ダーク・ブルーズ   作:早起き三文

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第1話 「キラ・キール」

 

「イザークさん」

 

「何だ?」

 

「青服、新しいパイロットスーツの着心地はいかがですか?」

 

 搭乗機から自分が降りるなり、そう訊ねてきた女性パイロットの顔を見て、露骨にイザークはうんざりをする。

 

「だからな、お前」

 

「私はお前と言う名前ではありませんよ」

 

「ハァ……」

 

 イザークにしてみれば、大昔の軍隊映画に出てくる鬼軍曹のように彼女をアダ名で呼びたくて仕方がないのだ。彼女の本名は彼の神経を無用にささくれさせるのだ。

 

「今な、任務中だろう?」

 

「それゆえ、隊長のメンタルは良い、と思ったのですがね」

 

「この地球のドブ色をしたパイロット・スーツを纏っている間は俺の機嫌が良くなることはないな」

 

 ドブ色、そのダークブルーに染め上げられたパイロットスーツが放つ深い暗青の光沢、それは確かに地球の海溝の底から湧き出た冥界の色という印象を見る人へ与えるかもしれない。

 

「それに、軍人として俺がお前に望むのは」

 

「ザフトは準軍隊組織ですよ、隊長」

 

 自分と初対面時に起こった出来事をいつまでも根に持つ彼女の気持ちは充分に解り、半分は自分自身にも責任があるとは思っているが、それでもイザークとていちいち突っかかる人間など本当なら相手にしたくないのだ。

 

「こっちの事を聞けと言っているんだよ、俺はさ」

 

 そう不満げに言いながらイザーク・ジュールは、宇宙へと浮かぶ小惑星をくりぬいて造られたモビルスーツのテスト場、そこから延びているコードへと係留されている実験機の方へその指を差してみせる。

 

「フリーダム・ジャスティス・ゲイツの事を聞いてよろしいので?」

 

「あぁ、そうだ……」

 

 わざわざ「フリーダム」の部分だけを強調して言葉を放った彼女に対しても、もはや彼は頭へ血は昇らない。

 

「フリィーダム、の調子は?」

 

 クゥ……

 

 わけでも無いらしいと、イザークはパイロットスーツ内で軽く唸りながら、一つ大きな深呼吸をしてから、彼女の顔を正面から睨み付ける。

 

「終わった話だろうに」

 

「キラ・ヤマトとの戦いも?」

 

「そうだな、そうなるよ……」

 

 そう、終わったのだ。彼らプラントへ所属をする宇宙の民と地球の連合軍との戦いは。

 

「確かにそうですけどね」

 

 ヘルメットをかぶったままでも飲める飲料チューブを持ってきてくれたもう一人の女性パイロットのその言葉に、イザークは軽くその顎を上げて彼女へ頷いてみせた。

 

「軍縮の動きがあります、イザーク隊長」

 

「そのようだな」

 

「ザフト・ガンダム系の生産終了が正式に決定したようです」

 

「ガンダムタイプのOSの問題ではなく」

 

 お互いヘルメット内の顔が見える距離までに宙を漂いながらイザークへ近付く若い女性に対し、受け取ったドリンクチューブの中身を口へ含みながら、彼は先程まで搭乗をしていた自分の機体へと視線を向け、軽くその首を振る。

 

「動力源の問題、俺はそう聞いた」

 

「やはり、そうでしたか……」

 

 その言葉に彼女は薄くその顔色を陰らせつつも、少しイザークと彼女の上方へとその身体を浮かばせる、この部隊の隊長であるイザークといささか仲が険悪である女性パイロットへもドリンクを手渡すために、彼女はパイロットスーツ越しでも魅惑的に映るその肢体を無重力の中で軽く跳ねさせた。

 

「やはりあの核エンジン、封印されるのですってね」

 

「良い事だろう?」

 

「技術畑の出身としては、やや物足りない」

 

「戦争屋気質のある俺の方が、どこかホッとしているのは何だよ?」

 

 技術系として後方での仕事が多かった彼女と、最前線任務が多くを占めたイザーク・ジュール。もしかしたら彼の方が戦いの中、強力な兵器に対する「恐れ」を肌で感じられる機会が多かったのかもしれない。

 

「血気にはやる後方組はいただけないと思います」

 

「お前が人の事を言えた柄かよ、シホ?」

 

「フフ……」

 

