〈DIN〉局長のお仕事   作:Ringo

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一時蘇生だからね……
あと一人は書きたいけど時間ないので間隔空く





file.4 暗躍行路

□■〈絢爛都市〉レイズィニ

 

 街自体がコルタナのバザールのような商業都市でありながら、コルタナよりも高級志向を強めたカルディナの都市。年商が軽く億を超える商店が立ち並び、曇り無きウィンドウの向こう側がブランドで埋め尽くされる街。それこそが〈絢爛都市〉レイズィニである。

 

「本日はどうも」

「ようこそ。ささ、ベルセット殿。座って座って」

 

 そしてその街で燦然と輝く街路に立ち並ぶ立派な大店、〈ゲーリュマン商会〉。その商会内に面会の為だけに設えられた、ぱっと見は他の部屋と変わらないながらもあつらえた調度品のランクは大いに変わる特別な部屋に、小奇麗な身なりだが何処か頼りない初老のティアンが招かれていた。

 

「それで、此度の用件は?」

「それより後ろの彼は……」

「ああ、彼なら気にしないで結構」

「……そうですか」

 

 よく沈むソファで彼を迎えるのは、同じくティアンの男性。商会の主であるゲーリュマンだ。街に所属する【織姫(ウィーブ・プリンセス)】作の衣服で全身を装飾し、豊かな口髭の下に警戒心を抜く気の良い笑みを湛えている。それでも背後に護衛と思わしきマスターを配備するあたり、ただのお人好しでもないのだろう。

 そのマスターの近くを小蝿でも飛んでいるのか、鬱陶しげに顔を顰め小さく手で何かを払っているが商談に影響はないと判断し、話を元の路線に引き戻す。

 

「恥ずかしながら、最近では老いを痛感することが多くなってしまいまして……そこへ来て先日倅の急逝です。幸い跡取りはいるのですが、何分半人前。販路の拡大や倅に商売を指導する上で協力してもらいたいのです。もちろん対価は払いましょう」

「ふむふむ……まとめるとこんな所か」

 

 老人の名はベルセット・チェスター。この街で代々受け継がれてきたマジックアイテムの老舗のご隠居だ。風の噂では当代が〈流行病〉を拗らせて亡くなり、その下の若い弟がチェスターに手助けされながら店を切り盛りしているらしいが、次男など所詮長男のスペアとしてしか育てられていない。老い先短いチェスターとしては不安が残るのだろう。

 

 ゲーリュマンがつらつらと【契約書】に口述されたことを堅苦しく書き連ねる。期間・報酬・禁止事項エトセトラ。全てが度の過ぎた強欲でもなければ迷い無く血判を押すであろうクリーンな内容。

 そしてボンボンのような例外を除き、基本的に商人を続けられる者というのは利に聡い。欲張れば身を滅ぼすボーダーの見極めにも慣れている初老ティアンは、受け取った【契約書】の上から下まで念入りに三往復したのち、末尾の契約者欄に「ベルセット・チェスター」の名を刻む。

 あらかじめアポイントメント時に聞いていたが、ベルセットの名は中堅の商会として世に知られていたが故にゲーリュマンの頬も緩むというものだろう。

 

「これでよろしいでしょうか?」

「もちろん。それでは」

 

 ベルセットから返還された契約書を頷きながら確認した、今日一番の笑顔を輝かせながらこう言った。

 

 

「貴様の全てを頂こう」

 

 

 手中の契約書を軽く叩くと同時、炙り出しのように契約内容が書き変わる──否、()()()()()()()内容が消え失せる。

 

 【契約書】は、この世界で誰でも使える確実な強制方法だ。なんなら人の一生も国の行く末すらも左右する。それ故に、サインの後に契約内容をすげ替えるなんて暴挙はあり得ない。やるやらない以前にできない。

 

 しかし、ここでとある抜け道が存在する。【契約書】は騙せずとも、契約者はどうにでもなってしまうのだ。人質をとっての脅迫もよし、【魅了】もよし、幻影もよし。中には【詐欺師】の《契約偽装》なんてジョブスキルまである。今行われたのは、内容の記された【契約書】の上に幻影で偽の内容を上書き。それにサインさせてしまえば、始めに記された内容に同意したことになるというもの。

