〈DIN〉局長のお仕事   作:Ringo

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一緒に情報まとめも投稿ー


file.6 堕天の儀

■ レジェンダリア国内〈天使の里〉

 

「~~♪」

 

 鬱蒼と生い茂る緑豊かな森の中を、似合わぬ貴婦人が鼻唄混じりに闊歩する。剣戟と爆砕音をBGMに、その手には銀の錫杖と軽装の槍使いを引き摺った彼女──【心理術士(マインド・マンサー)】ラフィル・ルティルの脳内は喜びに溢れていた。

 

 上級職持ちのティアンなんていつ以来だったか。きっと彼が天使になれば、目覚ましい貢献をしてくれるに違いない。配下が一人死んでしまったが、彼と交換なら収支はプラスだ。しかもあの機械虫どもを取りまとめているのはおそらく〈UBM〉。きっと配下の天使が特典武具を贈ってくれるに違いない──。

 

 限りなく公算の大きい皮算用を重ねながら、彼女は里に向かって歩く。胸を躍らせたその歩みには、ティアンを【洗脳】するという立派な犯罪行為を働いている自覚があるように見えないが、それもそのはず。彼女は生粋の遊戯派、印象としては手持ちの戦力を強化している程度なのだろう。今までは〈DIN〉からの命令で一般人に被害を出すことなく、【奴隷商】としてグレーゾーンの人材確保を図っていたが、別に彼女はティアンを害することに抵抗があったわけではない。ゲームなのだから経験値を貯めるにしろ素材を集めるにしろ、何かしらの犠牲は必須事項。何十年も前のレトロゲーム時代からずっと分かっていたことだ。デンドロのリアリティ故に現実と同一視する人間もいるが、彼女のような人間もいるというだけ。

 

「……そのティアンは何だ?」

 

 そんな浮かれた彼女を、あと数分で里に辿り着くという所で面識の無い男が待っていた。見覚えのない顔、されどその手の甲に入れられた“口から這い出る虫”の刺青はよく知っている。

 

「あらオルフィ、久しぶりね」

「そのティアンは俺が渡したヤツじゃねぇな?」

「彼はアクシデントよ。偶然なのだから許されるでしょう?」

「入手経路は聞いてねぇ。とにかくさっさと解放しろ」

 

 【黒幕】。時にグランバロアの高官から海賊奴隷を引き渡させ、時に大商会を手玉にとるトリックスターにして新参の頃から既に危険と目されてたラフィルをこの土地に押し込めた張本人。

 ラフィルとは【契約書】こそ使っていないが定期的に合法な奴隷を渡すことで新たな天使を創造させ、その天使を各都市に派遣することで情報網と潜在戦力を拡大するというwin-winな関係を築いていた、いわばビジネスパートナーだ。

 しかしティアンに被害を出すとなれば、この関係にもヒビが入ってくる。【黒幕】も人心を弄んでいる時点で熱烈な世界派ではないが、ティアンを蔑ろにして〈DIN〉全体の信頼性が低下してしまうのはいただけない。これは【黒敵】に限った話ではなく、他の局長にも当てはまる。故にラフィルについても制限付きの妥協案を採用したのだから。

 

「はぁ……オルフィの頼みなら仕方ないわ」

 

 お上の命令には逆らえないとこれ見よがしに大きなため息を一つ吐き、ずりずりと槍使いを渡そうと男に近づいて。

 

「はいこれよろしく──《マインド・ブレイク》」

「おまっ……!!」

 

 男がぐったりとした【疾風槍士】を抱えた瞬間、額を強打されたように体が弓形にのけ反り、そして膝に土を付ける。もちろん下手人は目の前の貴婦人(ラフィル)

 

 彼と彼女の間は、とっくにひび割れていた。

 

「《変装》が解けないならそれが素の姿かしら? 誰も姿を知らないからって、とんだ驕りじゃない。ああ、予備の【契約書】を用意しておいて幸いだったわ」

 

 【黒幕】も熟知していたが、【契約書】にはいくつかの欠陥がある。サインした人間の異常事態など紙切れは慮ってくれないのだ。幻影を見せられようが【洗脳】されていようが関係ない、サインさえされれば【契約書】はそこまでという腐りきった役所仕事。

 

「こんな所に閉じ込められてたらゲームなんてしていても愉しくないし、意味も無い。音に聞く“監獄”と何が変わらないのかしら? いえ、むしろあちらの方が幾分か快適そうなくらい。拾ってもらった事に感謝はしているけれどそれはそれ、これはこれ。狭い場所に連れられてティアン(エサ)を貰って(てんし)を生んで。これじゃあ飼い殺しの家畜と同じじゃない。そろそろ外に出たいわ」

 