 その彼の軽く微笑みながらも彼女は、この自分の隊長が二足の草鞋の状態とはいえ、戦争の恐ろしさを知る文章の管理組となるのは。

 

「平和の有り難みを知る、良い官僚になられるのかしらねぇ……」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「いえ、何でも」

 

 試験機、若干旧式の火器管制調整機のチェックを行っているメカニック達と相談をしあっているが為に、イザークには彼女の独り言は聴こえなかったようだ。

 

 フゥ……

 

 メカニックのメンバーに呼ばれ、宙へ浮かび続けていたダークブルーを纏う女性がイザーク達の元へ舞い降りてくる。

 

「1時間後、模擬戦をやるぞ」

 

「ハッ!!」

 

 イザークの言葉に対して鋭く敬礼をしてみせた女、彼女が何かを言おうとその上唇を僅かに上げた時。

 

「俺はこのフリーダム」

 

 これ以上この女へ語尾を取られ、からかわれるのはたまらない。イザークはあえて機先を制し、彼にとっては苦い記憶のある機体、ガンダムタイプOS搭載機の名前を強く言い放った。

 

「火器運用試験型のフリーダム・ジャスティス・ゲイツを使う」

 

「すぐにひねくれる人……」

 

「貴様は」

 

 そのちゃちゃを入れる声を無視して、イザークは静かに彼女へ命令を下す。

 

「アグレッサ・ガンダムを使え」

 

「何だかんだ言って私情を入れる……」

 

「お前まで、この出来損ない達の様な口調の真似をするな」

 

「ハッ……」

 

 彼がハッキリとこの青服達への蔑称を口にするのは珍しい。機嫌の悪い今の彼には軽口は言わない方が良いと、元技術者上がりのパイロットであるシホは思い。

 

「アグレッサ、1時間では準備が出来ません!!」

 

「たるんでいるぞ、お前達!!」

 

「また始まった……」

 

「何が始まったか!?」

 

「何も始まってませんよ、イザーク隊長!!」

 

 メカニック達へ八つ当たりとも受け取れる言葉をその身に付けているヘルメットが割れんばかりに響かせるイザークの後ろ姿を眺めながら、青服テストパイロットである「キラ・キール」の元へとその身を宙へ泳がせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様のその動きが!!」

 

火器運用試験型ゲイツ、イザークの駆るその機体の活動時間は極めて短い。核動力の使用を前提にされている武装や機能の数々は通常電力で賄えるものではない。

 

「あいつに似ている!!」

 

「悪うございましたね、イザーク隊長!!」

 

 イザーク機からのレール砲による射撃を身軽にかわしながら、怒鳴り返しているキラが搭乗するアグレッサ・ガンダムもまた、彼と全く同じ武装で反撃をしかけた。

 

「貴様のその耳が!!」

 

「ハァ……」

 

 観測機で二機の模擬戦を観察しているシホが、その私情を剥き出しにしている上官筋の顔が大写しにされているモニターを眺め、軽くため息をつく。

 

「あいつに似ている!!」

 

「私は自分の顔が好きなのに!!」

 

 ジャアァン……!!

 

 イザークのゲイツのサーベル、ビームの刃がアグレッサと交差をし、周囲へ強い閃光を放った。

 

「規定出力を越えてますよ、そのラケルタは!!」

 

「ならば、貴様も上げれば良い!!」

 

「そりゃ、あなたと同型なので出来ますがね!!」

 

 模擬戦とは言え、イザークには全く手加減をする様子が見られないのが解り、彼女も自機のビームサーベルの出力を上げ始めた。

 

「貴様のその機体があい……!!」

 

「このアグレッサは!!」

 

「人の間を遮るな!!」

 

 ズゥ!!

 

 ゲイツの背部に備え付けられた、運搬機ファトゥムユニットが使用直前に故障をし、火花を上げ始めたのに対してイザークは忌々しげにその舌を打ながら、再度キラのアグレッサへと斬撃を放る。

 

「電力型フリーダムですので、似ているのは当然でしょう!?」

 

 バルカン砲の代わりに言葉で先手を取ったキラを無視し、イザークの機体はそのままアグレッサへと突進をかけつづけた。

 

「お前に目と鼻と耳がある所が!!」

 

「あなた、苛立っているんでしょ!?」

 

 ジィン……!!