 加えてゲーリュマンの偽装は通常のものよりも質が高い。なにせ書き換えに特化したエンブリオを持つマスターを雇い、《看破》ですら無力化する詐欺の完成形とでも呼ぶべき代物と化しているのだ。

 

 もちろん、こんな詐欺はこの国を除いて何度もできない。証拠は無くとも、詐欺の記録は積み重なる。

 だがここはカルディナ、金が全てを支配する国。金のある悪人と金のない善人では前者の方が優遇される。良心? 清貧? 六文銭なら何万回でもくれてやろう。

 

 嗚呼、きっと哀れなご隠居は突然のことに惚けてしまったに違いない。勝ち誇った顔で見下した目線の先にいたのは──。

 

 

「あらあら、これでまーた敏腕記者Bの名声が高まってしまうわ」

 

 誰 だ お 前 は 。

 

 そこに「ベルセット・チェスター」の枯れた姿はなく、代わりにちょこんと可愛らしい幼女がベルセットと同じ服で同じ椅子に同じ姿勢で腰掛けていた。

 

 その手には“人の口から這い出る虫”の紋章。

 

「貴様ッ、マスターか!!」

「あら、よく分かったわね」

「姿を変えられる理不尽な人間など、貴様らしかいないだろうが! 何よりもその手の紋章だ!」

「……あなた、本当に商人? ベルセットのお爺ちゃんはもっと落ち着いていたわよ? それに、姿は《変装》のジョブスキルでティアンにもできるわ。紋章も同じく」

 

 取り乱すゲーリュマンと対称的に、幼女は呆れたとばかりに首を振る。だが無論彼とて《変装》は知識としてある。

 斥候系統詐欺師派生混合下級職【密偵(スパイ)】の代表的なスキル。多少後ろ暗い所のある職業の者なら、聞いたことがあって当然のジョブスキルである。しかしこれは同レベル以上の《看破》で見破れるものであり、歴戦の商人として鍛え上げた《看破》が通用しなかったのが第一の動揺。

 正確に言えば、《看破》に効果はあった。ただ、五分前に「ベルセット・チェスター」のステータスを、今は「エイル・コルソーン」という何処の誰だか知らない幼女のステータスのベールを剥がしただけで。

 

 まぁもしも〈DIN〉に問い合わせることが出来たのならば、不安を払拭するために原因の名前だけでも教えてくれただろう。

 

 《一切架空(オール・フィクション)》、と。

 

「それより焦ってどうしたのかしら? 何か問題でも……あったわねぇ。今までティアンだけを狙っていたから口封じできたんですもの。マスターなんて不死身の、独自のネットワークを持ってる不可思議生命体に秘密なんて握られたら困るわよね」

 

 しかし自分も似たような偽装に経験があったために、第一の動揺はすぐに落ち着く。未だ「知られてしまった」という第二の動揺は収まらないが、僅かに軽くなった脳の回線が現状の最適解を導く。

 

「……一介のマスターより俺の方が権力は断然上だ。適当な罪でもでっち上げて“監獄”に送ってやる。誰も貴様の事など」

「信じるわ。みんなそういうのよね、『私の方が信用されている~』って。ご愁傷様、国のトップですらアタシたちに頭を下げるのよ? あ、そうそう。ダメ押しだけれど、ここの出来事はぜーんぶ録画されてるから」

 

 自信満々の彼女がピンと人差し指で示すのは、上。それは天井裏に潜む仲間か、外を飛ぶ従魔か、それとも更にそのずっと上か。もっとも一番重要なのは《真偽判定》が反応しなかった、つまりは録画されているのが真実ということのみなのだが。

 

「で、そんなアタシからのお願いなんだけどー」

「大旦那。マスターは不死身だが、ずっとここにいられるわけじゃない」

 

 小首をかしげたあざといお願い(きょうはく)を、護衛らしきマスターが遮る。彼の提案はリスキル、つまりはログインするたびに殺してしまえば問題ないという強引なもの。現に皇国の〈超級〉はそれで己をキルしたプレイヤーを引退させてしまった実績がある。

