長らくお待たせしてすみませんでした。
これからは、一週間に最低一話ずつ投稿していきたいと思っていますので、あらためてよろしくお願いします。
お時間とご相談のうえ、前の話を思い出しながらお読み下さい。
そうして、少女の流れるように紡がれた話は終わった。
話し終えた少女は、昔日の光景を瞼の裏で繰り返し、話を受け止めた二人の大人は、後悔と罪悪感を顔に浮かべた。
その中で、少年だけが妙に冷めた感情を抱いていた。
重苦しい空気の中、静かにクロスは少女に言葉を投げる。
「…なあイリ。お前は俺にこの話をして、何を感じて欲しかったんだ?」
少女…イリは瞼を開けて、白銀に輝く瞳でクロスを見つめた。
「そうですね……おそらく、ただ聞いて欲しかっただけなんです」
「そうか……じゃあ、コイツらには?」
話の矛先が向いた大人達は、冷静に話す子供達を仰ぐ。
まるでその様子は、大人と子供が逆転したかの様だった。
「…理由を、理由を説明して欲しかっただけです」
自分の感情を明確に口にしたイリは、瞼に焼き付いていた昔日の光景が、少し薄れていくのを感じた。
(おそらく…理由を説明してもらわなくても、この光景に囚われる事はもう無い)
自分の中で、過去と決着がついたのだとイリは悟った。
あの子供を見捨てた罪悪感はある。
それは一生イリに付いて回るものだろう。
それは【罰】として甘んじて受け止める覚悟が決まった。
「何も…何も言えませんか?」
黙ったままの大人達に問いかける。
いや、【問いかけ】ではなく【確認】だった。
「…ああ、何も言えない。俺もオババも何も言えない」
ある種の覚悟を滲ませる声で、バスターはイリの望みを絶つ。
見れば、養母も同じような覚悟を感じさせる顔をしていた。
しょうがない、とばかりにイリは微笑む。
「そうですか…理由を説明してもらえる日はくるのでしょうか?」
「ああ…お前がもっと【世界】を知ったらな」
バスターはそう言って、イリに追求される前に、そそくさと去っていった。
「ずいぶん勝手な奴だな…」
呆れ混じりにクロスが呟く。
イリも内心、自由な人だなぁ、と思っていたので弁明はしない。
ただ、曖昧に微笑んでおいた。
その枠にクロスも入っていることを悟られないように。
「さて、面白いモンが見れたから俺も帰る。後は、二人で話し合ってろ」
やっぱりバスターさんと同じなんじゃ、と思っているイリを、すり抜けざまに軽く叩いてクロスも去っていった。
残ったのは、家の住人だけ。
静かになった家を西日が照らす。
茜色に照らされた二人の間に、沈黙が下りる。
お互いに、何から話したらいいか分からないが故の沈黙。
崩れるとしたら一瞬。
されども、その一瞬が訪れない。
静かな緊張感の中、イリの手に汗が滲む。
「イリ」
短い呼びかけ。
話す為の糸口を探しての言葉。
養母の口から出たのは、そんな稚拙な言葉。
「はい」
イリの口から出たのは、単調な返事。
(何で気の利いた言葉が出ないんですか…)
心の中で自分に毒を吐く。
これでは、おばさまと会話が出来ないではないですか、とついでに思っておく。
ちらっと確認すると、やはり目に見えて養母はうろたえている。
どんな時でも、イリが会話の発端を作り、イリが会話を盛り上げていた。
その逆になった事は滅多になかった。
その弊害が今、目に見える形で現れた。
すなわち、イリが会話の主柱になることが出来ない場合、この母娘は会話が出来ない、ということだ。
イリは数度脳内で溜め息を吐いてから、養母の手を引く。
「イ、イリ?」
困惑した声が背中越しに聞こえてきたが、あえて無視したまま手を引く。
階段を上り、ドアを開け、イリの部屋まで着いたところで、ようやく手を離す。
遠退いたぬくもりが、少しだけ惜しいものだと思ったが、軽く手を握ることで誤魔化した。
「おばさま。一つだけ聞かせてもらいます」
イリは振り向いて、挑戦的な目で養母を見る。
養母は、覚悟を滲ませる目でイリを見る。
「あなたは、私に出て行って欲しいですか?」
「違う!!」
自分から思わず飛び出した声に、養母は驚愕に晒された。
イリの事は愛している。
その反面、イリの事を恐怖の眼差しで見たことが何度もあった。
それでも……それでもイリを大切に思っていたのだと、養母はたった今実感した。
「ね…あなたのわたしへの想い、全て聞かせてくれませんか?」
ポロポロと涙をこぼしながら、イリは幼子のように養母に抱きつく。
「……イリ。アンタは不思議で不気味な子だった」
少しの間目を閉じてから、養母はおもむろにイリの背中に手を回して話し始めた。
「でもね…アンタはアタシらには無い優しさを持っていた」
イリの部屋に家族の声だけが響く。
「そういうところにアタシらは惹かれた……アンタがどういう存在か知ったうえで」
殺風景な部屋が、今だけ色鮮やかな華やかな部屋のように感じられる。
「ねえ、イリ…アタシはアンタに行ってほしくない」
抱きつく手を緩めて、家族の顔を見上げる。
「でもね…個人の感情だけでアンタを閉じ込めておく事は出来ない。アンタは世界の危機に現れる存在だから」
イリの触覚は、養母の話を聞きながらも、小刻みに揺れる手を鋭敏にとらえていた。
その瞬間、イリの目に映ったのは、苦しみに耐えるただ一人の人間。
イリが救いたい存在の一人。
「私の事、愛していますか?」
気が付いたらイリは問いを放っていた。
自分でも何故そうしたか分からない。
でも、正しい行動だと思った。
養母の話の通りなら、自分は世界を救う存在なのだから。
唐突なイリの問いに養母は疑問符を浮かべたが、その意味を訊く事はしなかった。
…自分たちがやっていることだから。
代わりに、答えを返す。
「アンタがアタシを愛していなくても、愛しているよ」
「ありがとうございます。私も、あなたを愛しています」
間髪入れずにそう告げた少女の顔は、今までに無いくらい、美しく可憐な微笑みを携えていた。
養母は、数秒程見惚れてしまった。
そのくらいに、少女の笑みは人間を惹き付ける笑みであった。
「だから、私はファクトリア学園に行きます。そこに行くのは世界を救うためなのでしょう?」
その笑みを携えたままなのに、何故か少女は不気味に映った。
ご読了ありがとうございました。
イリがどういう生き物であるか、少しだけ明らかになりました。
世界を救うために生まれた存在。
別の見方をすると……?