 

 そのラケルタサーベルの光を見事に捌き、体勢を崩したイザーク機を尻目にしながら、アグレッサはそのままゲイツと急速に距離を取る。

 

「裁判結果がマズイと、近い内にそのクビが飛んでいってしまうという事に!!」

 

「自分で選んだエゴだよ!!」

 

 ゲイツのコクピット内に、残り稼働時間が半分になったという警報が鳴り響く。電力残量、モビルスーツの行動源が四分の一になった所で模擬戦闘は終了だ。

 

「後悔はしていない!!」

 

「青服を着る羽目になったというのも!!」

 

 アグレッサ、電気動力型フリーダムガンダムも残り行動時間が半分となる。キラにしてみれば、何かとやかましいこの目上の男を少し痛い目に合わせてやりたいものではあるのだが。

 

「さらに苛立ちを増させているのね!!」

 

「赤は敬礼で止まり、青はスルーだ!!」

 

 遺伝子異常を起こしているコーディネーターからなる部隊の隊員が身につける青服、地球の深い海の底の色をしたダークブルーの服。それは確かに皆から、物理的に通路ですれ違った場合でも。

 

「無視をされるというのは、あのいけすかない男が乗る本物のフリーダム、奴から味わっているさ!!」

 

「あっちのど偉いキラの眼中に無かったという事でしょうに!!」

 

 精神的、人間関係上でも距離を取られるのが宇宙に住む民、コーディネーターの社会だ。

 

「そして、そのキラ・ヤマトの名前に!!」

 

 ドッ、トッドォ!!

 

 実戦では無謀と判断をされる急速接近を頭部バルカンからの牽制と同時にしかけるイザークの機体へ放ったアグレッサのライフルは暴発を起こし、その爆発の隙を縫い、ゲイツがキラの機体へ迫る。

 

「お前が似ている!!」

 

「同じ名前で本当に!!」

 

 ゴゥ……!!

 

 ガンダムタイプ、核動力モビルスーツの臨床機として徹底的に酷使をされ、廃棄予定であった機体を模擬戦専用の機体として甦られたアグレッサ、その背部の機動制御ウィングが何故か停止を始めてしまった。

 

「悪かったわねぇ!!」

 

 ズゥン!!

 

 ダミーに近いアグレッサのウィング機体制御システム。そんなものでも僅かには機体の機動性に影響はあるように見える。

 

「女のクセに男の名前を恨めよ、キラ!!」

 

 ズゥオ……!!

 

「何が男!?」

 

 機動性が落ちたアグレッサでイザーク機の脚による蹴り上げを寸前でかわしたのは、彼女の身体ステータス「良」状態での技量の高さ故であろう。

 

「隊長!!」

 

「男同士の戦いに口を挟むな、シホ!!」

 

「模擬戦を中止して下さい!!」

 

「挟むなと言っている!!」

 

 そのイザークの怒声から察するに、キラのアグレッサ、フリーダムガンダムと全く同じシルエットの機体と戦っている内に、本当に彼イザークの脳天へと血が揚がってしまったらしいとシホには推測が出来る。

 

「誰が男ですってね!?」

 

「戦場で性別は関係ない!!」

 

「ならば、わざわざと男だと言い放つ事は!!」

 

 容赦をする気が無くなったキラ、キラ・キールは使用が厳禁されているプラズマビーム砲を機体背部から肩の上へと持ち上げた。

 

「なかろうなまいねぇ!!」

 

 ヴォフォ!!

 

 どうせ間も無く終了する模擬戦だからと思い、機体の余力を全てビーム砲から撃ち放つキラ。もはや手加減など念頭から無くなってしまったように見える。

 

 ギィ、ギィア……!!

 

「パワーダウンだと、ゲイツ!?」

 

 近距離から迫りくるビームの波動をかわそうとした途端、ゲイツの機体出力が低下をしてしまった事にイザークはその端正な顔をひきつらせながら、その自機の両腕をコクピットを守るように胴の前へと交差させた。

 

「かわさないのか、イザーク隊長!?」

 

 彼へ一泡ふかせる気でいたキラにしても、彼ならばビームをかわせると思っていた彼女はその面へ出た驚きの色を隠そうとしない。

 

 ゴォウ……!!