 ……リアルで掲示板にでも書き込まれれば他のマスターに伝わって一発アウトなのだが、緊急事態にそこまで頭が回らなかったらしい。

 

「リスキルねぇ……やれるモンならやってみろよこの野郎」

 

 しかし相手の不出来など関係なく、脇からしゃしゃり出てきた闖入者に対して不愉快の吹きだしを背負った幼女が、瞬きの隙に口調の荒い屈強な船乗りへ変貌を遂げる。それだけならまだよかった。

 

 連動して再びステータス欄まで変わっているのだから手に負えない。次の《看破》で見えた名前は「グロン・テスニシアス」。どうせこれもまた偽りなのだろう。

 

「『オレ』なら今すぐ殺せるだろうな。だが次の『儂』や『吾輩』をどうやって殺す? 誰を殺す? テメェらに区別がつくか? カジノでも詐欺ってミスって出禁になった奴が吼えるじゃねえか」

「なっ、ばっ、それを何で!?」

「だが甘ぇ。ダチにはもっとエグい奴がわんさかいるぜ……で、だ。社長さんよ。どうする?」

 

 言うなれば深夜のテレビショッピング。商品の持つ価値を最大限アピールするには実演が最速最適だろう。ひた隠しにしていた過去を丸裸にされて慌てふためく護衛、もとい共犯のおかげで少しは落ち着いたが、それでも現実から叫んで走り去りたい衝動がうずうずとわだかまる。

 

「いい加減『私』の要求に応じてくれないか?」

 

 威圧感のある白人の姿が萎縮させていると気遣い、見かねたのか次は背の高い中年に切り替わる。されどその風貌は異様。

 

「あー、すまない。『彼』がどんな顔だったか忘れてしまってね。不便はないから構わないでくれ」

 

 どこからそのダンディーな低音を発しているのか、彼には顔が無かった。のっぺらぼうというよりそこだけ黒く霞がかっているようで、恐怖と焦燥と危機感のカクテルが商会の主の明晰な頭脳を狂わせる。

 

「貴様は誰だ、要望はなんだ早く言えッ!」

「焦るんじゃあない。端的に伝えれば私からのお願いは『これから私のお願いをたまに聞いてもらうこと』、だな」

「はっ、傀儡になれとでも?」

「言い方は悪いがその通り。これから私が時々頼みに来るのを快く承諾してほしい。不可能な無茶は言わんし、報酬も出そう」

「信用できるか!」

 

 あまりにも使い捨ての傀儡にしては好待遇すぎる。

 

「君の前に『信用しない』の選択肢は提示したつもりはないのだが……。あるのは『信用する』か『破滅』か、どちらがお好みかね?」

 

 煮え滾り、疑う事を止めない理性に反駁して、曲がりなりにも培ってきた商売の勘が「それがコイツなりの人使いだ」と幾ばくの逡巡の後にやっと知らせた。

 

 事実彼(?)は他人が自分の意志で、しかし彼のために動くようにするのが好きな人種だ。綺麗な言葉で形容するなら、監督気質。自分の台本を断るかどうかはお前次第、だが演じる以上は思うままに。【契約書】なんてつまらない。おまけに最後は派手に散ってくれるのを舞台裏から眺められれば、大喜びで拍手までしてしまう愉快な外道でもある。

 

「……1つ聞いていいか?」

「何かね」

 

 もはや活路は刺々しい茨の繁茂する道のみ。それでも確定した破滅よりはマシだと腹を括る。

 

「いつも姿を変えられては、こちらとしても判別ができない。どうやって判断すればいい? 本名を教えてくれないか?」

「最近のティアンたちは物分かりがよくて非常に助かる。しかし悪いが本名は無理だ。私の生命線なのでな。そうだな……代案として洒落た合言葉でも決めようか。私を信じて(トラストミー)、なんていかがかな?」

 

 おそらくはデンドロ全土を見渡しても信用度ランキングの最底辺に位置するであろう【黒幕(マスターマインド)】は、心底楽しげにそう嘯いた。

 




一度だけ本名出してる系【黒幕】

なんで似たような話が二回続くかっていうと、次話に繋げなきゃいけないので……

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