残虐で優しい聖女   作:オミズ

9 / 14
第八話です。
長らくお待たせしてすみませんでした。
これからは、一週間に最低一話ずつ投稿していきたいと思っていますので、あらためてよろしくお願いします。

お時間とご相談のうえ、前の話を思い出しながらお読み下さい。


第八話 少女と養母のふれあい

そうして、少女の流れるように紡がれた話は終わった。

 

話し終えた少女は、昔日の光景を瞼の裏で繰り返し、話を受け止めた二人の大人は、後悔と罪悪感を顔に浮かべた。

その中で、少年だけが妙に冷めた感情を抱いていた。

 

重苦しい空気の中、静かにクロスは少女に言葉を投げる。

 

「…なあイリ。お前は俺にこの話をして、何を感じて欲しかったんだ?」

 

少女…イリは瞼を開けて、白銀に輝く瞳でクロスを見つめた。

 

「そうですね……おそらく、ただ聞いて欲しかっただけなんです」

 

「そうか……じゃあ、コイツらには?」

 

話の矛先が向いた大人達は、冷静に話す子供達を仰ぐ。

まるでその様子は、大人と子供が逆転したかの様だった。

 

「…理由を、理由を説明して欲しかっただけです」

 

自分の感情を明確に口にしたイリは、瞼に焼き付いていた昔日の光景が、少し薄れていくのを感じた。

 

(おそらく…理由を説明してもらわなくても、この光景に囚われる事はもう無い)

 

自分の中で、過去と決着がついたのだとイリは悟った。

 

あの子供を見捨てた罪悪感はある。

それは一生イリに付いて回るものだろう。

それは【罰】として甘んじて受け止める覚悟が決まった。

 

「何も…何も言えませんか?」

 

黙ったままの大人達に問いかける。

いや、【問いかけ】ではなく【確認】だった。

 

「…ああ、何も言えない。俺もオババも何も言えない」

 

ある種の覚悟を滲ませる声で、バスターはイリの望みを絶つ。

見れば、養母も同じような覚悟を感じさせる顔をしていた。

 

しょうがない、とばかりにイリは微笑む。

 

「そうですか…理由を説明してもらえる日はくるのでしょうか?」

 

「ああ…お前がもっと【世界】を知ったらな」

 

バスターはそう言って、イリに追求される前に、そそくさと去っていった。

 

「ずいぶん勝手な奴だな…」

 

呆れ混じりにクロスが呟く。

イリも内心、自由な人だなぁ、と思っていたので弁明はしない。

ただ、曖昧に微笑んでおいた。

その枠にクロスも入っていることを悟られないように。

 

「さて、面白いモンが見れたから俺も帰る。後は、二人で話し合ってろ」

 

やっぱりバスターさんと同じなんじゃ、と思っているイリを、すり抜けざまに軽く叩いてクロスも去っていった。

 

残ったのは、家の住人だけ。

静かになった家を西日が照らす。

茜色に照らされた二人の間に、沈黙が下りる。

お互いに、何から話したらいいか分からないが故の沈黙。

崩れるとしたら一瞬。

されども、その一瞬が訪れない。

静かな緊張感の中、イリの手に汗が滲む。

 

「イリ」

 

短い呼びかけ。

話す為の糸口を探しての言葉。

養母の口から出たのは、そんな稚拙な言葉。

 

「はい」

 

イリの口から出たのは、単調な返事。

 

(何で気の利いた言葉が出ないんですか…)

 

心の中で自分に毒を吐く。

これでは、おばさまと会話が出来ないではないですか、とついでに思っておく。

 

ちらっと確認すると、やはり目に見えて養母はうろたえている。

どんな時でも、イリが会話の発端を作り、イリが会話を盛り上げていた。

その逆になった事は滅多になかった。

その弊害が今、目に見える形で現れた。

 

すなわち、イリが会話の主柱になることが出来ない場合、この母娘は会話が出来ない、ということだ。

 

イリは数度脳内で溜め息を吐いてから、養母の手を引く。

 

「イ、イリ?」

 

困惑した声が背中越しに聞こえてきたが、あえて無視したまま手を引く。

階段を上り、ドアを開け、イリの部屋まで着いたところで、ようやく手を離す。

遠退いたぬくもりが、少しだけ惜しいものだと思ったが、軽く手を握ることで誤魔化した。

 

「おばさま。一つだけ聞かせてもらいます」

 

イリは振り向いて、挑戦的な目で養母を見る。

養母は、覚悟を滲ませる目でイリを見る。

 

「あなたは、私に出て行って欲しいですか?」

 

「違う!!」

 

自分から思わず飛び出した声に、養母は驚愕に晒された。

イリの事は愛している。

その反面、イリの事を恐怖の眼差しで見たことが何度もあった。

それでも……それでもイリを大切に思っていたのだと、養母はたった今実感した。

 

「ね…あなたのわたしへの想い、全て聞かせてくれませんか?」

 

ポロポロと涙をこぼしながら、イリは幼子のように養母に抱きつく。

 

「……イリ。アンタは不思議で不気味な子だった」

 

少しの間目を閉じてから、養母はおもむろにイリの背中に手を回して話し始めた。

 

「でもね…アンタはアタシらには無い優しさを持っていた」

 

イリの部屋に家族の声だけが響く。

 

「そういうところにアタシらは惹かれた……アンタがどういう存在か知ったうえで」

 

殺風景な部屋が、今だけ色鮮やかな華やかな部屋のように感じられる。

 

「ねえ、イリ…アタシはアンタに行ってほしくない」

 

抱きつく手を緩めて、家族の顔を見上げる。

 

「でもね…個人の感情だけでアンタを閉じ込めておく事は出来ない。アンタは世界の危機に現れる存在だから」

 

イリの触覚は、養母の話を聞きながらも、小刻みに揺れる手を鋭敏にとらえていた。

その瞬間、イリの目に映ったのは、苦しみに耐えるただ一人の人間。

イリが救いたい存在の一人。

 

「私の事、愛していますか?」

 

気が付いたらイリは問いを放っていた。

自分でも何故そうしたか分からない。

でも、正しい行動だと思った。

養母の話の通りなら、自分は世界を救う存在なのだから。

 

唐突なイリの問いに養母は疑問符を浮かべたが、その意味を訊く事はしなかった。

…自分たちがやっていることだから。

代わりに、答えを返す。

 

「アンタがアタシを愛していなくても、愛しているよ」

 

「ありがとうございます。私も、あなたを愛しています」

 

間髪入れずにそう告げた少女の顔は、今までに無いくらい、美しく可憐な微笑みを携えていた。

養母は、数秒程見惚れてしまった。

そのくらいに、少女の笑みは人間を惹き付ける笑みであった。

 

「だから、私はファクトリア学園に行きます。そこに行くのは世界を救うためなのでしょう?」

 

その笑みを携えたままなのに、何故か少女は不気味に映った。




ご読了ありがとうございました。

イリがどういう生き物であるか、少しだけ明らかになりました。
世界を救うために生まれた存在。
別の見方をすると……?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。