 

「ちょ、直撃……!?」

 

 今放ったプラズマビーム砲はそうそうなモビルスーツで防げるような物ではない、恐る恐るイザーク機、特殊型ゲイツの姿をじっと見やるキラ。

 

 スゥ……

 

「う、うわっ!?」

 

 刹那、キラの目の前にイザークからのサーベル光が突き付けられた。

 

「腕部のビームコートで防げると思ったらから、こういう手も打てるさ」

 

「パラエーナビームをよく我慢出来ましたね……」

 

「時間切れの核動力無しモビルスーツで、アイツの火力の真似事が出来るものかよ、キラ」

 

 緊急用の予備のバッテリーがあるにはあるのだが、キラの機体はもはや活動を停止している。それを知ってか。

 

「お前と俺の青いスーツが」

 

 トゥ……

 

「気に入らないと?」

 

「俺たちコーディネーターにとっては、さ」

 

 動かないキラ機をゲイツはその手で小突きながら、微かにイザークはその顔へ笑みを浮かべてみせる。

 

「どうも縁起の悪い色だ」

 

「地球の色、ですからねぇ……」

 

「ゆえに、お前達出来損ないのような」

 

 そのイザーク隊長の嫌味な口調にキラのその眉がひきつるように縮こまったが、何か言いたい事があるらしき彼のその声の強さに、グッと彼女キラは喉の辺りまで出た言葉を飲み下す。

 

「模範的なコーディネーターの枠から外れた者、昔の俺の隊長みたいな人間にとっては」

 

 前大戦の頃にイザーク、目の前にいる彼が所属する部隊長を務めていた男は優れた指揮官、パイロットでこそあったらしいが、何か大きな持病を抱えていたらしいとはキラも聞いている。

 

「幸運を呼ぶかもしれんな」

 

「何故、そう言えますか?」

 

 何か自機の通信機へ呼び掛けがあるらしいが、通信状態が悪くテレビモニターへも砂嵐が疾る。イザークのゲイツに牽引させてもらいながら、キラは彼の言葉にその耳を立て続けた。

 

「お前と同じ名前の奴のガンダムが青い色をしていたからだよ、馬鹿」

 

「馬鹿とは何ですか、失礼な」

 

「異常なコーディネーターには青色は何か、縁起とパワーを呼ぶのかもな」

 

 再び同じような言葉を言い放ったイザークが乗るその機体へとしばらく視線を向けつづけたキラは、その言葉をしばらく頭の中で咀嚼をした後、彼のある言外の気持ちに気が付く。

 

「あたし達、ダークブルーズへ向けて嬉しい世辞を言ってくれているので?」

 

「良くも悪くも」

 

 ガッ、ガァ……

 

 僅かに通信機が復活をし始め、シホからの声が途切れ途切れに聴こえてきた。

 

「強くも弱くもに、遺伝子異常者である青服の連中は」

 

 キラから見るに、アグレッサを引っ張る試験型ゲイツの方も通信機が故障をしていたらしい。蘇生した通信機の出力を上げ、観測機モビルスーツで二人の戦いを記録していたシホ機からの声にその耳を傾けるイザーク。

 

「SEEDとやらの発現率が高いのではないかという、一種の個人的な妄想だ」

 

「戦場でのオモシロ話、火事場のバカ力の類いですよね、シード」

 

「ああ、ちょっとまてキラ……」

 

 そのアグレッサのキラからの話を遮り、イザークはシホからの伝令に集中をし始めた。コクピットの中のキラはその口を閉ざしながら、不良品に近いアグレッサの機体コンディションの確認を試みた。

 

「キラ」

 

「はい、イザーク隊長」

 

「基地へ帰ったら、まずは休憩」

 

「何かありましたね」

 

 アグレッサへ向けてそう語りかけながらも、イザークは未だシホからの伝達へと耳を尖らせているようである。

 

「この基地から程近い宙域に確認をされた」

 

 フォ……

 

二人の機体へ、シホの観測機が合流をし、彼女の機体もアグレッサを支えてくれた。

 

「不明の武装艦に対する調査だ」

 

「武装艦、テロリストでしょうか?」

 

「それを調べるのが仕事だろう、キラ」

 

 愚痴混じりのイザークのその言葉と同時に、キラ達の部隊に所属をする他のモビルスーツ達がアグレッサ達を出迎えに来る。

 

「ちょうど、ゲイツのパワーが尽きた所、好都合のお迎え達だな」

 

「核動力、やはり勿体無いですよ」

 

「だから、俺に決定権は無いって……」

 

 電動式ではモビルスーツの発展が寸詰まりになると主張をしているシホ、シホ・ハーネンフースの核エンジンへの未練は今に始まった事ではない。

 