 溜まった鬱憤をグチグチと表面上は黙りきった人型に吐き出しながら、出来上がった【契約書】を突きつける。その内容は前通りの定期的な人材派遣に過干渉の不許可、以降の隠蔽の続行などなど。よほどのマゾヒストや狂人でもなければ破り捨てる理不尽。だがマスター保護によって意識はあるものの、【洗脳】され(アバター)を突き動かされた男は危ない手つきながら自分の名前をしっかりと記入してしまう。

 

 それを慈悲深い聖母にも捻くれた悪女にも見える曖昧な笑みを浮かべながら、ラフィルは書かせた【契約書】を確かめる。

 

「ふぅん、これが【黒幕】の本名……存外変わり映えしないのね」

 

 やっと自由が手に入った。何もかもが上手く行きすぎて怖いくらい。きっとラフィルは自分の実力を過信したがために勝利を確信してしまったのだろう。

 

 残念ながら()()()()()()()()()()()黒幕(マスターマインド)】は務まらない。

 

()()本名ねぇ……興味あるから教えてくれよ」

 

 びゅわりと不穏な風が吹く。背後からついさっきまで会話していたのと同じ声がする。振り向きたくない。誰がそこにいるのか見たくない。ぞわりと肌が総毛だつ。

 

「なぁ、ラフィル」

「…………嘘」

「嘘なんて吐いちゃいないさ。吐いたのはそこで茫然自失してる【高位絵師(ハイ・ペインター)】の方。まあ、そうさせたのは他ならぬ俺だがな」

 

 まるでドッペルゲンガーのように、【洗脳】した男と瓜二つの姿。声も姿もステータスも全てが同一。これが真の【黒幕】。

 

「どうせ《看破》しても《一切架空(オール・フィクション)》に弾かれるからって手の紋章だけで判断したんだろう? カルディナの某商会から借りたんだが、こいつ便利だよな。正攻法じゃ見抜けない偽装なんて、すぐに十は悪用法が思いつく」

 

 黒幕が替え玉を立てるなど、戦国時代からある古典的な常識だ。だが手の紋章を書き換えただけで本人と偽るのは、誰にでも化けられる【黒幕】にだけ利用できる心理的な抜け道。

 

「話が逸れたか。さて、ラフィル被告。先輩への【洗脳】未遂について言い分を聞こうか」

「戯れと言ったら?」

「《真偽判定》って知ってるか?」

「そうなるわよねぇ……分かったわ、認めましょう。あれは全部心からの本音。私は罰せられるのかしら?」

「いや、性直は好みだ。それに、そろそろ不満も溜まる頃だろうとは思っていたさ。じゃなけりゃ用心して影武者なんざ立てねぇよ。だから交換条件だ。そのティアンを解放すりゃ、お前の外出も限定的に許可してやる」

「上級職のティアンはレア物だし、〈アクシデントサークル〉から落ちてくるなんて初めて。初物くらい許してくれないかしら?」

「ダメだ」

 

 ラフィルが開き直った時でさえ色に出さなかった【黒幕】が、ピリピリと若干苛立った空気を纏った固い口調で否の判を押す。

 

「〈アクシデントサークル〉で来るのは確かに初だが、()()()()()()()()()()()もちょくちょく【天使】にしてるだろ。配下に運ばせてるのを感知してないとでも?」

 

 《真偽判定》をすり抜ける巧妙な話術も、断定的な一言の前に砕け散る。問題なのは「〈アクシデントサークル〉で飛ばされた【疾風槍士】を洗脳すること」、ではない。もっと問題は広義であり【黒幕】が関与していない、つまりは一般ティアンを非合法に洗脳し天使にしている事だ。

 

「何をおかしな事を……」

「冷静に考えろ。罪を重ねるのは賢い判断か? 九人、いや今回を含めて十人。それがこれまでの非公式の被害者人数」

 

 【黒幕】が手を差し伸べた次の瞬間。戸惑う()()()()()()()()()、無数の羽虫が【黒幕】の手のひらへ帰還する。あるものは鼻先から、あるものは肩から、あるものは脇腹から。衣服も肉も関係ないと、愚直に主の元へ一直線に飛翔する。

 

「これは?!」

「隠し事は全部筒抜け、残念だったな。あ、そうそう。ここの会話も全部筒抜けだから」

 

 懐から取り出したものは一見ボールペン。だが現実にも存在するそれは、上級職の【諜報員(エージェント)】に就職した際に【技師】たちと試行錯誤して再現した高性能盗聴器(ロマン)である。

 

 ところで、その秘密道具を経由して聞き耳を立てているのは一体どこの誰だろうか?

