
「うへぇ。…どこから手を付けましょうか?」
とりあえず、換気する為にドアを開けようとして、ふと考えた。
(ドアを開けたら、この臭いが家中に充満…)
非常に迷惑をかける事になる。
それに、恥ずかしい、とも思う。
数分間唸った後、思い付いた様に手の平を叩く。
「そういえば窓、ありましたね」
綺麗さっぱり【窓】という存在を忘れていたイリは、奇跡的に気付くことが出来たらしい。
自分の汗の臭いに、顔をしかめつつ、窓を開ける。
瞬間、心地良い風が体に当たる。
「はあ~。風が気持ち良いですねぇ~」
この場に留まっていたい誘惑に駆られるが、この惨状をどうにかしないと落ち着くことも出来ない。
数秒考えてから、しぶしぶと動き始める。
シーツを摘まんで、窓枠に掛ける。
住人に気付かれずに洗うのは難しいから、お日様が汗の臭いだけでも消してくれることを祈る。
窓って便利だな~、などと思いつつ、着替えと体を拭く物を持って、窓から飛び出だした。
家の、所々ある出っ張りに、器用に乗りながら降りていくイリ。
何故か重心が傾いているが、現状を打開することだけを考えているイリは、その理由を考えずに降り続ける。
そんな彼女を咎める者など、今この場にはいない。
「あっ。靴、忘れました。………まあいいです」
そうして、悠々と地面に降り立った少女の、最初の一言は、これだった。
時間が無いのか、急いで痛い目にあったばかりの森に向かっていくイリ。
人目が無いからか、全力で走っていく。
(痛い目にあったばかりなのに馬鹿ですね)
そう思い、苦笑いをしながらも、淀みなく足は地面を蹴る。
死んでしまったモンスターに会った場所で、一度立ち止まって黙祷する。
―お前がコロシタ―
その怨嗟。
その無念。
自分が創り出している幻聴だと分かっているのに、イリは傷つく。
その事が不思議で、何故か笑えてくる。
「…行きますか!」
空元気と共に、イリは走る。
目的地は直ぐそこだ。
目の前に広がるのは、光を反射して輝いている湖。
辺りを見渡せば、小鳥は木々の枝で体を休め、馬は【光】を飲んでいる様子が見える。
耳を澄ませば、ざあぁぁぁぁぁ、と絶え間なく流れる滝の音が聞こえる。
それらが合わさり、まるで異世界みたいな空気を醸し出している。
「綺麗ですね…」
そう呟きつつ、服を脱ぐ。
そう、ここに来たのは体を洗う為である。ついでに服も。
だが、イリは忘れていた。
自分が肩に怪我をしているということを。
結果、どうなるかと言うと。
「イタッ!!凄く痛いです!!」
そう言って、水飛沫を上げながらゴロゴロ転がるイリ。
それが、痛みを加速させている事にも気付かずに、転がり続ける。
何故イリが、こんな馬鹿みたい(実際に馬鹿そのものだが)な行為を、モンスターが住んでいる森の中で出来るのかというと、ここが、【安全地帯】と呼ばれる場所だからである。
【安全地帯】とは、この世界の至る所にある、モンスターが入り込まない領域の事を指す。
例えば、イリが住んでいる村や、この世界の王都など、人が住んでいる所は概ね【安全地帯】である。
尤も、この場合【安全地帯】があるから、人が集まったと言う方が正しいだろう。
次に、【安全地帯】の見分け方についてだが、これは簡単である。
入れば空気で分かる。
そういうものなのである。
何故イリが知っているのかと言うと、あのモンスターと会った日、バスターが重症を負ったイリをここに連れてきたからだ。
生憎、意識は混濁していたが、【安全地帯】の空気は感じた。
だから、直ぐ近くにあるのだと検討を付けてここに来たのである。
ようやく転がるのが悪手だと気付いたのか、痛みを堪えながら立ち上がるイリ。
そして気付く。
何者かがこちらを見ていることに。
「あの~。何か御用ですか?うるさくしたのを叱りに来たんですか?それについてはすみません。謝ります」
先手必勝。
イリは相手の出鼻を挫く作戦に出た。
何回も大人に叱られている内に、相手が叱る前に謝れば、相手は戸惑うという事を知った。
実際、これを覚えてからは有耶無耶になることが増えた。
何者かは、ずっと黙っている。
ここまで相手が黙るのは初めてだと思い、怒られないか警戒しつつ近寄ってみる。
近寄った先にいたのは、イリと同じくらいの年の瀬の男の子だった。
「あの~。聞こえていますか~?」
声を掛けながら、イリは無遠慮に、男の子の体を隅から隅まで見る。
黒い肌に黒い髪。
俯いているせいで顔立ちは分からないが、額に布を巻いている。何故だろうか?
だが、イリの目から見ても引き締まっている体をしている。
身長はイリの方が少し大きい。
何だか勝ったような気がして、少し嬉しくなる。
同じくらいの年の子供なんてものを見たせいか、妙に嬉しくて興奮している。
こうなると、顔まで見たくなるもので、少し逡巡してから男の子に更に近づく。
「あのっ。お顔、見せてくれませんか!」
そう言って、手を取ってみるイリ。
それに驚いたのか、男の子は遂に喋った。
「テメエに羞恥心はねえのかっ!」
「はい?」
記念すべき一言目は罵声だった。
ご読了ありがとうございました。
割といきなり入った【安全地帯】の説明ですが、ざっくりと言うと、RPGでよくある、街ではモンスターが出ない、というお約束と同じです。
一応、その内【安全地帯】についての説明は、もっと増える予定です(だいぶ後の話で)