「小競り合いは終わる気配がありません、高性能モビルスーツは必要です」

 

「とは言っても、もう連合もプラントも以前みたいな戦争はやらんだろうに、シホ?」

 

「いつからそう楽観的になったので、隊長?」

 

 可愛くその口を尖らせて不満を口にする彼女へイザークは苦く笑ってみせながら、援護に来た青服部隊「ダークブルーズ」のモビルスーツ達へそのゲイツの手を軽く揺らしてみせた。

 

「俺の本来の仕事の為には、そっちの方が良いに決まっている」

 

「兼任をさせるとは、プラントの上部の人もイザーク隊長に無理をさせて」

 

「仕方がないさ、シホ」

 

 小惑星基地からやって来た機体達の内、電子戦機がイザークとキラの機体頭部へとケーブルを差し込み、データの収集を始めだす。

 

「基地へ帰投してからやればいいものを」

 

「この電子戦モビルスーツの実地性能チェックもしたいんだよ、キラ」

 

「戦争が終わったと言うのにね」

 

 コクピット内で電子戦機を駆るダークブルーズの同僚に対して不満を口にするキラを無視し、イザークはシホとの会話を続けている。

 

「所詮本当の青服、デスクワークの制服組では俺は新入りに過ぎない」

 

 人手不足の為に急造された青服部隊、そのパイロットスーツの色がイザーク、責任者として選ばれた彼が本来その身体へネクタイと共に身につけるフォーマル・スーツの色、それとイレギュラー部隊の隊員達の服の色が同じだというのは誰の皮肉であろうか。

 

「俺にその仕事のイロハを教えてくれる人には、とても良くしてもらってはいるが」

 

 だか、そのイザークの直属の上司である気鋭の議員、次期の評議会議長と噂をされている彼がこの部隊の制服の色を定めたとの噂もイザークは聞いている。

 

「政治に関わる仕事など、まだまだ降りる物でないな」

 

「したっぱさんはツラいですわねぇ……」

 

「よし、貴様!!」

 

 嫌みに話へ割り込んできたキラ・キールの言葉に相当に神経へ来る物があったのか、イザークがゲイツの中から突如として大声を張り上げた。

 

「俺の名を言ってみろ!!」

 

「ちょっと、イザーク隊長……」

 

 喧嘩を売るようなキラの言葉も悪いには悪いが、シホにしてみれば自分が敬愛する男、イザークの人間沸騰湯沸し器の部分は何とかして欲しいとは思う。

 

「お美しくも素晴らしき腕でモビルスーツを駆るイザーク・ジュール!!」

 

「世辞など誰が言えと言った!?」

 

 あえて「うっとり」を演じてみせるキラに対し、とんでもない大声を張り上げるイザークの怒声がその周囲の全てのモビルスーツパイロット達の耳を強く打つ。

 

「顔の御傷はなぜ治さないのですか!?」

 

「何をバカにしている、俺の何を!?」

 

「どこの愚か者に付けられたので!?」

 

「貴様、名前は何だ!?」

 

「キラ・キ……」

 

「オマエ、貴様だよ、お前!!」

 

 ブォン!!

 

 最後のイザークの咆哮と共に、試験機ゲイツの右の握り拳が強く宙へと跳ね上がる。

 

「あの時みたいに痛い痛いと言ってみせろ、女!!」

 

「嫌ですよ、女へ手をあげた卑劣なあんたなんかに!!」

 

 そのイザークとキラのやりとりに、他のダークブルーズから乾いた笑い声が各々の通信機から漏れ出して来るのに、シホは自機のコクピットで自分の顔、こめかみだかそこらの部分に痛みが疾るのを感じてしまう。

 

「名前が悪いのよ、名前が……」

 

「俺はアイツの態度も気に入らないぞ、シホ・ハネフシ!!」

 

「ハイハイ、間違いですね……」

 

 イザーク隊長、部隊設立時の彼との顔合わせの時に、自身のバイオリズムが「負」の状態のキラがその舌へと乗せた下手極まりない世辞。

 

「間違っていても、男にはやらればならない時があるのだよ、シホ!!」

 

「あたしの名前の事ですよ、全く……」

 

 そこでのやり取り、今まさにイザーク達が再現をしてくれた一連の流れの「トリ」に頭が沸騰した彼が無意識に放ってしまったアッパーカット。その一件はこの青服達の間だけではなく、ザフト全体でも良い語り草である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 登り始めた朝日が、この上なく美しい青天を、清々しく澄んだ朝の空気を照らし出す。