 

「ラフィル()()にはこんな自然たっぷりの法廷で悪いが、裁判官はとっておきだから勘弁してくれ」

 

 最初に言っていたはずだ。ラフィルは被告人だと。ならば野外の裁判所において厳罰を求める検察は【黒幕】、弁護人は本人が兼任、ならば木槌(ガベル)を振るう裁判官は? そいつがロマンの繋がる先でもある。

 

『どうも。こちらカルディナはヘルマイネ支部局長を務めさせていただいております、【報道王】ハマチです』

 

 旧いブラウン管テレビに電気を通したような懐かしい音と共に、木々をスクリーンに巨大な映像が映し出される。レジェンダリアからヘルマイネまでは相当な距離があるはずだが、ハマチの就く【報道王】の奥義《全世界放送(ユニバーサル・レポート)》にとって距離の長短などさしたる障害にはならないのだろう。

 

『本日【黒幕】より提案された、〈DIN〉エンジェリック支部局長ラフィル・ルティルの罷免決議の結果をお知らせに来ました』

「……は?」

 

 画面の向こうの優男が告げたのはあり得ない事実。

 

『先ほど追加で証拠提出された音声データを全支部にも《放送》した上で慎重な議論を行いまして、最終的に賛成多数で罷免が支持されました。この結果を受けて社長への報告が決まりましたが、世界派の局長なんて怒髪衝天してましたね』

「支部局長たちの決定だけでは、他の局長の罷免なんてできなくてよ?」

「それでも本気ってのは社長にも伝わるだろうよ。あの双子社長は、俺なんざよりよっぽど冷酷で機械的だぞ? お前一人を庇って他の局長を離反させるか、その逆か。どっちに賭ける?」

 

 盗聴器(ボールペン)を胸ポケットに戻しつつ、アイテムボックスから取り出して装備したのは光沢のあるリボルバー。

 

「やりすぎたんだよ。ここからはアウト、もうフォローできない。だがまだ今なら組織の自浄作用って形で処理できる。よかったな、()()()()()()()“監獄”に送ってやるよ」

「私が犯罪者? そんなの絶対に受け入れられないわ。私は自由に、好きに生きるの」

「出所してからのセカンドプランは檻の中で考えてくれ」

 

 パァンと乾いた発砲音が新緑に吸い込まれていく。遂に【黒幕】が引き金を引いた火薬式の鉛玉に対してラフィルは。

 

「護りなさい、《原典之壱(タナハ)》!」

 

 天空からのスポットライトに照らされながら召喚されたのは、桁違いに神々しい天使。【神装人理 タナハ】の必殺スキルによって呼び出されたそれは、聖書(タナハ)の名の通り存在が広がれば広がるほどに強力になっていく。配下天使のステータス合計値の10%と全スキルを共有した怪物(てんし)は、豆粒以下の鉄屑など意にも介さない。

 

「……銃口を向けられて吹っ切れたわ。もはや〈DIN〉の地位に固執しない。ここから先輩の【黒幕】を殺そうと自由よね?」

「まあな」

『《ホーリー・スフィア》』

 

 天使の周りを衛星のようにいくつもの光球が周回する。硬くも速くもない【黒幕】では耐えられず避けられない砲弾が斉射され、その全身はあまりに刺激的な白光の渦中に没した。非戦闘員一人を葬るには過剰な火力、それでもラフィルと天使が気を許すことはない。何故なら、着弾の直前に【黒幕】の口は動いていた。

 

「《人の不幸を蜜として(サルタヒコ)》……?」

「滅多に日の目を見ない必殺スキルさ」

 

 身の毛もよだつ低音を響かせて、小刻みに空気を叩きながら光を突っ切ってきたのは数百の羽虫──【黒幕】のエンブリオ、TYPE:アドバンス・レギオン【伝天虫 サルタヒコ】。

 

 【イデア】と同様に人型範疇生物を“乗騎”とみなして体内に三尸の虫(【サルタヒコ】)を潜り込ませ、過去の罪状(ログ)を見るエンブリオ。またモチーフとなった猿田彦は三尸の虫の主の他に、道祖神としての側面もある。

 ゆえに何者もその歩みを妨げるに能わず。

 

 《道祖神の加護》。【サルタヒコ】の飛行を邪魔するものを無効化するスキル。姿が視認でき、【サルタヒコ】自体にしか効果がない廉価版《消の術》とでも言えようか。しかしこれは生存トリックの片割れに過ぎない。

 

「耳障りな羽音ね……これを全て殺せば【黒幕】は死ぬかしら?」

「それはさすがに死ぬ。約束してやる」

 

 もう一つのピースとなる《人の不幸を蜜として(サルタヒコ)》の効果は「マスターの全体積を【サルタヒコ】に置換し、スキルコストを半減する」というもの。スキルにリソースを割いたせいで貧弱な、それこそ叩けば潰れる羽虫程度のステータスしか持たない【サルタヒコ】になっても却って弱体化ではないか?