 

「ではよろしく頼むよ、トダカ君」

 

「お任せを、ユウナ殿」

 

 歳の頃は三十を越えていると思われるが、どこか年齢不詳の面差しがある男、トダカと呼ばれた男は彼にとっては目上と思しき青年へ敬礼をしてみせた後、背後へ立つ自身と同年代と見える壮年の者のその手を軽く握った。

 

「御無事を、トダカ一尉」

 

 その手を握られた軍服の男は、そう言った後にニタとその面を綻ばせる。

 

「いや、三佐」

 

「戦後のバーゲンセールで貰った佐官だよ、ババさん」

 

「頭数を揃える為の、全軍人同時昇格なんぞ、そうそうあってたまるものですか……」

 

 どこもかしこも、宇宙へ浮かぶプラントにしろ地球上に構える国家であるオーブ連合首長国にしろ、前大戦での人的損失の穴を埋める為にその頭を悩ましているのは同じことだ。

 

「コソコソをしたプラントへの船出になりますな、トダカさん」

 

「まだまだ我らオーブと地球連合は」

 

 突貫工事によって、どうにか使用に耐えられる状態に出来た簡易マスドライバー、大質量射出器の鉄骨部分を強く照らす太陽の反射光にその目を細めながら、オーブ国軍所属のトダカは自身のその短髪へ右手を差し入れ、軽くその口からため息をつく。

 

「休戦を成したばかりだ」

 

「とにかく刺激をしたくない、と」

 

「兵をつけるのも避けるよ、ババ一尉」

 

「フム……」

 

 そのトダカ以上に前線任務に詳しいババ一尉はその彼の言葉に対し、微かに不満げな表情を見せてしまう。

 

「まあ、ともかく……」

 

 彼らオーブの住人にとって、やんごとなき立場である名家の出身であるユウナ青年。彼がその髪へ塗りつけているヘアクリームの香りがトダカ達の所まで潮風で運ばれる。

 

「大船に乗った気でいてくれたまえ、君達」

 

「セイラン家の人間も良い所があるようだな、ババさん」

 

 その整髪料の匂いに顔を微かにしかめながらも、トダカは青年の顔を立てているのだか貶しているのだか、微妙に不器用な言い回しの言葉をババ一尉に向けてその口から言い放つ。

 

「船の調達に、護衛の傭兵達の手配……」

 

「ちゃんと返してくれよ、僕の可愛いクルーザーはさ」

 

「了解致しましたよ、ユウナ殿」

 

 そのトダカの言葉がユウナの耳へ入ったのか入らなかったのか、ともかく彼が機嫌を損ねなかった事にババは心の中で小さく安堵の息を吐いた。

 

「しかし傭兵、金で動く人間か……」

 

 その傭兵の機体、モビルスーツにしても目の前のシャトルに積み込めるのはせいぜい二、三機といった所。それがババに危機感を抱かせている原因である。

 

「傭兵、信頼が出来るので?」

 

「全く問題は無い、信用出来る」

 

 カッ……

 

 そのトダカの言葉を受けても、コンクリートの滑走路へ足音を響かせて近くへ寄ってくる傭兵達へ向けるババの視線は険しい。

 

「中にいる子供達を売り飛ばされては、たまったもんじゃない……」

 

「聞き捨てならないな、一尉殿」

 

 傭兵達の内、端正に顔立ちが整われた銀髪の青年がババに対してその口の端をユラリと歪めてみせる。

 

「ここまでオーブの機密に食い込んだ俺達が、信頼を失って良い上客を逃すとでも?」

 

「フン……」

 

 その年若い傭兵の言葉を鼻で笑ったババ一尉、彼は一月前に男子、第一子を授かったばかりのせいか、少しシャトルの中にいる戦災孤児達へ対して感情移入をし過ぎているのかもしれない。

 

「そういう事だ、ババさん」

 

「あなたがそう言うならね……」

  

 が、それ以上に先の戦争で自身の愛人、そして近々自分の戸籍へと入れるつもりであった彼女との子を失ったトダカ三佐。彼がこの傭兵達を信じると言うのであれば、ババはそれ以上は何も口に出来ない。

 

「ではトダカ三佐殿、我らは先にシャトルヘ」

 