 

 まさか。一時的に全身に《加護》が適用されるようになる、それはつまるところ絶対の防御。実際に直撃を食らっても生存できたのだから、その安全性は検証済みだ。

 

『戦況が芳しくないようですが、ムシャパスでも急行させましょうか?』

「サラッと最高戦力投入するなよ……つかあいつ忙しいとか言ってた割にログインしてるのか。まあ余計な世話だ。コスパ悪いし」

「随分と余裕だけれど、それはいつまで続くのかしら? 無効化のスキルなんて延々と使えるものでもないでしょうに」

 

 いくらコストが軽くなっているとはいえ、数百匹が同時にスキルを使用すれば負担は馬鹿にならない。現にじわりじわりと総数は減少の一途だ。

 無論《原典之壱(タナハ)》にも時限はあるが、■のリソースが底を突く方がずっと早い。

 

「密偵風情が戦場の表舞台に立った時点で負けなのよ。その内に配下の天使たちも合流するでしょうし、そうなれば勝ち目どころか逃げ道も無くなるわ。いい加減に諦めたら?」

「あ? ……おいおいまさかこの期に及んで、まだ俺が舞台に上がってるなんて思ってるのか? 俺だって弁えてるさ。キャストなんて無理無理、裏方に徹するだけだ」

「じゃあ今の修羅場はなんて言い訳するのかしら?」

「強いて言うなら……お膳立てかな?」

 

 ラフィルの想定の中では三つの時間的な区切りがあった。1つ目は《原典之壱(タナハ)》の制限時間。2つ目は配下たちの合流までの時間。そして3つ目が【黒幕】の限界だ。1つ目が最初に来ない限りラフィルに負けはなく、そして来る可能性は極めて小さい。だからこそ余裕を保っていたのだが、実はもう一つのタイムリミットが存在していた。

 

「餞別に教えてやるよ」

 

 人とは、因果を無視して手を出されてもへらへら笑えるほど阿呆な生き物ではない。自己防衛を始めとして、より酷く傷つけられるほど相応の報復を企てる。

 例えば、出会い頭にいきなり命の危機に晒されそうになったら? さらにその敵が死んでも生き返るような人間なら、殺人の忌避感も大いに希釈されることだろう。

 

()()()()()()()()()()()

「ごふぅっ?!」

 

 折り重なる柔布と腹部を、超音速の穂先が背から貫く。【黒幕】に意識を奪われていた彼女と天使には想定外の乾坤一擲。今さら持ち手を確かめるまでもない。

 

 自分の精神を破壊しかけた女が、次は他の人間を襲っている。きっと湧き上がったのは唾棄すべき私怨などではなく、称えるべき正義だったのだろう。だからこそ泡沫の夢から醒めたその一槍に迷いなどない。

 

「ティアンをただのNPCだと侮ったな? それが失敗だ。生きている、というか生きている俺らと同じように行動する。お前の資源でも財産でもねぇんだよ。勝手に考えて勝手に動く。だーから面白いんだろうが、にわかヴィランめ」

 

 人の影で嗤い、身内からは永劫的刹那主義者とまで呼ばれる狂人が、草を踏む足音も立てずにひっそりと這い寄る。

 

「黒幕ゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

 ラフィルの慟哭、けれど彼女は同時に嘲ってもいた。自分を狙う銃口の更に奥には、至高の天使がその大剣を振りかぶっていたのだから。【疾風槍士】がラフィルを縫い止めようと、召喚された天使までが止まるわけではない。そして神話級に届かんとする天使の一刀は、銃弾よりも遥かに速い。大逆転勝利なんて欲張らない。これで引き分け(ドロー)、だが舐める苦汁と辛酸は甘くなる。

 

「あー、【黒幕】って散々呼ぶのは構わないが、それだけだと勘違いされるのは心外だな」

 

 超音速の刃が脳天から股間までを真っ二つに切り裂いた──ように見えた。

 

「こちとら人々を惑わす超一流の【幻術士(イリュージョニスト)】でもあるんだぜ?」

 

 暖簾に腕押し、糠に釘。湖面の月は掴めない。足音が聞こえない? 当たり前だ、歩いているのは質量を持たないまやかしなので。では、本題。霞の中へ消えた本体は何処へ?

 

嘘から始まったことは(Что ложью началось)嘘で終わらなければならない(то ложью и должно было кончиться;)それが自然の摂理である(это закон природы)……テメェはクビだよ、ラフィル」

 

 次は、耳元でカチリと弾倉の回る音が聞こえた。

 





実は【黒幕】にはロシア留学してるイギリス人女学生とかいう変な設定があったんです(使う機会がない)
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