「任せる、劾(ガイ)君」

 

「お任せを」

 

 劾と呼ばれた傭兵達のリーダーは、あかたも正規の軍人のような礼をトダカへと返してから、傍らへと立つ銀髪の男の肩を叩いた。

 

「久しぶりの宇宙だ、イライジャ」

 

「宇宙には良い思い出はないんですけどね……」

 

 自分のリーダーへ向けて、その両肩を竦めながら皮肉げな目を向ける傭兵「イライジャ・キール」もまた、トダカとババへ一礼をしてみせてから、朝日を浴びて輝くシャトルへとその脚を進める。

 

「おい、劾君!!」

 

「何か、三佐殿!?」

 

 自分達の請け負った仕事の最終チェックの為、歩きながら携帯端末へその視線を落としていた劾、叢雲劾(ムラクモ・ガイ)へ向けて、トダカがどこか慌てたような声を投げつけた。 

 

「兵は君達二人だけか!?」

 

「最初からそういう契約でしょ!?」

 

「話が違う!!」

 

「そうなのですか、佐官殿!?」

 

「ババさん!!」

 

 いきなり口調が乱暴へと変わる、彼が慌てた時に出てしまう癖には慣れているババは、その怒声に怯えた顔を見せるユウナ青年とは逆に落ち着き払ったものだ。

 

「はい、なんですかねぇ?」

 

「君も宇宙へ上がれ!!」

 

「はあ!?」

 

「ムラサメ・ゼロの宇宙間テストが出来ないんだよ!!」

 

「待って下さいよ、トダカさん!!」

 

 そのオーブ製の次世代モビルスーツの名前を聞いた時、ババの顔色が蒼白へと変化をする。

 

「あの試作機がよりによって!?」

 

「宇宙でのクルージング、単なる慣熟飛行で模擬戦闘もないよ!!」

 

「そういう問題じゃありません!!」

 

 その二人のやり取りに、傭兵の二人が何事かとトダカ達の方を振り返るのも気にせず、オーブの軍人二人は大声を上げ続けた。

 

「私には産まれたばかりの子と妻が!!」

 

「君もオーブの軍人だろう!?」

 

「せめて、家内へ顔の一つでも見せてから行きたい!!」

 

「シャトルの発進に間に合わんだろうに!!」

 

「全く!!」

 

 そう言い捨てたババ一尉は海より深いため息をついた後、肩を怒らせガニ股でシャトルヘと脚を進め始める。

 

「ゼロ・ファイターで私が何度も事故に合った事は知っているでしょうに……!!」

 

「大丈夫、オーブのモビルスーツだよ!!」

 

「それでも、宇宙でのテストは初めてでしょうに……!!」

 

 オーブ国軍で一番の勇猛さと腕前を誇るババ一尉にしても次世代機、零戦の信頼性の無さは彼に二の足を踏ませるのに十分な「実績」があるのだ。

 

「大変だねぇ、軍人さんは……」

 

「何をおっしゃる、ユウナ殿」

 

 トダカ達の元へ戻ってきた傭兵二人の呆れたような視線をその身へ受けながら、トダカはやや乱暴にユウナ青年のその高級スーツの裾を掴み、厳しい口調の声を出しながら彼の顔を睨み付ける。

 

「あなたにも来てもらいますよ……!!」

 

「ええ!?」

 

「私の独断の見届け人になって欲しいのですよ!!」

 

 フォウ……!!

 

 シャトルのエンジンへ火が入る音がトダカ達の耳へ入り、同時にマスドライバーの管制室からスピーカーでクルーザー・シャトル「カガリ丸」の発進間近を知らせる音声が蒼天へと響き渡った。

 

「嫌だよ、僕は!!」

 

「宇宙の観光旅行、良いものですぞ!!」

 

「宇宙酔いが怖いんだよ!!」

 

「傭兵掛けるの御二人!!」

 

 何かこの上なくぞんざいな呼ばれ方をされた二人の傭兵は、どうしたものかとしばしお互いにその顔を見合わせたが、一つ互いに目配せをした後に傭兵のリーダーがユウナの腕に自分の腕を絡ませる。

 

「パパァ、助けてェ!!」

 

「あなたもババになるんですよ!!」

 

「パパァ……!!」

 

 その傭兵と反対側の腕をトダカに掴まれ、シャトルヘと引きずられていくユウナの絶叫が朝の息吹を残している青天へと響き渡った。

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